七年語りPHILOSOPHER’S STONE
30 許されなかったもの

 

 困った時のクィレル頼みという手が、ダリルにはある。

 相変わらずグリフィンドールとスリザリンの間に挟まれ、誰と如何付き合うべきか定まらないダリルはクィレルの居室へ逃げ込んでいた。何しろドラコは廊下ですれ違う度にダリルを睨みつけるし(自分が手を振っているからとは露ほどにも思わない)、怒ってるの? とドラコの機嫌を伺う手紙を送れば、「フロバーワームの繁殖時期が近い」という返事が戻ってきた。ダリルは憤慨してしまった。――五千単語も費やした手紙に対する返事がたったの六単語か! それでダリルは「トロールがホグワーツに紛れ込んでるみたいね」とだけ返信を送り、クリスマス休暇前と同じくスリザリンから距離を置いた生活を送っている。ドラコの宣言通りパンジー達とも疎遠になることが出来た。
 ドラコの冷たさ――ダリルはそう思っている――を受けて、ダリルはグリフィンドールでの友達作りに俄然やる気を出した。
 それで今クィレルの居室に逃げ込んでいるのも変な話だが、やる気を出したダリルが同寮の同級生達の顔と名前を一致させている内にドラコがネビルと問題を起こしたのだから、これではグリフィンドールの談話室で優雅な放課後を送るというのも無理に決まっていた。
 ドラコがグリフィンドール寮の生徒と諍いを起こすのを批難するつもりはないと言ったダリルだが、やはり起こってみれば腹が立つ。ダリルは「自分がヴォルデモート卿だったら周囲にこういう目で見られただろうな」という視線を享受していた。

「……皆、私のこと“例のあの人”でも見るみたいに見るんですもの」
 ダリルはもう定位置となった、クィレルの机の脇にあるソファに腰掛けながら、ぼやいた。
 クィレルの肩がびくんと跳ねる。ダリルはクリスマス休暇の内に、クィレルがどんなに臆病か忘れてしまっていた自分を悔いた。
「ごめんなさい。冗談です」
「あ、ああ、そ、そうか」
「でも本当に、私いつになったら友達が出来るのかしら……」
 ふうとため息交じりの愚痴を洩らしたが、返事はない。
 部屋へ来てからというものずっと湿っぽい泣きごとを洩らしていたダリルだったが、いい加減話題を変えることにした。

「そういえばクィレル教授、ずっと前に如何してハリーが死の呪文で絶えなかったか不思議に思ってましたでしょ?」
 私、クリスマス休暇の間に仮説を立ててきましたのよ。
 ダリルがそう微笑んだ瞬間、クィレルの心臓がバクバクと早鐘を打ち始めた。一瞬の間にクィレルの脳裏に様々なことが過ぎったが、しかし森はうっそうと生い茂り、クィレルは何もかもを黒い森へ置き去りにしてきてしまった。
 クィレルは何も促さなかったが、ダリルは無知という好奇心が満ちた声で語り始めていた。
「正確なところは分かりませんわ。私はその場に居ませんし、その場に居たもので正確な事実を知る人はもう誰もいませんもの」
 ダリルはカウントダウンパーティの日に、ルシウスの蔵書から得た知識をフル回転させて言葉を紡ぐ。
 話題が話題なのでメモ書きは取っていなかった。ドラコに見つかりでもしたら面倒なことになりそうだし、ドラコに隠したいことを他の誰かに教えたいわけがない。それに気の置けない知人との、些細な会話のためにメモを取る必要はないというものだ。
「死の呪文を防ぐことが出来ないのは、呪文だけだと私は思うんです」

 生涯問われる疑問の内、最も応えてはいけないだろうものにダリルは応えてしまった。

 ダリルはまずハリーに関することをホグワーツで調べてみたが、ハリーがヴォルデモートを倒した一部始終を見ていたものが誰もいないだけあって、きちんとした本でハロウィンの悲劇に言及したものはなかった。ゴシップ誌や低俗な本を捲れば多くの仮説や、想像、妄想に至るまで多くの意見が寄せられていたものの、ダリルは信用するに値する情報はないと結論づけた。
 そうなればどこから調べれば、その問いに答えられるだろう。ダリルは死の呪文がいつから使い始められたか、魔法史や闇の魔法使い達に関する資料、許されざる呪文についての書籍などを漁ることにした。
 勿論いつもそうする通り、資料を漁る前にダリルは自分自身の頭だけで何故なのか考えた。
 死の呪文に対する反対魔法は存在していない。政府は死の呪文を含めた三つの魔法をヒトに対する使用はしてはならないと決め、使用するだけでアズカバンへの終身刑に相当すると決めている。強力な魔法だ。決して抗えることのない呪い。
 しかし何の制約もなく、そんな重い呪いが使えるはずはない。勿論死の呪文自体使うのに多くの魔力を要するし、使いこなすのも困難だ。唱えても効力を発揮させられないことも多い。だから、その分強力なのだとは考えられなかった。
 難しい魔法は何も死の呪文だけではない。そしてその全てに反対魔法は存在する。それが道理というものだ。
 何処かに抜け道があるはずだという確信がダリルにはあった。

 古い魔法と新しい魔法を同時に使った場合勝つのは古い魔法である。
 つまり魔法というのは、過去を網羅するわけではなく、未来を網羅するものだ。網羅している期間が長ければ長いほど強い。
 初めてその呪文が世に出てきたのが早ければ早いほど強いということだが、その理通りではないこともある。その場合過去の呪文を経て世に出てくるのだ。虎の威を借る狐と一緒で、新しい呪文でも“この呪文が網羅している期間を含めて”という注釈を付ければ、呪文自体が世に出てからではなく、指定した呪文が出来てからの期間に依ることになる。その分使うのは倍困難になるけれど、可能だ。

 死の呪文もそれと同じなのかもしれないとダリルは思った。
 魔法史を紐解く限り、死の呪文が出来たのはどちらかと言えば最近の部類に分けられるが、何にも依っていないという確証はない。
 しかし何の呪文に依ればいいだろう。ダリルの知る限り全てを意味する魔法はないし、そんな魔法があるなら疾うに知っているはずだ。古ければ古いほど単純で、日常の多くで使用することになる。でも、ダリルにはそんな心当たりはなかった。
 見落としているのかもしれない。ダリルは許されざる呪文について書かれた本を抱えて思った。
 そこでダリルは死の呪文の語源について言及した文章を見つけるのである。アバダ・ケダブラ――我話すなり、よって破壊するなり。

「私、現代魔法の原点が何か分かりましたわ」
 ダリルは嬉しそうにクィレルへ話しかける。
「言葉そのもの、呪文そのものこそが私達の今使う魔法の源流だって思うんです。千年よりずっと昔、私達が言葉に頼らず使って来た魔法について、それが如何言うものだったのか今とても気になるんです」
 楽しそうに言葉を続けるダリルだったが、クィレルはダリルへ相槌を打つ以上のことは出来なかった。

 クィレルの後頭部ではヴォルデモートがダリルの言葉の意味について考え込んでいた。
 呪文に頼らない魔法。それはヴォルデモートがかつて軽んじ、調べようとしなかった部類のものだ。
 それが自分を破ったと言うのだろうか。クィレルの目の前に居る子供はそうだと言っている。鼻で笑ってしまって取り合わずとも良かったが、ダリルが如何考えるか知りたいと思ったのはヴォルデモートで、そう思うからにはヴォルデモートはこの魔法の使えない少女を軽んじてはいなかった。たかがスクイブと思ったものの、ダリルの発想力には興味を持っていた。ダリルの言葉を受けて、ヴォルデモートは長らく考えこんでいたが――それこそクィレルがダリルをやんわりと追い返し、自分の機嫌を伺う時まで――結論らしい結論は出なかった。

 何もヴォルデモートがダリルの気付いた事に気付かなかったわけでも、ダリルの仮説が全くの見当違いだったわけでもない。
 ヴォルデモートはそれを軽んじようと思って軽んじたわけではなかった。
 調べないでいようと思って、そうしたわけではなかった。
 ダリルは知っていて、ヴォルデモートは知らなかったのだ。ただそれだけに過ぎない。

 ヴォルデモートはダリルを気味の悪い生き物だと思った。
 

許されなかったもの

 
 


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