七年語り1993’s summer diary
1993.06.23. dog

 

 六月二十三日、晴れ

 ザビニと有意義な話をしたり、クィディッチの練習なんかをして、久しぶりにスッキリした気分になった。ら、家に帰った途端変な物体と遭遇してしまった。薄汚れたモップの先のようなものが玄関ホールの奥にある階段から転がり落ち、それを追ってダリルが走っていた。あられもない恰好で。正確に言うと手にはいつもの手袋をつけているし、上にはキャミソールを着ている。下のことは明記する気が失せた。
 母上がパーキンソンの家に行ってたのは幸いだった。もしも母上が家にいたら、ご臨終なさっていただろう。
 父上はダリルの乱心を意に介することもなく、玄関ホールで唖然と突っ立っている僕に「私はあの家の毒婦は好かんが、息子のほうはどうだね」なんて平然と問いかけてきた。父上はザビニの母親とそりが合わないらしいが、少なくともザビニの母親は下に何も履かないで家中飛び回ったりしない。ザビニのことを問う台詞へ「とうとうダリルの気でも違ったのですか」と返せば、やっと父上が事の次第を説明してくれた。何でもノクターン横丁で、あのモップ――父上の台詞によると馬鹿でかい白犬らしい――を拾ってきたんだとか。レディがいなくなったから、何か新しいペットを買ってもらうだろうとは思っていたものの、相変わらずダリルは狂ってる。

 ザビニと遊んでストレスを発散出来たと思ったら、すぐこれだ。

 父上はダリルを説得するのが面倒になったのか、娘が犬を追いかけているのを微笑ましく思っているのか、はたまた去年から「お父様のローブと私のローブは一緒に洗わないで」と言い出したダリルが自分の目の前で無防備な姿でいるのが希少なのか(僕は去年までダリルの着替えを手伝ったりしてたし、僕とダリルの衣類は一緒に洗濯されている)、何を注意するでもなくダリルとモップのほうを見守っていた。父上がそんな風なので、何となく、箒小屋に箒を仕舞いに行く気にもなれず、僕もそっちを眺めてしまった。
 よく見るとモップには泡がついていた。多分母上が戻るまでに、あのゴミ箱のなかにでも生息していそうな汚いモップを使用済みのモップにグレードアップさせたかったのだろう。モップなぞ、屋敷僕妖精にでも洗わせれば良いのに、つくづく馬鹿な奴だ。

 ダリルはモップを何とか取り押さえようとしていたものの、腹部などを蹴り上げられて蹲ってしまった。殆どダリルと同じぐらいの大きさがある犬を、ダリルが押さえられるわけがない。しかも取り押さえようとする割に、モップが肌に触れそうになる度「きゃっ」なんて言って避けるものだから、完全に舐められている。ダリルは「私が助けてあげたのよ! 私が主人よ!!」などと喚いていたが、後退しながら言っても無意味だろう。父上は酷く楽しそうだった。父上が何を考えているか、僕にはよくわからない。どちらかと言えばダリルのほうがまだ父上を理解しているというものだ。「お父様はね、私が苦労してるのを見るのが好きなの」と言っていたのを思い出す。実際、ダリルがもたもたしたり、困ったりしていても、父上はダリルから求められるまで動かない。「私は頼まれなくても手伝ってるのに!」とはダリルの言い分だ。それを言えば僕なんか「手伝わないとボロクソに言われるのに」と言いたくなる。こうやって眺めているのも、あとでダリルに怒られるんだろうなあと思った。そして怒られた。「私が困ってたのに、トロールみたいにぼーっと突っ立って、ドラコったらお父様に似てきたわ!」父上に似てきたのは嬉しいが、何故が素直に喜べないのは、ダリルが父上のことをグチグチ言うからだろう。

 まあ良いかとダリルとモップの騒動を観察していると、どうやらモップは意外に賢いらしく、自分の優位と見るやダリルを追いかけまわしはじめた。「いや、来ないで!」だの、「ごめんなさい!!」だのキャアキャア騒ぎながら逃げ惑うダリル。何故己に御しきれないモップを拾ってきたんだ。大方、いつもの同情の薄利多売、安売り大出血セールで「可哀想」とか言って、後先考えず拾ってきたのに違いない。
 父上はいよいよ口元に微笑みを浮かべはじめた。今母上が戻ってきたら、間違いなく修羅場となりそうな状態を目の前にして、何故笑えるのか僕には分からない。考えると胃が痛くなってくるので、考えるのを止める。
 五分もモップから逃げていると、疲れてきたのか、結局ダリルは白旗をあげた。「お父様、助けて」父上が上機嫌で杖を取り出す。あとで箒の修繕セットでもねだろう。「はてさて、自分で世話を見るからと言っていたのは誰だったろうな……」と、杖を片手に父上が言えば、ダリルが酷く悔しそうに「後で何でもしますから、後生です――助けてください!!」と叫んだ。モップの動きが止まる。
 父上相手にそこまで言うとは、余程困っていたのだろう。痛むのは人間に触れられた時だけかと思っていたが、生物全般駄目なのかもしれない。余計に何故拾ってきたのだと聞きたくなる。モップが固まった瞬間にダリルはその場に崩れ落ち、ちょっと視線をあげて僕を睨んだ。後で聞くところによると「ドラコが魔法さえ使えれば、お父様に頼らずに済んだのに」と己の運命を呪っていたらしい。相変わらずダリルは僕が手助けすることを自然なことと思っている。多分手足の一部みたいに思っているんだろう。馬鹿め、ざまあみろ。
 あとで父上に何をさせられたか聞いてやろう。

 母上はダリルの新しいペットを見て酷くご機嫌ななめだったものの、父上が「狼の血が入っていて情に厚く、体が丈夫だと聞いた。猟犬として私が躾けるさ」と適当言ったら、それきり文句を言わなくなった。父上が犬を躾けられるとは初めて知ったが、あとでダリルが「いつものデマカセよ」と僕の耳に囁いた。「本当にあの馬鹿犬を躾けられるって言うなら、私がこんななはずないわ」
 自覚していてトチ狂っているというのは、どういうことなんだ。

 父上のことだから、ダリルの首にリードでも付けて散歩でもするかと思ったら、普通に薔薇園の手入れを手伝わされただけらしい。
 ダリルは手を血みどろにして「薔薇なんて大っきらい」と呻いていた。父上に治癒魔法で直して貰えばいいのに、どうも、そういうことでも痛むんだとか。ますます訳が分からない。「お父様ったら私に何て言ったと思う? マグル生まれの学友がいるぐらいだから、さぞかし色々肉体労働のコツについて詳しく教えてもらっているのだろうなとか言って、私に薔薇を摘ませたのよ! 魔法で一瞬なのに!!」とダリルは怒り狂っていた。「まさかドラコ、ハーマイオニーの家に行った事話してないわよね?」濡れ衣まで着せられそうになった。
 イラついたので、消毒液を上からザバっとかけたら思い切り顔を顰めて、それきり何も言わなくなった。

 去年買ってもらったサスペンダーがどこに行ったか分からなくなったので、母上に聞こうと食堂まで下りて行ったら、なかで父上と母上が抱き合っていた。母上の手には、恐らくダリルが摘んだと思われる薔薇の花束がある。「お前のために育てた薔薇だ。不格好だが、手ずから摘んで、花束にしてみた」と父上が言い、母上はウットリ。そのことをダリルに言うと、ダリルは「お父様、私の前だと私のために育てた薔薇だって言うわ」と冷淡な声音で呻いていた。「お母様にあげるんなら、自分で摘めば良いのに……」とブチブチ言うダリルのところへ、最初に見たときよりかは大分綺麗になったモップ――だったのだろう犬が駆け寄ってくる。
 ダリルがキャアキャア騒ぐので、結局僕が取り押さえた。雄だった。ダリルが寝ている間に捨ててこよう。
 

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