七年語りPHILOSOPHER’S STONE
29 六十九億人ぼっち

 

 ホグワーツに戻ればまた一人の生活が待っている。

 クリスマス休暇最後の日、ダリルは一人でコンパートメントを占領し、一人でホグワーツへの帰途についた。そして一人でホグワーツ特急から降り、ペチャクチャとクリスマス休暇に何があったか話し合う、見知らぬ女学生三人と馬車に相乗りして、騒がしい人ごみに紛れたまま、今グリフィンドールの女子寮にある自分の部屋へ戻ってきた。二週間と四日ぶりの自室は相変わらず寒々しい。ダリルは部屋の扉を開けるなり首に巻きついたレディをぽんと入り口近くのベッドの上へ投げ、その横にあるベッドへ寝転んだ。一人ぼっちだった。
 手荒な扱いを受けたレディは不服そうに鎌首をもたげていたが、今のダリルは飼い蛇のご機嫌をとる気分ではない。
 悲しいことは何一つなかったが、なんだか胸の内にぽっかり穴があいたような寂しさを如何したものか考えるのに忙しかった。
 理由ははっきりと分かっていた。昨日の夜、折角仲直りしたドラコとまた喧嘩してしまったのだ。

『僕のせいで友達が出来ないって言ったのはお前だろう』
 ホグワーツに戻ったらあれをしようね、これをしようねとウキウキしていたダリルへドラコはそう言い放った。
 蛇みたいに記憶力が良いんだからと苛立ったり、何でもかんでもドラコのせいにしてしまった自分に恥ずかしいとも感じたが、ドラコは拗ねたり怒ったりしているわけではないらしかった。怒るなよと念押ししてからドラコが続けた台詞は尤もらしく聞こえた。
『お前がグリフィンドールでの友達が欲しくないって言うなら一緒に図書室へも行くし、スリザリン寮のテーブルに食事をしに来ても構わない――』ドラコはそう呟くと、ダリルの机の上にある手紙の山を恨めしそうに睨んだ。カウントダウンパーティに来なかったダリルを案じるものだった。『それで僕と同じにグリフィンドールが好きなんだなって、奴らが好意的に解釈してくれると思うか?』
『でも、私が彼らに酷いことをしなきゃいいだけよ』
 ダリルは反論した。
『それに私、ドラコと仲が悪いからって皆と仲良くしてもらっても嬉しくないわ』
『お前はそんなことだから友達が一人もいないんだ』ピシャリと言い捨てた。
『最初は嘘でも何でも良いから相手に合わせるんだよ。それで段々自分の本性を出していけばいいんだ』
『嘘を付いたら嫌われるわ』
『そしたらそいつとはその程度の仲だってことだ』
 如何言う事かよく分からなかったが、『でも私、ドラコのこと、毛根に負荷のかかる気障ったらしいヘアスタイルをしてる陰険なチビだなんて言えやしないわ』と涙ぐみながら言ったら、ドラコは怒ってダリルの部屋から出ていってしまった。
 ダリルはグリフィンドール生がよく口にする罵倒を例に出したにすぎないが、ドラコはそれがダリルの本音と取ったらしい。
 苛立ちと嫉妬と独占欲の渦中で一晩を過ごしたドラコは結局ダリルがスリザリン生と親しくするよりはマシと思ったのだろう。今朝がた駅に向かう馬車のなかで「パンジー達がお前に近づかないよう如何にかしてやるから、精々頑張ることだな」と言ってくれたが、それきり会話はなかった。馬車を降りる時に「怒ってる?」とダリルがドラコの機嫌を窺うと「怒ってないほうが可笑しいだろ」とドラコはぼやいた。
 今日のドラコは前髪を下ろしていたが、ダリルはそれに関しては気付かなかった。その鈍感さもまたドラコの機嫌を損ねるのである。
 それでもホグワーツ特急に乗りこむまでダリルを一人にはしなかったし、大した荷物はなかったとはいえダリルが列車に乗る手伝いをしてくれたし、ダリルがコンパートメントを見つけるまでダリルの鞄を持ってくれた。
 ドラコはまだ怒っているようだったが、二人は頬にキスをしあってから別れたのだった。だから悲しむことは何一つない。

 ――でも、兄妹なのよ。朝食ぐらい一緒にとったって、今更何が変わるわけでもないわ。
 クリスマスの時はドラコのせいで友達が出来ないとか、パンジー達のせいでまた嫌われるとかさんざ喚いたダリルだったが、実のところドラコと仲良く出来るのだったら、もう友達なんて要らないという思いもあった。何よりも、もう入学してから幾月も経っていて、今からどんなに頑張ったって、もう友達なんか出来るわけがないとダリルは考えていた。
 ハリーとは文通仲間でしかないし、ハーマイオニーのことは見ているだけだ。他に誰と仲良くしたいと言うのだろう。
 障害が失せてみて、初めてダリルは自分の、他人に対する無関心さを理解した。ダリルはロンとハーマイオニーとハリーとネビルと、ウィーズリーの双子以外、他に誰がグリフィンドール寮生なのか知らない。
 ドラコの妹だからとか、家が純血主義だからとかではなく、自分に友達が出来ないのは、それが原因なのかもしれない。
 ちょっと反省してみたが、すぐに「如何でも良いわ」という開き直りが弾き出された。

 私にはドラコがいるもの。ダリルはそう考えて、全ての思考を放棄する。
 しかし周囲はそう思っていないというのが、ドラコの考えだった。

 ダリルの思っている通り、どうせ朝食を一緒に取らないぐらいで何かが変わるわけがないとはドラコも分かっていた。尤もそれはグリフィンドール寮生に対してだけで、スリザリン寮生にとっては大きく変わってくる。ダリルがドラコに付いて回れば必然的にスリザリン寮生とも深く関わることになるだろう。ドラコはダリル宛てに来た大量のご機嫌伺いを思い出して、苦々しく思った。
 人の多いところは嫌という、いつもの気まぐれでカウントダウンパーティをサボったダリル。ドラコが妹の我儘に加担したのは、そのほうがダリルに付きまとう輩が増えなくて良いだろうと考えてだった。流石のナルシッサも当人が話題になっていないところでダリルの婚約者を探すほど必死にはならないだろうという考えもあったし、そうなりそうでもルシウスが渋るだろうと思ったのである。

 その年のカウントダウンパーティはパーキンソン家で行われた。その家の娘であるパンジーを始めとして、多くの人が集い、歓談し、ダンスやゲームに興じた。勿論皆着飾っている。ドラコもクリスマスの時より畏まったドレスローブを着ているし、両親も同様だった。
 それで大人は大人同士、子供は子供同士集まって、話したりゲームをしていたものの、今一つ華やかさに欠ける気がした。ドラコはクリスマスの時のダリルを思い出す。白地に金の細かい刺繍がなされたドレスを着て、髪を結っていた。装飾品こそ少なく、ドレスのデザインも簡素なものだったが、それが一層ダリルの美しさを引き立てていた。クリスマスの時のドレスでなくても、私服のワンピースでも、ホグワーツの制服でも構わない。長いプラチナブロンドをそのままに、皆と同じ服装へ押し込められていても、ダリルの容貌は損なわれない。ダリルがいるというだけで、彼女が嘆いていても、落ち込んでいても、場の空気は華やかになる。
 二週間という空白も彼女のことを記憶から消しさるに十分ではなかったようで、誰からともなくダリルの話題が出て、ドラコは何故ダリルがここにこられなかったのかという出まかせを三十分ほども語り続けなければならなかった。
 ダリルはカウントダウンパーティに出席しなかったが、結果としてその不在が一層彼女の存在感を浮き彫りにした。

 十一歳という年齢はまだ恋を知るに早すぎるが、ドラコほどではないし、相手はそうとも限らない。
 今は単なる容姿の綺麗なだけの女の子であっても、触れ合う内に誰かしらダリルに恋をするだろう。何しろダリルは大人しいし、向けられた好意を露骨な拒絶で返したりはしない。優しくて、何に対しても同情的だ。
 でも、ダリルは自分をそういう娘だと思って求愛してきた相手へ恋をすることはないだろう。

 大人しいのも、露骨な拒絶を浮かべないのも、優しいのも、同情的なのも、ダリルにとってその相手が如何でも良いからだ。
 本来のダリルは気が強いし、我儘で、好き嫌いが激しく、冷淡で、無意識の内に人の傷口を抉るような少女だ。
 もしもダリルが双子の妹でさえなければドラコは彼女に恋をしただろう。そしてその本性を知って、幻滅したに違いない。
 ドラコにとってダリルが愛しいのは自分の半身だからだ。だから傲慢でも、好き嫌いが激しくても、冷淡でも、無意識の内に傷つけられても許せる。世界に無関心な分の愛情をドラコへ注ぎ込んでくれるから、何もかも許せるのだ。

 それでは、もしも自分がいなくなったらダリルは如何するのだろう。
 誰がダリルを愛するだろう。誰に、ダリルはその惜しみない愛を注ぐだろう。我儘で、気が強くて、冷淡で、人を気軽に傷つける彼女を誰が理解し、愛してやれるのだろう。あの容貌の裏に隠された激情と、その奥の弱い少女を誰が守ってくれるのだろう。

 ドラコは自分がアダムでないことを知っている。ダリルが自分のイブでないことも分かっている。
 へその緒は運命の赤い糸などではなかったし、ドラコの肋骨は完璧に揃っている。二人は別個の人間だった。一緒に生れて、いつか別々に死ぬことになる。それをダリルは認めている。ドラコという個の存在を認めている。
 自分と違う考え方をすることも、自分と違うものを望んでいることも、分かっていて、ドラコが幸せになるのが嬉しいと言っている。
 ドラコも同じことを言ってやりたかった。純血主義を嫌っても、マグル生まれに関わっても、スクイブでも、グリフィンドールでも、それでもダリルはドラコの妹だ。一緒に生れて、一緒に死ぬことが出来なくても、生まれたというそれだけで二人は特別なのだ。
 殆どが一人で、家族や友を求めてこの世に生まれてくるなかで、ダリルとドラコは最初から兄妹だった。

 ドラコはダリルを置いて行った。でもダリルはドラコを置いて行かなかった。

 父も母もドラコも知らない人間と、自分たちが嫌う人間とずっと七年間一緒で、自分の知らない人間と恋をして、純血主義以外の考えやマグル生まれの魔法使いや魔女に触れ、自分の知らない男に愛を囁くだろう。それでもダリルは、自分達の愛情を裏切りはしない。
 誰と恋をしても、誰と触れ合っても、誰と友達になっても、誰と結婚しても、それはダリルが家族を愛さない理由にはならない。
 離れていくのは自分のほうだ。裏切るのは自分達だ。彼女が家を出ていくとしたら、それは自分達が追い出すからなのだ。
 ドラコはダリルのために出来うる限りのことをしてやろうと思った。
 手放しに人を愛し、好意を向ける事の出来ないドラコに出来ることはダリルの望みを手伝うことだけだった。

 二人は別の世界に生きているし、やがてその距離はもっと遠いものになるだろう。
 それでも世界は二人だけのものではない。

 例え今ダリルが寂しさを感じていても、世界に一人ぼっちではないのだ。
 

六十九億人ぼっち

 
 


七年語りPHILOSOPHER’S STONE