七年語り – EXTRA STORY
君が名を記すための余白
「ダリル、き、君は、ま、魔法生物に興味関心があるのかい……そうなら、そ、そっちの本を読むと良い」
「単に、クィレル教授がユニコーンについて如何纏めるか気になるだけです。私、魔法生物学の研究をしてる人なんて知り合いにいませんもの。絶対に、誰にも教えませんわ。それに、スペルミスがあっても笑ったりしません。見せて下さいな」
ダリルはからかうような台詞を口にして笑った。クィレルの隣から、まだプロット段階にあるらしき考えを覗き込もうと身を屈める。しかしクィレルはポッと耳を赤くして、机上の羊皮紙を、ダリルの手から逃すようにくるくる丸めてしまった。
「いや、だ、駄目だよ……ス、スパイとか、そういうのではなく……こ、荒唐無稽なことを、か書いてるかもしれない……」
ダリルがそーっと伸ばした手を避けて、クィレルは羊皮紙を机の引き出しに仕舞った。ダリルは不満げに口を尖らせると、クィレルの隣から机を差し挟んだ向かいに移動する。机に頬杖をついて、しゃがみ込んだ。
「でたらめを書いてればホグワーツの教師になれるっていうなら、私もなってみたいわ。私、クィレル教授が何故そんなに自分に自信がないのかとても不思議です。私がクィレル教授だったら、きっと自分の書いた論文を大広間に貼り出すんじゃないかしら」
「た、確かに、き、君もい今の成績をキープし、し続ければ、ホグワーツの教授職にしゅ、就任できるかも、し、しれない」
「魔法が使えない先生が魔法使いの卵たちに何を教えられるんです?」冗談が通じなかったらしいことに、そして思いがけず褒められたらしいことに――ダリルがはにかんだ。唇を噛んで、目を伏せる。「人目の欺き方とか、都合の悪い時の誤魔化し方とかですか」
「じ、実にざ、残念なことだ……ま、魔法さえ使えれば、いや、つ、使えるようにするのが、わ私の仕事のひとつなのだけれど」
魔法論はそう得意ではなくて……。罪悪感からか、そんなような言い訳をモゴモゴ口にする。
「きっと、そのうち使えるようになりますわ」ダリルは慰めるような声音で眉を下げた。「そうしたら、クィレル教授、魔法を教えてくださいね。ゾンビを追い払う魔法とか、吸血鬼の心臓に杭を打ちつける魔法とか、あと、ターバンを頭に巻く魔法」
クスクス笑うダリルに、クィレルも困ったような笑みを浮かべて眉を寄せる。
「も、もし……本当に魔法が使えるようになって……」
「それで、今みたくちゃんとレポートを頑張れたら、ホグワーツの教授になりたいか? 有り得ない未来ですけど、なってみたいですね」
「ふ、ふ不可能なことではないよ。た弛まぬど努力は誰にでも続けることがで出来る。ど、どの教科に関心が?」
「そうですね……まず、魔法薬学は絶対に嫌です。でも、魔法薬学を選ばなければスネイプ教授と同僚になってしまいますわね」
「そ、そう悪いお男では、な、ないよ。が学生時代から、しし知っているけれど、少し誤解されやすいだけなんだ」
「変身術は好きですけど、マクゴナガル教授にはずっと教えていて貰いたいわ。妖精の呪文は、レポートしかやったことがないから、好きか嫌いかそう分かりません。一番魔法論と関連強い教科ですけど、正直言って実技寄りでしょう。魔法史みたく板書中心、でも少しばかり実技もあるという授業が良いわ。それに、やっぱり魔法論と関係ある教科が……クィレル教授、怒りません?」
「や、やはり、やや闇の魔術に対するぼ、防衛術かい」
「でも、でもね、だってクィレル教授は魔法生物のほうがお好きでしょう? だから魔法生物学の教授になったら良いなあって思うんです」
焦った風に言葉を続けるダリルが机に身を乗り出した。近すぎる距離に、クィレルが少し身を引く。
ダリルは彼のにんにく臭にすっかり耐性が出来たらしかった。
「お、おこ、怒りはしないよ……」
ぱっと、不安げな表情が照らされたかのように明るくなる。表情のクルクル変わる少女で、クィレルはこの幼い生徒が嫌いではなかった。いや、寧ろ……脳髄でぞわりと蠢くものを感じて、クィレルはダリルについて考えるのを止めた。
この少女が闇の魔術に対する防衛学教授になり、自分が魔法生物学の教授になる。彼女にしては珍しい、子供らしく欠けたところのない未来予想図だ。クィレルに対して「何故自分に自信がないのかしら」と言うけれど、ダリルこそいつも不安そうに、自分に期待することを諦めているような堅実さしか口にしない。冗談半分とはいえ、彼女が未来について夢見る台詞を聞くのは、初めてのことだった。
「例え教授職につけなくても、魔法が使えるようにならなくても、それでもあと数年は、ここで私のお喋りに付き合って頂けますよね?」
念を押すようなダリルの問いかけに、クィレルは頷くでもなく、脅かすでもなく、ただ苦笑するだけだった。
この少女を手に掛けなければいけないと知っていた男。魔法が使えるようになった頃には、もうこの男がいないと知らなかった少女。
あの部屋で、取りとめもなく喋っていた。二人で同じことを望んでいた。
七年語り – EXTRA STORY