七年語り – CHAMBER OF SECRETS
29 過ぎたる信頼
久しぶりに幸福な夢を見たと思ったら、現実が悪夢染みてきた。
ダリルはセドリックと初めてキスした時の事を夢に見て、幸福な気持ちで目覚めた。今日は素晴らしい日になりそうだなどと思ってカーテンを開けたが、朝日を浴びた途端にダリルはセドリックと仲違いした現実を思い出した。その落差がダリルを沈ませる。
それでも“まだ”救いがある、“まだ”大丈夫だと思って、大広間につくまでは何とか気丈に振る舞うことが出来たものの、朝食の席に着いた途端ダリルの心は折れてしまった。ハッフルパフのテーブルを見ると、セドリックがレイブンクロー寮の女学生と一緒に食事を取っていたのだ。そればかりか、大広間の天井を多くの梟が飛び交っていたが、ダリルの下へセドリックからの手紙が届くことはなかった。
ここ最近は毎朝届いていたデートのお誘いが来ないし、セドリックは他寮の女の子とご飯なんて食べてる。
一日で心変わりなんて酷いと思ったが、ひょっとして前々からウンザリしてたのかもしれないと思えば、セドリックを責める気にはなれなかった。それに彼女はずっと前からセドリックと親しくしていたのだ。セドリックは「クィディッチの話で気が合うだけ」と言っていたが、気が合うというのは男女付き合いに重要なことではなかろうか。ダリルの我儘にいい加減疲れたセドリックが、彼女に癒しを求めたとして何の不思議があるだろう。というよりも一日で、否まだ十二時間も経ってないのに、見捨てられた。
コーンフレークの皿にミルクではなく涙を注いでいるダリルのことを、アンジェリーナとアリシアは心配してくれた。しかしダリルは千の慰めよりも、セドリックの視線が欲しかった。一瞬目が合いさえすればすぐにでも元気になるのに――ダリルがどんなにセドリックのことを見つめても、セドリックはダリルのほうを見返してくれなかった。やはり愛想をつかしたのだ。ダリルはそう思って、一層落ち込んだ。
そんなダリルを余所に、セドリックは例の女の子とのお喋りを続けていた。ここ最近、セドリックとよく一緒にいるので、ダリルは彼女の名前以外の全部を知っていると言っても過言ではない。ダリルは彼女の事を「セドリックを女の子にしたよう」だと思っていた。賢くて、優しくて、素直で、人への気遣いに長けていて、人望があり、そしてダリルよりは胸が大きい。セドリックと釣り合いが取れた女の子だ。
セドリックが彼女と何事か話しているのをじーっと見ていると、ダリルは今この場で消えてしまいたいように思った。交わしたキスの回数も、囁かれた愛の言葉も、昨日の一件の後には全て無意味だった。ダリルは自分がそれだけのことを仕出かしたと思っていた。
『僕をちょっとでも大事に思うなら、もっと自分を大事にすると約束してくれ』
あんなに自分の身を案じていてくれたのに、ダリルはセドリックに誠実な返事をしようとすらしなかった。
イエスと言っておけば良かったのだろうか。嘘でも、その場しのぎでも、イエスと言っていれば、セドリックはダリルを見返してくれたのだろうか――あの女の子とではなく、ダリルとお喋りしてくれただろうか。色々な事を考えては、ダリルは消えてしまいたいと強く思った。
唯一の救いはフレッドとジョージがダリルが落ち込んでいる理由について、全く気付いていないことだった。二人が「ダリルの口にベアゾール石を幾つつっこめるか」という遊びを始めたので、ダリルは落ち込むどころではなくなってしまった。
フレッドの鼻にベアゾール石の欠片を突っ込んでいると、ダリルはこれで良かったのだと思えるようになった。最初からセドリックに自分は釣り合っていなかったのだ。ダリルはそのうち婚約者が出来るし――まあ、スリザリン寮以外にも純血の男の子はいる――ちょっと顔が良いだけの我儘なチビだ。反面、セドリックは如何だろう。ハンサムで賢くて優しくて、シーカー。構って貰えただけで幸運なのだ。
ダリルはフレッドの鼻に拳大のベアゾール石を押し込もうとしながら、またハラハラと泣きだすのだった。
「ダリル、如何しちゃったの?」アンジェリーナが眉尻を下げて、ダリルの顔を覗きこむ。アリシアもダリルの傍を離れがたく感じているようで「二時間目は変身術ね? 迎えに行くから、教室で待ってて」と念を押した。リーはダリルの視線の先をチラチラ見ていた。
ダリルは呆然と朝食を終え、そのまま呆然と二号温室に向かおうとしたが、一限目にあった薬草学は大雪のために休講になった。それすらも気づかない様子なので、結局フレッドとジョージがダリルを談話室まで送ることになった。
フレッドとジョージがダリルを談話室に放り込むと、ダリルの顔が和やかになった。セドリックが絶対に来るわけのない場所に自分が居るという安心感からか、涙が止まった。談話室で二人の冗談を聞いていると、昨日あったことが夢のなかの出来ごとのように思える。
フレッドはダリルの頭の毛をわしわしかき混ぜて、「俺達のチビがやっと元気になったな!」と笑い、ジョージはダリルをソファに座らせて、「ほら、まあこの本でも読んでさ、新しい悪戯でも考えてろよ」と膝の上に本を落とした。
ダリルはジンとして、少し泣きそうになった。いつもダリルのことを穴掘り係とか、雑用係とか、俺達のフィルチとか揶揄する癖に、ダリルが落ち込んでると酷く優しい。五人の気遣いに感謝しながらダリルは本を開き、表紙裏の貸出カードを見て、悲鳴を上げた。
「ジョージ!」一限目の授業に出かけようと、足早に駆けて行こうとしたフレッドのローブをダリルが掴んだ。「フレッドだよ」フレッドが口を尖らせるが、ダリルは眉を吊り上げるだけだった。「どっちでもいいわ。そんなことより、これ、返却期限、昨日までよ!」
ダリルはフレッドの顔に貸出カードを押しつけた。元はクリーム色をしているカードは、マダム・ピンスの怒りを映して真っ赤になっていた。二人の会話を聞いて、ジョージが戻ってくる。「いっけね」ジョージが顔を顰めて、鞄を漁った。
「この本は返すわ。自分で借りに行くから」要らないと、言い終わるか終わらないかのタイミングで膝の上にドサっと本が降ってくる。
「これも頼む!」
「じゃあついでに俺のも」
ダリルの膝の上に出来たビルの上に、フレッドが本を五冊追加する。ビルは山になった。立ち上がって、とび蹴りでも食らわせてやりたいとダリルは思ったが、膝の上にある本が邪魔で立てない。十一冊分の重さを何とか脇に除けようと四苦八苦しながら、ダリルが喚く。
「穴掘りも、雪かきも、もう二度としてあげませんからね!!」
二人はバタバタと談話室を横切りながら、くるっと振り向いた。器用に後ろを向いたまま歩く。
「階段から落ちるのは?」
「後ろ向きに歩いて転ぶのは?」
「おいおい……踊り場で俺達に暴力を振るって階段から落ちるのがダリルのライフワークじゃあないのか?」
「相棒、こいつはひょっとするとひょっとするぜ」フレッドがにやっと笑って、ジョージを小突いた。「純血名家であらせるマルフォイ家にお生まれになったダリルお嬢様は、スリザリンの継承者様の魔法で、後頭部に目をつけてもらったに違いない……」
「もう! 馬鹿!!」
ダリルはやっとこ自分の靴を脱ぐと、穴の向こうに消えて行く二人に向かって放り投げた。靴は二人に当たらず、穴の向こうに消えて行く。ダリルは口いっぱいにフロバーワームを詰め込まれたような顔をした。それを傍で見ていたハーマイオニーが、ロンとの魔法チェスを中断してダリルを助けに来てくれる。「……いつも大変ね」呆れたような、微笑ましいと言いたそうな顔で、本をどけてくれた。
「こんなに一杯の本を私にどうしろって言うのよ」プリプリしながら言うと、ロンがにやっと笑った。
「返却してほしいって思ってんのは確かだろうな!」
ダリルはもう一つ残っている靴を脱ぐと、ロンのほうに投げる。
「私はマダム・ピンスの脳内ブラックリストに載ってるのよ――貴方のお兄様がたのせいで!」ロンが避けた瞬間、ロンの背後にいたハリーの頭に当たる。ハリーがスネイプそっくりの不機嫌そうな顔で三人のほうを振り向いた。
「へーえ!」ハリーがダリルの靴を拾って、ダリルのほうに投げてよこした。「僕に兄さんがいたとは、初耳だね」
ダリルは靴を受け取って、きょとんとする。
「ハリーは何をイライラしているの?」もっと声を潜めて聞けばいいものを、ダリルは大きな声でハーマイオニーに問うた。
「頭に靴が当たってご機嫌、なんてのは君の兄さんぐらいだろうよ」
刺々しい返事にダリルが顔を顰めて、言い負かしてやろうと口を開いたが、ハーマイオニーが二人の会話に割って入る。
「あーなんか、ハッフルパフの生徒に会って、話したいことがあるんですって!」
ハリーはまだダリルのことを睨んでいたが、ダリルはハーマイオニーの台詞ですっかり機嫌を直していた。別に本気でハリーのからかいに怒っていたわけではない。ハリーとロンがドラコの悪口を言うのに一々反応していたら、グリフィンドール寮では暮らして行けないだろう。ダリルは単にハリーの苛立ちに当てられていただけだ。ダリルはふーんとハーマイオニーに頷きながら、靴を履く。
「彼らなら図書室で勉強しているんじゃないかしら。――ハッフルパフの先輩が、自由時間はよく図書室に集まってるって言ってたわ」
そう言った途端ダリルはしょぼんとしてしまった。ハーマイオニーが眉尻を下げて、ダリルの背を撫でる。ハッフルパフ寮の二年生達が図書室の奥で勉強会しているのを見て、セドリックと話したのが百年の昔のことのように思えた。
ハーマイオニーがダリルを慰めようと一生懸命になっていると言うのに、ハリーはダリルが落ち込んでいるとは微塵も思っていないらしい。瞳に涙を貯めるダリルの肩を掴んで、揺さぶる。「ダリル、それ本当?」ハリーがやや興奮気味に言った。
「やめて!」ダリルはぶすっと呻いた。「私はシェイカーじゃないのよ。それとも貴方はバーテンだったのかしら?」
「バーテンだったらもっとマシな物を揺さぶれるのにね」
ハリーがまるで悪びれないので、ダリルはぷっと膨れた。
「ずーっと前から思ってたけど、貴方ってデリカシーないわ!」
「デリカシーがある人は君のことを揺さぶりたいって思うってわけだ。なくって良かったよ」
二人でぎゃあぎゃあやり合い始めたので、ハーマイオニーはやれやれと首を振りながらロンのところへ戻っていった。
ダリルとハリーの喧嘩は唐突に始まり、そして唐突に終わる。何事か険しい顔で話していたと思ったら、次の瞬間ハリーがにやっと笑い、ダリルがクスクス笑い始めた。「あの二人って、ぜーんぜん分からないわ」ハーマイオニーが顔を顰めたのは、ロンのビショップに己のナイトが馬から引きずり降ろされたからだけではない。ロンが悪戯っぽく笑って、ハーマイオニーのローブを引いた。(あの二人、たまに全く噛み合わない会話でケラケラ笑ってるよな)ハーマイオニーが吹き出す。ハリーとダリルの会話は基本的にハリーがジョークでダリルを怒らしているか、笑わせているかなのだが、珍しく淡々と平和に話しているなと聞き耳を立てれば、微妙にズレた話をしている。
「ロン、笑わせないで!」ハーマイオニーが押し殺した声でロンを批難したが、ハーマイオニーもロンを呼び寄せて、その耳元に囁いた。(この間ハリーがマルフォイの愚痴を言ってて、ダリルがスネイプ先生の愚痴を返してたのね。それでハリーがスリザリンってほんと最低だよねって〆たのにダリルが頷いて、ほんと、ドラコ以外最低! って同意してから、二人で和やかに笑ってたわ)
「……二人とも、何を話してるんだろ」
自分達のほうをチラチラ見ながら内緒話をしているロンとハーマイオニーを見て、ハリーが肩を竦めた。
「さあ」ダリルも肩を竦めて、首を振る。そうしてから、ハリーへ本を一冊押しつけた。「兎に角、図書室に行くなら手伝ってね」
ハリーはあからさまに面倒くさそうな顔をしていたが、ダリルは有無を言わさず六冊の本を持たせる。七冊目は拒否された。しかし情報を提供してもらったという思いがあるからか、不平不満は少なく、二人は連れ立って歩き始めた。
「キビキビ歩いてね。貴方の歩き方じゃ、夕食までに図書室に辿りつけるか怪しいものだわ」
ダリルはケンケン飛びで進み、時々振りかえっては腹の膨れたトロールよりもダラダラ歩くハリーを注意する。そんな二人を見て、ロンとハーマイオニーは相変わらずクスクスやっていた。「ハリー!」ハリーが二人に舌を突き出すと、ダリルが声を張り上げる。
「変身術に出席したいの? したくないの?」
「分かってる!」ハリーは声を荒げて、ズンズンと早足でダリルを追い越して行った。
二人はぎゃあぎゃあ騒ぎながら談話室を出て行き、パタンと扉が閉まった瞬間ハーマイオニーが声をあげて笑いだした。
太った淑女の前で、ダリルとハリーは顔を見合わせて、首を傾げる。遠くからハーマイオニーとロンの笑い声が聞こえたのだ。
ダリルは淑女から三メートル離れた場所に落ちていた革靴を拾い上げて、履いた。トントンとつま先で床を叩く。
「何が可笑しいんだろうね」ハリーの疑問に、ダリルは頷いた。
最初こそ例の“噛み合わない会話”で笑ったりしていたものの、図書室が近づくにつれ沈黙が多くなる。セドリックは授業に行っているから会うことはないと分かっていたが、昨日仲違いした場所に向かっているのだと思えばお喋りをする気分にはなれなかった。ハリーはハリーで違うことを考えていたようだが、ダリルと違って喋りたくないわけではないらしい。
「ダリルは僕のこと変だって思う?」
「如何したの?」
抱え込んでいる本がずり落ちそうになったので、ダリルは本を持ち直した。
ハリーはダリルの返事に不可解な気持ちになったらしい。「いや、如何って」顔を歪めたハリーに、ダリルはきょとんとする。
「何かあったのかしら」ダリルの鈍感さに、今度こそハリーはため息をついた。しかしそれでもダリルにはハリーの憂鬱の理由が分からない。互いに昨日から自分のことで手いっぱいなのだ。ダリルはハリーがパーセルタングを話せるという噂をサッパリ覚えていない。
「知ってるだろ――僕、昨日蛇と喋った」
ハリーはその件について余程口にしたくなかったようで、いささか手短すぎる説明だったが、それで十分だった。如何にダリルがセドリックのことしか見ていなかったとはいえ、周囲の噂話は耳に入ってくる。ハリーが昨夜パーセルタングで蛇をスネイプ教授にけしかけたとかけしかけなかったとか、そのぐらいのことは聞いていた。どうせならけしかけるだけじゃなくて、丸のみにさせてしまえば良かったのに――と言おうか言わずにいるか迷ったものの、ハリーが真剣な顔をしていたのでダリルは黙っていることにした。
「僕、サラザール・スリザリンの子孫なのかもしれない……」
ハリーが大真面目に冗談を言うので、ダリルは思わず吹き出してしまった。緑の視線が恨みがましそうにダリルを見つめる。「こほん、埃がちょっと喉に入ったみたいだわ」とわざとらしく咳をしてから、ダリルは真剣な顔を作る。
「僕が……僕が、こんなに真剣に悩んでるのに」ハリーがダリルの不真面目な態度にブツブツと不満を零した。
「え、ほ、本気だったの?」ダリルが吃驚した顔をするのに、ハリーの機嫌は再び損なわれるかと思ったが、後に続く台詞が彼の顔を明るくする。「貴方がサラザール・スリザリンの子孫だったら、お父様が貴方と仲良しになりたいと思わないはずがないと思わない?」
ルシウス・マルフォイとの面識は書店での、あの一度きりだったが、それでもルシウスが自分を好いていないということは十二分に分かる。ハリーはダリルの台詞に嬉しくなった。ハリーの知人のなかで一番スリザリン寮の内情に通じているだけあり、ダリルの台詞は流石に説得力がある。ハリーはダリルの言う通りだと安心し、ふとグリンゴッツの前で抱いた疑問を思い出した。
「ねえ」君は、なんでグリフィンドール寮に組み分けられたの? そう聞こうとした、まさにその瞬間ダリルがハリーに耳打ちした。「駄目! マダムが返却用の棚の周辺にいて近付けないわ……お願い、貴方が返してきて!」
コソコソと図書室の入り口からなかを伺っていたダリルがウンザリしたように懇願すると、ハリーの返事も待たず、ハリーの腕のなかにある本の山に五冊追加した。ハリーがよろめいたのを見て、ダリルが「案外非力なのね」と素直な感想を洩らすので、それに苛立ってしまい、先の疑問はもうハリーの胸に残っていなかった。「ほんと、五冊持っただけで蛇行運転になる君とは大違いだね!」と嫌味をこぼして、ハリーは一人で返却用の棚によろよろと近づいていった。向かう途中でくるりとダリルを振り向いて、「僕がジャスティン探すの、とことん付き合ってもらうから」と念を押すのも忘れない。
「ハリーって、根に持つタイプよね」ハリーの背を見ながらしみじみとダリルは呟いた。しかしハリーが素っ頓狂なことや、ユーモアのある嫌味を言ったりするので、それに応対するのに忙しく、昨日泣きながら潜った扉の前に立っていても然程心が乱されなかった。
そういえば、今年の初めにはハリーの言葉に泣いて潜った扉でもある。ダリルはその時のことを思い出してクスリと笑った。まだ一年と経っていないのに、こんなにも自分の周囲は変わってしまった――そこまで考えて、ダリルはマダム・ポンフリーの台詞を思い出す。
『あの時の貴女は魂が抜けたようになってましたからね。クィレル教授が死んで……』
『クィレル教授は君を顧みなかったじゃないか!』
セドリックはいつから私の事を知っていたのだろう。いつから私の事を気に掛けていてくれたのだろう。そう思えば、ダリルはつくづく自分の不誠実さが嫌になった。イエスと言えば良かったのに、何故ヴォルデモートのことなど思い返して、答えられなかったのだろう。クィレルの死に無関係なセドリックへ怒り、クィレルを殺した張本人であるヴォルデモートを庇うようなことを言ってしまった。
ダリルは前年度末にダンブルドアから聞いた話を思い出す。ハリーに触れた途端クィレルの肌は焼けただれ、そして己に触れることがクィレルに苦痛を与えると気付いたハリーはクィレルに抱きつき――死に至らしめた。らしい。
こちらに小走りで寄ってくるハリーへ、ダリルは微笑んで、手を振った。
「ダリル! いた!」ハリーは急いた言葉を洩らすと、ダリルの手を取って、歩き始める。「君の言った通り、ちょっと奥のほうに固まってた」見つけたのなら自分はもうお役御免なのではと思わなかったわけではないが、ダリルはそのままハリーに付いていった。
『クィレルはハリーに触れることが出来なかったのじゃ』
この優しい温もりが人を殺すことが出来るというのはダリルにとって酷く不思議だった。尤も一番の不思議はハリーへの恨みの気持ちが全くないことだった。ダリルは自分の気持ちがよく分からないで居る。主観的な感情と客観的な理性が入り混じり、筋の通った誠実さを口にすることが出来ない。クィレルを貶したとセドリックを怒るのであれば、死ぬ理由を作ったヴォルデモートと、直接死に至らしめたハリーへの恨みの気持ちがないのは何故なのだ。ダリルはハリーに手を引かれながら考える。二人は魔法史の棚を通り過ぎた。勿論そこにはセドリックの姿はおろか、誰の姿もなかった。ただ昨夜の残滓だけがダリルの胸を焦がす。
私がセドリックに怒ったのは、クィレル教授が貶されたとか、そういうことではないのかもしれない。ダリルはぼんやり思考を連ねる。
『自分の行動でどれだけ君を傷つけるか理解しようとしなかった……!』
知らず知らずのうちにダリルは彼を過信しすぎていたようだ。言葉で伝えなくても分かってくれる。そんなような気がして、それでセドリックが自分を理解してくれなかったからと、己が伝える努力を怠ったのも忘れて癇癪を起した――の、だろう。
この傲慢さでは、セドリックが愛想を尽かすのも当然と言える。
ハリーの台詞を右の耳から左の耳に素通りさせながら、ダリルはふっと苦笑した。
ただ好きな人と日常を過ごして、闇とは無縁の世界で生きたいだけなのに、そんな些細な願いがままならない。
七年語り – CHAMBER OF SECRETS