七年語り – EXTRA STORY
背中に確認のキス
引く手数多のお嬢さん、王子様の独り占めは他の姫君の反感を買いますぞ? もう、からかわないで、独り占めなんてしないわよ。
己のからかいへ気を悪くした風を装っていたが、肩を竦めて見せれば僅かに笑ってくれた。サラと、三年前より長くなったプラチナ・ブロンドを耳の後ろに掛けて「王子様なんて、いないもの」と瞳を伏せる。掛ける言葉に戸惑っているのを察したのか、はたまたジョージの慰めなど求めていなかったのか、ダリルが沈んだ顔を浮かべていたのはほんの一瞬のことだった。苦笑と共に顔を上げたダリルが悪戯っぽく笑う。ドラコとでも踊ろうかしら。ねえ、パンジーっていうお姫様には更に嫌われちゃうんでしょうけど、でもカボチャの馬車無しって寂しいわ。あら、シンデレラは知らなかったかしら? 知らないんなら、ジョージ、貴方って純血主義者の素質があるわよ。そうやってはぐらかされ、ダリルはガラスの靴を強請るどころか欲しがる素振りさえ見せなかった。勿論ジョージのパートナーについても聞かなかった。
ダリルは「ドラコのパートナーになろうっと」と言って憚らなかったが、きっと彼女の望み通りになりはしないだろう。新学期が始まって以来、ダリルが一人になれるのは女子寮を除いて他になかった。他校生の訪れる前に約束付けようと考えた男子生徒達が、ダリルと話したがったからだ。彼女、もうパートナー決まったのかな? 三年前までダリルを遠巻きにしていた奴らが五月蠅いぐらいには、まあ綺麗になった。綺麗になったよな、と、ダリルに糞爆弾を投げつけたり、落とし穴にはめたり、転ばしている自分だってそう思う。
そうしたら糞爆弾塗れだったり、落とし穴の底で潰れていたり、カエルみたいに床へ貼りついてるダリルを知らない奴らが彼女を誘うのは当然の流れだ。やあダリル、今日も可愛いね。ねえ、クリスマスダンスパーティの相手決まった? 決まってないなら、僕と如何? 気軽なお誘いに対して、ダリルは困ったように笑って頭を振るのだった。駄目、兄と踊るって決めてるのよ。
相手がどんなにハンサムでも、優しげでも、ダリルはその誘いをはぐらかして「王子様がいないの」と嘘をつく。お前の王子様はどこで油を売ってるんだとからかったって良かったけれど、ジョージもまたダリルの王子様について聞かなかった。
このまま互いに干渉せず、宴の終わるのを待とう。そうしたら、また糞爆弾と落とし穴とカエルの日々だ。
――と、そう思っていたのに、如何もダリルは思っていたよりもずっと人の気持ちが汲めないらしい。
「貴方フレッド? ジョージ? まあ良いわ、のろまさんがいてくれて良かった! 皆の支度を手伝ってたら、私の支度を手伝う人がいなくなっちゃったのよ」あと三十分でパーティが始まるってのに、のろまはどっちだ。扉を蹴破らん勢いでジョージの部屋に押し入ってきたダリルは普段着のままだった。「もう談話室にだって人はいないだろ、俺だって忘れもんしたからいるんだ」呆れた風に言い放つジョージを、ダリルが鋭い視線で射抜いた。「そう、忘れ物よ。私の支度を手伝うっていう最重要事項を思い出してくれて良かったわ」
あと三十分だぞ。俺だって、パートナーが玄関ホールで待ってるんだ。ダリルのローブがジョージの反論を塞いだ。「急がないと!」脱いだ衣服をジョージに投げつけながら、ダリルは洗面室のほうへ歩き去って行った。そりゃ、まあ、異性のなかでは一番仲が良いかもしれないけど、それだったって“異性同士”だ。「お嬢さんがたは召使がいないと満足にクソも出来ないようで」とがなり立てたら、僅か開いた扉の隙間からトイレットロール複数個が飛び出した。「貴方と冗談言いっこしてる暇はないのよ」カリカリした響きが、扉の向こうから聞こえる。「あと何分? ああ、もう、どうせパートナーなんていっこないんだから、遅刻したって構わないわ!」
パートナーが、いな、い? ピタリと、ジョージの手の中にある杖が停止した。宙に浮いていたトイレットロールが床に落ちる。母親の躾けにより、律儀にも備品回収へ勤しんでいたジョージはぽかんと口を開けた。
「いないって、君、なんで?」
パンと開いた扉の向こうから出てきたダリルは、殆どいつも通りだった。「言ったでしょ。王子様なんて、いないの」キリリと眉を吊り上げて、冷たく言い放つ。談話室に集い、玄関ホールですれ違う少女達は皆一様に期待と興奮で頬を上気させ、美しく装っていたというのに、ダリルはいつも通りだ。普段から気取った服を身に着けているせいもあるのだろうが、本当に“装ってみただけ”という感じだった。
「あんなに誘われてたじゃあないか。それとも君、何か異常性愛でも患ってるの?」ハハと引きつった笑みを浮かべる。
ダリルは機嫌を損ねたりはしなかった。尤も、既にこれ以上損ないきれぬところまで損なわれているのかもしれない。無言で戻ってきたダリルが、くるりと後ろを向いた。「後ろの……釦、留めて」長い髪を胸のところで纏めて、堪えるような声で請うた。
薄らと光を放つ白銀の隙間から、潤んだブルーグレイが見える。
今宵のパートナーに想い人をと切に望んだ者もいるし、気軽に決めてしまった者もいる。どちらにせよ、少女達はパートナーのために美しく装い、己の手を引いてくれる一夜限りの王子様を待ちわびていた。自分は男だし、どうせ一日限りの祭りごとと、今宵が早く過ぎることを望むほどに気軽な気持ちで今日を迎えたが、ダリルはそうでなかったのだろう。
ジョージは華奢な作りの釦を手に取った。一つ留める。「――馬子にも衣装って奴だな」ふっと、ダリルの笑みが空気を震わせる。
「フレッドはいつもそうやって私を馬鹿にするわよね。ジョージだったらまだしも慰めてくれるでしょうに」
ああ、本当にお前は馬鹿だよな。本当にいい加減俺とフレッドの区別ぐらいつけろって。毎日遊んでんのに、お前はさ、ホント馬鹿だ。三つ目の釦を掛け終えて、あと四つ、レースよりもずっと白い皮膚が布地の隙間から覗いている。
王子様がいないの。――遅刻してるんだったら、お前の王子様はフロバーワームより低知能だ。乗り換えたんなら、救いようがない。
ジョージは釦に触れていた指でダリルの肩に触れた。ビクと竦んだダリルの背に顔を埋めて、肩甲骨に口づける。甘いような温もりが唇から食道へ落ちていった。「ふれ、フレッド!」
背中を押さえたダリルが、真っ赤な顔で振り向く。ジョージは降参と言わんばかりに両の掌を見せて、へらっと笑った。
「“俺”はいっつもそんな風だなんて責めるけどさ、でも、俺が無理に言葉を尽くして誉めなくても、キスしたくなるぐらい魅力的なんだから良いじゃあありませんか、ねえ? お姫様」
時計の針が十二を指して、魔法が解けたら、また三人で馬鹿騒ぎをしよう。この口付けも忘れられるよう派手に遊ぼう。
知っていたさ、幾度問いただしてもこの関係は変わらない。
七年語り – EXTRA STORY