七年語り – CHAMBER OF SECRETS
03 無意識下の切り札
キィーリレルの一件からダリルは大した用がない時もドビーを呼び出して話すようになった。
最初はキィーリレルの教育がどのぐらい上手くいっているか知るためだったのだけれど、ドビーがハリーに特別な感情を持っていると知ると、ダリルはこの屋敷僕妖精に召使いに対するもの以上の感心を抱いた。
前々からドビーは屋敷僕妖精のなかでも異端で、極力ダリルに関わろうとしない彼らのなかで唯一会話らしい会話の相手となってくれた。他の屋敷僕妖精と来たら、ダリルがほんの数秒命令しないでいただけでソワソワし、命令を聞くなりさっさと姿を消してしまう。幼い頃からそれが当然なのだと思って過ごしてきたダリルは彼らをそういう生き物だと思っていたし、だから素っ気ないとも感じたことはない。屋敷僕妖精に関しては家族と同じ認識を持っていたので、ドビーが変わっているとも、家族から煙たがられる理由についても理解していたが、それでもダリルはドビーを煙たがらなかった。使い方さえ分かればドビーは大層役に立つ。それに――勿論下々の者という意識は今も尚残っているが――自由の少ないダリルにとって、命令ついでにドビーと話すのはそう悪い事ではなかった。
ナルシッサは「将来女主人として家を取り仕切って行かねばならないのだから、屋敷僕妖精を上手く使いなさい」と言うし、変わった屋敷僕妖精を使って退屈を紛らわすのは上手な使い方だとダリルは思っていた。ダリルにとってのドビーは、マグルにとっての人工知能と同じようなものだった。物に等しいが、構えば一定の反応は返してくれる。暇つぶしの道具か役に立つ道具のように思って来たけど、もしかして彼らは彼らなりに何か色々と考えているのかもしれない。ここ最近、ダリルはそう思うようになった。
キィーリレルのためを思って連れてきたと言うドビー。前の主人が忘れられないというキィーリレル。二人を見ていて薄らと思ったことだったが、ハリーに対するドビーの思いを聞いてダリルは予感が確信に変わるのを理解した。
ドビーはダリルが知らないことを幾つも知っていて、話に飽きることはなかった。ダリルは何しろドビーの扱い方を心得ていたし、聞き上手だった。命令とお願いと感嘆の声の三つを使いこなして、ダリルは屋敷僕妖精達が親から伝え聞いた話、彼らがどのような気持ちで家に仕えているのか(ここでドビーは自分が他の屋敷僕妖精より少し変わっているのだと注釈した)、主人を失った場合に手頃な屋敷を見つける方法――何よりダリルが面白いと思ったのは屋敷僕妖精は自分の膨大な魔法力を何かに括ることで押さえるのだということだった。
魔法についてはドビーの口も重くなったが、反対に一度聞けば止めるまで永遠に語る話題があった。ハリーについての話だ。
ドビーはダリルと同じぐらい、否それ以上にハリーのことが好きなようだった。
その日もダリルはナイトテーブルの前にある藤椅子に掛けて、ドビーの話を聞いていた。
ハリーが例のあの人を倒したおかげでどれだけ屋敷僕妖精の暮らしが楽になったか、それだけでなくハリーがどんなにか偉大か、勇気があるか……ドビーはハリーについて語りながら、ダリルに十一年前の新聞の切り抜きを見せてくれた。生き残った男の子という大きな見出しがある。「勇敢なハリー・ポッター……!」ダリルはドビーの熱っぽい瞳を見てクスクス笑った。人だけでなく屋敷僕妖精のなかにまで信奉者がいるというのはとても面白かった。「ハリーが屋敷に住んでいないらしいのは残念ね」ダリルはドビーをからかったが、ドビーはクスリとも笑わない。代わりに、しょんぼりとダリルに叱られでもしたかのように耳を垂れさせて、項垂れた。
「ドビーは悪い屋敷僕妖精です……」
「突然如何したの」
ダリルはきょとんとドビーを見つめた。ドビーは今にもお仕置きを始めたそうに指を震わせている。しかしダリルが促すと口を開いた。
「ドビーはお嬢様より、ハリー・ポッターが好きなのです……」
涙ぐんだドビーはこれ以上はないというほど申し訳なさそうな顔をしている。ダリルは咄嗟に手で口を押さえたが、笑い声が漏れた。
「そんな――ふふ、そんなことで……そんなことで申し訳ないなんて思っているの」
ケラケラとダリルは笑った。しかし尚もドビーは暗い顔をしている。
自分よりもハリーを好くドビーの気持ちは当然だとダリルは思った。自分は今までドビーのことを物か何か、感情の無い生き物ように扱って来たのだし、そんなダリルと英雄ハリー・ポッターを如何して同列に見れるだろう。増して自分の方が好きだなどと思えるはずがない。
ダリルはドビーの顔を掴んで、上を向かせた。
「お前は不器用だから上手くやれないけど、私はお前が良い屋敷僕……良いドビーだと分かっているわ」
色々な失敗を顧みれば良い屋敷僕妖精とは呼べないが、ドビー自身もそう誉められたいわけではないのだろうとダリルは思った。
ドビーはパチパチと目を瞬かせている。ダリルが手を離しても上を向いたままだった。
「私の頼みをきちんと聞いてくれるし、私の質問にきちんと答えてくれるもの」
「お嬢様はドビーめのお嬢様です! 命令を聞くのも、お嬢様の質問に答えるのもドビーめの義務でございます!」
「そうね。だからお前はお父様か誰かから衣類を貰えばそうする義務はなくなるわ」
ぴょんっとドビーがとび跳ねた。感激というよりは驚きによるものだろうが、どちらでも間違いではないだろう。
「お嬢様は――お嬢様はドビーめに衣類を下さる?」
最初はあんまりの衝撃に分からなかったのだろうが、落ち着いて考えれば無理なことは明白だった。だからドビーの上ずった台詞も、ゆっくりと落胆の色に染まってしまう。ダリルは確かにマルフォイ家の人間だったが、家長ではない。
それにダリルがルシウスにそう取りなせないことも、ドビーはよく分かっていた。分かっていたはずなのに、愚かにもぬか喜びなぞして、ダリルに気まずい思いをさせたのがドビーにはとても恥ずかしかった。ダリルは苦笑を浮かべてドビーを眺めている。
「いつか義務が失せた時に屋敷僕妖精としてではなく、ドビーとして望むのはハリーのことでしょうね」
ドビーはダリルが何を考えているのかよく分からなかった。
ダリルがルシウスに逆らえないことをドビーが知っているのと同様に、ルシウスに屋敷僕妖精を解放する気がないのはダリルだって分かっているはずだ。なのに、何故そんな話をするのだろう。ドビーは不思議に思った。
「……ドビーめは生まれた時からここのお屋敷にお仕えになっています。だからそうでない時のことはお分かりになりません」
ダリルの台詞の意図を探るように、ドビーが恐る恐る呟いた。
ブルーグレイの視線をじっとドビーへ向け、ダリルは何か考え込んでいるように黙り込んでいた。
そうしてからダリルの瞳が悪戯っぽく輝いた。「そうね、今は私がお前の主人だわ」にっこりと微笑んだ。
「一つ二つお前に頼みごとをしましょう。一つ、お父様にお前がハリーを好いていると悟られないこと。
二つ、私へ対してするようにハリーへも親切にしてあげて頂戴」
屋敷僕妖精に命令出来るのはその家に属している人間全てだったが、それにも序列というものがある。ルシウスが禁じた事をダリルが許可しても無意味だが、ルシウスの知りようがないことであればダリルの許可が反映される。
例えばマルフォイ家とハリーが対立した時にハリーの側へ付くことは出来ないが……まあそんなことはないだろう。
ダリルの台詞にドビーは目を丸くしていた。零れおちそうなほどに大きい。喜んでくれたのだろう。実際に今すぐハリーの手伝いや世話が出来たりするわけではないが、機会さえあればすることが出来るのだから。
「それはつまり――ドビーはハリー・ポッターのために魔法を使っても構わない?」
「お前がハリーのためになると思うのなら構わないわ」
ダリルは初めて親しくなった屋敷僕妖精が色々と人間らしい感情を抱いているのが面白かったし、実際にハリーと関わったら如何なるのか――彼は英雄だと言い続けるか、単なる十二歳の子供だと感じるのか、興味があった。
それにルシウスが許さなかったとしても、ドビーがマルフォイ家に仕え続けるのはあまりに哀れというものだ。如何にかしてマルフォイ家から解放してやり、どこか他の屋敷に住みこめるよう苦心してやりたいとダリルは思った。否精確に言うとダリルはこの変わった屋敷僕妖精の幸福がどういうところへ到達するのか好奇心を刺激されただけなのだ。
抑圧されている自我を解放することでドビーが何を選ぶのか、観察するのも一興だろう。
そう思って出した許可だったのだが、ドビーの台詞にダリルは好奇心云々ではなく、ドビー個人への親愛の気持を抱いた。
ドビーは目を見開いてダリルを見つめたまま、たどたどしい響きで話す。
「ドビーめは、もしも、万が一衣類を貰ったとしてもお嬢様の、その、頼みを断わりませんし、質問にもきちんと答えたいと思います」
ダリルはにこりと微笑んだ。
「もしも本当にお前が自由になって――それで約束を覚えていたなら、その時は私達、友達になりましょう」
言い終わるか否か、ドビーはダリルの台詞の言葉尻に嗚咽を重ねてわっと泣き出した。「なんて――なんて光栄な」おんおんと泣くドビーを眺めながら、ダリルは自分がドビーの扱い方を間違えたのだと理解する。
しかしそれで良いとも思っていた。自我のある生き物は自分の思い通りに操れないものだ。
「お前って変わってるんだか、屋敷僕妖精らしいんだか、よく分からないわね」
ふーっとため息を絡ませながらダリルは呟いた。すると目の前で五月蠅くするのは申し訳ないと思ったのか、ぱっと姿を消してしまった。
騒音の原因が消えたのは有難いが、それにしても唐突だなとダリルは思った。ここ最近、呼びつけても来るのが遅かったり、今日のように前触れもなく消えてしまったりする。ひょっとして家族の誰かがドビーを使っているのかもとも思ったが、そうだったとして口止めはきちんとしてある。文通のことも、ドビーがハリーを好いていることもバレやしないだろう。
ダリルは自分を安心させると、ナイトテーブルのほうへ手を伸ばした。今日ドビーを呼び出したのはハリーの手紙を渡してもらうためだった。普通であれば返信がいつ来るかは分からないのだが、ハリーは夏季休暇が始まってすぐヘドウィグを籠に閉じ込められてしまったということなので、ダリルが送った梟を待たせて、その場で返事を書いてくれることになっていた。
元からそう分厚い手紙を送ってくることはなかったが、“タイムリミット”のおかげで一層薄い手紙になってしまっていた。勿論ダリルはハリーから手紙が貰えるだけで満足ではあったものの、日に日に憔悴していくような文面を見ると悲しくなった。
親愛なるミス・レターへ
いつも深夜に梟が届くようにしてくれて有り難う。
まだ君以外からの手紙は来てないよ。皆ホグワーツから離れた途端に僕の事を忘れちゃったみたいだ。
誕生日に二人から何も届かなかったらって思うと怖くなるよ。君も誕生日には手紙を届けられないんだよね。勿論責めるわけじゃない。ひと足早いカードとプレゼントを有り難う。凄く嬉しかった。でも去年の誕生日が素晴らしかったから、僕十一歳の誕生日にホグワーツの入学許可証を貰って、自分が魔法使いなんだってその時初めて知ったんだ。不安のほうが強かったけど、だけど凄くドキドキした。
ホグワーツでの生活も楽しかったから、こっちに戻ってきて……前と同じに戻っただけなんだけど、それが急に憂鬱になっちゃったよ。
ロンとハーマイオニーからの手紙さえ届けば、憂鬱も晴れると思うし、九月までちょっとだって思えるんだけどな。
でも君からの手紙があるだけ、ずっとついてる。もしも君が手紙くれなかったら、僕ずっと前に干からびちゃってたと思うし、君からのカードとプレゼントがあるって思えば一昨年の誕生日より断然良いや。本当に有り難う。ネクタイピンって持ってないから、ホグワーツに戻った時つけるのが楽しみだ。まあホグワーツに戻れるか如何かは分からないけど、君の手紙とこのネクタイピンのおかげで、少なくとも僕が一年間ホグワーツにいたのは夢じゃないんだなって思える。……一体全体ロンもハーマイオニーも如何しちゃったって言うんだろう。
短くてごめん。また返信くれるよね? 君からの手紙がないと神経が参っちゃいそうだよ。
友情を籠めて、ハリーより
「なんで手紙が届かないのかしら……」
ダリルは眉を顰めた。あの二人がハリーに手紙も出さずに放っておくなんてことがあるのだろうか? ダリルにはハリーと同居しているマグルが何かしているとしか思えなかった。そう思ってしまうのは、今まさにダリルも検閲を受けているからかもしれない。
色々なことで気を紛らわそうとしてみたものの、結局ハリーの誕生日にカードを送れないという罪悪感は消えなかった。ルシウスが御立腹中なので行けるか如何か分からないが、七月三十一日には夏季休暇中に催されるもののなかでは最大規模のパーティがある。
夏季休暇が始まってからもう幾つかパーティは催されていたが、両親はダリルが下手をしては困ると思っているのか、世間的には「マルフォイ家の娘は夏の暑さに寝込んでいる」ということになっていた。設定上では二カ月も寝込んでいるわけである。
見舞いの手紙はボロボロ届く。勿論それは父親の検閲を免れるために、ダリルはそれらへ返事をしなければならないのだった。尤も寝込んでいる状態で長々返せるはずもないので、返信はカードに一行礼を書くだけだったけれども。
それでも面倒なものは面倒だ。ダリルは机の上に山積みになっている未返信の手紙を見やった。そろそろハリーやフレッド、ジョージ達との手紙に掛かりっきりになってないで、返信するべきだろうか。
うーんと考え込んでいると、ノックもなく扉が開いた。ダリルはさっとハリーからの手紙をワンピースのポケットに仕舞う。
「父上はまだ怒ってるのか」訪問者は案の定ドラコだった。ルシウスやナルシッサなら一応ノックぐらいする。
「あら、ドラコ」
ダリルはツンと素っ気ない返事を口にした。別にノックの有無を怒っているわけではない。
「双子の妹がいたってことを、貴方が思い出すとは思わなかったわ」
怒っているのはここ四日ほどドラコが自分を構ってくれなかったからだ。ダリルの怒りを感じてドラコが眉間にしわを寄せる。
「出かけてた」
「そして庭を箒で飛び回っていたわ」
パーティに出るので忙しかったことなど勿論知っている。それにダリルの部屋の窓からは庭がよく見えた。「木製の妹と仲が良さそうにしていましたこと……」ダリルは嫌味を言いながら藤椅子から立ち上がり、窓辺にある机のほうへ歩み寄った。机の前の椅子に掛ける。
ひとつ深いため息をつくと、ドラコは扉を閉め、ダリルの傍へ向かう。
「お前が庭に下りてくれば良かっただろう」
「そうね、私が庭に下りてくれば良かったのよ。なるほどね。私に跨って空を飛べれば良かったんだわ」
ドラコが吹き出した。
「ドラコったら、私の不幸をなんだと思ってるの」
「わかった。今度庭へ降りる時はお前も誘うから、そんなに機嫌を損ねるな」
じっとりと睨みつけてくる妹へ笑って見せれば、不機嫌だった容貌が拗ねたものになる。ダリルはドラコの頬を抓ってから「私の本棚から忘れ去られた古い魔法と呪文を取って読んでも良いわよ」と、厳かに告げた。しかしその“ご褒美”はダリルが思っているほど喜ばれなかった。ドラコは魔法史のレポートを書いている時のような――つまりうんざりした顔をしている。
「そんなのを喜んで読むのはお前だけだ」
あら、ハーマイオニーだったらきっと面白がってくれると思うわ。そう言いかけたが、やっと構ってくれるようになったドラコの機嫌は損ねたくない。「じゃ、読み飽きたクィディッチ今昔でも読んでれば良いわ」ダリルは肩を竦めた。
「お前が話し相手になれば――ああ」
その時になってドラコはやっとダリルが机に向かった理由を悟ったらしい。ダリルが机に向かう理由なんて、宿題をするか、手紙を書くかの二つしかない。ハーマイオニーあたりともなれば机に向かう理由がざっと五十はあるのだろうが、彼女と違ってダリルは凡人だ。
「こんなに貯め込むな」
「今朝と昨日の分よ」
ドラコが呆れたようにぼやいたのへ噛みつく。
実際には一昨日と昨日と今朝の分だったのだが、一日ぐらい足しても平気だろう。ダリルはドラコを黙らせてから羽根ペンを手に取った。
ダリルが作業を始めると、ドラコはベッドサイドから藤椅子を引きずってきた。ダリルの本棚からクィディッチ今昔を取り出すと、机の横まで持ってきた籐椅子に深く腰掛ける。
ドラコは「クィディッチの歴史に関する筆記があれば満点をとれるに違いない」と思いながら捲り慣れたページを捲り、ダリルは「一生分の有り難うを書いているんじゃないかしら」と危ぶみ、沈黙の時間が続く。
空間に音が戻ってきたのはダリルが二十八回目の「心の籠った手紙を有り難う。愛をこめて」を書き終わった時で、実に三十分ぶりの発言だった。ダリルはふーっとため息をついて、口を開く。
「誰かと婚約しようかしら」
「勝手にし、は? 何だって? 今訳魔法の栄枯盛衰を買おうかしら?」
つい四日前に買おうかな如何しようかなとダリルが悩んでいた本のタイトルをドラコはまだ覚えていた。しかしそれは今の話題に全く無関係なものであり、ダリルはケラケラ笑った。「いやあね、おじいさんみたいなことを言って。それは買ったのよ」
「お前、これ以上部屋に本を置いて如何するんだ?」
「読むのよ」
「ああそうか。そうだな」
やれやれと言った感じで本に視線を戻そうとするドラコへ、ダリルはあっけらかんと爆弾を落とす。
「今訳魔法の栄枯盛衰じゃなくてね、誰かと婚約しようと思うの」
ちょっと紅茶を飲みたいわねえとでも言うかのように軽やかな響きで、人生の重大イベントに取り掛かることを告げた。ドラコはぽかんとダリルを見つめる。こいつは今何を言ったんだろう。こんやくという、意味を伴わない音がドラコの頭のなかで踊った。
ダリルは片割れの困惑には気付かない。ウキウキと言葉を続けた。
「そうしたらお母様がお父様に口添えして下さると思うの。未来の夫と仲を深めるためにホグワーツに戻るべきとか何とか」
その台詞でドラコは全てを悟った。
ダリルは自分と違って九月にホグワーツに戻れるか否か分からないため、懸命に父親の機嫌を取ろうとしていた。しかしさっぱり上手く行かないので、諦めて違う方向から物事を進めようとしたらしい。ダリルは母親の機嫌を取る方向へシフトチェンジしたようだ。ドラコはこの馬鹿な妹が婚約をピクニックか何かと勘違いしているのではと思った。
「そ、それで結婚しなかったら本当に勘当されるぞ」
遠まわしに「婚約っていうのはピクニックじゃなくて、将来結婚しましょうねと約束することなんだぞ」と言ったが、その台詞に呆れたのはダリルのほうだった。信じられないと言いたげに目をぱちくりさせて、「ドラコったら馬鹿ね」とクスクス笑う。
馬鹿なのはどっちだ。ドラコは反論し、その馬鹿さ加減を罵倒したい気持ちに駆られた。
「婚約だけして結婚しなかったら、単なる詐欺じゃない。きちんと結婚するわ」
「お前、目先の快楽のために未来を投げ売りにしようとしてないか?」
「投げ売り結構よ。一年かけてようやっと友達が出来たっていうんだから、きっと誰かに恋をするまでに死んじゃうわ」
はあ。ダリルは憂鬱そうに顔を暗くする。
ダリルは「ホグワーツに戻るためならトロールとでも結婚するわ」と言ってるも同然なのだが、それは一万ガリオンで飴一つを買おうとしていることに他ならないだろう。何もそこまで極端な方法を選ばずともとドラコは思ったが、ダリルは大分危機感を抱いているらしい。
「結婚なんて如何でも良いから、やっと出来た友達を大事にしたいの」
「……如何でも良くないだろう」
馬鹿だなとか、もっと頭を働かせろとか言いたい事は山とあったが、思考が動かない。もごもごとようやっと返した反論はまるで理性的ではなく、トロールでももう少し気の利いた返事をするに違いないとドラコは思った。
「そう? 結婚って誰としても一緒よ。お父様とお母様だってお見合い結婚じゃない」
「愛し合ってる」
「いやね、ドラコったら。結婚したから愛し合ってるのよ。好きあって結婚したわけじゃないわ。つまり誰としたって一緒よ」
勿論ドラコだって両親が何の感情もない間柄から愛を育んできたことぐらい知っているが、それが如何して「誰としたって一緒」に結びつくのかさっぱり分からなかった。両親が喧嘩ばかりしているからなのだろうかとも思ったものの、二人が愛し合っているのは子供であるドラコから見ても一目瞭然であり、それをダリルが全く理解出来ないはずもない。それとも女の子は感じ方が違うのだろうか。
とはいえ十二歳と言えば色気づく年頃のはずで、パンジー達に付きまとわれている故にドラコは「こんな考え方は少女の中でも一般的ではない」と知っていた。育て方を間違えたのか、それともまだ自分と不仲だったときの名残がどこかに残っているのか。
双子の兄が自分のことを心配していることなどお構いなしで、ダリルが机の上の手紙を何通かドラコへ押しつけた。
「ねえドラコ。誰がお母様のお気に召すと思う?」
「分かった」
数分掛けてようやっと落ち着いたドラコがダリルの手から手紙を奪い取り、床に放り投げる。「まっ」眉を顰めて落ちた手紙のほうへ手を伸ばそうとするダリルの腕を掴んで、その場に留める。
「僕が父上へ取り成すから、マルフォイ家の娘がそんな――まるで売れ残った果物でも叩き売るかのように結婚相手を決めるのは止めろ」
「失礼ね。叩き売りなんてしていないわ。きちんと相手を考えてるじゃないの。ドラコ、さっさと魔法界家系図を取ってきて頂戴」
「もう黙れ。喋るな。さっさと手紙を仕舞え」
「良いわよ。ドラコだってお父様に文句付けに行くのは苦手でしょう? それにやっぱり私の考えた案のほうが、成功率」
「僕がすると言ったらするんだ!」
七年語り – CHAMBER OF SECRETS