七年語り – PHILOSOPHER’S STONE
24 団らんの予定
四か月ぶりに戻ってきた家は前より窮屈に見えた。
それは四六時中レディと過ごさなければならないのが理由かもしれないし、そうでなくともルシウスに呼び出されたり、課題に忙殺されたり、ナルシッサに呼び出されたりせねばならないのだから、自由で広大なホグワーツ城が恋しくなるのは当然というものだろう。
ダリルは「しなければならないことだらけだわ」と、仕方のない悲嘆に暮れながら羽根ペンを置いた。
まず課題だ。
マクゴナガル教授から渡された課題は、思っていたほど多くなかった。渡された紙束の殆どを占めているのは、課題に答えるための資料だった。図書室のない実家に戻るからという配慮なのだろうが、兎に角ダリルはそれを知って腰が抜けそうになるほど安堵した。
尤も、だからといって安心出来るような量ではない。一年掛かっても終わらないだろうと思った量の課題が、一か月あればなんとか終わるかなというものになっただけだ。資料を付けてくれるということは教科書を読んだだけで終わるようなものではないということである。
どの道ダリルのクリスマス休暇は変身術と呪文学に支配されるほかないのだ。
元々ダリルは勉強が好きではないし、他にしたいことがあるとなればそれは一層だった。しかしやらねば――やって、マクゴナガル教授とフリットウィック教授がまずまずかなと思える内容でなければ――落第か、退学に決まっている。
課題も大変だったが、一番大変なのはルシウスの尋問を受けねばならないことだった。
勿論ルシウス本人は尋問と思っていやしないだろう。否、思っているかもしれない。少なくともダリルは「尋問みたい」と思っていることを父親にバレるわけにはいなかった。離れていた間の娘の生活を知りたいと切り出したルシウスにそんなことがバレたら厄介なことになるだろう。離れていた間の溝を埋めたいだけなら毎日毎日呼び出す必要はないともダリルは思っていたが、兎に角ダリルはグリフィンドールのグの字も出さないよう気を付けつつ、父親と話すのがこよなく楽しいという演技をするのだった。
ルシウスに学校でどんな風に暮らしていたか、もといどんな風に暮らしていたらルシウスの気に入るだろうという妄想を聞かせながらダリルはパンジー達のことを思い出す。きっと彼女達も今頃、こんな風に親の顔色を伺っているに違いなかった。
そのおかげかルシウスにパンジー達と過ごしている時の話をしている間中、実際にパンジー達といた時に感じていた苛立ちを思い出すことはなかった。ホグワーツに戻ったら、パンジー達に謝らなければならないのは自分のほうだ。ダリルはそんなことに気付いた。
それでも、彼女達に心を開かなくて良かったという気持ちは変わらない。
彼女達に知られたくないと思ったことの全てはルシウスに知られたくないと思うことだった。
ダリルはクィレルと仲良くなったことも知られたくなかったし、ハリーと文通をしていることも同様だった。尤も“していた”と言ったほうが正しいだろう、ハリーからの返信はもうないのだから。
そっくり四カ月分の話をしたつもりだったが、尋問が終わってもルシウスの書斎へ通い続けねばならなかった。ダリルの話す番が終われば次はルシウスの番、ルシウスはダリルへ教え込むように純血が如何に優れているか滔々と語るのだった。しかし父親の洗脳の時間は、ダリルにとってそう悪くもなかった。父親の話に相槌を打ちながらダリルは誰にクリスマスプレゼントを送るか、課題のあの問いにななんて答えようとか、そういったことを考えることが出来た。考えたいことはそれこそやらなければならないこと以上にあったからだ。
仕方のない課題や受け流しやすい父親の説教と比べると、ダリルにとって一番理不尽かつ厄介なのは母親の呼び出しと言えた。
ナルシッサはダリルが帰ってくるなり「だらしのない歩き方」とその柳眉をキリリと釣り上げたが、ダリルには何が彼女の気に食わないのか分かっている。グリフィンドールカラーのマフラーは馬車の中で外しておくべきだったのだ。気付いた時には全て手遅れだった。
ダリルは「お母様、学校では皆お母様みたいに気取った歩き方をしていないのよ」とでも言おうと思ったが、隣でナルシッサに帰宅の挨拶をしているドラコが自分の脇腹を思い切り肘で突っついたので、黙った。
四か月ぶりに会ったにしちゃ随分な挨拶だこととも思ったが、それも口にすることはなかった。これからカウントダウンパーティに向けて特訓しなくちゃとぼやくナルシッサを宥めることで頭が一杯になってしまって、ドラコへの不満は後回しにせざるを得なかったのだ。
具合が悪かったのだとか、靴が合わないのだとか色々言い訳をしたダリルだったが、それが一層ナルシッサの怒りを買うこととなった。「私は貴女を甘やかしたりはしませんからね……」
怒ったお母様ってマクゴナガル教授そっくり。ダリルは従う他なかった。
ナルシッサとの時間は、視線や指先、顎の角度にまで気を付けていなければならないため、ルシウスの話を聞いている時のようには行かない。「私が貴女のような振る舞いをしたなら今頃貴女のお婆様に杖で百回叩かれていたでしょう」ダリルは首を傾げた。
「お婆様の杖で人を叩いたら、折角の飾りが折れてしまうんじゃないかしら」
ダリルの記憶によれば母方の祖母は自分の杖の装飾に関する自慢が十八番だった。ナルシッサは柳眉をキリキリと千切れんばかりに釣り上げ、結局ささやかな疑問を口にしたがためにその日のダリルは昼食を食べることが出来なかった。
そんなわけでダリルは多忙な日々を送っている。
一日のスケジュールはこうだ。朝六時に屋敷僕が起こしに来て、身支度を手伝わせた後朝食まで課題をこなし、朝食が終わると昼食までナルシッサのマナー教室が始まる。頭に本を乗せて歩くダリルをドラコが馬鹿にしたように笑いながら、通り過ぎていく。多忙なダリルと違って、ドラコは悠々自適……とまでは言い難いものの、箒に乗って遊ぶ時間を作れるぐらいにはゆったりした休暇を送っていた。
昼食が終わればダリルは頭に乗っけていた本を開かねばならない。
夕食までの六時間でダリルはレポートを書けるだけ書いてしまう。夕食が済めばダリルに自由時間はなかった。
どんなに早く食べ終わってもルシウスが席を立つまでは誰も部屋に戻れない。ルシウスが娘と息子を捕まえるのは容易なことであった。「ホグワーツでは何を習って来たか、私の記憶と照らし合わせることにしよう」この時ばかりはドラコとダリル、二人とも同じ気持ちになる。「父上、実は少しばかり具合が悪くて」とドラコが顔を曇らせば「まあ、きっと昼に怪我した足が膿んでいるんだわ」とナルシッサが屋敷僕妖精を呼びつける。妻の台詞をルシウスは「さっきまであんなに悠々と箒で飛んでいた者が急に倒れるわけがない」と否定してしまう。ダリルが無理だと諦めつつも「お父様、私朝からおなかが痛くて」と言えば、ナルシッサが「グリフィンドールなんかに入るから、仮病なんて覚えてくるのね」と眉を顰め、ルシウスが「聖マンゴに特別病室の空きはあったかな」と呟く。
「お父様、お母様、ごめんなさい。嘘です」
「第一、父上の時間を僕らのために使うのは……父上も一人でゆっくりチェスでもしたいのでは?」
夕食が済むとルシウスは二人を引き連れて書斎に戻る。親子三人水入らずで勉強をしようと言うのだ。尤も勉強会とは名ばかりで、ダリルとドラコが魔法薬学の調合や、呪文、天体の名前、魔法史年表などとどれだけ覚えているかの口頭テストに他ならない。
魔法史は元から得意の部類にあるし、呪文学の課題をやっているからして「鍵を開けるための呪文は?」等呪文に関するものには答えられるものの、最悪なのは魔法薬学だった。一方ドラコはダリルの逆で魔法薬学に関する質問になると活き活き答える。二人して苦手なのは天文学だった。天文学に関する質問にダリルとドラコが合わせて四つほど間違えると、ルシウスの説教が始まった。
憂鬱な勉強会が終わってもダリルはまだ解放されない。勉強会の間に取らされたノートを部屋に置きに帰ったら、またルシウスの書斎へやってこねばならなかった。それからルシウスはダリルに純血主義や本来のホグワーツの姿について語るのだ。
父娘のふれあいへ二時間ほど費やし、ダリルが立ったまま舟を漕ぎだした辺りでお開きとなる。
この時点でもう十二時を越しているのが殆どだ。瞼が休もうと訴えかけても、ダリルはまだ眠れない。明日起きたら、課題をどこまで進めなければならないのか、消化した分と残っている分を見比べてため息をつく作業が残っているからだ。屋敷僕の運んできたコーヒーに顔を歪めながら、ダリルは机に向かう。コーヒーを三杯ほど空け、遠くの空が薄ら明るくなってきた頃にやっとダリルの長い一日が終わる。
呼び出した屋敷僕に明日何時に起きるか告げながらベッドに入り、シーツの上で丸まっているレディと共に浅い眠りにつくのだった。
したくないことにばかり時間を割かねばならない日々だったものの、したいことの一部もきちんと進めていた。
クリスマス二日前、課題をするのを少し休むことにして、ダリルは自室でこっそりと懇意にしている屋敷僕妖精を呼びだした。
「ドビー」
「はい! ドビーです!!」
ぱっと目の前に薄汚い布切れを体に巻きつけた屋敷僕妖精が現れる。
ダリルは彼が大きな声で返事をしたのを咎めなかった。誰にも知られたくないことを持ちかける時に彼を咎めてはならない。それはこの十一年間で身に着けた知恵だった。うっかり彼を叱ってしまったが故にナルシッサの大事にしているティーセットを壊したことが露見したり、折れ掛けていたドラコの箒を完全に折られてしまったり――ダリルはすっかりドビーの御し方を理解した。
机の引き出しに仕舞っておいた紙きれを取りだし、ダリルはドビーに念を押す。
「これは私達だけの秘密よ……」
「勿論でございます!」
キンと鼓膜に響く。ナルシッサは庭で氷薔薇に水をやっているし、ドラコはその周りでブンブン飛んでいる。ルシウスは書斎に籠っているはずだ。ダリルの部屋は二階の一番隅にある。ルシウスの書斎も二階にあるが、一番遠い。
「この紙に書かれた物を皆そろえて頂戴。資金はこの袋のなかにあるわ」
「ドビーは了解致しました! お嬢様のために誰にも知られることなくそろえてまいります!」
そこまでハキハキと答えてから、ドビーがきょとんとダリルを見上げた。
「お金はいつ渡せばいいのでしょう?」
「ああ、ドビー」
ダリルは額を押さえた。
「お店の人は貴方がマルフォイ家の屋敷僕妖精だなんて知らないわ……。お父様とお母様とドラコ以外になら知られても良いの、三人に知られないように、お店で揃えて、今日の深夜に私の部屋に来て頂戴」
「分かりましたでございます!!」
ドビーがちょっと黙ってから、ためらいがちに口を開いた。「お嬢様のご命令が一番ドビーには理解しやすいのでございます……」そう俯くドビーの腕には、やけどの跡が残っている。
このそそっかしい屋敷僕妖精が家で厄介者扱いされているのをダリルはよく分かっていた。ドビーへ自分の望みを告げるにはちょっとでも言葉を略してはならなかった。ドビーは言葉の隙をついてとっぴょうしもない方向に物事を進めるのだった。
しかし細かく命令すればドビーはダリルの望むとおりの働きをしてくれる。おっちょこちょいなところはあるが記憶力は良い。それに家族の殆どがドビーに私用を命じることはなく、ダリルが自分の命令で彼を一日中拘束したとしても誰にも気づかれなかった。
何より、他の屋敷僕妖精と比べて感情が豊かだ。ダリルはしょぼくれているドビーを抱きしめてやりたい気持ちに駆られたが、同情的な視線を注ぐに留めることにした。ドビーが感激したらどうなるかも、嫌になるぐらい分かっている。
「私も、お前に物を頼むのが一番気楽だわ」
一番頼りになるわとは言わなかった。ドビーのおかげで髪の毛が縮れてしまったこともあるし、ダリルの書いた詩をうっかり破いてしまったことも、気に入りの本をうっかり捨ててしまったことも、彼が頼りにならなかったことのほうが色濃く記憶に残っているからだ。
制約のために好意を削れるだけ削った台詞だったけれど、ドビーは少し気が晴れたようだった。
ドビーがいれば長い夏季休暇も困らないだろう。
色々考えたけれど、ダリルはハリーにもクリスマスプレゼントを送ることにした。勿論ミス・レターとして、なるべく気軽なものを。
家族以外への贈り物について考えるのは初めてのことで、ダリルは誰に何を贈るか悩むのをとても楽しんだ。尤もこれでクリスマス休暇の楽しみは全て終わってしまったような気がして、ダリルはほんの少し寂しくなる。
プレゼントを贈ってしまえば、後は例年通りのクリスマスと、課題と、一番最悪なスリザリン・カウントダウンパーティが待っている。
十二月三十一日は毎年一人で家に居た。ドラコと両親を見送ってしまえば、あとはやりたい放題遊ぶことが出来た。
今年はきっと残ることは許されないだろう。両親の目のあるところでパンジー達と顔を合わせるのも憂鬱だったし、大人が自分に無関係な話をするのに自分を傍へ置いておきたがるのも、わざとらしく誉められるのもウンザリだった。
パンジー達との昼食会が二十四時間続くと思うと如何しても行きたくなかった。
後に残るのは憂鬱なものばかりで、ダリルはホグワーツを心から恋しく思うのだった。
七年語り – PHILOSOPHER’S STONE