七年語り1993’s summer diary
1993.06.19. one’s own

 

 六月十九日、晴れ

 父上が作って下さった薬が効いたのか、すっかり体の具合は良くなった。しかしながら僕はまだベッドに縛り付けられている。ダリルはまだ万全ではないと思っているらしい。そのお目付け役こと、僕の看護係の役へ夢中になっていたダリルだが、父上に連れられて行ってしまい、今はいない。薬を作ってもらったのは有り難いし、体を気遣って貰えるのも嬉しかったが、「これダリル、そんなに騒いではドラコの具合が良くなるはずもないだろう」と言いながらダリルを引っぺがしていくのには閉口した。
 微熱があるだけなのだから、横にダリルがいないのは寧ろ暇だ。第一、十三年も一緒にいるのだから、やかましさにも慣れている。
 ダリルは「ドラコは熱で弱っているのよ」とか「屋敷僕妖精には任せておけないわ」とか言いながら、僕の口に五本の体温計を突っ込もうとしていたが、結局父上に引きずられていった。勿論手を握って、というわけではない。体に触れると痛みが走るというので、父上はダリルにリード付きの首輪のようなものを付けている。それを引っ張っていくのだ。まるきり犬の散歩だ。
 昨日の夜に父上がダリルの部屋へ持ってきたという“それ”は、間違いなく犬用のものだった。緑の皮と銀の飾りがついていて、一見洒落て見えるが、裏側に「DOG」と書いてあった。まあ、ダリルに教える義理はないだろう。犬用と知らないからか、それとも父上に逆らうのが面倒くさいからか、恐らく両方だろうが、今のところダリルは文句を言うでもなく首輪とリードをつけている。
 父親と娘の姿としては何か間違っているような気がしたが、母上が何も言わないから問題はないのだろう。
 ダリルに嫌じゃないのかと聞けば「手を握られるよりはマシ」なんて言っていた。どの程度苦しいのかは分からないし、触れられて痛がっているのも見たことはないが、余程のものらしい。まあ、そうでなければ、“あの”ダリルが僕に触らないはずがないな。
 兎に角父上のことは如何でも良い。目下の最重要問題である“過ち”については何も分からないままだ。
 いっそ直球で誰かと色恋沙汰にあるのか、聞くべきだろうか。
(そこまで書いた途端に扉のほうから不服そうな声が聞こえてきて、ドラコは日記を閉じて布団のなかへ隠した)

「動いちゃ駄目じゃあないの!」ダリルがリードを引きずりながら、ずんずんと近づいてきた。
「もう良くなった。紐を解くか切るかしろ」
 ドラコは眉を寄せて、自分を理不尽に叱りつけるダリルを睨んだ。しかしダリルが怯む様子は全くない。それもそうだろう、ダリルは自分がドラコの“特別”なのだと知っているし、ドラコが本気で怒ってるか如何かを見分けるのは寝ながらでも出来ると自負している。
 昨日パン粥を食べ終わった後にキィーリレルへ命じて局部金縛り術は解いてくれたものの、まだ下半身はベッドに縛り付けられていた。
「まだ油断は出来ないわ」ダリルはキッパリと、ドラコの懇願を切り捨てる。「病の辛さはこれからよ!」そう言うダリルはウキウキしているようにしか見えない。何とかしなくては、永遠に玩具にされそうだ。嬉しそうに聴診器をつけるダリルを見て、ドラコは怯えた。
「……父上は如何した」
「ドラコのことが心配だったから逃げてきたの」
 聴診器をつけたダリルが蕩けるような笑みを浮かべて、小首を傾げる。しかしドラコが妹の優しさにジーンとしたのは一秒にも満たない刹那の間だけだった。「それに、お父様ったら私に触ろうとするんですもの」
 恐らくルシウスのところから逃げ出してきた理由はドラコが心配というよりは、吐き捨てるように言ったその台詞によるところが大きいのだろう。ドラコはそれを悟って、何とも言えない複雑そうな顔をした。
 仄かに嗜虐趣味のあるルシウスは、自分に触れられることを拒むダリルの存在により、水を得た魚の様に上機嫌である。ダリルが「触らないで下さいな」と主張して、ルシウスを睨みつけたり、避けたり、手を叩き落としたりすればするほど何か――少なくともドラコとダリルには理解できないもの――を刺激されるようで、夏期休暇に始まって以来続いている二人の攻防が落ち着く気配は未だなかった。

「DOG……」
 首輪を外したダリルは、とうとう己に買い与えられたものの正体に気付いたらしい。
 二日は“過ち”について調べるどころではなくなるなと、ドラコはそんなことを思ってため息をつく。果たしてそう思った直後にダリルの眉間にしわが刻まれ、ルシウスに対する怒りがその唇から零れ落ちはじめた。
 

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