七年語りLULL BEFORE THE STORM
08 怖くない暗闇を知っている

 

 明日はハーマイオニーとのデートだし、明後日はルシウスとのデートだ。

 煙突飛行粉、明日着る服、持って行くものを全て揃えたダリルはご機嫌な気持ちで、己の部屋の扉の二つ隣にある扉を回す。
「ドラコ、入るわよ」言うが早いか開けるが早いか、殆どそれは同時だった。
 唐突に押し入ってきたダリルに、机で書きものをしていたらしいドラコが右腕で机の上を覆って振り向いた。
「ノックぐらいしろ」ぶすっと膨れたドラコがそう注意してもダリルはめげない。というか聞いていない。
「私に見られて困るものでもあるの?」上機嫌と見てとれる明るい顔でダリルが小首を傾げた。

 ダリルは後ろ手で扉を閉めると滑るように部屋を横切って、窓際にある机の前に掛けるドラコのほうへ近づいてくる。ドラコの部屋とダリルの部屋の構造は殆ど一緒だが、無論内装は異なる。白の多いダリルの部屋と違ってドラコの部屋は灰が多いし、何よりも常に散らかっていた。床に放り出されたチューブを踏みかけて、体制を崩したダリルは傍らのベッドに倒れ込んだ。それを見たドラコが「どじ」とぼやいたのは、幸いしてドラコの悪癖を罵るのへ熱心になっているダリルの耳に届かなかった。
「箒を磨くんだったらさっさと磨いちゃわないと、グリースが渇くわよ!」
 出されたままの状態で箒の持ち手に乗っているグリースを指して、ダリルが吠える。「可愛い妹がクァッフルを踏んづけて骨折したらとは考えないわけ?」仏頂面でベッドから身を起こすと、ダリルは足元の球体を軽く蹴った。
 コロコロとカーペットの上を転がるクァッフルはドラコの座っている椅子の足にぶつかって、動きを止める。
「部屋に入る前にノックのひとつもしたら片づけておいてやっても良い」ドラコはクァッフルを拾い上げて、部屋の隅の箱目掛けてそれを投げた。箱がパッと口を開けてクァッフルを飲み込む。ドラコの不精を見たダリルは「ゴミ溜め箱」と呟いた。外見こそ王座の脇にあって何ら遜色ない意匠で、宝箱のようだったが、所有者が十三の男子であるからして、中身は宝とは到底言い難いゴミだらけだ。
「――第一僕がお前の部屋に入るときノックしなかったことがあるか」
 ダリルが何か言いたげにじっとり睨んでくるのを見て、旗色が悪いと考えたドラコは先の話題を引きずりだしてくる。
「淑女の部屋に入る時ノックが必要なのは当然のことよ」ようようドラコの傍までやってきたダリルが、ドラコの胸に指を突き付けた。
「紳士の部屋に入る時だって必要だ」
 ドラコがダリルの主張を鼻で笑ったが、ダリルは物おじせず言葉を続ける。
「ドラコは紳士であるまえに私の双子の兄ですもの、そんなの必要ないわね?」
 返事はなかった。ドラコは妹の問いへちょっと眉を顰めると、反論を口にする代わりにパチンと指を鳴らした。
 どうやらそれが屋敷僕妖精を呼ぶ合図らしく、パチっとしゃぼん玉の弾けるような音と共に老いた屋敷僕妖精がドラコの背後に現れる。ドラコは彼を見ることもなく、ぶっきら棒に「椅子」と一言命じた。あんまりに短すぎるとダリルは思ったが、ドラコ付きの屋敷僕妖精は単語での命令に慣れているらしい。何の躊躇いもなくダリルの脇へ椅子を出して、来た時と同じにパッと消えて行った。
「貴方がドビーやキィーリレルを使えない理由がよく分かるわ」
 屋敷僕妖精が出してくれた椅子に掛けて、ダリルはため息をつく。「そういうところ、お父様とそっくり」
「如何言う意味だ」
「いいえ、別に」
 不服そうに自分を見たドラコへちょっと笑って、ダリルはドラコの首へ腕を――絡めようとしたところで、我に返った。宙に浮いた腕を膝の上へ戻す。ダリルはちょっと顔を顰めて、呻いた。「本当に忌々しいわ」
 自分がいない間にダリルが誰とベタベタしようが良いではないか。ブツブツとヴォルデモートへの文句をぼやくダリルに、それを聞き流して机の上を整理するドラコ。机の上の汚さを耳元でぎゃあぎゃあ喚かれたくないと思ったのか、それとも日記帳やノットからの手紙を見られては堪らないと思ったのか、恐らくはそのどちらもだろうが、急にバタバタと引き出しを開けたり閉めたりするドラコをダリルがじっと見る。視線を感じたドラコが訝しげな顔でダリルを見返した。「如何した」
「ううん」ダリルは首を振って、人差し指を口元へ当てる。「……なんだかんだ言って、結局私のほうがドラコを好きなのかしら」
「触るのも私からが殆どだし、好きって言うのも私のほうが多いものね」
 ドラコがむせた。男子にしては華奢な肩を揺らして、ゴホゴホやる。「何を――何を、馬鹿な」顔が赤かった。
「僕の部屋にまできて、伝えたかったことがそれか」
「いいえ、それは暇だったから。あと今日はドラコにあんまり構ってもらってないなあ、何か私に知られたくないことでもしてるのかなあ、私と話すより誰かと文通することのほうが大事なのかなあって思ったから、もしもそうならぶち壊してやりたいなあって思ったの」
 ウフフと笑っているが、その発言は不穏なものである。しかし先ほどの台詞で思考回路がこんがらがったままのドラコは「そうか」としか言わなかった。元々ダリルの嫉妬に慣れているのもあり、ドラコには「ドラコが構ってくれなくて寂しい」としか聞こえなかったのである。

 浅い呼吸を幾度か繰り返して、やっとこ鼓動を落ち着かせたドラコが厳しい顔をする。
「もう十三歳になるんだぞ。子供じゃないんだ。僕からお前に――触りたがったら、変だろう」説き伏せるように厳格な響きで紡いだ。
「何が?」
 兄の努力をまるで慮ることのない能天気な笑みでダリルが問い返す。
 ドラコの眉間にしわが出来た。
「だから……その、幾ら兄妹でも、ほら、所謂男女なんだから、倫理的によろしくないだろう」身ぶり手ぶりで羞恥を誤魔化しながら言わんとするところを伝える。ダリルがああーと納得の声を上げて、「それが、何?」と確信犯の疑問を口にした。
 今度疑問を抱くのはドラコのほうだった。それが何って、如何言う意味だろう。
 答えは単純だった。「私は構わないわ」ダリルは明日の天気でも語るように適当な口ぶりで言い、ドラコは押し黙った。
 ダリルにとってドラコが一番であるということは他の何にも変え様のない真実だ。だから他人がそれを男女関係と取るなら――その依存は単なる兄妹と言うにはあんまりに近すぎると思うなら、勝手に思わせておけばいい。
 無言のまま気難しい顔をしているドラコへ、ダリルはふんわり微笑んだ。
「私はドラコが大好きだもの」
 そう呟くと同時に、ふっとダリルの内へ疑問が落ちた。
 世界で一番好き? ダリルは軽く俯いて、その問いへの答えを考える。「まあ、そうよね」そもそも即答出来ないことが可笑しいではないか。「ドラコがいなきゃ、生きていけないもの」ダリルにとってドラコのいない世界はあり得ない。水よりも空気よりも、まず己が生きるためにはこの片割れからの愛情と関心が必要なのだと自覚していた。「ドラコがいるから私がいるのよ。だから、世界で一番だわ」
 それで何故躊躇ってしまったのだろう。

 ダリルはまだ固まっているドラコへと視線をあげて、ふーっと浅く長いため息をつく。
「でもキスとかはしたいと思わないのね」
 刹那、頭部に鈍い痛みが走った。ドラコがクィディッチ今昔の角でダリルの頭を叩いたのである。
「馬鹿か」頬に赤みの残るドラコが吐き捨てた。「お前はいつになったら真っ当な倫理観を身につけるんだ?」
「ドラコってそういうところはお母様そっくりよね」痛むを頭を押さえて、ダリルがへにゃりと笑った。
「お前の倫理観の薄さは父上そっくりだな」
「あ! お父様の悪口ね!」
「何故喜ぶ? 第一父上は男だから、倫理観が薄くても良いんだ」
 ここまで来ると狂信者に近いものがあるわね。とことんルシウスをフォローするドラコへダリルは呆れた。そして、「あ、」と零す。
 手袋の厚みを確認してから、ドラコの頭へちょんと触れた。
「ねえドラコ、髪の毛下ろした方が良いわよ。貴方、髪質はお父様そっくりなんだから」
「それが如何した」唐突に振られた話題にドラコが不思議そうな顔をする。
「お父様は若いころ、前髪を下ろしていらしたわ」
 ダリルはもどかしそうに眉を寄せて、ドラコの耳元へ囁いた。「大事な片割れに本当はこんなこと言いたかないけど――貴方、どうせフレッドとジョージが例のブツを作ったとしても絶対に使いたくないでしょうから、言うのよ」
 ブルーグレイの視線が重なる。ダリルの真剣な瞳に、ドラコはゴクリと唾を飲み込んで彼女の台詞を待った。
「そのままオールバックにしていたら、近い将来に禿げるわよ」
 ドラコは無駄に豊かなプラチナ・ブロンドをひと房掴んで、思いっきり引っ張った。

 馬鹿げたじゃれあいを幾度も繰り返している内にマルフォイ邸を穏やかな夜が満たす。
 

怖くない暗闇を知っている

 
 


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