七年語り – IF / PARODY
何故こうも噛み合わない
勿論永遠に隠し通せるだなんて思ってはいなかった。まさかダリル・マルフォイとしてハリーと仲良くなれるとは思ってなかったからミス・レターの手紙は普段の文字で出してしまったし、ダリルとして過ごしてる間中手癖を偽り続けるのは大変なことだ。それにハリーがミス・レターに教えてくれたことと、ダリル・マルフォイがハリーについて知っていることとを整理するのも難しい。隠し続けられるはずはない。いずれバレるのだ。バレて、もしもハリーに嫌われるのなら良い。でも多分ハリーは私を怒らない。水臭いとか、如何して黙ってたんだとか、言ってくれればもっと早く打ち解けられたのに、一緒に冒険が出来たのに、そうやって優しくなじってから私に手を差し出すだろう。だから、私は永遠に隠し通していたかった。欲張りな私には一つの体だけでは足りないから、知られたくなかった。
感情論を置き去りに時計は巡る。何が切っ掛けだったのか分からないぐらい破たんしている隠し事へ、ハリーは不意に気づいた。
「なんで、言ってくれなかったの?」
顔を突き合わせる度に、そう問われるようになってからもう一週間になる。
最初何事かとフォローを入れたり、茶化したりしてくれた人々も、事実関係を知るや否や「痴話喧嘩とは憎いね!」と囃し立てるようになった。おかげで「何のこと?」とか「おはようハリー」とか誤魔化すことが出来なくなり、ダリルはハリーの姿を見るなり逃げることにしている。授業がある日はギリギリまで入室せず、休日は朝食も取らずに部屋に籠る。籠っていたら、箒に乗ったハリーが窓を叩いていたというちょっとしたホラーを体験したのでダリルは渋々談話室に降りてきた。そこから追いかけっこが始まる。男子寮の窓から入ってきたらしいハリーに追われ、ダリルは談話室を出て、廊下を走り、階段を下り、禁じられた廊下に出てぎょっとした瞬間ハリーに捕まった。
「も、ダリル、やっと、捕まえた……」
ハリーは壁へ両手をついて、ダリルを腕の中に閉じ込める。ダリルはとうとう捕まってしまったという絶望感や疲労でぐったり壁にもたれかかり、上下する胸を押さえた。二人して荒い息を整える。「なんで逃げるの?」沈黙を破ったのはハリーだった。流石はクィディッチ選手と言うべきか、ダリルより数歩先に胸を静めたハリーが、その緑の瞳にダリルを映しこむ。ダリルはさっと俯いた。
「もう、だから、ハリー」はあと、胸を静めるためのものとも単なるため息ともつかない吐息を零す。「私の顔見る度、やめて」
「だってダリルが逃げるから。僕のこと避けるし、話しかけても無視するし」
「してないわ。いつも通りよ。――それに、話があるなら手紙を送ってきなさいよ」
「手紙って……毎日顔を見合わせるんだから、話したほうが早い」
「いつもそうやってきたわ!」
ミス・レターを軽んじるような台詞にダリルがハリーを詰った。
「ミス・レターが誰か知らなかったからだ」
「ミス・レターはミス・レターよ」
「君じゃないか」
「違うわ!」
ダリルは頭を振って、駄々っ子のように「違う」と幾度も繰り返した。
「違わない。君がミス・レターだった」
うわ言染みた否定をハリーは受け入れる気にならないらしい。苛立ちの混じる声音へ、ダリルは潤んだ瞳でハリーを見上げた。
「言おうとしたのよ、私、言おうとしたわ、一年の頃……貴方は突っぱねたじゃない」
「君、それは終わったって、もう良いって言った!」
「だから、終わったの! ミス・レターは私じゃない、ダリル・マルフォイとして、ああ、もう」
ハリーを責めるつもりはなかったが、ハリーはそう受け取ったのだろう。ダリルはハリーの気に障らないよう、如何説明したらいいのか途方に暮れた。どの道ダリルはハリーを拒絶したいのだ。オブラートに幾層包もうが、ダリルの言葉が彼女へ受け入れてもらいたがるハリーの気に障らないはずがない。ダリルは手で顔を覆って、さめざめと泣きだした。知られたくなかったのだ。ハリーに自分の気持ちが理解されないだろうことは百も承知だった。尤も己でさえ理解出来ない気持ちが他人に理解されるはずもないが、セドリック相手だったならきっとこうも抉れることはないはずだ。ダリルは勿論ハリーのことを特別に思っていたが、共にいて安らぐどころか時々己が擦り減っていくような感覚すら覚えた。ハリーは同い年である分残酷なほどにダリルを知りたがるし、嘘をついてもすぐに見透かされてしまう。完全に対等な立場故、互いに妥協することが出来なかった。何故何如何して、白黒はっきり答えるよう要求されるのがダリルには辛い。
「ハリー、私知られたくなかったのよ。さ、昨年言ったわ、私は闇と、悪と、貴方の敵を見捨てられないって、」
「僕も言った! 正義だとか英雄だとか思ってないって言ったはずだ」
華奢な肩を震わせながら言葉を続けるダリルの姿はハリーの憐れみを誘ったが、ハリーには如何しても何故ダリルが泣くのか分からなかった。ダリルは自分のことを嫌っていないし、ハリーだってそうだ。何処にダリルの泣く理由があるのか分からない。
「そりゃ僕はマルフォイが嫌いだけど、君はそうやってずーっとマルフォイのことが嫌いな連中との付き合いを避けていくの? だったら何でフレッドやジョージとは仲良くしてるわけ? 二人のほうがよっぽど君んちと仲が悪いじゃないか」
「そうじゃないのよ、ハリー」
ダリルが両手から目元を覗かせ、困ったように口にした。
「じゃあ、如何いうこと? 答えてよ」
「嫌なの」
キッパリとした拒絶がハリーの胸に突き刺さる。ミス・レターも、ダリルも、いつだってハリーを露骨に遠ざけたり拒絶したことはなかった。どちらかと言えば、そういうことをするのはハリーのほうで、平気で数か月返信しなかったり、無視したり、酷いことを言ったり、泣かせたりし続けてきた。今もまた泣いている。泣かせたいわけじゃなかったのに、ダリルを前にすると如何すれば良いのか分からなくなる。良かれと思ってしたことで泣いたり、傷つけてしまったと後悔している横で笑ったり、好きだ何だと露骨に言う割すっとハリーから遠ざかってしまったり、つくづくハリーにはこの少女が何を考えているのか理解出来なかった。かみ合わない。すれ違う。
ハリーが「いつ何所で誤ってしまったのか」と考え込んでいる間も、ブルーグレイの瞳からは涙が止め処なく溢れていた。
「嫌なのよ、ハリー、好きな人同士がいがみ合うのを見たくないの。嫌なの」
そう呻いて、苦しそうに喘ぐ。細い喉が引きつった。
「ミス・レターだったら貴方のためだけに存在していられるのに、駄目なの、嫌なの、お願いだから、忘れて。貴方の言う通りよ。私、これからもずーっとドラコのことが嫌いな人との付き合いを避けていくわ。フレッドとジョージはあんなんだけど、如何にかこうにかドラコとぶつからないようにしてくれるもの、でも」
貴方はそうじゃない――音にされずとも、ダリルがなんと紡ごうとしたのかハリーにも分かった。
ダリルの言う通りだ。ハリーはドラコと上手くやっていけない。君のためなら頑張るよとも言えない。ドラコは何の躊躇いもなくハーマイオニーを穢れた血と呼ぶことが出来る。例えダリルのために抑えることが出来たとしても、“呼ぶことが出来る”という可能性を持っているというだけでハリーには彼を許すことが出来ない。寧ろダリルに嫌われないように己を偽る姑息さが一層苛立たしいとさえ感じた。
何故ダリルが彼らに肩入れするのか、ハリーには分からない。ダリルがドラコと過ごしてきた月日と殆ど同じ長さをハリーはダドリーと過ごしてきて、ダリルとドラコのように趣味嗜好を違えているが、ハリーはダドリーを庇い立てようとは思えない。ダドリーがロンやハーマイオニーを嫌っていても如何でも良い。元々ダドリーが嫌いというのもあるが、自分の人生を生きるのに如何して他人の顔色を窺わなければならないのかがハリーには分からなかった。増してやダリルは純血思想を抱いていないどころか、度々その思想を嫌うようなそぶりを見せる。ドラコがハーマイオニーを貶した時、ダリルは彼女を庇った。自分の劣等感を慰めるためと言っても、庇ったことに変わりはない。今まで家族の価値観のせいで肩身の狭い思いをしたりもしただろうに、何故こうまで彼らを庇うのだろう。
「……君は家族を見捨てられないって言うけど、君はスリザリンの連中と仲良くできるような性格じゃないよ」
ダリルはハリーの台詞へ傷ついたように眉を寄せた。
「そういうことじゃ、それに、やってけるわ」
やっていける。そう繰り返すダリルも、多分に自分がやっていけないことを分かっている。傍目に“やっていけている”よう映っていても、彼女自身は絶えずその神経を尖らせ続けているのに違いなかった。ハリーにはそれがよく分かる。そういう少女だった。押しが弱く、流されやすい少女だから、誰かが彼女の望む方向へと手を引き、傷つかないよう守ってやるべきなのに、何故それを拒むのか。
自分が好きな人同士が争うのが辛いのだと言うのと同じに、ハリーにとっても自分たちの関係に無関係な人々の意思が絡みままならないというもどかしさが辛いのだと言う事を、ダリルは理解出来ない。ダリルにとって誰かのために己の我を折るのが当然のことだった。好きだから、一緒にいたいから、だからそれ以外のものは要らない。それでもハリーはそうじゃない。
価値観は相いれず、そして如何して分かってくれないのかも分からなかった。
「僕はダリルがミス・レターで良かったって思ってる」
ハリーは黙り込んだダリルへ、静かに言葉を紡いだ。
「いつも僕のこと気遣ってくれてるし、僕が色んなことを打ち明けても誰にも話さないでいてくれたし、君は――その、」
ダリルが不安そうな瞳でハリーを見つめ、その感情の動きを伺おうとしている。最初、二年前の九月一日に出会った時もこういう顔をしていた。不安と恐怖に満ちていて、震える指にはトランクが重すぎるのか持ちあがらず、焦っていた。誰か、両親か兄妹かが助けるだろうと思っていたが一向に現れず、結局放っておけなくて助けに行った。そうしたら頼りなげな容貌に似つかわしくない棘で刺され、内心むっとしたりもしたが、自分のジョークへ安らいだように笑ったのが可愛かった。現金な自分が恥ずかしくて、ダリルの礼も聞こうとしないで逃げたのだ。それから可愛いなと思ってたのに、生意気なマルフォイの妹で、グリフィンドールに組み分けられたからマルフォイとは全然違うんだと思って、でも一人でツンとしてて、手を振っても応えてくれなかったし、どうせマルフォイと一緒に自分を馬鹿にしてるんだろうとか勘違いして、泣かせてしまって、気にしてないと言って、いつの間にかフレッドやジョージと仲良くなっていて、それで、なのに、ずっとミス・レターとして自分を励まし続けてくれていて、自分がどんなにダリルを傷つけたときでもミス・レターは優しかった。
口を噤んだままのハリーへ、ダリルが訝しげな顔をする。口元を覆っていた手でハリーの額へ触れようとして、慌てて下ろした。触れると痛むからだろう。だからハリーを突き飛ばして逃げることも出来ないし、大人しくここでハリーと“やりあって”いるのだ。
『手袋を嵌めているし、ちょっとなら触っても大丈夫』
ハリーは少し屈んで、ダリルの唇へ己のものを重ねた。掠めるだけのものだったが、頬へするのとはわけが違う。距離が戻ってもダリルはぽかんとしたままだったが、やがて夕日よりも赤くなった。
「僕――その、君が好きだ」
丁寧な文字よりも、その声で紡いでほしい。
七年語り – IF / PARODY