七年語りCHAMBER OF SECRETS
08 心の置き所

 

 リーは「僕は今年から通販で教科書を揃えることにしたんだ」と言い、三人が一緒に行こうと幾ら誘っても頑なに拒んだ。
 そんなわけで、ダリルはロックハートのサインを得るため、そしてフレッドとジョージは家族と合流するために、三人で「付き合いが悪いな」とかなんとかブーたれながらフローリシュ・アンド・ブロッツ書店に向かった。店先に着いた三人はリーが何故強固な意志でもって友人達の誘いを辞退し続けたか知ることになる。「わーお、学期初めの俺達のトランクよりひでぇぜ」とフレッドが口笛を吹いた。
「ふつう逆なんじゃないかしら?」
「俺達の荷物の大部分は消耗品だからな」
 ジョージがにやっと笑った。そして三人で暫くその場に突っ立っていた。これまでも散々人をかき分けて来たのだ。まさか悪戯専門店以上に混雑はしてないだろうと信じて来たのに、それを遥かに超える人出である。紛れ込む勇気はなかった。

「ロックハートって人気あるのね」
 ダリルが他人事らしい口ぶりで呟く。
「まあ、一部にはな」
 フレッドの言うとおり店内にいる客には共通点があった。「熱狂してるのはママ達と同じ年頃の魔女ばっかりさ、軒先見てみろよ」ジョージが指さす方を見ると、ぐったりした顔をした子供達が身を寄せ集まっている。「哀れな子羊の群れって奴だな」フレッドが肩を竦めた。
「でも良いこともある。これだけ人がいりゃ、もうちょっと俺達と遊んでても気づかれないじゃないか」
 ジョージがダリルを見てにっこり笑った。
 道々で立てた予定では、万全を期するため店先についたら別れるはずだった。しかしダリルはジョージの言うとおりかなと思った。それに友達と別れるに一時間の邂逅はあんまりにも短すぎるというものだ。
「良いね。買ってきたばっかりの糞爆弾がきちんと使えるか試さなくっちゃな」
「商品を汚すだろ。ドクターフィリバスの長々花火のほうが良い」
「どっちも一緒だわ」
 ダリルは眉をひそめて二人を見た。「それにサインを貰って帰らなきゃ、お母様の機嫌を損ねちゃうじゃないの」フレッドは「今、俺達の機嫌を損なうのは構わないのかよ」とぼやいたが、ダリルは聞こえないふりをした。

「そんなら割り込むか」そうやって気を遣ってくれるのはいつもジョージのほうだ。
「でも、どこへ?」
「君、あの赤毛の焼野原が見えないのかい?」ジョージがにやにや笑う。それからフレッドもジョージの視線の先を追い、笑った。
「どうせ背が低くて見えないんだろ。しかし相棒、その表現はかンなり詩的だぜ……」
「そんなに低くないわよ」
 フレッドの台詞に促されてつま先立ちすると、二人の言うとおり、禿げ頭の周りを囲む赤毛が見えた。こんな形で特定するのは不本意ではあるが――アーサー・ウィーズリーが店内にいるのがダリルにも分かった。
「貴方達の身長は小父様譲りなのねと言われたい? それとも、貴方達も将来ああなるんだから、笑っちゃダメよと叱られたい?」
「俺達は素ン晴らしい育毛剤を作るさ……魔法薬学は苦手じゃないんだ。さ、行こ」
 ジョージがダリルの手を握って、人だかりのなかへ潜り込んだ。
「ま、どっちかってーとマグルのカガクとかのが面白いって思うけどね。抽出技術とかはあっちのほうが進んでるよな」
 フレッドも空いているほうの手を掴んでくれた。三人で固まって、もぞもぞと赤毛の焼野原を目指す。
 二人に挟まれ、真ん中のダリルは随分楽だった。「ありがとう」ダリルが二人の気遣いに感謝すると、右隣にいるフレッドが「本当に有り難いって思うなら、このまま最前列まで言ってロックハートに糞爆弾をプレゼントしてやろうぜ」とぼやいた。「そりゃ面白そうだ。ママがいなきゃな」ジョージは乗り気ではないようだ。
「ロックハートにあげるぐらいなら私にあげる方が還元率が高いわよ」
「そりゃ、如何してだい」
「私にくれるんなら、投げる相手は貴方達に決めてるの」
 二人がダリルに何か言うより、モリーがダリルを自分の後ろに引きずり込む方が早かった。
「貴方達やっと来たわね!」
「小母様、入れて下さってありがとうございます」
「フレッドとジョージのやんちゃに付き合うなら、もっとスタミナをつけたほうが良いわよ」
 モリーがダリルの肩をペタペタ触って言った。
「スタミナないほうが良いんだ。あったら俺達糞爆弾の“く”の字を言った瞬間にトイレへ押し込まれちまう」ダリルの後ろへ割り込んだフレッドが口を挟む。
「そうそう。ダリルは俺達を怒る元気がないから、渋々従ってるだけなんだ」ジョージはまだダリルの横にいた。
「余計スタミナをつけてもらわなくちゃね――お願いだから如何にかしてこの子達の悪戯を止めて頂戴」
 モリーは冗談に聞こえない声音で呟くと、体を震わせた。余程手を焼いているのだろう。単なる友達のダリルだってアレだ。もう十何年と彼らを見守ってきたモリーは腹に耐えかねているに違いなかった。ダリルはモリーの苦労を思って、苦笑する。
「ごめんなさい小母様。二人に渋々従うのが好きなんです」
「皆がそうやって甘やかすから、この子達が調子に乗るったらないわ……」
 モリーが眉を顰めるのと、隣にいるジョージが鼻高々という顔をするのが、あんまりに不釣り合いだったので、ダリルは吹きだしてしまった。モリーがじっとりした視線で自分を見るのに慌てて話題を逸らす。
「それにしても、小母様達は随分と早くから並んだんですね」

「ママったら私の制服のサイズを確かめもしなかったのよ」
 ぴょこと、モリーの脇から赤毛の女の子が顔を出して笑った。
「確かめましたよ。それにちょっとぐらい大きいものを買ったほうが良いんです」モリーが不服そうに訂正を入れる。
「制服じゃなくてドレスみたいだったわ。裾をつまんでお辞儀する練習しなくちゃ」
 クスクス笑う少女はとても可愛らしかった。フレッドとジョージを女の子にして、ちょっとおしとやかにさせたら、こんな風になるんじゃないかなとダリルは思った。お茶目に笑い、ユーモアたっぷりの台詞で場を和ませる。こんな風にからかわれたら、きっと誰だって怒れないに決まっている。実際にもうモリーは全く不服そうではない。末娘の冗談ににっこりと頬を綻ばせていた。
「貴女がジニーね」
 ダリルは確信と共に問うた。ジニーが頷く。
「ええ、初めましてね? この夏はずっとフレッドとジョージの手紙を見てたから、なんだかそんな気しないの」
「私はちょっと驚いたわ」ダリルはふーっと息を吐いた。
「そりゃそうだ、ジニーが勝手に俺達の手紙覗いてただけなんだから」フレッドが後ろから茶化す。
「いいえ、そうじゃないわ。なんだか、想像以上にチャーミングだったから……私そっくりの我儘だなんて嘘ばっかりじゃない」ダリルは隣にいるジョージを睨んだ。しかしジョージは飄々とした顔で「ジニーお嬢さん、猫を何匹飼ってるの」と言っていた。
 ジニーがジョージを睨む。
「ジョージっていっつもこうなのよ」
 一瞬で見分けがつくのは流石家族ということか。ダリルはジニーの台詞に感心した。するとジニーがちょいちょいとダリルを指で呼び寄せた。体を捩じって、顔を近づける。間に挟まれたモリーがクスクス笑っていた。ジニーが何を言うか知っているのだろう。

(二人は気づいてないみたいだけど、私を“お嬢さん”って言うのがジョージで、“お嬢ちゃん”って言うのがフレッドなの)

 怪訝げな顔をするジョージのほうをチラっと見ながらそう囁くと、ジニーは愛嬌たっぷりにウインクしてみせた。
 ハーマイオニー並みの聡さだ。ダリルはさっき以上にジニーへ感じ入っていた。小母様の愛嬌と小父様の賢さを全部受け継いだような感じね。末に生まれたジニーが夫妻の良いところを全部受け継いでいるようで、ダリルは何だか可笑しくなってしまった。
「貴女ってフレッドとジョージから聞いたより、千倍素敵だわ」
 ダリルは瞳を輝かせながらジニーに微笑みかけた。
「よろしくジニー。ホグワーツに来たら、是非仲良くして頂戴ね」そう言った途端、悪戯っぽく笑っていたジニーの表情が陰る。
「でも私はまだどこの寮に入るか分からないから……もしも違う寮に入っても、仲良くしてね? お願いよ」
「貴女がグリフィンドールに入らなかったら、退学したって良いわ」
 ジニーの顔がぱっと明るくなった。ダリルの頬が緩む。――可愛い。ほんの一歳差だけれど、ジニーは末娘という立場に相応しく、おねだり上手だった。こんな妹がいたら星だって取ってきてあげたくなっちゃうわね。ダリルは頬を染めた。
 しかし次の瞬間ダリル以上にジニーの顔が赤くなった。
「お、ハリー! ロン、ハーマイオニー、こっちだ!!」
 フレッドがダリルの背後でばたばた動いている。恐らく店先に来た三人をこちらへと誘導しているのだろう。
「ほーらジニーの顔が前髪に覆われて見えなくなっちゃった」
 ジョージがダリルに耳打ちした。
「私、ジニーみたいな可愛い妹が欲しかったわ」
「そりゃ良い。うちは男が有り余ってるからな、誰でも好きな奴を選んで結婚しちっまえ」
 ハリー達に呼びかけていたフレッドが話に割り込んだ。
「ロニー坊やが良いな。チャーリーやビルじゃあ歳が開きすぎてるし、パーシーじゃあ合わない」
「貴方達幸運ね」
 ダリルは鷹揚に頷いた。ハリー達の声はまだ遠く、自分たちの会話内容が耳に届いてなかっただろうことが十分に分かる。
「彼らがその言葉を聞いてたら、私は貴方達と絶交したでしょうね」
「おい相棒、俺達が幸運なのはいつものことだよな?」
「勿論だ。不運だったならロニーのテディベアをクモに変えちまった時に死んでたろうよ」

「よかった。来たのね」
 モリーがダリルとフレッドの向こうにいるハリー達へ話しかけた。そうしてから「もうすぐよ……」と興奮気味に囁き、髪を手櫛で直そうとしている。モリーの台詞通り、来たばかりの時は見えなかったロックハートの姿が徐々に見えてきた。「きゃっ彼よ!」ハーマイオニーのものらしき悲鳴が聞こえ、後からごにょごにょと不満そうな響きが続く。「ロニー坊やの嫌いなもんはクモとロックハートに決まりだな」フレッドがダリルの髪を引っ張って、耳元に囁いた。
「本当に、肉親にも容赦がないのね」ダリルはぷっと吹きだして、ケラケラ笑い出す。
「子供ん時は家族しか実験台がいないもんな」
「今思えば、何をしても許される子供時代に家族へ悪戯しておいて良かったよ」
「私の後悔はあの時、お前たちを躾けきっておかなかったことですよ……」
 憧れの有名人に会える期待と興奮も、フレッドとジョージという現実には敵わないらしい。モリーが苦々しげに言い放った。
「子供は放っておいたほうがよく育つだなんて思っていたあの頃の私をガツンと説教したいものだわ」
「じゃあ私、小母様の教育方針にお礼しなきゃいけないのね」
 ダリルは苦笑して言った。
 そうしてモリーの耳元に唇を寄せる。一瞬びっくりしたような顔をしたものの、モリーはじっとダリルの台詞を待っていてくれた。
(私、ホグワーツに通い始めた時はいっそ家に帰ってしまおうか何度か思ったんです。友達は出来ないし、お父様達は私がスリザリンに入らなかったことで怒っていたので。それにフレッドとジョージったら、私のことミス・スリザリンなんて言ってからかうんですもの。
 最初はお父様と小父様の仲が悪いからなのかなって思ったんですけど、全くの愉快犯なんですよ)
 モリーの顔がこれ以上ないというぐらいに引きつり、視線だけで人を殺せたならと望んでいるような冷たい瞳をジョージへ注いだ。
「馬鹿息子達で申し訳ないわ……」
「いいえ、いいえ」思わず声が大きくなった。
「そうね。話を遮ってごめんなさい」
 ジョージが何言っているのさと口を尖らせたが、モリーがもう一度睨みつけると黙り込んだ。つくづくお母様に弱い人ね。モリーよりも三十センチは身長が高いジョージが、ちっちゃな母親を恐れているというのはとても面白いことだった。
 ちょっと笑ってからダリルは話を再開する。
(だけど学期末に私はとても大事な人を失って、私、その人のおかげで一年やってこれたんです。
 その人は私のこと慰めてくれて、私のことを励ましてくれたんです。君はダメじゃないよって。でもその人はいなくなってしまって、いつも気分を落ち込んだとき慰めてくれたのはその人だったのに、私は誰に泣き言を漏らせばいいんだろうって思ったら、誰にも会いたくなくなって――そんな時に二人が笑わせてくれたんです)
 モリーは痛ましそうにダリルを見たが、ダリルは微笑んで頭を振った。
(小母様や小父様は大変かもしれないけど、あの二人ってとっても、その、人を笑わせるのって凄く難しいことですわ)
「そう、あの子達がね……」
 やはり何だかんだと五月蠅く言っても、二人のことを誰より気にかけているに違いない。モリーはダリルの台詞に瞳を和ませた。

(だからあと風穴一つぶんぐらいは許してあげて下さいません? 小父様が小母様にプロポーズするために自力で建てた家を破壊されるのは勿論楽しくないでしょうけど……)
「フレッド、ジョージ! お前たちときたら……ダリルに何を吹き込んだか家に戻ったら全部聞かせてもらいますからね!」
 モリーが慈愛ある母親の顔になったのは一瞬だけだった。

 それでもジョージとフレッドはそのほうが良いらしい。ダリルがぼそぼそと話している間中ずっとソワソワしていた二人は安堵したようなため息と共に「勿論だよママ!」と殆ど同時に叫んだ。途端に割れんばかりの拍手が店内に満ちた。拍手の理由に気付いたモリーがびっくり仰天して目を見開いている。「ハリー、にっこり笑って!」物凄く嫌そうな顔をしたハリーがロックハートの腕の中に納まっていた。モリーは至近距離で見たロックハートへ「本当に素敵……」と零し、アーサーの眉間にしわが増える。
 パシャパシャとカメラのシャッターが切られる度に、心なしか周囲の人口密度が増すようだった。ジョージが眉を顰める。心配になったが、「明日の日刊預言者新聞はジニーとダリルに買い占められちまうだろうな」まだまだ軽口を叩く余裕はあるらしい。
 ジニーとダリルはほぼ同時にジョージの頬をつねった。

「ダリル、ハリーのことが好きなの?」不意にジニーが眉尻を下げて問う。
 ダリルはきょとんと首を傾げた。
「勿論よ。彼のことを嫌う人が」父親とドラコと言う多くの例外を思い出し、ダリルの声が迷った。「アー……彼って人を惹きつけるものがあるわよね? 小母様や小父様だってハリーのことが好きみたいじゃない」ダリルはにっこり微笑んだ。
「うーん、そうね」
 ジニーは腑に落ちないといった顔をしている。ちょっと俯いたかと思うと「鍋も持ってるし、私はちょっと隅に行ってるわ。暑いし重くって」肩を竦めて、列から出て行ってしまった。

「何か気を悪くさせること言っちゃったかしら?」ダリルはそっとジョージに囁く。
「ジニーお嬢ちゃんは、君がハリーのことを異性的に好きか聞きたかったんだろうよ」後ろにいるフレッドが答えた。
「スタート地点が同じでも、学年が同じな分君の方が有利だし、そうでなくともハーマイオニー嬢がいる」それをジョージが引きついで、詳しく説明してくれる。それでも、やっぱりよく分からなかった。
「私は別にハリーと付き合おうとか思ってないわ」
 もしもハリーと付き合いだしたらナルシッサが死んでしまうかもしれない。それにじき婚約者が出来るのに、そうでない恋人を作るというのは、何ともはしたない気がした。恋人というのはモリーとアーサーのように、――まあ何が何でも結婚しろというわけでないが、少なくとも付き合っている時ぐらいは互いを一番に思っていなければならないはずだ。なのに「私はちょっとしたら婚約者が出来るから、それで別れましょうね」とは言えないだろう。何よりそれって、はしたないとか、不誠実以前に、物凄く面倒くさいことだわとダリルは思った。
 しかしダリルが二人に詳しく物事を説明することはなかった。

「この九月から、私はホグワーツ魔術学校にて、『闇の魔術に対する防衛術』の担当教授職をお引き受けすることになりました!」

「まあ、聞いた?」ダリルは目を見開いて、後ろのフレッドを見ようとする。
「聞きたくないことに限って耳んなか入ってくるのは不思議だぜ」ジョージがやれやれと言いたげに頭を振った。
「クィレルのほうがずっとマシだったよな?」フレッドはさも同情してくれと言いたげな声音を絞り出す。
「クィレル教授は勿論とっても良かったわ。でも、次の教師は必要でしょ?」
 ロックハートはハリーから離れると意気揚々と席についた。行列がまた進みだす。

 元から前の方にいたこともあり、そしてロックハートがわけのわからないやる気を出して、機械かと思うほど素早くサインと握手をしていったこともあり、ダリルの番になるまで五分と経たなかった。モリーがうっとりした顔で列を抜け、その隣のアーサーは不機嫌極まりない顔をしている。「母さん、その本はだいーじに地中へでも埋めて置くべきじゃないか?」ダリルは夫妻のやり取りにくすっと微笑んだ。

 ロックハートの前に出ると、彼の白い歯がスポットライトで光っていた。
「やあ綺麗なお嬢さんだ! いやいや言わなくていい、勿論私のほうがずっと素敵だということは分かっていますよ!」ダリルの隣でジョージがウエーっと呻いたが、聞こえなかったようだ。ロックハートはニコニコと笑顔を崩さない。「君もホグワーツの生徒かな?」
「はい。あ、母の分もお願いします……」
 ダリルは鞄から二冊の本を出して、サインを貰う。これでナルシッサの機嫌は安定するだろう。
 ジョージが「終わったならさっさと行こうぜ」と腕を引き、フレッドが背後から肩を掴んで、ロックハートから遠ざけようとする。ダリルはそれに逆らわず、遠ざかりながらロックハートに手を振った。
「九月に教室でお会いしましょうね。有意義なお話を聞けると、楽しみにしていますわ」

「俺達とあいつの尻に糞爆弾を括りつけてるほうがずっと有意義だぜ」
 そうぶつぶつ言うフレッドの声とハーマイオニーの「大ファンなんです!」とはしゃぐ声が重なった。「魔法界の未来が心配になるよ」ジョージが悲しそうに言った。如何やらダリルの洗脳が順調に進んでいるようで、二人はハーマイオニーが一人で未来の魔法界を回すのだと思い込んでしまっているようだ。「大丈夫よ。貴方達も、ロンもいるじゃない」ダリルは肩を竦めて笑った。

「フレッド、ジョージ! ダリル、こっちへおいで! ジニーのところに集まろう」
 ちょっと遠くに流されていたアーサーがフレッドとジョージを見つけて、手招きする。
「ダリル、はぐれるなよ」
 ごく自然に自分の手を握るフレッドに、ダリルは何か不穏なものを感じた。そりゃからかいの言葉も無くフレッドが親切にしてくれるのは珍しいことだけど、店に入ってからダリルが人ごみに潰されないよう後ろから守ってくれていたじゃないか。何故フレッドの親切がこんなに気にかかるのだろう。うーんと考え込んだダリルだったが、答えはすぐ出た――最も避けたいと思っていた形により。

「ダリル!」

 ウィーズリー家やグレンジャー家の皆と合流した途端、ダリルの肩がビクッと跳ねた。
 フレッドが握っていたダリルの手を、青年のものではない骨ばった掌が掻っ攫う。ルシウスがダリルを抱き寄せて、フレッドとジョージを睨みつけていた。ダリルの頭が真っ白になる。そうだ、店に来た時点で離れておくべきだったのに……完全に見られた。

「……お父様」
 ダリルがおずおずと父親を呼ぶと、ルシウスが厳しい視線をダリルに向ける。そうしてから、ぐるりとウィーズリー一家を睨みつけた。
「なるほど、なるほど、娘が大層お世話になったようですな。尤も“余計な”がつくだろうがね」
 丁寧な言葉遣いではあったもののルシウスが怒っているのは誰の目にも明らかだった。それでもルシウスの怒りがそっちに向いてる時はまだマシだった。ルシウスはダリルの右手首をきつく握りしめる。ダリルの顔が痛みに歪んだ。

「あれほどグリフィーンドールの輩とは――特にこいつらのような“血を裏切る者共”とは関わるなと――言ったはずだったな?」
 ブルーグレイの瞳が潤んだが、ルシウスの怒りはまるで緩まなかった。
「何か申し開きがあるなら言ってみろ。どうせ碌でもない理由だろう……お前を外に出すのではなかった。すっかり反省したと思ったのに、お前の行動で私がどれだけ失望するか分からなかったわけではあるまい」
 ごめんなさい。ダリルはポツンと呟いた。幾度か謝罪を繰り返したものの、アイスブルーの瞳は飽く迄冷ややかだった。
「父上。ダリルは人ごみに流されて、奴らの近くに行ってしまっただけですよ」
 ドラコから脇から入って、とりなした。ルシウスはドラコを睨む。人ごみに流されただけで、どうやったら手なぞ繋ぎあえると言うのか。
「ドラコ……」
 ダリルはルシウスを無理に振り切ると、ドラコに抱き着いた。
 ドラコの肩に顔を埋めて、しくしくと華奢な肩を震わせている。ドラコはため息を一つ零すと、その背を数度撫ぜた。
 二人のやり取りを見ていたハリーとロン、ハーマイオニーは目を丸くした。“あの”最悪なドラコ・マルフォイに泣き縋っている……これはよっぽどのことだと三人は思った。実際、確かにこれは“よっぽどのこと”だった。人前で怒りを露わにすることを嫌うルシウスがこうまで怒り狂っているのだから、ダリルが泣きだすのも仕方のないことと言えた。

「お前までダリルを甘やかし始めて……そもそもこれが、」ルシウスが杖でダリルを指した。「これが、ホグワーツで馬鹿をしないようしっかり見張るのはお前の役目だっただろう。私の目が届かない分きちんと躾けておけとあれほど言ったはずだ」
「父上、人前ですよ」
 ドラコは肩を竦めた。ルシウスは周囲を見渡し、ふんとため息を吐く。
「まあ良い。その話は後で聞こう……ナルシッサにも困ったものだ。あれほどダリルから目を離さないよう言っておいたと言うのに」
 ルシウスは額を押さえた。
「ロックハートのサイン会に行きたかったんです……お父様に言ったら、絶対連れてきてくれないと思ったので……」ぽろぽろと涙をこぼしながら、ダリルがちょっと言い訳した。しかしルシウスの前での言い訳は、火に油を注ぐだけだと言う事を失念していたのは大痛手だった。
「ナルシッサはお前が書店に向かったのは今から一時間五十分前だと言う。私とドラコはこの三十分お前を探していた。書店に来たのは三度目だ。私を誤魔化せると思うのは大きな間違いであるということを、一度お前にしっかり分からせる必要がある」
 ダリルの言い訳をルシウスは一蹴した。

「グリフィンドールに入ってから碌な事を覚えん……私やナルシッサを謀ろうとしたり、仕舞いには“いいえ”の連発だ。こんなことならホグワーツになぞやらずに、とっとと何処ぞへ嫁がせてしまうんだった。ホグワーツへやるのは、ドラコだけで十分だった……!」
 ドラコに抱き着いていたダリルが、顔色を真っ青にしてルシウスのローブに縋りつく。
「お父様、もう二度とお父様をがっかりさせるようなことはしませんわ」
「お前の将来には変身術や妖精の呪文なんかより、家事魔法のほうがずっと役に立つだろう。帰り次第退学届を出す」
 折角ドラコの指摘で落ち着きだしたのに、ダリルの言い訳により再びヒートアップしたルシウスがきっぱりと言い放つ。ドラコはダリルのほうを「なんて馬鹿なことを」とでも言いたげに、呆れた瞳で眺めていた。こうなったルシウスはもう余程のことでは落ち着かない。

 ダリルは目の前が真っ暗になった気がした。ルシウスのローブを掴んだまま、茫然と立ちすくんでいる。この休暇中退学を示唆されたことは幾度もあったが、明確と言葉にされたことは初めてであり、それはダリルに激しい動揺を与えた。
「ドラコ行くぞ、縄か何かを持ってるならダリルが逃げ出さないよう縛っておけ」
 パンとダリルの手を叩き落とすと、ルシウスがローブを翻そうとしたが、「ルシウス、それは言い過ぎだろう」これ以上ないぐらい眉間にしわを寄せたアーサーがルシウスを引き留めた。ルシウスが先以上に不愉快そうな顔でアーサーへ振り返る。
「彼女は見たところもう十二歳じゃないか。過保護にも度が過ぎるんじゃないかね? それとも君の家では成人するまで子供のあとを付きまとう仕来りでもあるのかい?」そう言ってから、アーサーはルシウスを挑発するようにクツクツ笑った。
「仕事に忙殺されている貴方よりかは子供に掛ける暇があるのは事実ですな」
 ルシウスも酷薄な笑みで挑発に応じた。

 ドラコは嫌味の押収を始めた二人を見て、暫くはやりあっているだろうなと判断した。ぼーっと突っ立ってるダリルの傍に寄った。
「馬鹿か、お前は。僕らが母上と合流すれば、お前を探し出すのは分かっただろう?」
「フレッドとジョージに会いたかったのよ」
「ホグワーツに行けば四六時中奴らと、」ドラコがフレッドとジョージを顎で指した。「……馬鹿を出来るだろ。これで戻れなくなっても、僕は知らないからな」
 フレッドとジョージが二人の傍につかつかと歩み寄って「さっきから聞いてればお前ら……」口を開いたが、ガーンと鐘を鳴らしたような高い音が響いたのに阻まれた。音源を探すと、ルシウスとアーサーが取っ組み合いを始めているのが目に入った。
 ダリルは泣いていたのも忘れて、ぽかんと口を丸くする。ドラコはマリアナ海溝よりも深いため息をついた。フレッドとジョージがぶんぶん拳を振り回して、ああしろこうしろと野次を飛ばしている。
 さっきまでルシウスがダリルを叱っているのを見に押し寄せていた物見高い人波がさーっと引いていった。
「やっつけろ、パパ!」
 熱狂するフレッドの台詞に、モリーがオロオロと手を宙に迷わせている。
「アーサー、だめ、――やめて!」ルシウスの拳がアーサーの顎に入ったのを見て、モリーが悲鳴をあげた。両手で顔を覆っている。

 店の人が何事か叫んでいた。はるか遠くへ逃げた群衆も悲鳴を上げていて、軒先にいた子供達は甲高い声ではしゃいでる。棚の一つを壊し、本の海のなかに埋もれながらルシウスとアーサーは自分の拳や周囲の物でもって、我武者羅に相手を叩きのめそうとしていた。
 ダリルは暫らくぼーっとその光景を見つめていたが、段々と体の奥から笑みがこみ上げてきた。
 さっきまで自分を厳しく叱りつけていたルシウス。常に紳士たらんとするルシウス。ダリルかドラコがちょっとでもマナー違反をすれば書斎に呼びつけて説教するルシウス。そんなルシウスが子供のように床を転げまわって、取っ組み合いの大喧嘩をしている。笑っちゃいけない。ダリルは強くそう思った。モリーはまだ両手で顔を抑えて、やめて! 誰か止めて!! と叫んでいるし、ジニーやハーマイオニーはただならぬ騒ぎに怯えている。なのにダリルは笑いたくて堪らなかった。駄目、笑うなんて、笑っちゃいけないわ。
「母上が見たら、離婚ものの騒動だ」
 ドラコのウンザリした台詞を聞いた瞬間、ダリルの理性が弾けた。

 店内に可愛らしい笑い声が響き渡る。
 異様な――少なくとも大の大人二人が取っ組み合いの喧嘩をして物を破壊し回っているときには――反応に店内の喧騒は徐々に収まり、ついにシーンと静まったところでダリル一人だけが声をあげている状態となった。皆が化け物でも見るように自分を見ているのが分かったし、フレッドとジョージでさえ「ついに気が違ったか」と言いたげな顔をしていたけれど、ダリルはキャラキャラと喉の奥の鈴を転がしている。
「ふ、フフ――ッフ、お父様ったら、フフッ……まるで、子供みたい!」
 今度はルシウスが呆然とする番だった。

 ダリルはコロコロと笑いながら、軽やかな足取りでルシウス達に歩み寄る。ルシウスの上に乗っかったままのアーサーを立たせると、ルシウスへも同様に手をさし出した。パンパンとルシウスのローブについた埃を叩く。
「ドラコでさえ取っ組み合いの喧嘩なんてしませんわよ。本当にお父様って、ミスタ・ウィーズリーが絡むと冷静でいられなくなるのね?
 それって、本当は仲が良いってことかもしれませんわ」
「……まさか」
 ついさっきまで怯えた瞳でルシウスの機嫌を窺っていたのに、今のダリルはホグワーツに入る以前の――マルフォイ邸でルシウスのためだけに微笑み、自分の不愉快を宥めてくれた無垢な視線でルシウスの瞳を覗き込んでいた。
「あら、いつも通りに戻ってしまったんですの?」もごもごと返事をしたルシウスに、ダリルは残念そうな顔を見せる。そしてルシウスの耳元へ唇を寄せて、悪戯っぽく囁いた。「そしたらお母様の耳に入る前にここから逃げましょう? お母様が知ったら三日は口を聞いてもらえないでしょうね。お父様とお母様が険悪な雰囲気でいるのって、凄くつまらないわ」
 ダリルは小首を傾げて、微笑んで見せた。ルシウスはダリルのからかいを聞いてもまだ顰め面をしていたが、ダリルに十秒も見つめられると、ふーっとため息をついてしまった。くしゃりとダリルの頭を優しく撫ぜる。「……我が家の姫君には敵わないな」
「お父様がもう怒ってないのなら、騎士にしてさしあげても宜しくてよ」
 ダリルが差し出した手をルシウスは軽く握り、視線だけでドラコを呼び寄せた。

「……行くぞ」
 ダリルの手を引いて、入口のほうへ向かう。反対の手には杖と共に古ぼけた変身術の教科書が握られており「お父様ったら、」万引きはダメよ。そう言おうとしたのをドラコが手で塞ぐ。「お前と来たら……突然突拍子のないことをするんだから」
「前置きしたら突拍子のないことじゃないわ」
 ドラコの手を剥がしたダリルが反論した。結局万引きするのかしらと思ったダリルだったが、ルシウスは入口付近にいるジニーを見つけると、手に持っていた教科書を大鍋のなかへ滑り込ませた。
「ほら、チビ――君の本だ」
「お父様、これで、私が今度そんな言葉遣いしても怒れなくなりましたからね。誰かと取っ組み合いの喧嘩をしてもよ?」
 ルシウスの返事はなかった。ただ時折浅いため息をついて、額を押さえる。しかしふと歩みを止めるとルシウスは振り向いた。「店には迷惑を掛けたな。また改めて詫びに来る。傷物になった商品は我が家で引き取ろう」
 そうしてモリーの手当てを受けるアーサーのほうを見るとフンと鼻で笑って、再び歩き出した。
 ダリルもちょっと振り向いて、ペコと頭を下げる。「私が謝った。お前が謝る必要はない」ルシウスがちょっと不機嫌そうにダリルを見たが、ダリルがにっこり笑うと、ため息だけで小言は飛び出さなかった。
 

心の置き所

 
 


七年語りCHAMBER OF SECRETS