七年語り – EXTRA STORY
ある日の談話室

 

 最初は一人でいるのが絵になっていて、半ば人嫌いの気難し屋なのだろうと思っていたのが、フレッドやジョージと仲良くなってから単に引っ込み思案なだけだったのだと考えを改めるようになり、今となっては最早一年の頃が夢幻のように思えた。ベタベタと人に貼りついて、日々の挨拶よりも「好き」と言っていることのほうが多いのではないかとさえ感じる。友達として過ごす時間が長引けば長引くほど、ダリルは良い友であるとは言い難い様相を呈してきた。何となれば、ダリルは空中に漂う酸素を摂取しただけで酔っ払い絡んでくる。彼女が酔っぱらう予兆に気付けるのも、その酔いを醒ませるのもフレッドとジョージだけだ。
 だからこの日も、ダリルが“絡み酒”状態になるのは三人にとって急なことだった。
「ハーマイオニー、私とロンどっちが好き?」
 行儀悪くも椅子へ後ろ向きに座って背もたれにかじりつくダリルが、彼氏の浮気でも責めるような視線でハーマイオニーを見つめていた。唐突な上に、そんな選択を強いられてしかるべき理由に心当たりもないハーマイオニーはナイトの駒を持ったまま固まる。「はい?」
 ハーマイオニーの向かいで彼女の攻め方を読んでいたロンも顔を上げた。その表情は驚きや当惑ではなく、「またか」と言いたげにウンザリしたものである。ダリルがロンとハーマイオニーの仲に嫉妬した回数は、もう両手足の指で足りないぐらいだ。

 “不思議”と騒動に巻き込まれることのないハリーだけがダリルの台詞を無視してクィディッチ今昔を捲っている。チェスよりも、ダリルの騒動に巻き込まれるより、それを煽るより、クィディッチ今昔を暗記するほうがずっと楽しいと判断したらしかった。
 ロンは一人難を逃れたハリーを睨んで、ちぇっとぼやく。そんな余裕があるのも、ダリルの今のターゲットがハーマイオニーだからだ。ハーマイオニーは誰を羨むでもなく、「私とも遊んで!」とキャンキャン五月蠅いダリルを咎めるような目つきで睨む。
「貴女、チェス出来ないじゃない」
 ハーマイオニーの台詞は鬼の首を取るに十分な説得力を持っていたが、ダリルは「鬼ではないから平気」と言いたげに噛みついた。「出来るわよ!」ぷっと頬を膨らませて、自信たっぷりに続ける。「本で勉強したの」
 ダリルは己の勝利を確信して満面の笑みを浮かべた。恐らく彼女に尻尾が生えていたならぶんぶん振ったに違いない。ハーマイオニーはなるほどと頷いてから、優しく微笑んだ。「ハリーと遊んでなさいな」初心者とやっても面白くないと判断したらしかった。
 それまで蚊帳の外でいられたハリーがむっと顔を歪めて、ハーマイオニーを睨んだ。ロンがやーいと囃し立てるので、それも睨む。
「僕に押し付けないでくれる?」
「あら、貴方暇でしょう」
「ダリルの世話を焼いてられるような暇は生憎持ち合わせてないんだ」
 ふーとため息交じりに発せられた台詞にダリルが眉を寄せた。
「私だって、私だって、ハリー、ハリーの」そう言って、口ごもる。ハリーは自分一人で大抵のことは出来るし、ダリルより成績が下だからといってダリルに手助けを求めたこともない。「ハリーとお喋りしてても楽しいけど、ハーマイオニーが良いの!」
 ダリルの台詞にハリーは肩を揺らして笑った。馬鹿にするや否や素晴らしく高尚な嫌味を返して下さるドラコと違って、幼い罵倒しか口にしないダリルはハリーの良い玩具と化している。多分ダドリーの外見がこうだったら、ハリーは楽しい十一年が過ごせただろう。
 ハリーの心中も、ハリーの従兄のことも知る由がないダリルはハーマイオニーを呼び続けている。

「ね、ハーマイオニー」
 遊んで頂戴。ジニーもフレッドもジョージもいないのよハーマイオニー。ハリーは意地悪だし、遊んで頂戴。
 ハーマイオニーはダリルを無視するよう努めていたが、結局無理だったらしい。「もう、うるさいわね」ため息をついて、ジロっとダリルを見やる。その声音にロンとダリルは「そろそろ本気で怒るぞ」と悟った。
 流石のダリルもハーマイオニーを怒らせてまで構って欲しいわけではない。まだその心境に至るほど飢えてはいない。ダリルはしょぼんと項垂れて黙り込んだが、何を思ったのか椅子から立ち上がり、ハーマイオニーとロンの傍らまで歩み寄った。
 何だ何だと自分を見る二人の内、ダリルが引いた袖の持ち主はロンだった。「……ロン、こっちにきて」
「は? 何で僕? ハーマイオニーを連れてけよ」面倒くさいことに巻き込まれそうだとロンが友を売る。
「持って行って良いわよ。ハリー、代わりにやりましょ」ハーマイオニーもロンと同じ選択肢を選んだ。
 杖を一振りして傍らの羊皮紙に駒の位置をメモし、もう一振りするとチェス盤の上から駒がいなくなった。ハーマイオニーがハリーを手招きすると、ハリーはトロールみたくノロノロと本にしおりを挟んで、億劫そうに立ち上がり、カタツムリよりは急ぎ足でやってきた。
「負け越しで嫌なんだけど」
 ロンを押しのけて、ハーマイオニーの向かいにある椅子に浅く掛ける。
「そのほうが勝った時ありがたみがあるわよ」
 ハーマイオニーはちょっと腰を浮かすと、ぼやっとしているロンをダリルのほうに突き出した。ダリルの端正な顔とキスだって出来そうなぐらい近づいて、ロンはフロバーワームと結婚しなければならなかった悲劇の魔法昆虫学者デリック・ワリントンよりも辛そうな顔をする。ダリルはロンを無神経だとかブレイモノ! とか罵ることもなく、手慣れた手つきでロンのネクタイを掴んで引っ張って行った。
「絞まる」
「ちょっとはその顔に間ってものが宿るわよ」
 ダリルは先の無礼への仕返しにキッパリと断じて、グリフィンドール・カラーのリードを引いてハリー達のいる暖炉脇の椅子から五六脚離れたところへロンを連れてきた。おもむろにネクタイから手を離すと、傍らのソファにロンを押し込んだ。

「何で僕?」
 ロンはネクタイを直しながら、世にも面倒くさそうな声を出した。
 塩をかけられたナメクジみたくなっているロンの前で、ダリルは威圧的に腕を組む。「ハーマイオニーのこと好き?」そのまま押さえつけるように強い口調でロンを問いただしたが、ロンは全く脅威を感じなかった。彼が感じたのは驚きだけだった。「は?」
 ダリルがじれったそうに身を震わせて、口を大きく開く。「だから、ハーマイオニーのこ、」
「声が大きい!」
 ロンは暖炉の火の大きさを気にしながら叫んだ。ハーマイオニーが訝しげな顔で二人を見やる。ロンはすぐさま「何でもない」と手を振った。「何でもなくないわよ」とぼやくダリルを睨みつけるのも忘れない。
 そうやってハーマイオニーの関心を誤魔化しきると、ロンはダリルが叫びださないうちに決着をつける必要があったと思ったらしかった。
 ハーマイオニーのほうへチラチラ視線を滑らせながら、ダリルにだけ聞こえるようなか細い声を紡ぐ。
「す、好きじゃないよ、あんながり勉女……」
 何故か普段ハーマイオニーの前でそうからかうよりもずっと胸が痛んだが、その罪悪感をダリルが吹っ飛ばす。「私の方が先だったのに」ダリルはロンを睨みつけて、言葉を続けた。「私のほうが先にハーマイオニーと会ったのに!」そして喧嘩したのに! とは言わない。
「聞いてる?」ロンは苛々と肘置きを指で叩いた。「大体、仲良くなったのは僕が先だった」
「泣かせたくせに」
「その後助けて仲直りした。チャラだ」
 ダリルもロンも、どちらかと言えば子供っぽい性格だ。故に張り合えば張り合うほど泥沼化していく。既にロンは自分がハーマイオニーをがり勉女と言ったことも、好きじゃないと言った事も覚えていない。万一覚えていたとしても、「好きじゃないなら張り合う必要がない」という事実に気付くことはないだろう。幸いにしてと言うべきか、ダリルはその矛盾に突っ込む気はないらしかった。
「私、ハーマイオニー泣かせたことないわ!」怒らせたことは五万とあるけどねとも、言わない。
 ダリルはない胸に手をあてて、勝ち誇った響きを口にする。その台詞は勿論ハーマイオニーの耳に届いており、ハーマイオニーはぽっと頬を赤らめた。「モテるね」などと冷やかしたハリーの頬が抓られるのに、チェス盤の上の駒達が盛り上がる。ハリーとハーマイオニーはチェス盤よりもダリルとロンのほうに注目していた。ロンとダリルはそれに気づかない。
 ダリルが「どうだ!」と言わんばかりに自信たっぷりなので、ロンの負けん気に火がつく。ロンはべーっと舌を出すと、ダリルを嘲った。
「ああ、そういえばそうだった。君はハーマイオニーを泣かせてない。なーんもしてない」
 ハリーとハーマイオニーは「あーあ」と言いたそうに肩を竦める。二人の予想通り、ブルーグレイが潤んだ。
「そりゃ、それは、だって、も、」

 ダリルは口元を押さえて、体を震わせる。膝にぽたっと丸い染みが出来たのに、ロンが慌てた。
「ちょ、」そこまで本気に取るなよ。ごめん、そんな気にしてるとか思わなかったんだってば。そう言うよりも、ダリルがハーマイオニーのほうへ駆けて行くほうが早かった。ダリルはハーマイオニーへ抱き着きたそうにしたが、彼女の座っている椅子の背もたれにしがみ付くので我慢したらしい。うっかり抱き着こうものなら、また医務室暮らしだ。ネクタイが金と赤から白と赤に変わる。
 ハーマイオニーもダリルを撫でそうになったが、宙に浮かしただけで、元の肘置きへ戻した。
「……ロン、泣かせちゃ駄目じゃない」
 ぶすっとした膨れ面でノロノロ戻ってきたロンを、ハーマイオニーが叱る。ロンは口を尖らせた。
「僕が悪いの?」さっきは咄嗟に謝りかけたが、思えば最初に絡んできたのはダリルで、ある意味正当防衛じゃなかろうか。
 ハリーはにやっと笑って、勝負を再開しろとぎゃあぎゃあ喚くクイーンをロンめがけて投げた。顔に当たる寸前でキャッチして、ロンがハリーのほうへ視線をスライドさせる。釈然としない面持ちのロンを、ハリーが勿体ぶった声でからかう。
「君は悪かないさ。泣いたもん勝ちっていう、それだけだよ」
 ハリーの台詞にロンもにやっと笑って、クイーンを投げ返した。ダリルがハリーを恨みがましげな瞳で睨む。ハーマイオニーは己を事の調停役と自覚しきった顔で、深々とため息を吐いた。「どうして貴方達はダリルをいじめるようなことを言うの?」
「そっちが突っかかってくるんだ」ロンはつんとそっぽを向く。ハリーも頷いた。
「ダリルがマルフォイみたいに高貴なジョークを口にして、その細い顎で僕らを指し示してくれるならもっと仲良くなれるさ」
「本当?」泣いていたのも忘れて、ダリルが真剣に問う。ハーマイオニーは「冗談に決まってるでしょ」と否定した。
「ハリー、ダリルが本気に取るわ」
 ハーマイオニーの口からはマリアナ海溝よりも深いため息が零れたが、誰ひとりとして目を丸くしてはくれなかった。ギネス級のため息は穴を這いあがって談話室に侵入してくる喧騒にかき消されてしまった。上級生たちの授業が終わったのだ。

 フレッドとジョージは手に持っている教科書をそこらの椅子に投げつけると、ハリー達にずんずん近づいてきた。
「お、どうしたどうした」フレッドはそう言って笑うと、ポケットに入ってるぐしゃぐしゃのハンカチをダリルに投げつける。ダリルに当たらず手前に落ちた。「マイナス五点だな」ジョージは難しい顔を作って唸ると、フレッドのハンカチを拾い上げる。
「まーた君達は俺達のスコップを泣かしてるのか?」
 チェス盤を囲んで黙り込んでいる四人に近づくと、フレッドはセーターの袖でダリルの顔を削った。「はなが、もげる」ゴシゴシ拭われながらダリルが喘いだ。「大変だ」ジョージはハンカチをポケットに突っ込むと、大仰に目を見開いた。「ダリルお嬢様の鼻がエッフェル塔よりお低くなっていらっしゃる……これから俺達は何のしたで雨宿りしたらいいんだ?」
「傘も持っていらっしゃらないというのは初耳ですね」鼻を赤くしたダリルがジョージに噛みついた。
 二人のやりとりをにやにや眺めていたフレッドが袖を絞るふりをしながら、ロンのほうを咎める目つきで見やる。
「濡らしても良いけど、ちゃんと乾かしてから返せよ。カビが生える」
 仮にも実の弟である自分よりも、ほんの一年仲良くしてるだけの同級生を庇う兄にロンがへそを曲げた。
「そうやって自分で乾かすんだから良いじゃないか。さっさと引き取ってくれよ」
「へーへー」
「じゃ、スネイプと茶会でもしに行くか。行くぞ」
 ジョージとフレッドがローブの襟を掴んで、ダリルを引きずって行く。ダリルはハーマイオニーのほうへ手を伸ばした。
「は、ハーマイオニー」
 まるでドナドナだ。しかし手を出されても、繋ぐことは出来ないし、引き留めたら面倒なことになるし、いい加減チェスを再開しなくてはクイーンの堪忍袋の緒が切れる。最近ようやっと言う通り動いてもらえるようになったのに、ここでダリルを引き留めればまた一からやり直した。うーんと悩んでいるハーマイオニーをロンが急かす。「ハーマイオニー、さっきの続きしよう」
「え、ええと、そうね」
 ハーマイオニーは躊躇いがちに頷くと、ダリルから視線を逸らした。ダリルはしょぼんとハーマイオニーを見つめていたが、やがて談話室を横切り、穴から落とされ、太った淑女に送り出されて、ハーマイオニーのふわふわ頭さえ見えなくなった。
 太った淑女のまえで悲しそうに項垂れるダリルを、フレッドがポケットから出したハタキで叩く。
「泣くな泣くな」

「勝ったのに、負けてしまったわ」
「人生そんなもんだ」
「性別の点で君はもうロニー坊やに負けてるんだよ」
「性転換しようかしら」
「止めてくれ。役に立たなくて可愛いスコップが役に立たない上男むさいスコップになったら、俺たちゃ君と絶交するぜ」
「大体今のままで敵わないってのに、男になったから如何こうするわきゃない」
「今のままでも駄目で、男になってもロンに勝てる見込みがなくて、しかも貴方達に絶交されるなんて、寄る辺がないわ」
「寄る辺がないんじゃない。えり好みしてるだけの話さ」
「そうそう。可愛いお嬢ちゃん、赤毛の素敵な彼氏はいかが」
「私は一人だもの。貴方達二人となんて付き合いきれないわ」
「そりゃ幸いだ。君があと一人いりゃ、魔法界は例のあの人どこの騒ぎじゃなかっただろうしね」
「相棒、カリカリするなって」
「してない」
「そうよ、フレッド。男がたかが小娘のたわごとに一々目くじら立てちゃ駄目よ」
「ジョージだよ。ダリル、いい加減僕らを見分けるよう努力したら如何だ」
「顔に名前を書いて」
「分かった、まずマルフォイと君が実践してみてくれ。それで効き目があったら僕らも試すよ」
「じゃ、羽根ペンを持って来て頂戴」
「あ、やべ、何時? 俺、箒小屋行くからお前ら二人で心行くまでコントやっててくれ」
「はあ?」
「じゃあな、相棒」
「おい、ちょ」
「駄目よジョージ、きっと密会だわ」
「違う! ウッドとかとだよ!」
「とかって何?」
「クィディッチ関連だってなら、俺聞いてないぞ、そんなもん」
「箒直すの手伝ってくれって言われたんだよ。お前より俺のが手先器用だろ」
「誰に頼まれたの? ウッド? とか? とかって誰?」
「うるせーな。とかはとかだよ!」
「そういやアンジェリーナ、こないだ調子悪かったっけな」
「ちげーよ」
「なら私も行く」
「そんじゃ俺も行く」
「俺はいつから三つ子になったんだ?」
 

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