七年語り – LULL BEFORE THE STORM
23 笑いながらあなたを手離せたら
ダリルへ
君が地下牢から出てきたのは酷く残念だ。壷の二三ぶち壊すかしたら地下牢に戻してもらえるかな?
ジョージより
ダリルへ
ジョージの奴、一人で君に手紙を出そうとするんで苦労したよ。ジニーに手伝って貰って、マグルの村ギリギリのとこでエロールじいさんをキャッチした。あいつ中々箒に乗るのが上手いんだ。ジニーだけに言えたことじゃないけど、女の子ってどうしてああも要領が良いんだろうな? 俺たちジニーに箒の乗り方なんて大して教えた覚えないんだぜ。なのに俺たちからギャアギャア口を出されたロンより、それを見てただけのジニーのがずっと筋が良い。いっそロンが女だったら良かったんだ。そうしたらママも確実にハリーを息子にすることが出来ただろうしね。我らが妹君は勿論可愛いけど、一人だけじゃ心もとない。弾は多いほうが良いって奴だな。ま、何にせよ家に梟が一匹しかいないんじゃ、ラブレターを出したい時に困る。パースと違って、俺にそういった相手がいないのは幸いだった。
そうそう、時間がないんで簡潔に言うけど、例の計画は中止だ。勿論君のお父上の仕事がパパのマネジメント……いや、ひょっとすると管理してるのはパパじゃなくて遺跡だったかもしれない。ま、築年数という観点から言えば大して変わりはないよな? それに俺の記憶が間違っていようとなかろうと大マルフォイがパパのスケジュールを把握しているのは事実だ。何故って、君のお父上はパパに恋してる。こないだも人づてに大量のラブレターをくれたらしいじゃないか。始末書という名のね。パパが「ルシウスとダリルの血のつながりを証明するためにはスキャマンダー氏に協力を仰ぐ必要がある」って喚いてたよ。せめて今度からは君がパパに始末書を渡してやってくれ。
そんなだから連絡を入れるまでもなく俺らが出掛けることなんて知ってるだろうと思ったんだけど、念のため言っておく。俺たちはエジプトへ夜逃げする。原因は勿論ギャンブルさ。パパは根っからのマニンゲンだけど、魔が差したんだろうな……。
あんまりに急なことなんで、トランクの上でこの手紙を書いている。俺の文字が優雅でないのはそのせいだ。動揺のせいもあるかわからん。住み慣れた故郷を発つのは辛い。それにも増して、蛙の卵石鹸から始まった、俺達と君の運命的な関係が絶えてし
エジプトに行くのは旅行だ。新学期の一週間前には戻ってくる。パパがガリオンくじグランプリで一山当てたんだ。グレッドの書いたことで本当のことがあるとすればパパが真人間ってことだけさ。運命なんちゃらってのが奴のいつもの冗談だってのは勿論言わなくても分かってたろうね? うちには君に手紙を出したい奴が多くって困るよ。一刻も早く送りたいのに、呑気さん達を待たなきゃならない。
フレッドは日和見だけど、俺は君のことをおたまじゃくしかなんかだとは思ってないからな。車に轢かれてペッチャンコになった君とホグワーツで再会なんてのはお断りだ。どうせ君の主神からも神託が届くだろうけど、何度でも言っておくぞ。地下牢から出てこないでくれ。
いいか、絶対に自分一人でマグルの街へ行こうだなんて無茶を仕出かすなよ? エジプトに行くことにさえならなきゃ着いてってやっても良かったけど、こうなりゃ無理だ。「パパ、ダリルがハリーんちへ行きたいって騒いでるから俺居残りたいんだけど」なんて言ってみろ。パパとママのことだ。馬鹿正直に大マルフォイに忠告して、去年本屋であった騒動の上位互換が巻き起こるぞ。さぞ面白いだろうな。
大体パパとママは、今年は絶対にハリーの家へ迷惑のかかりそうなことはするなって五月蠅いんだ。そう言われてるにも関わらずロニー坊やがやらかしてくれたけど、まああれは仕方ない。ウン。ハリーはロンを買いかぶりすぎてたな。奴がリング・フォンを使いこなすためにはマグル学を受講しなけりゃならなかった。しかしロンがハリーの声を“呼び出す”前から言ってたし、そりゃママは五月蠅いけど一年も前のことで理由なく怒り続けるほど狭量じゃない。俺が思うに何かあったんじゃないかな。大人の言うことなんて糞喰らえだけど、ママとパパが俺たちより賢いのは確かだ。今夏はハリーを突っつくべきじゃあない。それに君とハリーとマグルのセットって、フィルチとスネイプと糞爆弾とを一纏めにしとくのと大した差がない。君が一人でハリーんちまで行けるとは思わないし、万一たどり着いたとしてもろくな事にはならない。この際ハッキリ言うけど、君、ハリーと相性悪いよ。ハーマイオニーなし、ロンなし、ジニーなし、そんで俺らもなしの二人きりで話してて口論しなかったことってあるか? まあホグワーツでなら君とハリーが喧嘩しようとしななかろうと構わないんだけど、マグルの街では駄目だ。マグルの――それもハリーと一緒に暮らしてて、例え碌な暮らしをさせてないにしろ少なからずハリーの世話をしているマグルの鼻先に、フィルチとスネイプと糞爆弾とをぶら下げてみたいか? ハリーが面倒くさいことになるってことぐらいは分かるだろ?
大マルフォイも碌でもないけど、ハリーと一緒に暮らしてるマグル共はもっと碌でもないぞ。
俺は去年の一件でハリーと同居してるマグル達が碌でもない奴らだと学んだが、君やロニーが関わることで事態が悪化するとはまだ学びたくない。ママが去年俺らに五月蠅く言った気持ちが良く分かる。俺も今、君の部屋の窓という窓に柵を付けたい気持ちで一杯だ。
ちょっとでもハリーか俺に同情するなら、今すぐ大マルフォイのとこへ行って暫く軟禁して貰えるよう頼んできてくれ。
この手紙を読む君の顔が瞼の裏に浮かぶんで言っておくけど、別にジョージは怒ってる
イギリスに戻ってきたら手紙を出す。運が良ければダイアゴン横丁で会おう。
友情を込めて、フレッドとジョージより
ps.実際、君の言う通りだ。同性の双子にだって一人の時間が必要だと言うことを――少なくとも、手紙を一通書き終えるだけの時間はね――ママもパパも分かっちゃいない。俺はエジプトで自分のプライベート空間を探すことにした。あんだけ広けりゃ俺が一人になれる場所ぐらいあるだろう。ついでに君のための新しいペットでも探しといてやるから、楽しみにしててくれ。ダリルお嬢様のためにアナコンダを五六匹見繕っておくよ。あと、万一やらかしたなら、ジョージが五月蠅くならないようロニーの手紙にでも付け足しておいてくれ。
それじゃ、またひと月後にな。ハリーんちへ行くために抜け出すことが出来るんなら、来月末までとっとけよ。ダイアゴン横丁で会おう。
フレッドより
キュピレットの姉さんへ
先にフレッドとジョージからの手紙を読んだでしょうね? 分かってると思うけど、ジョージはダリルのことが心配なのよ。
こないだの学期末も色々あったし(私の言えたことじゃないわね)……ダリルって割と、その、予測不能じゃあない? 予測不能っていうか、なんていうか、よく分からなくなってしまうの。それに、案外秘密主義なところもあるわよね。何かあっても周囲へ言う前にぱっと行動してしまうから、時々心配になってしまうわ。フレッドとジョージも、ようやっと年上としての責任を感じ出したみたい。つまりね、貴女が厄介の味を覚える前にレディー教育とやらを手伝っておくべきだったと、少し反省しているのよ。尤もあの人らにとっての貴婦人なんて原始人とそう変わりないから、永遠に年上としての責任になんて目覚めないほうが良いのかも。あの人達、ペチャクチャ影法師スピーカーをダリルの背中に取り付けてやろうとか言っていたわ。新学期が始まったら、くれぐれも背後に注意してください。私が昔取り付けられた時は、トイレへ入る度ありったけの人を集めようとするんで恥ずかしかったわ。勿論ママがフレッドとジョージに剥がさせたし、二人曰く「一日ももたない」らしいんだけど、一日中トイレに行かないなんて無理だもの。もしホグワーツでぎゃあぎゃあ喚かれたらって思うとぞっとする。
……ねえ、ダリル? 私は末っ子で、一人っきりの女の子だから除け者邪魔者は慣れているわ。だからフレッドとジョージが何か企んでたり、ロンとハリー、ハーマイオニーの三人がヒソヒソやってるのも然程気にならない。
勿論去年は気にしている暇なんてなかったけど、それでも「何かやってるな」ぐらいは思ったわ。その、なんか何を言いたいのか分からなくなってきたけど、私、ジョージがダリルのこと気に掛けるのが分かる気がする――私達、何もダリルが一回きりマグルの街へ行っただけでこんなに五月蝿く言ってるんじゃないのよ。ハーマイオニーも一緒だったし、私たちに黙ってマグルの街へ行ってなんて膨れてるわけじゃないの。ううん、正直言うとフレッドとジョージはちょっとつまんなそうだったわね。あの人達、きっと、ダリルのこと子分みたいに思ってるんだわ。ハーマイオニーや私に取られたみたいでつまんないんでしょうね。
ダリル、煙突飛行ネットワークに履歴が残るのは知っている? この間、私宛の手紙に変なしわがあったって言ったわよね。気を悪くしなきゃ良いんだけど、パパでさえ手こずるような相手がダリルの行動を把握していないはずがないわ。私……ルシウス・マルフォイはダリルが私たちと手紙のやりとりしてるのに気付いてるんじゃないかと思う。なんで放っておいてるのか、どこまで知ってるのかまでは分からないけど、少なくとも手紙のやりとりがあるってのは知ってるんじゃないかしら。手紙程度じゃ見逃していてくれるだろうけど、ダリルが何をやってるのかぜーんぶバレたら、凄く怒られるはずよ。去年私たちといたのを見た時だってすっごく怒っていたじゃない? ちょっとマシになっていたとしても、まるっきり変わってはいないと思う。なんて言ったら良いのかしら……私たちがダリルに五月蠅く言うのって、そういうことが理由なのよ。スクイブだってこともフレッド達に相談しなかったし――本当に、気を悪くしないで――ダリルって詰めが甘いし、捨て鉢の行動が多いわ。ジョージが「ダリルはうっかりしてる」って言ってたけど、うっかりっていうか、なんていうか……。
兎に角、一人でプラプラ出歩いて欲しくないわ。私たち、マグルの常識を全然知らないのよ。そんな状態で街へ出たら騒ぎを起こすに決まってるし、下手したら危ないめに合うかもしれないでしょう。マグルの前で騒ぎを起こすより、大マルフォイにバレるより、自分がケガしたり危ない目に遭うのが一番厄介なことなのよ。そういうことをダリルがちゃんと分かってるのか、私、気になるわ。
私だって勿論まだまだ未熟だし、フレッドやジョージだってそうよ。子供なんだから出来ないことなんて多くたって良いじゃない。ロンを見てみなさいよ、ハリーを滅茶苦茶な方法で呼び出したのを叱られたって「でもママ、パパがいるときに掛けるよりはマシだったと思うよ」なんてマイペースだった。ああ、ええと、話が入り組んできたわ。兎に角ね、一人で何か行動に移す前に私たちへ教えて頂戴。
私たち、ジョージも、フレッドもダリルの友達よ。困ったことがあったら、必ず相談して下さい。ダリルが私を心配なのと同じように、私もダリルが心配です。ホグワーツで初めて出来た、私の友達だから。
それじゃあ、エジプトへ行ってきます。ひと月なんて長い間異国を旅したことってないから、とても楽しみだわ。それにイギリスへ戻ってきたらすぐ新学期が始まるっていうのも素敵。その――きっと、新学期の前にハリーと会えるでしょうから……ロンも輪電のこと気にしてるし、ママもハリーの健康状態が気になってるみたい。早くエジプトから戻ってきたいわ。ホグワーツへ行ったら友達に会えるし、大マルフォイの目やエロールじいさんの体調を気にせずダリルとお喋りすることが出来るもの。
マクゴナガル教授は一年っきりみたいなことを言ってたけど、また同室だと良いわね。
イギリスに戻ってきたらまた手紙を出すわ。どうか去年みたく、ダイアゴン横丁で会えますように!(勿論大マルフォイとの接触はなしで)
貴女の友人、モンタギューの妹ことジニーより
親愛なるダリルへ
かねてからの予定通り、明後日フランスへ発ちます。
勿論貴女も日刊預言者新聞には目を通しているわね? ロン達もひと月ほどエジプトで古代エジプトの文明について学んでくるようです。フランスにも興味深い歴史的建造物があるんで楽しみだけど、それでもエジプトに残っているような、原始的な魔法と触れ合うのってすごーく勉強になると思うわ。マグルの学校にいたときから中近東には興味があったけど、ホグワーツに行ってからはもっとね。キリスト教圏外の国って生活様式が独特で面白いわ。本当は私、ママとパパが魔法に興味があったら、エジプトかシリアに行ってみたかったのよ。自分で遺跡を覗いたり出来ないのは残念ですけど、新学期になって、パーシーからエジプトの話を聞くのが楽しみだわ。
そうだ。ダリル、貴女、現代・魔法使いジャーナルは定期購読していたかしら。昨日出たばかりの今月号に載っている、錬金術特集を読んだ? シリアの魔法薬学博士が疑似・賢者の石を作り出すのに成功したらしいの。賢者の石みたくアカシック・レコードへ介入する力はないんだけど、代わりに物体蘇生力が強くて、例えば四肢の一部が欠損した人に用いることで、疑似・賢者の石が欠落した一部に変形すると書いてあったわ。ただ、どの程度応用の利くものなのか判別がつかないらしくて、癒術学方面で利用していくにしても、まだまだ実用段階にはないとのことよ。イギリス魔法界ではこの研究にどうも否定的で、こんなに面白い研究なのに、なんていうか、ほんの触りしか紹介していなかった。しかも最後は野蛮だなんて締めて――変形した疑似・賢者の石を繋ぐのにマグルの外科技術を使っているのよね。元々マグル界で使われてる医術だって薬だって、錬金術を由来とする説があるわ。だから魔法使いがマグル式に縫ったり切ったりしたって良いはずじゃない? 私が思うにイギリスの――少なくとも私が見聞きした限りでは――魔法使い達って、保守的に過ぎるのよ。どこの国でもそんなものなのかしらね。フランスの魔法使い達がどんな風か、私今からとても気になるわ。
ああ、随分話がそれちゃった。疑似・賢者の石についてはフランスにいる間にレポートに纏めとくから、また新学期にでも話しましょう。
それじゃあ本題に入るわね。単刀直入に言うけど、ハリーの家に行くとかいう馬鹿げた計画を実行に移すのは止めてください。尤も流石の貴女も一人でマグルの街をぶらつくほど呑気ではないと思います。
ダリルとマグルの街を歩く前から思っていたことだけど、貴女一人で外を出歩くのってとっても危険だわ。
貴女はよくハリーが心配だとか言いますけど、私にしてみればハリーよりも貴女のほうが心配です。純血主義の人達がどんなふうに子供を育てるのかについてはまた別の機会にゆっくり話し合うとして、貴女にはマグルの街を一人で歩くための知識がありません。
知らない人に物を貰ってはいけないとか、着いて行ってはいけないなんてことは私の五歳の従弟でも知っています。
危ないことはしないで頂戴。フランスから戻ってきたのに、ダリルに会えないなんてことになったら私とても嫌だもの。分かったわね?
またイギリスへ戻ってきたら手紙を出します――Au revoir!
友情をこめて、ハーマイオニーより
ダリルへ
やあ、シャバの空気はどう? 地下牢から出てきたばっかり(でもないか)で気が立ってるとこ悪いけど、一応駄目押しってことで送っておくよ。
先にやらかした僕の言えたことじゃないとはわかってるけど、どうか大人しくしていてくれ。正直君は僕よりもやらかすと思う。君みたいな世間知らずが保護者なしでマグルの街へ出ようってのは自殺行為だ。君ったら、“輪電”の存在さえ知らないんだもの――。
ハリーにあとひと月も会えないのは残念だし、僕だって出来るものならハリーの誕生日当日に祝いたいさ。せめて、八月三十一日生まれだったらって思わないか? それか、九月の一日。でも八月にずれ込んだらジニーと同じ学年になっちゃうんだっけ? 学年が違っちゃうぐらいだったら、ひと月と数日遅れでも今のまま、ちゃんと同い年で祝えるほうがずっと良いや。
とりあえずハリーには学期始めか、イギリスへ戻ってきた時にでも手紙を送ろうと思う。しかし、エロールじいさんの体調と君の動向次第だな。君がマグルの街で問題を起こしただなんて知ったら、フレッドとジョージとジニーがエロールじいさんを独占するだろうし。
ハリーはさ、僕らが誕生日当日に祝えなかろうと、それで……僕の“輪電”の仕方には流石にガッカリしたかもしれないけど、いつ誕生日を祝ったかで怒ったりしないと思う。ハリーと会えない夏休みは正直退屈だけど、どの道九月一日になればホグワーツに戻れるんだ。
それに、あと数年したらマグルの家も出られるかもしれない。十六歳になれば成人だから、例えハリーがあの家を出ようと魔法省も騒げない。ママとパパはハリーを気に入ってるから、ハリーが家を借りるのに保証人になってくれるはずだ。いっそうちに住んだって良い。僕らが成人する頃には部屋がスカスカになってるはずだからね。そうなったら――君や僕が押しかけても面倒の起こらないような状況になったら、その時にハリーの誕生日を祝おうよ。今はとりあえず、ママ達の言うとおりあのマグル達を刺激しないでいるべきだ。あと三年はね。
九月から僕ら三年生だ。この二年、あっという間だったよな? 三年だってすぐさ。九月までなんて、あっという間だ。
それじゃ、またホグワーツで会おう。頼むから、これ以上我が家にパースを増やさないでくれよ。
ロンより
窓辺にそよぐレース地のカーテンは朝日を透かして輝いている。
キィーリレルが僅かに開けていった窓からは優しい風が吹き込んでいたし、陽光だけに照らされる室は穏やかな暗さを保っていた。強い光に濃い影を落とす景色は鮮やかで、世界の深窓へ暮らすダリルにとって緑深まるこの時期は一番の気に入りだった。一年の殆どをホグワーツで暮らすようになっても、その気持ちは変わらない。ダリルはこの部屋で迎える夏の日の朝が好きだった。夏日へ目を細め、とろとろと微睡みながら無音に耳を澄ます。そうやって真白い寝具に身を埋めていると、ダリルは心の底から安らぐのだった。
ダリルの部屋はルシウスが娘のためにと揃えた調度品で飾られているし、この邸には彼女を傷つけかねないものは――その父親を除いて他にない。慣れ親しんだ鳥かごではあったが、しかし外界を知ったダリルにとっては体を休めるための、退屈な部屋でしかなかった。尤もどんなに詰まらなかろうと、ベッドがあるだけ地下牢よりかはマシだ。ちょっと家で騒ぎを起こして、ナルシッサの壷を割っただけなのに、ダリルは実に一週間もの間地下牢暮らしを余儀なくされていた。やっと出ることを許されたと思ったら、今度は流刑にあってしまった。それも自分ではなく、友人達が。
――エジプトですって! フランスですって! なのに私は家から一歩出ることさえ許されないって言うの?
これまでダリルのやんちゃを面白がっていたジョージや年下の(たった一歳ではあるものの)ジニーにまで窘められ、ダリルは釈然としない気持ちを持て余していた。大体、去年は自分達のほうが仕出かした癖に……ダリルは思い切り顰め面を作った。
マグルの道具に魔法を掛け、それを使用するのは違法だが、ダリルがマグルの街を歩くのは犯罪ではない。尚且つハリーを連れ去るのではなく、ちょっと顔を合わせて「ハッピーバースデイ」と告げないかと誘っただけなのに――既に“仕出かした”ロン以外は誰も乗ってくれなかった。フレッドは「マグルの街へ行くのは面白そうだけど、ハリーのバースデイを祝うんならホグワーツ特急のなかでも良いんじゃないか」と保守的だったし、ジョージは「そりゃ面白そうだ。その日一日で一体どんだけ疲れるのか考えるとワクワクドキドキバクバクゲロゲロしてくるよ」なんて嫌味を送ってきた。ジニーは「三人もいないとなると、ママが変に思うわよ」と冷静で、ハーマイオニーも同様だった。ロンだってダリルの無計画に疑問を持たなかったわけじゃあない。「ねえ、ハリー、僕の“輪電”の仕方で機嫌を損ねてないかな」と不安に思っていただけだ。ロンとは頻繁に手紙をやりとりしてるわけでないので詳細は知らないが、ハーマイオニーの手紙(貴女もロンも、マグル学を取るべきです。魔法使いだからで許される域を超えているわ)を読む限りでは冷静な判断力を失っても仕方のないことをやらかしたらしい。きっと“輪電”を振り回しながらハリーの家へ突っ込むとかそんなようなことをしたんだろう――ハーマイオニーの口ぶりから、ダリルはそんな風に思っていた。
皆からは散々「どうやってハリーの家まで行くの?」とか聞かれたり、「マグルの通貨を言ってみろ」とテストされたり、「地下牢の空気に中てられたか」とからかわれたりしたけれど、結局ダリルは滅茶苦茶にごねまくることで共犯を得ることに成功した。
何だかんだ言ってフレッドとジョージは面倒見が良い。「君とロンだけでマグルの街に放り出してみろ。明日からはイギリスの首都がベルファストに変わる」と、渋々保護者役を引き受けてくれた。封筒のなかへ「墓所代30%オフ! 更に、決闘の予定のある方は墓石のデザイン料をハーフプライスにするサービスも行っています」という広告が紛れ込んでいたのに意味はないだろう。「もしも(スネイプが一回の授業でスリザリン寮へ加点するぐらいの確率さ)のために、半額負担してくれ」と走り書きされていたのにも、ダリルは気づかなかった。
――そのブラックジョークが届いたのが一昨日のことだから、この手紙は随分急な便りだった。
ベッドへ仰向けに横たわるダリルは届いたばかりの手紙を掲げ持つ。ハーマイオニーがフランスへ行くことはずっと前から知っていたけど、ロン達のことは寝耳に水――ダリルがルシウスの話へ耳を貸さなかっただけとも言う――だった。
ドタキャンなんて、酷い。ダリルはロンのミミズ文字を睨みつけた。今頃は異国の砂を踏んでいるのだろう友を心中で詰る。
もうハリーへの贈り物だって注文しちゃったわよ。渡す予定のカードだって書いちゃったわ。ドタキャンによる被害など、ダリルが実際にマグルの街へ出かけた際に生じる被害と比べれば微々たるものだ。贈り物は梟便で届ければ良いし、カードだって書き直せば良い。それでも言ってやりたいことも、訂正させたいことも山とあった。私だって“輪電”が何かぐらい知ってるわ。それに、幾ら私だって、一人きりでマグルの街へ行こうだなんてしないわよ。それに、それに――ダリルはルシウスそっくりの険しい顔で鼻を鳴らすと、ロンからの手紙を折りたたんだ。胸に手を降ろして、ゴロリと寝返りを打つ。体の下敷きになった手紙たちが神経質な音で鳴いた。
たった二つきり反論しただけで、言葉が尽きる。
どうしようもない焦燥感がダリルの思考を幼くさせた。不満だけが胸に渦巻く。視界の隅を緑色の何かが掠めていくから、ダリルは枕に顔を埋めた。何も見たくなかった。白ばっかりの部屋に飽きた。有り触れた部屋の間取りに飽きた。地下牢にも、秘密の部屋にも飽きた。この邸内から見える全ての景色に飽き飽きする。外へ行きたいとダリルは思った。
相変わらず外出を許されるのはドラコだけで、ダリルが出かけるのは禁じられている。いっそ一人でなくとも、誰かと一緒にダイアゴン横丁をぶらつくんでも良いと、ルシウスへお伺いを立てても見た。その結果、ダリルは自室から出ることさえも禁じられてしまった。幸い自室での軟禁罰は一日で終わったが、ルシウスは新学期が始まるまでダリルを完全な軟禁状態に置いておきたいらしかった。
意味が分からない。ナンセンスだ。あんまりな仕打ちにダリルはため息をついた。
何もフレッド達と遊びたいと言ったわけではない。
折角の夏期休暇だからどこか出かけたいと言っただけなのに、それさえルシウスの気分を害するらしかった。今のダリルよりもずっと不愉快そうに顔を歪めたルシウスは「私の仕事に夏季休暇はない。従って家族旅行などと言った馬鹿げたことを行う余地はない」と、ダリルの申し出をバッサリ切り捨てた。今思えば、あの時既にウィーズリー家のエジプト行きのことを嗅ぎつけていたのかもしれない。
ダリルは怒っていたのも忘れて、フレッドからの手紙を思い出した。にやっと口端を歪めて、チェシャ猫みたく笑う。
『君のお父上はパパに恋してる』
確かに、心底憎んでいると言うならああも気にすることはないはずだ。
きっと、お父様にとってのウィーズリー小父様って、ドラコにとってのハリーみたいなものなんだわ。ダリルはニヤニヤ笑った。何かしら羨ましいんでしょうね……。惹かれるけど、相容れることがないから素直になれない。まるで、子供みたい。ダリルはくっくと肩を震わせた。誰から喋っちゃ駄目と言われたわけでもないのだから、素直に仲良くしたら良いのに、本当に困った人達――か細い嬌声は綿に吸い込まれて行った。ダリルは息さえ殺して、無音へ耳を傾ける。この屋敷は人の気配を感じるに広すぎた。
ダリルは顔をあげると、脇に散らばる手紙をかき集めた。
ハーマイオニーの丁寧な筆跡を指先でなぞる。もう海の向こうへ行ってしまっただろうか……。
本当に、困った人達。枕に埋もれて薄暗い視界にも、見慣れた筆跡の裏にも、誰の姿も浮かばない。それもそうだ。皆のなかで一番困った人は自分自身なのだから、浮かべられるはずもない。ダリルは右足で引き寄せた掛け布団を手繰った。捻じれを広げて、そのなかにすっぽり包まる。薄い闇。瞼を閉じれば朝が消えた。ひとりぽっちのようだと、己の作った夜のなかで考える。ひとりきりだ。
ノクターン横丁から帰ってきて以来、ダリルは秘密の部屋へ行っていない。
地下牢から出して貰ったダリルは去年の夏期休暇と変わりない日々を過ごしていた。フレッド達と手紙のやりとりをして、フローの世話をして、ドラコと宿題をして、それでルシウスに訳の分からないことで叱られたり、ナルシッサの手伝いをしたり、――ヴォルデモートとのことなど、闇の印のことなどなかったかのように過ごすことへ没頭していた。何もかも変わらないと、そう思い込もうとしていた。
勿論胸に刻まれた印が消えないのと同じで、本当に忘れたわけじゃない。ただ、今しか出来ないことをしたかった。フレッドやジョージにからかわれたり、アリシアからお洒落のことを教えて貰ったり、アンジェリーナからちょっと叱られたり、ハーマイオニーの訳の分からない話へ相槌を打って、ジニーをからかって、ロンとハリーを離れたところから眺めて、目があったら笑いかける。そういう風に過ごしたかった。いつか離れなければならない時が来るのなら、嫌われたり、軽蔑されたりする時が来るまでに皆と笑っていたい。
未来がどうなるかは分からなくても、“今”は確かなものだ。こうして一人じっとしている時間が惜しい。ホグワーツへ帰りたい。さみしい。文字でなく、声が聞きたい。そしてお喋りしたかった。
ハリーの誕生日を祝ってあげたいなどと言って、結局ダリルはそれを出汁に皆で会いたかっただけなのだ。フレッド達には考えを見透かされたように思う。そうでなければハリーのためにならないと、あんなに連呼されることもあるまい……。不服は残っていたが、しかし彼らの言う通りだと思った。今は誰とも会うべきではない。特に、ハリーには。幾度も指摘されている通りハリーと相性が悪いのだから、ダリルがまるきり冷静でない時に会えば、ハリーに嫌な思いをさせるだろう。
ダリルは未だに去年ハリーに己の所業を告白したことを恥じていた。酷く気を遣わせただろうし、そうでなくとも言い訳をするようで浅ましいと思っていた。仕出かした事は消えることがない。自分で選んだことなのだから、許しを請うのは我儘に過ぎた。これ以上、ハリーの前で醜態を晒したくない。ハリーにも、ジニーにも、フレッドにも、ジョージにも、誰にも「人を殺しても、友達と言ってくれる?」などと醜い問いを口にしたくはなかった。――彼らだけではなく、ドラコにも。
元からダリルはドラコへ多くを語るわけではなかったが、今ははっきりと意識して兄の耳に入る情報を把握し、規制しようとしていた。
ドラコはルシウスとは違う。ダリルがマグルの街へ行ったことだって結局は許してくれたし、ハーマイオニーと仲良くしていることだって騒ぎ立てたりはしない。それにハリーのことだって嫌っている“だけ”で、ルシウスのように利用してやろうとか、排除してやろうなんて夢にも思っていないのに違いなかった。ルシウスはそんなドラコのことを「度胸がない」とか、「長男として頼りない」と言っているが、度胸や頼り甲斐があれば良いというわけでもないとダリルは思っていた。
寧ろこんな――他人を害することも手段の一つに数えるような――家に産まれて、それで度胸や頼り甲斐などあれば、大悪党になる他ないだろう。現にダリルのモラルも下降の一途を辿っている。最早ダリルはルシウスが他人を殺してきたことを大したことだとは思っていなかった。ダリルにとって大事な一握りさえ無事なら、他が生きようと死のうと構いはしないのだ。
それに子が親を如何こう出来るはずもない。変えようのないことへ拘っているのは馬鹿馬鹿しいと、ダリルはそう考えることにした。
家畜を食べるのと同じだ。目的を叶えるためにはある程度の犠牲は仕方がない。寧ろ如何でも良い命が潰えるのへ一々同情していたら、それこそ本来の目的を見失いかねなかった。一つ一つ天秤に掛けて、じっくり命・物事の順位付けを行わなくてはならない。
ダリルは地下牢で暮らした一週間の内に、優先順について考えた。
最優先事項は「全てが終わるまで――自分の大切な人が皆消えてしまうか、その可能性が消えるまで動き続ける」こと。その次がドラコに他人を殺させないこと、マルフォイの家名を守ることだった。
最後までハリー達の友達でいることは、もう諦める。
『お前が戻ってくるのはこちら側だ』
『下僕だよ。僕の手足となって動く部下だ。道具と言っても良いね。僕のものだ。心配せずとも、無論君もそうだよ』
『何を言ってるかは分からねえが、お前がキィキィ喚くのが面白いからだろ』
仕方がない。産まれた時からか、いつからか、“そういう風”に決まってしまっているのだ。だから手を汚さないでいることも諦めた。
ダリルはドラコと一緒に産まれてきた。ドラコがいなければ生きていけない。幼い頃からずっとドラコになりたかった。ルシウスとナルシッサの自慢の息子。いつしか求めるものは異なってしまったけれど、それでも己の半身であることは間違えようのない事実だ。もう一人の自分と言っても良かったし、実際ダリルはそう思っていた。自分の中の最も愛しい部分を寄せ集めたら、きっとドラコになる。大切だから、ずっとそのままでいて欲しい。ドラコが人を殺すのを見るぐらいなら、私が殺したほうがずっと良い。
私が誰かを殺しても、ドラコが殺さなければそれで良い――それがダリルの出した、“現時点”での結論だった。
ドラコはダリルの我儘を許してくれる。ハリーの味方になってやってとまでは無理だが、敵対しないでくれとダリルが懇願すれば、頷いてくれるだろう。しかし、それを願うダリルが死喰い人であるとか、人を殺していることが知れれば無意味だ。
ダリルがドラコを愛しているのと同じにドラコもダリルを想ってくれているし、何よりもダリルよりもずっと“スリザリン気質”なのだ。ダリルやルシウス、ナルシッサ、家名のために頷くことはあっても、他のためにはちょっとでも頭を動かさないだろう。ダリルとその他を比べることさえしない。それが彼らの愛情だ。ダリルが躊躇いがちに選ぶ残酷を、彼らは当然のものとして振りかざす。少数のために多数を切り捨てて何とも思わない、彼らはそういう愛し方をする。彼らの愛情はダリルを疲弊させる。
セドリックやハリーとて勿論ダリルが身を削るのを止めるだろうし、心配する。しかしドラコやルシウスは力づくで阻止しに掛かるだろう。そういう人達なのだ。自己犠牲を嘲笑い、利他主義を端から信じていないリアリスト。ダリルがヴォルデモートに身を任せるに至った経緯を知れば、泡を吹いて倒れるに違いなかった。そして全てが終わるまでこの鳥かごから出してはくれないだろう。
ドラコもルシウスも、ダリルのことは愛してくれる。でも、ダリルの愛しいものまでは慮ってくれない。失いたくなければ、もう二度と自分の大切なものを失いたくなければ……ダリルが自分で動くほかなかった。
ドラコには、このまま何も知らないでいて貰わねばならないし、自分の気持ちとしても知らないでいて欲しかった。
ハリー達への秘匿とは違い、嫌われたくないからではない。
腐っても兄妹だ。ドラコは決してダリルを見放すことも、嫌うこともないだろう。
『僕はどうせお前がグリフィンドールに入ると思っていた。
ポッターなんかに出会わなくても、お前はどの道グリフィンドールに入っていたんだ』
相変わらずドラコはダリルの前で闇の魔術に関する話をすることがない。ドラコの視界のなかではダリルはハリー達の仲間でいられる。だからダリルが何をしてきたか、これから何をしようとしているのか知らないでいて欲しかった。
欲しいものが多すぎて身動きが取れない。長すぎる猶予に、まだ選べるかもしれないと気持ちがぐらついていた。不安と焦燥感だけははっきりと心中を蝕んでいる。指先も、それとも肘のところまで夜が絡んでいた。傷ついたヒュドラの姿から意識を逸らせない。早く忘れてしまいたい。中途半端は嫌だ。早く、私利私欲から魔法生物を傷つけるのに加担したことさえ忘れてしまうほど最低な自分になりたい。そうしたら、ジョージ達に会いたいと思うのも諦められる。いずれ軽蔑されても、そのことさえ忘れられるだろう。
「大丈夫」ダリルはくぐもった声を出した。「大丈夫よ……」
誰に向けて言っているのかは分からなかった。そもそも、この体が自分だけのものか如何かも分からないのだ。思考さえ心もとない。一人でいると、ヴォルデモートの存在に呑み込まれそうになる。でも誰かと一緒にいて、好きな人の前で醜さを晒すのも嫌だ。出口がない。布団のように、すっぽりとダリルを包み込んでいる。他人の温もりを忘れ切った皮膚がヴォルデモートの腕を思い出していた。さみしいと口遊む。あの子供が口に出す事のなかった吐露と、囁かれることのない慰めを繰り返す。
果たしてこの気持ちは誰のものだろうかと薄ら浮かべながら、ダリルは思い出の中に住む子供を探した。
あの男の腕は空虚だった。
七年語り – LULL BEFORE THE STORM