七年語り – PHILOSOPHER’S STONE
21 望んだもの
「私達友達じゃあない」
ダリルはその台詞を喜ぶでも感激するでもなく、冷ややかに静かな思考でただ初耳だとだけ呟いた。
にっこり笑ったパンジーは「私、グリフィンドール寮のテーブルで食事するわ」と言ったダリルに対して、冒頭の台詞を返した。何を言っているかは分からなかったが、自分になんと命令しているのかは理解出来た。自分の面子を潰さないためにお前が折れろと言っているのだ――夏のパーティの時は相手の善意を疑わなかったダリルだが、流石にこの台詞を受けてにっこり笑えるほど馬鹿ではない。
「……それなら、貴女がグリフィンドール寮のテーブルへいらっしゃったら如何?」
浮かべた微笑みは敵意の表れだった。
私の友達だと名乗りたくば貴女が折れなさい。
ブルーグレイの瞳を頑ななままに口元だけ優しくしたダリルが言葉裏でパンジーにそう告げる。
勿論パンジーはトロールの親戚ではない。寧ろダリルよりも聡いぐらいだ。瞬時にダリルの台詞の意図を悟ったパンジーは「ドラコも待っているわ」と切り返す。「ドラコはグリフィンドール寮の生徒と仲が悪いもの」
「ええ、そうね。でもパンジー、貴女視力が落ちたのではない?」ダリルは悠然と嘲笑を口端に浮かべた。「私はドラコじゃないわ」
パンジーの表情が凍った。一瞬のものではあったものの、ダリルには彼女が怯んでいるのを見過ごさない。
「ドラコと食事がしたいなら、そのあとでお話しましょう」
勝者はダリルだった。ダリルと言うより、ルシウスと言ったほうが的確だろう。しかし自分の使えるものを使って、何が悪いと言うのか。ダリルは真っ直ぐ顔をあげると、パンジーの脇を抜けて己のテーブルへと歩き去って行った。
ひと月前の件でルシウスの寵をまだ受けていることを周囲に見せつけたダリルは前とは打って変わって、売られた喧嘩を強気に買うようになった。何をしても父親は怒らないという甘えた気持ちもあったし、今まで散々自分を馬鹿にしてきた人へやり返してやりたいとも思っていた。ダリルは未だに友達の一人もいなかったし、それにダリルはパンジーが思っているよりもずっと勝気で執念深いのだ。入学してからの二か月間で受けた屈辱を忘れてはいなかった。嫉妬――怒り――憎しみ――ダリルが一人抱え込んだ感情は深く暗く淀んだものになっていた。早期の快癒を望んで膿を絞り出すのと同じに、ダリルはパンジー達への残酷を緩める気にはなれなかった。
ダリルにまんまと追い返されたパンジーはかつての彼女を思い出していた。茶器も席も要らない、私には林檎があるものと勝ち誇る少女の容貌を――あの頃の傲慢なダリルが戻ってきていた。傲慢で、奔放で、人の気持ちをくみ取らない。でも何をしてもダリルは望むものを手に入れられる。美しいから、力のある父親がいるから、そしてそうでなくても誰か他の男が彼女を擁護するから……。
パンジーは改めてダリルのことを嫌いだと思った。
夏の間に彼女から貰った手紙も、クリスマス休暇に家へ帰ったら燃やしてしまおうと決めた。その一方で燃やさなければならないものは増えていくばかりだとも分かっていた。両親はマルフォイ家のお嬢様の機嫌を損ねてはいないか、仲良くやっているかと口うるさく聞いてくる。きっと表面上はダリルも同じだろう。ルシウスは微笑みと共にダリルをパンジーにけし掛けるに違いなかった。
女と生れたからには自分の夫によりよい地位をと望むのが当然というものだ。
ドラコも自分もまだ十一歳ではあったものの、遠からず婚約することになるだろうとパンジーは考えていた。家柄が何とか釣り合いそうな家で、年の頃が近い女児がいるのは多くない。一ケタとは行かないが、三十も四十もいるのではないのは明らかだ。
その婚約者候補達のなかで今最もドラコに近しいのがパンジーだった。彼女は自分というものを知っていたし、そうなれば他人のことを理解するにも困らなかった。ドラコが頼りないとかメンタルが弱いという欠点を有しているのには勿論気付いていたし、自分なら何とか支えていけるとも考えていた。寧ろ他の女にドラコの相手は気が重すぎるとすら思っていた。
ダリルも十分すぎるほど面倒くさい生き物だとパンジーは思っていたが、ドラコはそれに輪を掛けて面倒くさい生き物である。
何しろスリザリン寮に組み分けされた癖、策を巡らせることが苦手と来てる。それに人の感情の機微にも疎い。お坊ちゃん特有ののんびりしたところが悪い方面へと如何なく発揮されているのだから、始末が悪いと言う他なかった。
元々男子というのは少し馬鹿なところがあるが、それにしたってルシウスを父親に持ってあそこまで酷いのは何故なのだろう。
それでも良いところがないではない。パンジーは、ドラコの自分の優しさを優しさと思っていないところが好きだった。それにドラコは何に対してもがっつかないし、人を誉めるのが上手いし、レディファーストが叩きこまれている。
だからこそ自分が何とかしてやろうと、ドラコに発破をかけたりと、色々していたのだが――パンジーは一体誰がチクったのだろうと腹立たしくなる。ルシウスが自分の小細工に気付かないはずはないと思っていたものの、しかし子供同士の問題に口を突っ込んでくるとは、ダリルのためにそんな見っとも無い真似をするとは、全く予想だにしないことであった。
両親からの手紙にダリルの話題が出たのはひと月前が初めてであり、ルシウスがダリルを見舞った時期にも符合する。ルシウスが両親に何らかの嫌味を言ったのは確かであり、嫌味を言うには理由がいる。それでパンジーは自分がホグワーツでダリルを馬鹿にしていること、その内ドラコをルシウスにけし掛けようと企んでいるのをルシウスに知られたと理解した。
リークしたのがスリザリンの誰かであるということは分かっていたが、それ以上は分からなかった。今やダリルに甘いスリザリン男子学生など多くいる。ダリルが彼らの優しさを馬鹿にしたように突っぱねているのも苛立たしい。
――スリザリンに相応しくないと腐れグリフィンドールに入れられた癖に。
パンジーの土曜日は不愉快な会話から始まった。
・
・
・
例え人よりちょっとばかり整った顔をしていたからって、お父様が私を可愛がっていたとしても、何の願いも叶わないわ。
ダリルはハリーの元を訪れるヘドウィグのほうを恨めしそうに眺めた。
ハリーからの返信はこの一月、ただの一通もなかった。ハーマイオニーという友達が出来たから、もうこれ以上の友達付き合いは十分だと思ったのか、それとも自分の名を明かそうとしないミス・レターが信用ならないと思ったのか、どの道ダリルに手紙を返す気がないのだ。
こんな事になるなら、ミス・レターはダリル・マルフォイなのだと告げたほうがまだマシだったのだろうか。
ちょっと考えてからダリルはすぐにその考えを否定する。
ほんの少し縮まったと思ったグリフィンドール寮生達との仲はすっかり前以上に遠ざかってしまっていた。ダリルがグリフィンドール寮生達を罵ったわけでなくとも、ダリルがいればそこにスリザリン生が来るのだから仕方ない。
パンジーなどはダリルが横に居る時に限って騒ぎを起こすのだった。無論それを否定したり、仲裁することも出来たが、ルシウスが知ったら機嫌を損ねるに違いなかった。そう思うとダリルはだんまりを決め込む他なく、今やグリフィンドール寮に彼女の居場所はない。
たかが父兄の見舞いではあるもの、ルシウスのホグワーツ訪問はダリルやスリザリン生に大きな影響を及ぼした。
二カ月かけてやっと父親の呪縛から逃れられそうだったダリルはまたルシウスの寵を失うのが怖いと思う自分に戻ってしまっていた。今ではハリーへの手紙を書くどころか、父親と文通をせねばならない身分に落ちてしまっている。
それにスリザリン生が自分を見張っているという考えが、パンジーの接近により証明されてしまったのだ。ダリルだってぼんくらじゃない。前日まで一人でベッドに潜り込んでいた病人が一昼夜で名実ともに備わった人気者になれるはずがないとは分かっていた。
あの時は寂しいところへ、父親が王子様のように颯爽と表れてくれたのですっかり気がつかなかったけれど、ルシウスは「一人で泣いている娘を置いて帰ってしまうような父親」なのである。少なくとも理由なしに感情だけで動くようなことはしない。
何か裏であったのだ。その裏が何かは分からないが、知らぬ内に何かへ巻き込まれているようだという憶測は気味の悪いものだった。
第一自分がパンジーへ何をしたんだって言うんだろう。
ダリルは自分に対するパンジーの態度を腹立たしいと思った。思えば夏のパーティの時からあの子は私を嫌っていたんだわ。三ヶ月かけてようやっとそれに気付くダリルは勿論パンジーほど記憶力が良くない。そもそも往々にして加害者は残酷なものだ。
訳のわからない理由で嫌われているのも腹立たしいが、一番腹立たしいのは一対一でやり合おうとせず、多数対ダリルという形式に持って行こうとすることだ。パンジーの気が晴れるんだったらどれだけ罵られても、殴られても良いと思うダリルだったが、彼女達の陰険さだけは全く受け容れがたいと思った。第一自分の気持ちが分かっているならハッキリ言えばいいのに、思わせぶりなのも気に食わない。
あの子たちを見ていると、まるでスネイプが一杯いるみたいだわ。自分の名付け親だとも知らずに、そう心中で呼び捨てるダリルだった。寮監と生徒、本当に似たもの同士だわ! そう思ってから、自分もグリフィンドール寮生にはそう思われているのを思い出す。
やったらやりかえされる。人を呪わば穴二つ。
何の因果かダリルの土曜日も憂鬱な理解から始まるのだった。
その日は雪が降りしきり、窓辺は美しい景色を映していたが、ダリルの憂鬱は美しいもので晴らせるほど浅くはなかった。
同様にクィレルで遊んでいる双子を見てもダリルの憂鬱は消えないのだった。憤りはない。
以前はあんなに自分をからかって遊んでいた二人だったが――ダリルはそれで二人が嫌いだったのだけれど――今となっては懐かしかった。二人の標的なクィレルのほうに移り、ダリルは見向きもされなくなってしまった。
クィレルの居室にももう長い事訪れていない。寮外に出ればいつ何どきも完璧に振舞っていなければならなかった。クィレルの居室に入って行ったダリルに、何をしているんだと誰もが聞くに違いない。
自分がスリザリン生に対して傲慢に振る舞っているのは自分なりに分かっていた。だからこそ今スクイブということがバレたらどんなことになるか目も当てられない。そこまで思ってダリルは自分の失態を一番喜びそうなのが誰か思い浮かべた。
パンジーを喜ばせるようなヘマは絶対に、絶対にしないわ。
ダリルは少女らしい誇りの高さと勝気さでクィレルのターバンへついて回る雪玉にそう誓った。
七年語り – PHILOSOPHER’S STONE