七年語りLULL BEFORE THE STORM
07 姫君と王様

 

 フリントの手紙に書かれていた辛辣な言葉もダリルの上機嫌を崩すことは出来なかった。

 セドリックの手紙の効力も然る事ながら、明日の支度をしていると「明日ハーマイオニーに会えるんだな」という実感が湧いてきたからである。ダリルは去年のクリスマスにウィーズリー夫人から貰ったセーターと、ロングスカートと、カッターシャツと、分厚いローブをベッドの上に並べて、その前で腕を組み、マクゴナガル教授のように厳しい表情を作って考え込んでいた。何かが足りない。
 頭部がノーガードだ。

 ダリルはぽんと手を打って、洋箪笥のほうへ駆けて行った。そうして手に眼鏡とマスクと目だし帽を持って戻ってくる。目だし帽をセーターの上に置いて、穴のあいているところへ眼鏡をおき、口元へマスクを付けた。手袋は常に付けているし、分厚いタイツを履くし、これで皮膚の露出するところはなくなるだろう。その姿で漏れ鍋――人の大勢いるところへ出現することになるのを完全に忘れ、ダリルは銀行強盗染みたコーディネートを満足そうに眺める。ハーマイオニーから「ローブはなし! マグルらしい服装でね」と言われたのも忘れていた。尤もローブは鞄へ仕舞ってしまえば良いのだが、これで確実に一つはハーマイオニーに叱られる理由が出来たわけだ。ダリルはハーマイオニーの笑顔を想像してウットリする作業に入ってしまい、結局服を仕舞い終わってもローブについて思い出すことはなかった。
 広い部屋のなかを動き回りながら明日の支度を整えるダリルだったが、持って行く鞄を選んでいる最中に大事な事を思い出した。
 勿論ローブのことではない。煙突飛行粉の残量についてである。

 マルフォイ邸はその広さに相応しい数の部屋があり、部屋の絶対数に比例して暖炉の数も多い。しかしその内で煙突飛行ネットワークに組み込まれている暖炉は二つだけだ。一つは来客やルシウスが魔法省へ行く時に使うもので、玄関ホールにある。もう一つは主に私的な外出に使われるもので、リビングにある。当然明日使うのは後者である。そちらのほうは使われる頻度が高いだけあって煙突飛行粉の減りも早かった。マルフォイ家では煙突飛行粉の補充タイミングは申告制となっている。ドラコに頼んでナルシッサへ申告して貰っても良いのだが、明日出かけることがバレるのはなるべく避けたかった。幾らドラコがダリルのお願いを無碍にすることがないとは言え、マグルの街に出かける等とバレれば部屋に閉じ込められるか、最悪ルシウスに密告される恐れがある。
 とりあえずリビングに煙突飛行粉の残量を確かめに行こう。
 ダリルは手に持った鞄をぽいとカーペットの上に投げ出すと、慌ただしく自室を出て行った。

 計画がスムーズに進まないのは、ままあることだ。

 階段を下りてリビングのある棟に足を踏み入れた瞬間、ダリルはリビングから出てきたルシウスとはち合わせてしまった。唐突な逢瀬に苦虫を噛み潰したような気分になったのは、何もダリルだけではなかったらしい。ダリルと違って“目上の人”が存在していないルシウスはダリルの顔を見て、あからさまに顔を顰めた。ダリルとて顔こそ顰めていないものの、面白くはない。気まずい空気のまま二人佇んでいれば、リビングから出てきたナルシッサが二人の横を通り過ぎて行きざま、「ダリル、お父様が今度は猫じゃらしを買って下さるようよ」と呟いていった。どうもナルシッサはまだ先日の首輪事件を許していないらしい。恐らく先までリビングでネチネチとルシウスを責め詰っていたのだろう。こんな調子で明日のパーティ、お父様はお母様をエスコート出来るのだろうか。ダリルはナルシッサの背を見送りながら、他人ごとっぽくそう思った。ことの発端はダリル自身であるが、夫婦仲にまで口出しする気はない。
 拒絶が滲む背をじーっと見ていたダリルの鼓膜をゴホンというわざとらしい咳払いが揺らした。
「もう――首輪のことは気にしていないだろうな」
 振り向けば、ルシウスが困惑気味にそう言っているのが見える。
 朝の上機嫌を頼りに、ダリルの懐柔に来たのだろう。余程ナルシッサに凹まされたに違いない。語気を強くしようと努力しているのは分かるが、結局ダリルの機嫌を伺うような響きになってしまっていた。ルシウスがダリルに対してこんなにも下手に出るのは珍しいことだ。ダリルの胸にちょっとした悪戯心が湧いてきた。「勿論ですわ、お父様」ダリルがにっこり笑うと、ルシウスはほっと顔を緩ませた。

 その分かりやすさがドラコみたいで可愛い。

 思えばルシウスとドラコは育った環境も殆ど同じなのだから、生来の気質が違うとは言え似ているところがあって当然なのである。
 普段であれば容易に己の疲労を露出させはしなかっただろうが、この二日ほど愛しの妻の冷たい視線に晒され続けたのが応えたのか、ルシウスはすっかり弱っていた。それで、娘に癒して貰いたくて堪らなかったのだろう。夫婦喧嘩の際にルシウスの側について、「お父様可愛そう。でも、お母様の言う事も尤もなところがありますわ」などと慰めるのはダリルの役割だった。というかルシウスが寄ってくるので、ダリルが慰めざるを得なかったと言う方が正しい。勿論ドラコはナルシッサ側で、こちらは慰め皆無で淡々と反省会をするのみだ。

 ダリルとドラコが家にいた頃から比べると、この二年で夫婦喧嘩をしたことは殆どない。恐らくはダリルが問題行動をとるために、夫婦喧嘩どころではなかったということだろう。それに緩衝材である二人がいないところで喧嘩をすれば長引くと、そう互いに気遣いあっていたので、久々の夫婦喧嘩――それもルシウスが圧倒的に悪いことが原因で起こったこと――に、ルシウスは疲弊していた。
 父の弱気を見たブルーグレイの瞳がキラキラ輝いたが、ルシウスは娘の変化に気付かなかった。
「もう怒ってませんわ。それにあの首輪、私の首の怪我を隠そうとしてのユーモア溢れる気遣いだって分かってましたもの」
 そんなら何故怒った。クスクス笑うダリルに、ルシウスは憮然とした顔をする。

 傷が浅かったこともあり、微笑むダリルの首には何の痕もない。それどころか首輪を渡す二日ほど前にはすっかり消えていた。ダリルの台詞が嫌味であることは明白であり、ルシウスは深く長いため息を唇から零す。ルシウスが「ナルシッサに似るのは容貌だけにして貰いたいものだ」と心の底から念じていると、ダリルが一歩後退して、体を斜めにした。
「じゃあお父様。用がないんでしたら私、食堂に行きますので」華奢な手をひらめかせ、ダリルが別れを告げる。
「いや、ダリル」ルシウスはダリルの腕を掴みかけて、手を引っ込める。ダリルが冷めた目でその動きをけん制したからだ。「……そんなに急ぐことはなかろう」己の失態を誤魔化すような声音で不貞腐れた台詞が紡がれる。
「そういえば、明日のパーティは何時頃お帰りになりますの」
 ルシウスの引き留めの台詞をバッサリ無視した疑問を口にして、ダリルが小首を傾げた。
「早く戻った方が良いかね」
 お父様がいないと寂しいという台詞をちょっと期待して、聞いてみる。ダリルは相変わらずの悪戯っぽい笑みを浮かべるだけだった。
「いーえ」可憐な声がルシウスの胸に刺さる。「何なら永遠にお戻りになられなくとも良いんですよ」
 ある意味その台詞は真実である。ハーマイオニーと遊びに行くのに、早く戻ってこられては困るのだ。こんな状況でさえなければルシウスに怪しまれないよう「早く戻ってきて」と言っただろうが、今は誤魔化すほうが不自然だ。だから真実を口にし、真実だからルシウスの胸にグサリグサリと刺さる。この二日でそんなに嫌われてしまったのか、朝食の席での上機嫌はなんだったのだ。ぐるぐると考え込むルシウスの瞳に、ダリルのきょとんとした顔が映った。「あ、でも」と零し、唇に人差し指を当てる。
「ドラコとお母様には戻ってきて頂かないと困りますわね。寂しいですから」ケロっとそんな酷い事を口にする。
「私がいないと、困るだろう」寂しいだろうと言わなかったのは、家長としてのプライド故だ。
「ほんとだわ」ダリルが今気付いたとでも言いたげに目を丸くした。「お父様がいなかったら誰が私に首輪を下さるのかしら?」
 厳かな顔を作るダリルに、ルシウスは眉を寄せる。それを見て、ダリルが弾んだ声を出して嬉しそうに笑った。
「今度は赤い革に金の飾りをつけた首輪を下さるの? それとも黄に黒曜石? 青に銅? いい加減スリザリン・カラーも飽きたわ」
 ようやっとルシウスは己がおちょくられていることに気付いた。

「ペットか、装身具か、本か」
 手っ取り早く事を済まそうとしたルシウスがぶっきら棒な台詞でダリルに取引を持ちかける。
 欲しい物をくれてやるから、それで首輪の件を水に流せと言いたいのだろう。ダリルは瞳を細めて、穏やかな視線で父を見つめた。
「いつもドラコのことを言いますけど、お父様も案外打たれ弱いですわよね。やっぱり、良いとこのおぼっちゃんということなのかしら」
 どこでそんな言葉を覚えてきたと言いたくなるのをルシウスはぐっと堪える。それすら見とおされているようで、とうとうダリルが声をあげて笑いだした。その笑い声があんまりに楽しそうで、ルシウスの不機嫌が静まる。
 幸福そうなダリルが目の前にいるのにいつまでも機嫌を損ねているのは馬鹿馬鹿しいことだ。
「お父様、いざという時頼りになるのは女ですわよ。お母様と私をもっと大事にして下さいな」ダリルが笑みを絡ませて、苦しそうに言う。
「これ以上どうしろと言うのかね?」
 ルシウスが本音を口にするとダリルの笑い声が一層高くなる。ハンドベルを幾つか打ち鳴らしたように華やかなものだ。マルフォイ邸は窓の少なさから昼でも薄暗いことが多いが、ダリルが笑っているとその暗さが失せる。

 強い光を好まないルシウスだったが、娘が放つ淡い光は愛おしかった。目を焼くほどではないが、己の所在を知るには十分な明かりで、暗いなかでもダリルの所在を知ることが出来る。孤独や寂寞といったものを拭う種類の弱い光がダリルの周りにはあった。

 ダリルは笑みに荒れた息を整えると、目じりの涙を拭ってルシウスへ微笑みかける。
「冗談ですわ。もっと大事にして頂いたら、私、一人で家のなかを歩く事すら禁じられてしまいそう」
 フフと先の笑いの残滓を絡ませればルシウスが眉間にしわを作った。ダリルはちょっと考え込んでから、ルシウスの腕に己の腕を回した。ルシウスが驚いた顔をする。それもそうだろう。先ほどちょっと腕に触ろうとしただけで、冷たい視線を寄越したのはダリルだ。
「お父様、一緒にダイアゴン横丁へ行って下さる?」ルシウスの動揺など無視して、ダリルはニコニコ笑っている。
「さっき、何でも欲しいものを買って下さるって言いましたものね。そうしたら私、お父様とデートさせて頂けたら首輪のことは忘れて差し上げてもよろしくってよ」
 年頃の可愛い娘、それも「お父様のローブと私のローブは一緒に洗わないで欲しいの。お父様のローブと一緒に洗うと、私のローブからお父様の匂いがするようになるんですもの」とか言うようになった娘から「お父様とデートしたい」と言われて喜ばない父親がいるだろうか。少なくともルシウスはそうではない。“そう”――つまり“喜ばない”わけではなかった。嬉しくないわけがなかった。超嬉しかった。
「痛まないなら、私が服の上から触ったとて良かろうに」喜びを隠し、平常心を保とうと理性を総動員させた台詞をルシウスが口にする。
「お父様から触るのは駄目」キッパリと有無を言わせぬ口調でダリルが宣言した。
 ダリルがこうして触る場合は「数枚着ているから一分は平気かな」とか色々と考えた上であって、ルシウスは当事者でない故にズルズルと「あと一秒ぐらいは平気そうだ」とか適当な憶測でもって臨界点を突破させそうなので、問答無用で触れるのは禁止なのである。
 ちなみにセドリックとも同じやり取りをしているが、ドラコとはしていない。
 元々ドラコからダリルに触れることが滅多にないのだ。なのでダリルのスキンシップ精神が旺盛になるというか、逃げられると追いたくなる性を刺激されてダリルのほうからベタベタしていたため、ダリルがヴォルデモートの呪いによる不便を思い知るのは大抵ドラコが隣にいる時である。つまりダリルはセドリックとキス出来ないことより、ルシウスとの触れ合いが激減したことより、ドラコに引っ付けないことが一番辛いということなのだが、幸いにして誰もそれを知らない。

 あまりにもダリルがキッパリ却下するのでルシウスの機嫌が僅かに下降したが、ダリルはそれを見逃さなかった。
 ちょっと眉間にしわを刻んだルシウスの腕をくいっと引いて、己の方へ意識を向けさせる。視線が重なった瞬間にダリルはセドリックからの手紙を脳裏に過ぎらせて、蕩けるように微笑んだ。「こうして歩いたら、お父様と恋人同士のように見えるかしら?」
 物凄くわざとらしい台詞であったし、ドラコがそこにいたなら「父上、引っ掛からないで下さい」とルシウスの冷静さを呼び起こさせただろう。しかしその場にはダリルとルシウスだけで、尚且つルシウスはナルシッサに冷たくされてほんのり落ち込んでいる。
 ルシウスの機嫌が上昇していくのがダリルには手に取るように分かった。
 ちょろい。ダリルはルシウスに対する感想とセドリックの顔を己が脳内で同棲させながら、笑みを保っていた。
 ルシウスが目にしている笑みはルシウスに対するものではなく、セドリックに対して浮かべるものであり、「今日はいつも以上に可愛らしい」とルシウスが感じたなら、それはダリルがルシウスよりもセドリックのことを好いていることの証明に過ぎないのだが、幸いにして事実を知るのはダリルのみであった。ダリルは「お母様のおかげで今日のお父様は御しやすいわね」と呑気な事を考えている。

「年齢が離れすぎているだろう」ルシウスは窘めるように言いたかったのだろうが、笑みは隠しきれない。
 ダリルは軽く首を振った。
「お父様はお若くていらっしゃるもの」後退気味の髪以外ね。心中でそう付け足したのも喜ぶルシウスには分からなかった。
 感慨深そうな顔をするルシウスを見て、ダリルは心中胸を撫で下ろす。これで誰かから朝の上機嫌の理由を聞かれても、「やっぱりお父様と喧嘩したままって寂しいもの。今日は絶対にお父様と仲直りしようって決めてたの」とか何とか誤魔化せるに違いない。
 今更ながらにセドリックの手紙で興奮しすぎた己を諌めて、ダリルはルシウスへにっこり笑いかけた。
「格好良くて紳士的なお父様で、私は本当に幸せ」
 するりと拘束を解いて、ダリルはルシウスから離れる。それでもルシウスの機嫌は落ちたりしなかった。すっかり気力を取り戻したらしく、いつもの自信溢れる姿に戻ったルシウスがナルシッサとの和解案をダリルに語るが、ダリルは相槌を返すだけで全く聞いていない。興味がないとか、如何でも良いとか、策を語る暇があったらさっさと和解してくればいいのにとか、そのちくわ耳には色々な理由があるものの、一番は他に考えることがあったからである。「流石ですわ」と要所要所で適当な台詞を口にしながら、ダリルは「如何すればドラコを誤魔化せるかしら」と考えていた。ドラコが毎日ヒッソリとつけている日記の存在を、ダリルは疾うに知っている。それどころかホグワーツ滞在中のドラコの動向を知るために机を漁って過去の日記を読むことさえあった。ドラコが自分の持ち物を漁るのは絶対に許さないダリルだが、自分がドラコの持ち物を漁るのは当然の権利であると考えている。それを指して傲慢と言うドラコも、流石に自分の机が漁られていることまでは知らなかった。だからダリルはドラコのことを「詰めが甘い」とか「おぼっちゃま育ち」と考えるのである。自分だってお嬢様育ちのはずであるのだが、自分のことは見えないし、何よりも傲慢だから自分の事は常に例外扱いなのだ。

 兎に角パンジーやらと男女交際をしていないらしいのは喜ばしいが、恋人が出来たと気付かれつつあるのはまずい。ルシウスの反応から「ドラコのほうにも媚びを売っておく必要があるな」とダリルは考え、不意にここ最近の日記の内容を思い出した。
 自分の文字より少し無骨なもので記されたものを思って、ダリルはウフフと嬉しそうに笑った。「ドラコは私のことが大好きだもの、それで上手い事誤魔化されてくれるでしょう」なんて、ドラコが知ったら絶交されそうな呟きを心中に落とす。
 そうこうしている内に、妻との仲直り大作戦に関する説明は終了したらしい。
「――それでは今抱えている仕事が今日片付くから、明後日にでも行くか」
 ダリルはぽんと両手を打った。
「わ、楽しみ! お母様の荷物持ちはお父様とドラコで頑張ってくださいね」
「ナルシッサはその日パーキンソン夫人の茶会に行く予定だ」
「じゃあ、私の荷物持ちですわね」
「親を使うか」
 相変わらずの軽口にルシウスが笑う。その笑みにダリルは澄まし顔を作った。
「お父様は私の騎士ですもの」ダリルの手がひらりと宙を泳いで、「それとも姫に荷物を持たせるのかしら」その人差し指が唇に触れる。
「恋人同士から酷く降格されたものだ」苦々しそうな言い様とは逆に、ルシウスの顔は満ち足りていた。
 ダリルの勝気で傲岸な口ぶりが好きなのは、何もドラコに限ったことではない。寧ろルシウスこそがダリルがそういう態度を取るのを誰より喜んでいた。好意を疑うことのない口ぶりはダリルが愛情を注がれて育った故であり、己がこの娘に注いだものの多さを実感出来るからだ。自分の愛情、富、権力、地位、ルシウスにとってドラコとダリルは己の得た全てを映しだす鏡に等しかった。
 ルシウスの不服を受けてダリルは幼子を説き伏せるように易しい声音を紡ぐ。
「あら、お伽噺ではお姫様と騎士の恋物語は少なくなくってよ」
 幾つかのタイトルを並べたものの、それは皆お伽噺というよりはロマンス小説だった。ダリルの趣味は冒険活劇等であり、それらの本は守備範囲外であるが、幼いころナルシッサに寝物語として語られたのを今でも覚えていた。ナルシッサはロマンス小説が好きなのだ。典型的なお嬢様という奴で、ダリルと違ってお淑やかだし、思慮深い性格をしている。名家の娘として産まれ名家に嫁ぐために育てられたようだと言って差し支えなく、またナルシッサもそう言われて悪い気はしないに違いない。淑女という言葉がこれほどに似合う女性をダリルは他に知らないし、馬が合わない時が多いとはいえ母親として女性として十全に尊敬している。

「それに紳士たるお父様は淑女たるお母様に荷物を持たせるような真似をしないでしょう」
 だから同じく淑女である私に荷物を持たせてはいけないと主張するダリル。そこでルシウスは大事なことを思い出した。
「そういえば、」手が口元に当てられ、ふむと考え深そうな音が漏れる。「そういった時は家へ届けさせるな」
 両手が塞がることなどホグワーツを卒業して以来ない。いけしゃあしゃあとそう言い捨てるルシウスにダリルが不服そうな顔をした。
「駄目よ。私、一杯の荷物を持って移動するのって楽しそうってずーっと思っていたんですもの!」
「品のないことは好かん」
 ルシウスはダリルの台詞からウィーズリー一家を連想したのだろうし、ダリルもそうと察知した。ダリルはルシウスの考えになど気付かないふりをして、言葉を続ける。「品のないことが出来るのは子供のうちだけですわ」そう紡いで、ね? と微笑んだ。
「だからお父様は品のない子供に付き合って下さらなきゃ」
 作られた無邪気さにルシウスは少し気難しい顔をする。誰の影響か――間違いなく自分のなのだろうが、ダリルは随分と体面というものに詳しくなってきた。体面というよりは、自分の価値についてと言うべきだろうか。自分の我儘がどの程度一般に許容されるのか、どう振舞えば大目に見て貰えるのかということを殆ど精確に理解するようになっていた。
「……私に荷物を持たせたいなどと言うのは、お前ぐらいだ」ルシウスは浅いため息をつく。
「お父様、言い直して頂戴」ブルーグレイの瞳がじっとルシウスを見つめ、その口元がたおやかに綻んだ。
 誘うように、ダリルの手のひらがルシウスに差し出される。その手は無骨とも言える厚い手袋で覆われているのに、風に散る花弁の如く優雅な動きだった。「私に荷物を持たせられるのはダリルだけだって、ね」
 こんな些細な軽口の押収へ心の底から勝ち誇った笑みを浮かべるダリルが酷く少女らしく見えて、ルシウスは苦笑した。

 ルシウスは軽く頭を垂れて、ダリルの髪のひと房に口づけた。
「つくづく私の姫君には敵わないな」

 ダリルは父親がごっこ遊びに付き合ってくれたのが嬉しくて、飛び切りはしゃいだ声を出す。
「そうよ、お父様の娘ですもの。私はとっても我儘で、身勝手なんです」
「私に似ていると言うなら、もう少し気品ある淑女になっていて良いと思うのだが?」
「じきにお父様みたく品があって、嫌味が上手な淑女になるって約束しますわ」
「これ以上上手くなって如何する」本気の響きで呟くので、ダリルはキャラキャラと声を紡いで笑いだした。

 ふとルシウスの視線が自分を通り越す。何事かと首だけで振り向けば、ドラコがこちらにやってくるのが見て取れた。朝食の行き帰りをドラコと連れ添っていたが、そう言えば部屋に戻る時手に封筒を持っていなかったかもしれない。大方届いた手紙を食堂に置き去りにしてしまったのだろう。ダリルは視線をルシウスに戻すと、食堂の方を指差した。
「私、ちょっと食堂に行ってきますわ。ドラコが手紙を忘れて行ったでしょう」
「ああ」ルシウスが頷いて、ドラコのほうをチラを見る。何か話したいことでもあるのだろうかと、そんな事を思いながらダリルは二人から離れて食堂の入口から覗く薄明かりへと進んでいった。振り向くとドラコとルシウスが話しこんでいるようなので、ついでにリビングのほうへも寄って行こうと両開きの扉を潜って、白いテーブルカバーと同化している封筒を見つける。

 封筒にはセオドール・ノットと書いてあった。ダリルのことを泣き妖怪バンシーの亜種か何かだと思っている男子生徒だ。
 

姫君と王様

 
 


七年語りLULL BEFORE THE STORM