花骸のこどもたち
十一年前の文

 

 四月七日 雨
  お父さまから日記帳を貰った。
  「僕がいない間、何があったか忘れず教えてもらえるようにね」と言われたけど、それだったらもっと沢山会いに来てくれたらいいのに。お父さまが帰ったあとでつい、お母さまにそう漏らしたら「お父さまは忙しいのよ」と少し叱られてしまった。お母さまは……お父さまもだけど、少し変わってる。私だったら、夫婦なのに一緒に暮らせないなんて嫌だ。
 お父さまに貰った日記の一番最初にこんなことを書いてしまったのも嫌になる。
 
 
四月九日 雨
 お母さまが私について何か手紙をだしたみたいで、お父さまが会いに来てくれた。
 二人で相合傘をして、雨の街をあるいた。私の通ってる学校とか、いつも友達と利用する図書館とか、あんまり足を向けないけど、この時期はハナミズキがきれいな公園とかをお父さまに紹介しながら、ひたすら歩いた。お父さまは私やお母さまといる時は少し寡黙で、でも話を聞くのがすごく下手。フラフラ二人で歩きながら、すぐに終わる会話をいくつか繰り返した。それだけで、お父さまはまたすぐ火の国に帰ってしまったけど、お父さまは「とうさまは君を愛してるし、君に何かあったら何もかもを投げ出して助けにくるよ」と言ってくれた。
 私は、やっぱりなんでお父さまと一緒に暮らせないんだろうとは思っちゃうけど、やっぱりお父さまが好きで、お父さまが困るなら今のままでいいと思った。
 私の左側を歩いていたお父さまの左肩はびしょ濡れだった。
  四月に入ってから、お母さまの体調も落ち着いてる。うちはちょっと変わっていて、お父様と一緒に暮らしてないし、お母さまも少し体が弱いけど、私はすごく幸せだと思う。
 
 
四月二十日 また雨
 日記に書くことがない。学校の授業は退屈で、お母さまは先週末から体調を崩してる。
 先生は飛び級して、都市部の学校に行ったらいいって言うけど、そんな簡単に決められることじゃない。私のこと、自分の手に負えないからって厄介払いしたいのかもしれない。
 火の国近くのこの町は、都市部よりかはまだ雨が少ない。長雨の度に熱をこじらせるお母さまを都市部に連れてくのは躊躇われるし、都市部に移り住めばお父様とも会い難くなる気がする。
 
 
四月二十一日 やっぱり雨
 扶桑おばさまがお母さまの様子を見に来てくれた。ついでに弱虫長門も。
 大人二人で話があるからって部屋を追い出されたので、仕方なく長門の勉強を見てやった。長門から「トバリちゃん、先生に向いてないよ」と言われた。珠算も微妙なチビのくせに、ムカつく。
 こないだからずっと嫌な気分だったけど、おばさまたちの顔みたらほっとした。それに、おばさまに診てもらって、お母さまも大分楽みたい。帰り際、おばさまのところで医療忍術を習いたいなと言ったら、変な顔をされた。姉さんも多少の心得はあるから、今度ねって。すごくフワフワした、曖昧な答え方。大人ってのは、やたらと子どもに隠し事をしたがる。完璧に隠すことも出来ないくせに……って思うのは、いけないことだと思う。別に、誰が悪いわけでもないと思うし。
 春になって、お母さまは少し眠っている時間が増えた。その分辛そうにしている時間も減ったから、新しいお薬のせいだと思うようにしてるけど……たぶん、どうしようもない。
 
 
四月三十日 ありがたいことに晴れ
 お父さまが帰って以来寝込んでいたお母さまが起きてきた。
 ご飯のあとで、通帳の場所と、金庫の開錠番号を教えてくれた。あと、私が将来どうしたいかって話をした。おばさまやおじさまみたいなお医者になって、お母さまやお父さまとずっと一緒にいたい。そう言ったら、お母さまが困った顔をした。こないだの扶桑おばさまみたいに。
 
 
五月六日 曇り
 お母さまがまた熱をこじらせて、苦しそうにしている。
 お父さまに来て欲しいと思ったけど、お母さまが駄目だと言った。お父さまは火の国の隠れ里、木ノ葉隠れ?で、結構偉い忍者らしい。忍者なのは知ってたけど、でも一応今戦争?中なんだよね? そりゃ滅多に会いにこないけど、それでも一応それなりに偉い人がフラフラフラフラ、この非常時に自里を留守にしていいの……? 正直言うと、非正規の使いパシリか何かだと思ってた。っていうか、そもそも、一応雨隠れは第一次忍界大戦末期に火の国と休戦協定結んだまま今回の戦争には傍観決め込んでるけど……半蔵は好戦的だって皆言うし、ここもいつ戦争状態に陥っても可笑しくないよね。まあ、ここ殆ど火の国の一部みたいなもんだし、忍者は一般人に手を出さないって決まってるから有事の時にはちゃんと避難勧告が出ると思うけど……でも、ここにいて良いの?
 ただでさえ最近治安が悪くなってきてるのに、前からここに住んでて、お母さまに長旅を強いるのは躊躇われるなんて理由で、ここに居続けて本当に大丈夫なの?
 お父さまに全部問い質したい。でも、忙しいお父さまを安易に呼んじゃ駄目だって言う。なんで? なんで、お父さまは、私たちをここに置き去りにするの? 大きな声で問いただしたいけど、苦しそうなお母さまを前にすると何も言えなくなる。うわごとみたいに、お父さまを呼んじゃ駄目って、お母さまが言う。お父さまは立派な忍者で、木ノ葉隠れで沢山やることがあるし、ここに来たところでどうしようもない。トバリには辛いよね、ごめんねとお母さまが謝る。
 お父さまにどうしようもないなら、私には、もっとどうしようもない。
 そういうこと。わかってた。
 
 
五月十八日 雨
 扶桑おばさまが泊まり込んで、お母さまをみてくれている。
 ほっとするけど、何となく落ち着かない気持ち。扶桑おばさまは、私のことを凄く買ってくれている。買ってくれてるってのは、頭が良くて、理解力があるって尊重してくれてるってこと。
 おばさまは、全部ちゃんと教えてくれた。お母さまはもう永くない。ここ最近の衰弱ぶりから、あと三か月もつか如何か。都市部では、半蔵軍が武装を整えている。名目上は自衛のためとは言っているけれど、東部駐屯地に異様な数の忍者が集結している。間違いなく、あと数ヶ月で、この里は火の国と戦争を始める。お父さまがここに来れないのは、多忙のせいだけではない。何か一つ切っ掛けがあれば、今すぐにでも交戦状態に陥る。避難勧告を出す暇もないぐらい、急に。
 恐らく、お父さまがこれまで使っていた入国ルートが封鎖されているだけではなく、ここに残る私とお母さまの安全を考えたうえで来ないのだろうと、おばさまは言っていた。
 場所を移して……風の国はまだ火の国との休戦協定が生きているから、ここから南西方面に場所を移せばお父さまと連絡が取れるし、お父さまも風の国を経由して入国することが出来る。
 でも、今は、お母さまを動かすことは出来ない。
 お母さまはもうお父さまには会えない。
 
 
五月二十日 雨
 扶桑おばさまと、今後の話をした。
 まだ十一歳の私が、一人でずっとこの家で暮らしてくことは出来ない。お母さまが死んだあと、私には三つの選択肢があるらしかった。一つは、学生寮付きの学校を探して、そこに入ること。二つ目は、お父さまのいる木ノ葉隠れに行くこと。さいごは、扶桑おばさまの養女になって、一緒に暮らすこと。おばさまは「戦争が始まってしまえば火の国への移住なんてどうなるか分からない」と言った。「それにあの人は多忙で、一緒に暮らしたとしても子供に構ってる暇はないわ。あなたの前で言うことじゃないけど、あの人はそういう男よ。あなたを渡したくない」とも。
 おばさまは、お父さまと仲が悪い。私っていう子供が産まれたのに、お母さまとちゃんと結婚しなかったから、おばさまはお父さまのことを「あの人はいくじなしだわ」って言う。
 おばさまの言い分も分かる。でも、お父さまは私を愛してる。お母さまのことも、愛している。でも、ちょっとした時に、私が知らない顔をする。それだけのこと。
 
 
五月二十四日 雨
 久々に目を覚ましたお母さまが、壁のカレンダーを見たがった。
 カレンダーには、ところどころハートや、お花のマークがついている。新しいカレンダーを買うと、お母さまはいつも自分が覚えている限りの記念日に印をつける。誕生日や結婚記念日みたいな、ちゃんとした記念日だけじゃなくて、お父さまがカレーを作った記念日とか、私が初めて学校に遅刻した記念日とか、そういう馬鹿馬鹿しい記念日も、全部。
 熱にうかされながら、お母さまはカレンダーを眺める。お父さまと初めて会った日のことを、うたうように話す。捲ったページは三枚。ああ、きっと、その頃にはもうお母さまはいないんだなと思った。会いたいとも、苦しいとも口にしない。幸せそうに、お父さまのことを話す。
 
 
五月二十八日 曇り
 少し良くなってきた。
 
 
五月三十日 雨
 お母さまから謝られた。
 お母さまはお父さまが好きだから、お父さまにとって良いようにしたかったって。お父さまが辛くないように。でも、それで娘の私に寂しい思いをさせてしまったって。
 いつもの、何度も聞いた謝罪。でも、今日はそれだけじゃなかった。お父さまの話。
 お父さまは、先代火影の息子で、立派な父親のことで色々嫌な目にあってきたらしい。子供は自分と同じ忍者にしたくない。ふつうの街で、ふつうに暮らして欲しい。だから私が産まれた時、ずっと別々に暮らしてこうって決めたと、お母さまが言っていた。立派な父親のせいで嫌な思いをしたのも事実だけど、お父さまは、本当は自分の父親のことがとても好きで、その父親が大事にした木ノ葉隠れの里を捨てて、ここで暮らすことは出来ないって、お母さまが言った。
 お父さまと正式な夫婦になれなくても良い、疲れたお父さまの止まり木になりたかった。その我侭で、トバリに沢山寂しい思いをさせてしまったって、お母さまが謝った。
 もう、私は十一歳。一から忍者になるための勉強をするには年を取りすぎている。きっとお父さまは、私と一緒に暮らしたがる。お父さまは心から私を愛してる。扶桑おばさまの言うほど、悪いようにはならない。私が行きたい場所を選びなさい。そう言って、お母さまは眠ってしまった。
 何の苦しみもなさそうに、穏やかな寝顔。ここがもうすぐ戦場になるとも、私が一人ぼっちになるとも知らなさそうな顔をしていた。私も、お母さまと一緒に眠りたい。

 昨日のお母さまの話、うんうんって、相槌こそ打ったけど……本当はよくわからなかった。
 私が忍者になるもならないも、私とお父さまとお母さま、家族三人の問題なのに、何で親戚とか、とうの昔に死んだひとが関わってくるからって悩んでしまうんだろう? そんなの「他人には関係ない」って一喝してしまえば良いだけの話なのに、大人のお父さまにそれが分からないはずもないのに、如何して、そのたった一言が言えずに私たちをここに放っておいたの?
 本当は、色んなこと聞きたかった。でも、根掘り葉掘り質問攻めにするには、お母さまはもう弱りすぎてる。私はまだ子どもだけど、些細な一言が刃のように他人の気持ちを削ぐんだってことは知っている。ここに書いてるようなことを直接言ったら、きっとお母さまは傷ついてしまうと思う。お母さまは、私のことも、お父さまのことも好きだから、私がお父さまを詰るととても辛そうにする。……そういうことなのかな? よくわからないけど、そういうことなのかもしれない。
 私はお母さまのことが好きで、私の些細な一言でお母さまを傷つけてしまうって分かってるから言わないことが沢山あるけど、お父さまの周りはそうじゃなかったのかもしれない。
 お父さまは、親戚のひとや、お父さまのお父さまに、傷つくことを沢山言われてきたのかな。すごく怖かったのかな。きっと私たちに、自分と同じ怖い思いをさせたくなかったんだよね。

 お父さまのこと責めているわけでも、恨んでるわけでもないの。
 お母さまのそばにいてほしいの。私たちを置いてかないでほしいの。すごく不安で、怖いの。
 いつ死ぬか分からない家族と二人きりで生きてくのは、ひどいことを言われるのと同じぐらい怖いって、お父さまに分かってほしい。でも、そう思ってしまうのは私のワガママなのかな。
 
 
六月一日 雨
 雨が強い。扶桑おばさまが、一旦家へ帰った。お母さまと二人きりと思えないぐらい、静か。
 お父さまの夢を見ているのかな。そうだと良いな。
 
 
六月四日 雨
 お父さまは間に合わなかった。
 でも、私とお父さまの話をした日からずっと眠ったままだったから、間に合うとか、間に合わないとか、お父さまと扶桑おばさま以外にとっては大したことはない。
 おばさまも、私も、お父さまがどうやってここに来たのかは聞かなかった。
 
 
六月五日 雨
 葬儀を執り行う施設が閉鎖してしまっているので、取り急ぎ火葬だけ済ます。
 お母さまが焼けるのを待っている間、お父さまからも謝られた。
 父親として、夫として、身勝手だったと、お父さまが言った。私は、天地神明にかけて、お父さまに怒ったり、愛想をつかしたわけじゃない。そう思ったけど、何も言えなかった。
 何にも言えないでいる私に、お父さまが、このまま何も聞かずに、一緒に来てほしいと懇願する。子連れでも安全なルートは用意してあるし、まだ雨隠れとは正式に争っているわけじゃないから、すぐに永住査証が下りる。部屋もある。暫く休みも取った。お父さまは仕事が早い。
 お母さまを燃やす火を眺めてたら、凄く意地の悪い気持ちになってしまった。じゃあなんで、もっと早くそう言えなかったの。お母さまが死ぬ前に、私たち三人で一緒に暮らせたんじゃないの。それを、お父さまに言うのは、酷いことだ。言ってはいけない。本当に、言わなくてよかった。
 お母さまの燃え殻は白々と綺麗で、当たり前だけど焼けたばっかりで熱かった。
 それなのに、お父さまは骨の乗った容器に突っ伏して、灰になった体ごとお母さまの遺骨に頬を寄せた。何度も何度もお母さまの名前を呼んで、ごめんと繰り返していた。扶桑おばさまは若干引いていたけど、私は、なんとなく安心した。お母さまだけが凄くお父さまを好きなんじゃないかって、どこかで思っていたから。でも、お父さまもお父さまなりに私たちを愛していたんだってよく分かった。実際、お母さまが居た頃は、何の不満もなかった。これで良いと思っていた。

 一緒に行くのは考えさせてほしいと言った。でも、気持ちは決まってる。
 
 
六月六日 皮肉なことに晴れ
 私は、お父さまともお母さまとも、あんまり似てない。
 お父さまの尊敬する、私からみて大伯父さまにあたるひとにそっくりだと、お父さまはよく嬉しそうに言う。この国から離れて、苗字が変わったら、私のなかのお母さまはとても小さなものになってしまう気がした。お父さまのことは愛してる。一緒に暮らしたら、きっと楽しい。
 お父さまの育った国を見てみたい。でも、今はまだ、お母さまの思い出と一緒に暮らしたい。
 雨ばかりのこの国で、お母さまの子供として生きたい。お父さまとは一緒にいけない。そう言ったら、お父さまが笑った。笑いながら、ボロボロ涙をこぼして、子どもみたいに泣いていた。
 お母さまと一緒にお父さまも死んでしまったような、そんな気がした。
 
 
七月一日 曇り
 引っ越しとか、お母さまの葬式、色んな手続きが済んで(ついでに火の国との戦争も始まって)、私は扶桑おばさまと伊勢おじさまの子供になった。要するに、弟が一人出来た。
 弟こと長門は、ここ数ヶ月に及ぶ私の懊悩なんぞ知らずに絶望している。
 おばさまからも頼まれてるし、あの弱虫をガンガン鍛えてやらなきゃ。何といっても戦争中だし、生きる力を養うのは大切だ。長門があんまりに私を恐れるので、少し気分転換になる。
 
 
七月六日 雨
 おじさまから、医術や薬学について教わることにした。おばさまからは、医療忍術も教えて貰ってる。おじさまは、そんなにお父さまが嫌いではないみたい。こっそり、お父さまが随分と薬学に明るいことを教えてくれた。おじさまたちについては、言うまでもないし、長門は長門で包帯を巻くのが上手い。でも私は……今まで算術とか作文とか、ガッコの勉強しかしてこなかったからな。
 私も何か一つぐらい取柄をつくらなきゃなあ。
 
 
七月十三日 雨
 お父さまに今薬学について勉強してるって手紙を送ったら、大量の書籍が届いた。
 おじさまは笑ってたけど、おばさまは不愉快そうだった。私は結構嬉しかった。詰まらない意地でお父さまを選ばなかったけど、お父さまはそんな私のことでも愛してるんだなって思ったから。
 
 
七月十六日 雨
 長門が「大きくなったらトバリちゃんは家を出てくんだよね?」とか言ってうるさい。
 ムカついたから「あんたより私のが先に立派な医者になって扶桑さんと伊勢さんの跡継ぐだろうから、大きくなったらこの家を出てくのはあんたよ」って言ってやった。そしたら無言で勉強をしはじめるので、馬鹿なんだか勉強熱心なんだかわかりゃしない。
 長門はウジウジしてるけど、こういう、自分が何をしたいかとか、如何なりたいかとか分かってるのは好きだなと思う。まあ、努力の原動力が“トバリちゃんを追いだしたい”ってのはムカつくけど……兎に角、五歳の年の差をものともしない負けん気の強さは買ってやりたい。
 
 
七月十七日 曇り
 お母さまに何も出来なかったから医者になりたいわけじゃない。
 いつか、大切な人が苦しんでる時に何も出来ないのは嫌だから医学を学びたい。
 私は大丈夫。お母さまを愛しているし、お父様を愛している。おばさまたちとも上手くやっていて、好きだ。ちゃんと、しっかり気持ちを落ち着けて生きていると思う。

 お母さまから、もっとお父さまの話聞きたかったな。お父さまと、お母さまの話。
 
 
七月二十日 雨
 長門と川に釣りに行った。長門のくせに、凄く釣りが上手い。
 
 
七月二十四日 曇り
 こないだのリベンジで、また釣りにいった。またも惨敗。
 
 
七月三十一日 雨
 長門から「釣りの特訓の前に包帯の扱いをどうにかしたら」と言われたので、シメた。
 
 
九月十三日 曇り
 日記に書くことがない。
 大体毎日伊勢さんに医療忍術について習って、ついでに長門の勉強を見て、一緒に遊んで(イビって)、喧嘩してるぐらいだし。毎日毎日単調で代わり映えしないけど、割りと楽しい。
 あ、身長が伸びた! 柱につけた傷の脇で喜んでたら、すかさず長門が「横も倍ぐらいになったよ」と呟いたので速攻で追いかけてシメた。最近、あいつやたらと足が速くなってきたから疲れる。私のおかげで勉強も運動も捗ってるのに、感謝の気持ちが足りない気がする。
 まあ良いけどね。
 
 
九月十五日 雨
 私も色々落ち着いたし、長門の誕生祝いが終わったら、この町を出るみたい。
 なんやかや戦争中だから、多少忙しくなるのは仕方ない。
 ついさっき、お父さまに最後の手紙を送ってきた。勿論戦争が終わったらまた出せるけど、仮にも敵国?の人間相手に細々手紙なんか送ってられないもんね。まあ、精々二年ちょいの辛抱と思って、お父さまも我慢してください。戦争が終わったら、いつかお父様の故郷に遊びに行きたいです。ってことを送ったけど、おばさま許してくれるかなあ。今考えても仕方ないか。
 長門のお誕生日プレゼントどうしようかな。何も考えてないや。魚籠でも作ってやろうかな。
 

十一年前の日記

 
 


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