七年語りPHILOSOPHER’S STONE
31 茂みからはみ出た秘密

 

 親愛なるハリーへ
 明日はいよいよクィディッチの試合ね。
 クリスマス休暇が終わってから毎日一生懸命練習していたハリーがシーカーなんだもの、きっと勝てると思うわ。
 前は具合が悪くて観戦にいけなかったものだからがっかりしたけど、明日は大丈夫そうで嬉しい。
 明日は皆がハリーのこと話してるのを聞く度に嫉妬しなくて済みそうよ。勿論私も明日はハリーの雄姿を見に行くわ!
 例え陰険スネイプがグリフィンドールに不利なことをしたとして、マクゴナガル教授がそれを黙って見過ごすと思う? 十ガリオン賭けても良いわ。明日の勝者は貴方よ。勝つのはグリフィンドールに決まっているのだから、緊張しないで、いつも通り頑張ってね。

 友情を込めて、貴方の紙で出来た友人より。

 ダリルがハリーへの手紙に書いたように、マクゴナガル教授は決してスネイプの不公平な審判を許さないだろう。
 クリスマス休暇明け早々、課題を渡すためにマクゴナガル教授の居室を訪れたダリルだったが、親愛なるクィディッチ狂の寮監はダリルが部屋に入るなり断固としてスネイプがちょっとでも卑怯なことをしたら許さない旨を宣言してくださった。
 ハリーが箒に乗っているのを見て一緒に興奮した仲だからか、マクゴナガル教授はダリルの前では自分が如何にクィディッチに情熱を傾けているか押し殺そうとしなかった。ダリルはマクゴナガル教授に相槌を打って彼女を煽り、そうしてすぐに部屋を出て行ったのだった。
 クィディッチのことで興奮している今なら、ドラコがダリルの課題を手伝ってくれたことにも気づくまい。勿論ドラコが書いたものをそのまま提出することはなかったが、マクゴナガル教授のことだから、落ち着いてまじまじ見れば代筆に気付いたろう。
 どうかクィディッチの試合が始まるまでに読んでくれますように……ダリルはそんなことを祈った。

 流石にあれから三週間も経っていれば読んでくれただろう。
 ダリルはポジティブに物事を考えながら、双眼鏡を手に、今日のクィディッチ観戦の準備をしていた。
 いつもはネガティブなダリルも今日ばかりは暗くなんてなれない。何しろ、喉から手が出るほど望んだハリーの試合だ……!
 ドラコとは仲直りしたし、ハリーとクィレルからクリスマス・カードを貰ったし、ハリーとの文通は再開したし、ハリーの試合は見れるし――ダリルはうっとりと虚空に視線を彷徨わせた。私、こんなに幸福で良いのかしら。
 そこまで考えてから、ダリルは机の上に飾ってある封筒を手にとって、その中のリボンを広げてみた。
 今日つけていこうか……グリフィンドールカラーのネクタイを締めていれば、この色もそんなに似合わないではないだろう。
 ちょっと考えたが、ダリルはまたリボンを封筒のなかへ仕舞った。
 どうせまた今日もドラコはロン達にちょっかいを出すだろうし、ロンかハーマイオニーか、誰かハリーが文通相手にリボンを送ったことを知っている人がいるかもしれない。リボンを贈ってくれたハリーの心境を思うとすまなかったが、ダリルはミス・レターが生きている人間だとは思われたくなかった。今でもすっかりグリフィンドールとスリザリンの間に挟まれているのに、これ以上の諍いはごめんだ。
 ダリルはルシウスから貰ったネックレスだけを付け、いつも通りの髪型で部屋を出て行った。

 朝食も食べずに、まだ閑散としているスタンドに付くと、ダリルはグリフィンドール寮に割り当てられた席のなかで一番隅っこの――レイブンクロー側の席へと腰かけた。持ってきたものを膝に置く。双眼鏡と、耳栓と、試合が始まるまで読む本。
 「フラメルの錬金術教室」という本を三十ページほど読んだところで一気に人が増え、四十ページに達する前に試合が始まった。
 ダリルは本を閉じて耳栓をし、双眼鏡を覗きこんだ。
 グリフィンドール寮の赤い服を身につけて、箒を手に持ったハリーが列の一番最後に並んでいる。ダリルはうっとりとハリーを見つめた。
 ハリー達が地面を蹴った瞬間にドラコとロン、ハーマイオニーの口論もプレイ・ボール。しかしダリルはハリーを追うのに夢中でいた。
 ドラコがひと騒動起こすと見越して耳栓を持ってきたのは正解だった。ロン達とは席が離れていたが、彼らの声が聞こえないほど遠くに行くにはハッフルパフの席に割り込まねばならなかっただろうし、ドラコがロン達に何と言っているか聞いたら、ダリルは夏が終わってもドラコと口を聞こうとしなかったに違いない。そう考えると、ダリルが耳栓を持ってきていたのはドラコにとっても幸いだった。

 五メートルほど離れたところで双子の兄が何をしているか全く気付かないままダリルはハリーを追っている。
 ハリーが仲間の好プレーに喜んでいると思わずキャーと歓声を上げたくなったし(声を抑えるためにダリルは太ももを抓らなければならなかった)、スネイプがハッフルパフにペナルティ・シュートを与えた時は思い切り顔を顰めてしまった。
 それでもハリーが勝つとダリルには分かっていた。
 教員席にはダンブルドア校長がいたし、そうでなくてもマクゴナガル教授のあの剣幕を思い出すに、スネイプがどうこう出来る隙はないだろうとダリルは思っていた。何よりもハリーの飛行テクニックと来たら……!
 スニッチを探して、高いところをぐるぐる飛びまわってるハリーと来たら、本物の鳥でもああは自然に旋回出来ないだろうとダリルに思わせた。うっとりしすぎて、ダリルはスネイプが下界でグリフィンドールにいちゃもんをつけているのにも気づかなかった。
 その分ハリーの行動が先までと変わったのにはいち早く気づけた。

 悠々と飛んでいた――当てもなくスニッチを探しているようだったハリーが、急に旋回を止めたかと思うと雷のように素早く急降下した。
 ダリルはハリーが初めて箒に乗ったのをマクゴナガル教授と一緒に見た時のことを思い出した。あの時でさえ光のようだとか、あんなに素晴らしい箒捌きを見たことがないわと思ったが、今の動きはもうダリルの想像を超えていた。
 耳栓をしていなくとも、ダリルの耳にはハリーの箒捌きに観衆が沸き立つ声も、ドラコがロンを挑発する声も聞こえなかっただろう。
 息をするのも忘れてしまうほどハリーの動きは鮮やかだった。
 ダリルの隣に座っていたレイブンクローの女学生が「地面にぶつかっちゃうわ」と目を瞑ったり、ハリーの心配をしていたけれど、ダリルは指の先ほども不安には思っていなかった。あの時、飛行訓練でハリーが飛んでいた時のほうがずっと大変そうだったわ。
 地面へ落下し続ける物体と違って、スニッチは必ずしも落ちていくわけではない。そこがまた難しくもあるのだが、ハリーが地上を目指した時からダリルには、否ハリーが飛ぶのを初めて見た時からダリルには、ハリーが空中で誰よりも早く飛べると知っていた。

 ハリーが手をあげて、手のひらの内にいるスニッチを観客に見せた途端スタンドが割れるような大歓声をあげた。
 この喜びを分かちあえるような相手はダリルにはいなかったが、その分深く胸に刻まれた。
 なんて私は幸せなのかしら。ダリルは自分の幸福を改めて噛み締め、ハリーの返事を待たずに手紙を送ることに決めた。
 唯一不満があるとしたらハリーの飛びっぷりを十分に見ていられなかったことだろうか。
 五分なんて短すぎるわと、ダリルは双眼鏡を仕舞いながら膨れた。



 スタジアムが無人になってから一時間ほどが経っただろうか。試合は終わったというのに、ハリーはまた箒に乗っていた。
 ダリルはハリーのことを鳥なんかよりずっと自然に飛ぶと例えていたが、実際ハリーにとって箒に乗るというのは、ただクィディッチのためだけではなかった。今やハリーにとって箒に乗るということは歩くことと等しい、自分が生活する上での選択肢の一つとなっていた。
 だからハリーはスネイプを追跡するのに箒を使うことをすぐ思いついた。
 その選択は正解だった。スネイプは城を出ると森のほうへ向かい、誰か後を付けてきてはいないかと時折振り向いたが、ハリーはスネイプの視界の遥か上におり、枯れ葉や枝をうっかり踏んづけてしまわないよう苦心せずに済んだ。
 木の枝に打つかって音を立てないよう気を使っている内、スネイプを見失ってしまったが、そう探し回る必要はなかった。禁じられた森のなかは外界から切り離されたように静寂で、そのなかで人の声はよく通る。
 ハリーは声のするほうへ箒を向けると、大きなぶなの木の枝に降り立った。声は聞こえるが、葉に隠れてスネイプの姿は見えない。上のほうに葉が薄い太い枝を見つけて、そっとそこまで登る。葉の茂みから顔を覗かせて下を見ると、紫色の大きいターバンが見えた。
「な、なんで……よりにも、よ、よってこんなところで……」
 クィレルだ!

 ハリーは耳をそばだてた。クィレルはスネイプに不満を漏らしている。どうやらスネイプがクィレルを呼びだしたらしい。
「このことは二人だけの問題にしようと思いましてな」
 スネイプは威圧的な調子でクィレルに話しかけていた。
 二人がどんな顔をしているかは分からないが、クィレルが怯えているだろうことが分かる。
「生徒諸君に賢者の石のことを知られてはまずいのでね」
 やっぱりだ……。ハリーはゴクンと唾を飲み込んだ。僕らの考えは正しかった……! スネイプは賢者の石を狙っているんだ!!
 ハリーはこの場にハーマイオニーとロンも居たらいいのにと思った。
 勿論後で何を聞いてきたか教えるけれど、三人でこの緊張と、自分達の考えの正しさが証明された興奮を分かち合いたかった。
 大きくなる心臓の音が如何か聞こえませんようにと思いながら、ハリーは二人の話を盗み聞いていた。
 不意に、それが可笑しな方向へ向かう。
「ダリル・マルフォイに何を吹き込んでいるかは知らないが……あの子がハグリッドの野獣を出し抜く方法でも教えてくれるのかね」
「ま、ま、まさか……か、彼女は関係ない――た、ただマクゴナガル教授が、彼女が魔法を使えない理由を探ってくれと言うので……」
 ハリーは目を見開いた。
 魔法が……使えない……あの、ダリル・マルフォイが――いっつも魔法を使えないマグルを馬鹿にして回っているドラコの妹が?
 ぎょっとしたが、思えばハリーはダリルが何かしらの魔法を使っているところを見たことがなかった。
 ダリルに興味を向けたことはなかったが、同寮の同級生は少なくて、必然的にハリーはダリルの授業態度がどんなものかも知っている。ハーマイオニーのように活発に教授達の問いに答えるということはないが、指されればきちんと答える。だからハリーは彼女が賢いのだろうなと思っていた。別にロンの意見に感化されたわけじゃないが、ちょっとお高く止まってるなとも感じていた。
 フレッドとジョージが話しかけても鬱陶しそうにするし、談話室にも滅多に出てこない。グリフィンドール生達の間では、ダリルがグリフィンドール寮に組み分けられたのを恥じているんだろうというのが定説だった。ハリーもそう思っている。
『ちょっと綺麗だからって――』ハリーはロンの言葉を思い出した。『鼻さきにクソ爆弾ぶら下げたような顔してたら、無意味だよな』
 なんだか、ハリーは知ってはいけないことを知ってしまったような気がした。

 ロンに話したら大層面白がるだろうし、ドラコにそう言ったらどんな顔をするんだろうとも考えたが、ハリーは賢者の石に関する事以外聞かなかったのだと、ダリル・マルフォイのゴシップを忘れてしまうことに決めた。
 ドラコは嫌いだったけれど、ダリルはハリーに直接的な嫌がらせをしてきたことはない。

 それにハリーはダリルが自分に笑ってくれたことを忘れてはいなかった。
 あの時のダリルは決してお高く止まっているようでも、高慢ちきそうでもなかったし、鼻さきにクソ爆弾もぶら下げてなかった。
 なのに、やっぱりグリフィンドールが嫌いなんだろうか。
 今日の試合も、ハリーがスニッチを取ったことも、グリフィンドールがスリザリンを抜いて首位に立ったのも気に食わないんだろう。

 自分の考えが正しかったんだという興奮はハリーのなかでなりをひそめていた。
 代わりに今日の勝利にケチをつけられたような、そんながっかりした気分で、ハリーはホグワーツ城の箒置き場へ戻って行った。
 

茂みからはみ出た秘密

 
 


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