七年語り – EXTRA STORY
頭頂部の重要性について

 

「セドリック、何見てるの?」
「ん? ドラコがいたんだけど、あの二人と一緒じゃないから珍しいなあと思って」
「うそ、ドラコ!? どこ? ドラコ、どこ? ああ、ドラコが一人で出歩くなんて嘘みたいだわ!」
「いいや、一人じゃあないよ」
「ノットかザビニとでも、」
 ほら、とセドリックが指す方向にある木の下で、ドラコはダフネ・グリーングラスと二人きりだった。
 窓の桟を握るダリルの手に血管が浮く。きゃあきゃあとはしゃいでいた顔が怖いぐらいの無表情になったのを見て、セドリックはこの少女が殆どブラコンであるのを思い出した。
「……私以外の女の子と二人きりでいるなんて、酷い」
 一体何を食べて育ったら、否ドラコに何を言われて育てばこんな思考回路が形成されるのだろう。ダリルは泣きそうに顔を歪めて、一層強く桟を握った。捨てられた子犬のように縋る視線で、下界にいるドラコを見つめる。このままではいけないとセドリックは思った。幾ら双子とはいえ、十二歳と言えば思春期が訪れる時期でもあるし、そろそろ兄離れ妹離れをさせたほうが良いはずだ。父親染みた思考を展開させると、セドリックはそれとなく双子の兄に自立の時期が来ているのではと口にしたが、ダリルの返事は素早かった。
「あの子より、パンジーより、私のほうが可愛いもの!」
 ない胸に手を当てると、ダリルはキッパリとその傲慢を言い切った。否美醜の問題ではないとか、そもそもそういう価値観は完全な客観性に乏しいものが多いとか、事実だったとしても言い切るのは可愛くないよとか、色々な事を抱いたが、セドリックがその台詞について追及しなかったのは同意したからではなく、「突っ込んだら面倒な事になりそうだ」と思ったからである。仮にも彼氏の立場から「君より他の子のほうが可愛いよ」と言ったようにも取れる台詞を発するのは、事を拗れさせるに違いない。

 セドリックの逡巡など知ろうともしないダリルはこの上なく悔しそうな顔で、穏やかに語らう二人を睨みつけていた。
「それに、それに私のほうがドラコとつり合いが取れてるし、私のほうがダフネよりずっと前から一緒にいるのに」
「ダリルの理論でいくと、ダリルとつり合いが取れてるのはドラコだから、僕と一緒にいちゃ駄目ということになるけど?」
「私はいいの!」間髪ない。
 セドリックは呆れを隠すのを止めた。
「それって、大分勝手な言い分だとは思わないかい」
 暗に「ドラコにだって人権はあるぞ」と匂わせれば、ダリルの瞳が潤む。ブルーグレイにじわりと光が増えたのへ気付くと同時、セドリックの胸に焦りが滲んだ。慌てて手を振って誤魔化す。「いや、まあ、双子だから、そう思うのかもしれないね」
 そうフォローを入れれば、ダリルは口元を手で軽く抑えるだけで、泣きはしなかった。甘やかすのはよくないと分かっていても、ダリルが泣いているのを目にすると胸が痛むので、避けてしまう。
 こうやってダリルは甘やかされていくのかなどと考えていたので、ダリルの表情が暗くなったのへ気づくのが遅れた。
「双子だからじゃ、ないわ」
「え?」
 灰の視線のなかで、ダリルは浅く俯き、重たげに言葉を紡いでいる。
「小さい頃から、ドラコは私が我儘言わないと構ってくれないのだもの」もじと組んだ指を手慰みに動かす。「私がいないところへ行ってしまうから、私が呼ばないと、だって、好きな女の子が出来たら、もう私と一緒にいてくれないでしょう。どうせ私が何をしたって……」
 いつか恋をして、その相手が世界の中心になって、自分には構ってくれなくなるし、そうでなくとも相手がドラコとダリルの仲を引き裂きたがるだろう。ドラコの恋の相手は十中八九スリザリン寮生だ。ダリルは自分がスリザリン寮の女学生に嫌われている自覚がある。今だってドラコはスリザリン生の前でダリルと特別親しげに振舞ったりはしない。魔法は使えるようになったが、それでもダリルが“血を裏切る者”達と親しくしているという認識は変わらない。男子はまだ容貌の美しさや家柄から優しくしてくれるものの、女子にとっては「名門に生まれながら愚かな選択をし続けることでマルフォイの家名を地に落とさんとする頭空っぽ女」だった。
 彼女達は自分の恋人が、例え双子だからと言って頭空っぽ女と仲睦まじくするのを許しはしないはずだ。
 ダリルはしょんぼりとドラコのほうへと視線を滑らせた。

 いつまでも一緒にいることは出来ないと分かっていて、自分がそういう類の選択をしてきたと言い聞かせても、やっぱり、惜しい。
 こんなに遠くても、声が聞こえなくても、その僅かな所作や表情の変化からドラコが何を考えているか分かってしまう。ずっと一緒にいたから、考える時間さえ要さずに、あたかも己の感情であるかの如くスルリと入ってきてしまう。ドラコが好きになった女の子なら、彼女が例えダリルを嫌おうと、二人楽しそうにしているのを見るだけでダリルはドラコに感情移入し、彼女が好きになってしまうのに違いなかった。

「ドラコと話したいなら、下に行って二人に話しかけようか?」
 不意に落ちてきた問いへダリルは顔をあげてセドリックを見やる。セドリックは何でもない風に、いつも通りの温和な顔をしていた。
「君はフレッドやジョージとじゃれあうのに夢中で知らないかもしれないけど、ドラコはよく君のことを見てるよ」そう口にして、ふわりと微笑んだ。「物凄く苦々しそうな顔をしてね」その時のドラコの顔を思い出したのか、セドリックがクツクツ喉を鳴らした。
「でも、君が楽しそうに笑ってるのを見るとほっとしたような顔をするよ」
 ダリルはセドリックを見つめてきゅっと唇を噛み、きつく拳を握りしめた。抱き着いたら激痛。キスしても激痛。触れたら呪い発動。そう己に言い聞かせて、胸に満ちる感情へ蓋をした。ふーと吐息を永く紡ぎだし、気持ちを落ち着かせる。
「下に行く?」セドリックがダリルを見ながら、もう一度問うた。しかしダリルは軽く頭を振ると、窓辺から離れた。机に掛ければもうドラコは見えない。「良いわ。今はセドリックといたいから、下には行かないでいる」チラと窓の外を見ると、セドリックもダリルの隣にやってきた。十センチも離れていないのに触れることは出来ない。それでも不安はなく、寧ろ心は凪いでいた。
「……それに、私にセドリックがいるみたく、ドラコにも私以外の可愛い女の子が必要だもの」
「そうだね」
 くすと笑ってから、ダリルの頭を撫でようと咄嗟に出した手を引っこめる。
「ドラコは随分とモテるから、じきに恋人が出来るかもしれない」
 からかうような台詞にもダリルは引っかからなかった。
「お父様を真似てあんなきざったらしい髪型をしているのだもの。ちょっとはモテなきゃ困るわ」つんとこまっしゃくれた台詞を口にする。

「ああ、そういえば君達の父親もオールバックだったね」
「お父様を知っているの?」
「二度三度見かけたことがあるよ。何しろ目立つし、話題になることも多い人だから、君の親だって知る前から顔だけは知ってたかな」
「ドラコったら、お父様が大好きなのよ」
「可愛いじゃないか」
「そうね。私もドラコのそういうところって凄く可愛らしいと思うの……」
「如何したの?」
「ああいう髪型って凄く負荷が掛かりそうじゃあない? どこに、とは言わないけれど」
「あ、ああ、そういうこと」
「セドリックのお父様は如何?」
「それは僕が将来禿げるか禿げないか気になっているということで良いのかな」
「それもあるけど、今のところ私が知る子持ちの男の人で豊かな毛量の人っていないから気になったの」
「お父さんと、誰を引き合いに出してるんだい?」
「フレッド達のお父様。去年の夏休みに会ったの。ハーマイオニーのお父様もいたのに、毛量のことまでは覚えてないのよね。残念だわ」
「そっか。今年の夏休み、なんとか僕と会えそう?」
「それは無理ね。で、セドリックのお父様の毛量ってどんな具合?」
「……その内自分の目で確かめられるかもしれないよ」
「今知りたいの!」
「まあ、ぼちぼちかな」
「もう、投げやりな台詞ね!
 良いわ。お父様のアルバムでも漁れば映ってるかもしれないし、でなきゃそれとなく写真を撮ってきてもらうよう言うから」
 ついさっきまで双子の兄に構って貰えなくなると落ち込んでいたのに、今はもう沈んだ素振りを全く見せずに自分の親の毛量など気にしている。突飛で、無礼千万なことをズケズケと口にする我儘娘だとは思うものの、隣でクルクルと表情を変えて一人訳の分からないことで盛り上がるダリルに、セドリックは「惚れた者負けとはよく言ったものだ」と心中に零した。
 自分が将来禿げるか如何か真剣に語ってても、可愛いと思えてしまう。

「あ、アーサー小父様ってとっても素敵な人なのよ。だからきっと、セドリックが将来禿げても今と同じにハンサムなままだと思うわ」
 全く自分の話を聞いていないセドリックへ、ダリルは蕩けるような笑みと共に惚気を口にした。

 果たして、負けたのはどちらなのだろうか。
 

頭頂部の重要性について

 
 


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