七年語り – IF / PARODY
少女の王国を統治する者
トム・マールヴォロ・リドルは今年からホグワーツに通う事になった。所謂新入生という奴だ。組み分けの儀ではスリザリンに選ばれた。
両親は亡く、マグルの運営する孤児院で暮らしてきたものの、リドルにはスリザリンで上手くやる自信があった。スリザリンという寮に如何いう人々が集まるかは本で読んで知っていたし、それにリドルは魔法というものを知る前から自分が“特別”だと知っていたので、純血を重んじマグルを軽んじる人々との初対面は割りに上手く行った。尤も上手く行ったのはそれだけが理由ではなかったかもしれない。
リドルは上級生たちを適当にあしらいながら、組み分けの儀が行われている上座へと視線を移した。
視線の先では少女がオンボロ帽子の決断を待っている。かれこれもう十五分はそうしているだろうか。ざわつきだした広間を静めるのに若い女教師が躍起になっていた。女教師の怒声に眉を寄せながら、リドルは一番遠くにあるテーブルを見た。
そのテーブルについている生徒達は少女のほうを見て何事か喋っている。他二つのテーブルでも「あの子は一体どこへ組み分けられるのか」と囁き合っていたが、何故かあのテーブル――グリフィンドールの生徒達だけが気に喰わなかった。実際に接触したこともないのに浅慮なことだと己を窘めようとしても、苛立ちは消えない。彼らを睨んでいると、上級生たちがあの寮の愚かしさについて耳打ちしてきた。それでも胸の奥の不快感は増すばかりだった。大人達の猫なで声を聞いている時のような気分の悪さを味わいながら、今まで如何してきただろうとリドルは考える。こういう不愉快を感じたとき、自分はどうやってそれを鎮めてきたのか。
ぼうと考え込んでいると、頭が破裂した。否破裂したと思ったのは早合点だった。はっと周囲を伺えば、自分と同じテーブルを囲む生徒達が割れんばかりの拍手でもってこちらに駆けてくる少女を歓迎しているのに気付く。
拍手が盛大である理由は明らかだ。少女はヴィーラかと見まごうばかりに美しく、可憐な仕草で人目を惹いた。
少女はあちこちから声を掛けられ引き留められていたが、たどたどしくそれらを断って、よたよたとリドルのところまでやってきた。
「トム!」少女がリドルの名を確かめるように口にする。
リドルは自分の脇でにこにこと笑っている少女をぽかんと見上げた。少女は悪戯っぽく瞳を輝かせると、リドルの頬に軽く口づける。
「ね? 一緒の寮になるって、言ったでしょう」
誇らしげな響きを口遊み、少女はにっこりと咲き初めの薔薇よりも華やかな笑みを浮かべた。
少女の名前はダリル・ドゥルーエラ・リドル――髪の色も目の色も違うが、リドルの双子の妹だ。
外見も性格もまるきり似てないから、誰も二人を見ただけでは双子と知れなかっただろうし、リドルとて自分たちが孤児院で産まれたのでなければそうとは納得しなかっただろう。この妹はリドルと同じところが何一つなかった。それどころか、常に真逆の存在だった。
「……君は、グリフィンドールに選ばれると思った」
リドルがようよう絞り出した言葉にも動揺が満ちている。何一つ同じところのない――人に好かれやすく、容易に庇護を得ることの出来る少女が、何かと他寮と対立しがちなスリザリンに選ばれるとは微塵も予想していなかったのだ。ホグワーツ特急のなかでの約束も、すぐに破られると碌に聞いていなかった。ダリルはリドルの動揺を見抜いて、口を尖らせる。
「約束破りなんて、しないわ」不服そうに呟いて、クスと微笑む。
「それに、トムには私がいないと駄目でしょう?」
ダリルがリドルをよしよしと撫でて、隣の席に掛けた。元はリドルと同じ新入生の男子が座っていたが、気を遣って空けてくれたのだろう。ダリルは元から空いていたのだと言わんばかりに、席を移動した男子をまるで顧みない。その傲慢さを目にして、ダリルの斜め前に掛けている女生徒が不快感を露わに彼女を睨んでいた。チラと当人を見やれば、自分に話しかけるのに夢中で気づいていない。リドルは仕方なく女生徒のほうへ顔を向けて申し訳なさそうに微笑む。「礼儀を弁えない妹の尻拭いをやらされている兄」のふりをすれば、女生徒は薄ら顔を赤らめて、視線を緩めてくれた。駄目なのはどっちだ。そう思ったけれど、リドルは黙ってダリルの話へ相槌を打っていた。
引っ込み思案で大人しいトム。私が守ってあげる。私がついていてあげる。トムには私がいないと駄目なのよ。
それがダリルの口癖で、その台詞の通りダリルは大人から“不当に”叱られ、子供達から“理不尽に”虐げられる可哀想な兄を守るのに尽力してきた。ダリルはリドルが魔法を使って子供達を脅してきたことも、大人達への報復を繰り返してきたことも知らない。リドルはダリルの前では常に優しい兄だったし、ダリルもそれ以外を知ることはなかった。己の本性を彼女へ告げようとする者があれば排除してきたからだ。それに万一彼女が聞いたとしても信じなかっただろう。ダリルが信じるのはリドルの言葉だけで、それだけが彼女の真実だった。
ダリルは嬉しそうに「私がいなきゃ、トムが困るでしょう」と笑い、いつの間にか目の前に出現していた料理を小皿にとってリドルに渡した。野菜が入ってない。リドルは軽くため息をつくと、適当な野菜を小皿の上に足した。ダリルの小皿の隅にも足す。間抜けだから気づかず食べるだろう。本当にダリルは自分がいなければ如何やって生きていく気でいるのかと、リドルはいつも気になって仕方ない。
「……そうだね、僕にはダリルがいないと駄目だよ」
リドルの台詞にダリルが頬を綻ばせて、蕩けるような笑みを浮かべた。たったこれだけのやり取りだが、間違いなく同寮生達には本当に駄目なのがどっちか知れ渡っているのに違いない。ダリルの反対に座る女子がぼそっと「すっごいブラコン」と呟いた。
「同じ寮に入れたから、私とトム、卒業するまで七年間ずっと一緒よね?」
無垢な容貌に幸福そうな光を浮かべるダリルはこの寮に似つかわしくない。だからこそ酷く嫌われるだろうし、逆に人を酷く惹きつけもするだろう。それでもダリルが惹かれるのは自分だけなのだとリドルは知っている。
もう胸の内に不愉快はなかった。ダリルが隣で笑っていて、愚かにも自分の潔白を信じ続けているから、頼りない兄には私がついていなければと思い込んでいるから、リドルは穏やかに心中の闇を増させる。
「うん、そうだよ」
七年経とうと十年経とうと百年経とうと、ずっと一緒だよ。その言葉を口腔内に留めてリドルは微笑んだ。
“本当に駄目なのは”――真実片割れに依存しているのは自分のほうなのだとリドルは考える。
だからダリルが己から逃げられぬよう、その羽根を切るのだ。己を恐れぬよう闇に疎いまま育て、永久に本心をさらけ出すこともなく、やがて己を恋うるように仕向け、理想の異性を演じるだろう。誰にもダリルは渡さない。その指も、唇も、瞳も、髪も、声も、微笑みも、何もかも全てリドルのものだ。産まれた時から一緒だったと言うのなら、最期まで共にするが道理だろう。
「ふふ、トム大好き」
十一年連れ添い、そして今も尚隣に座る少年の本心など微塵も知らずに、ダリルはにんじんを口に放り込んだ。やっぱりこいつ馬鹿だ。リドルは「喋りながらだと皿の上にあるものを何でも食べる」というダリルの間抜けな癖を利用して、彼女の栄養状態を管理している。
「僕もだよ」
半ば呆れながら、リドルは投げやりに聞こえるよう頷いた。
ダリルが口にする愛の言葉を千束ねたよりも好きだし、ダリルの世界が自分だけで完結してしまえば良いと望むぐらいに愛している。それでもこの愚かな妹は永久にリドルの心を知ることが無いのだ。全てはリドルが彼女の愛を欲しいと望むが故に、二人の間を深く昏い河が流れている。愛しているから知られたくない。愛しているから偽り続ける。愛しているから君の望みを全て塗りつぶす。
「僕も、君が好きだよ」
リドルが幾億回愛を紡ごうと、ダリルはこの愛の重さを理解しないのだ。
七年語り – IF / PARODY