七年語りCHAMBER OF SECRETS
40 そして繰り返される日常

 

 学期残りの数週間で、ダリルはマダム・ポンフリーによる治癒魔法の特訓を受けることになった。

 ダリルが自分の体に触ることが出来るのであれば、治癒魔法も自分の魔力で掛ける分には呪いを発動させないのではないかとスネイプが考えたからである。実際スネイプの言うとおり、ダリルが自分で掛ける分には苦痛はなかった。
 丁度よく闇の魔術に対する防衛術の授業が中止になったこともあり、そしてマダム・ポンフリーが発奮したこともあり、一週間も学んでいる内に大体の治癒魔法は扱えるようになった。勿論初歩的なものしか教えてもらわなかったものの、切り傷ぐらいなら治すことが出来る。スネイプはどういう心境の変化か、ダリルの呪いについてきちんと調べ、分かったことを逐一教えてくれた。解毒作業の時は人の危険な薬品を頭から掛けてきたのに、今はダリルが苦痛を味わうことがないよう気遣ってくれる。一度そのことを匂わせたら、スネイプはにやっと楽しそうに笑って「恐らく、もう硫酸に溶ける体になっているだろう」と口にした。ダリルは魔力を取り戻さないほうが良かったかもしれないと思った。魔法は使えないけど、少なくともスネイプの得意分野で如何こうされるかもしれない恐怖はなかったのだから。
 それでも勿論、魔力が戻って悪いことばかりではない。

 殆ど半年ぶりに好きなものを好きなように食べれると、大喜びで大広間に行ったダリルを待っていたのは、パンジー達だった。どうも彼女たちはダリルがバジリスクに丸呑みにされなかったのがお気に召さないらしく、「お加減が良くなったみたいで、ほっとしたわ!」とぞっとするような猫なで声で呻いた。その日やっと医務室から退院出来たという喜びもあり、ダリルは適当にあしらっておくかと気のない返事を繰り返していたのだが、ミリセントが「石になれなくって残念だったんじゃない? だって普通に生きてて石になれるチャンスなんてそうないものね」と言った瞬間風向きが変わってきた。スクイブの癖にと言いたそうな剣呑な視線でダリルを射抜いていたパンジーの手がゆっくり動いた。しかしパンジーが呪文を唱えるよりも、ダリルが「プロテゴ」と叫ぶほうが早かった。
 青い閃光はダリルの出した魔力の壁に阻まれ、届かない。その様を見てダリルは胸を撫で下ろした。プロテゴは盾の呪文のなかで尤も弱いものだが、それでも一二年生の魔法を防ぐには十分の強度を持っている。
 どの道ダリルにあの呪いが掛かっている以上、パンジーが掛けようとした全身金縛り術は無意味だった。しかし魔法が己に触れる前に自分で防げば呪いが発動することもない。「苦しみたくなければ魔法の腕を上げておくことだな」とスネイプは言ったが――尤も期待など微塵もしていない――スネイプ自身がダリルに稽古をつけてやる気はないらしい。来年度の闇の魔術に対する防衛術の担当教諭は、個人教授をしてくれるだろうか。ダンブルドアあたりに根回しを頼もうかなと思ったが、そうしたらスネイプに面倒を見るよう頼みそうで、怖い。

 ここ数日、ダリルはスネイプとダンブルドアと関わることが多いのだけれど、スネイプとダンブルドアの仲の悪さは意外だった。
 ダンブルドアの言う事には逆らわないから、てっきりスネイプはダンブルドアへ敬意を払っていると思ったのに、その命令にこそ逆らわないものの、ダリルに対して言うのと変わらぬような悪態をつく。まあ仲が悪いと言っても、ダリルとほどではないのは明白だが。

 盾の呪文で跳ね返った閃光に当たったミリセントの周りできゃあきゃあ騒ぐ少女達の前で、ダリルは「スネイプ教授は一体いくつ減点するかしら」などとぼんやり考えていた。その顔には勝ち誇ったものもなく、飽く迄彼女たちへの無関心が浮かんでいる。
「貴女って、いつもそう」ぼーっとしていたダリルへ、パンジーが身を震わせて怒鳴った。「いつだって貴女は、何だって上手くいくのよ!」
 何が上手くいっているのだろうとか、何故多数で罵っているほうのパンジーが泣くのだろうとか、そんなことを問うよりも早く少女達はダリルの前から去り、代わりにグリフィンドール寮生からの歓声が降ってきた。
 フレッドとジョージは「最高にいかしてたぜ!」とはしゃぎ、リーは「いつ魔力戻ったんだよ!!」と手を打って喜び、アンジェリーナとアリシアはダリルに飛びつきたいのをぐっとこらえて「おめでとう!」と手離しの祝福を贈ってくれた。ハーマイオニーは顔を覆って泣き出し、ロンはぽかんとダリルを見つめていて、二人とも何も言わないので、ハリーが二人の顔を交互に見つめてから、ばつが悪そうな顔で「おめでとう」と口にした。ダリルは顔をぽっと赤くして、ハリーに何度も礼を告げた。
「おいおいジニー、このまま引っ込み思案でいるとダリルとハリーがくっ付いちまうぞ!」
 フレッドが隣でスプーンを持ったまま固まっているジニーをつっつくと、ジニーがシリアルの上にスプーンを落とした。その音でジニーに気付いたダリルが、ハリーの傍から離れてジニーのほうへ歩み寄る。おずおずと、その顔を覗き込んだ。
「ジニー、その……元気かしら?」
 ホワイトアウト――つまり、ジニーがダリルに飛びついて泣き喚いたのである。
 ジニーに嫌われなかったのは嬉しいが、また医務室暮らしに戻ってしまったのは頂けないとダリルは思った。ベッド脇の椅子にはジニーが掛けていて、ダリルの膝に突っ伏して大泣きしている。そんな妹を見て、フレッドとジョージがにやにや笑っていた。結局ジニーを泣き止ませたのはマダム・ポンフリーの「それ以上五月蠅くするなら出て行ってもらいますよ!」という一言である。

 このまま、誰かにちょっと素肌を触れられただけで痛みに失神する状態が続くのは如何にかしたい。マダム・ポンフリーもダリルの寮が医務室になってしまうのは避けたいと思ったのか、スネイプに掛け合った。
 ダリルはこの一ヵ月でスネイプの見方を改めた。彼は陰険根暗男ではなく、教職員皆の便利係なのである。
 ただでさえダリルの胸にある魔法陣の解析作業に忙しいスネイプは半ば怒り狂っていたが、きちんと表在感覚を鈍くする薬を作って届けてくれた。ずーっと皮膚に触られていることは出来ないが、十秒程度なら触られても人に触れられたと感じないでいることが出来る。ダリルは今年のクリスマスに、スネイプへ何か良いものを贈らなくてはと思った。

 さてセドリックと正式に付き合いだしたダリルであるが、恋人らしいことといえば図書室での密会ぐらいしかしていない。

 フレッドとジョージについては全くと言って良いほど嫉妬を露わにしないセドリックだが、意外にもハリーのことには五月蠅かった。どうやら大広間でハリーに「おめでとう」と言われて赤面したのを見られていたらしく、それから暫く御機嫌ななめだった。
 ダリルは夏休みになったら毎日手紙を書くことを約束し、ちょっと唇にキスすることでやっとセドリックに機嫌を直してもらった。
 実はジニーから「フレッドかジョージのどっちかと付き合ったら、本当のお姉さんになるのに」と言われたりしているのだが、ダリルはそれについてはセドリックに言う必要はないと結論付けた。ただでさえ最近のセドリックは嫉妬深いのである。
 恋人らしく触れ合ったりキス出来ないのが不安を呼ぶのか、それとも今まで抑えてきたもののタガが外れただけなのか、セドリックはダリルが知らない男と話しているのを見ると、それについて問い詰めるようになった。ダリルも同じような事をしているので、束縛されているとは全く思わない。寧ろいつも大人びているセドリックが嫉妬心に困惑しているのを見るのは楽しかった。

 何処からルシウスに話が行くか分からないので、誰にもセドリックと付き合い始めたことは教えられない。セドリックも言いふらそうとはしないので、相変わらずセドリックの周囲には女の子が沢山いる。心なしか半年前よりも増えたようでさえある。
 夏季休暇を目前に控えた週末、二人は――主にダリルが怒り狂い、互いに男女交際を匂わされたら「好きな人がいる」と断言することを誓い合った。十秒以上のキスも、手を繋ぐことも、抱き合うことも出来ないが、二人は少しずつ恋人らしい会話をするようになっていた。

「夏季休暇中に誰かとデートしないでね」
 図書室の奥、魔法史に関する本棚が並ぶ一角、二人の指定席で話しながら、不意にダリルが不安そうな顔をする。
「それで君はフレッドとジョージとデートするの?」セドリックがダリルをからかう。
「あーら」ダリルはくすっと笑った。「貴方がジョン達と出かけることを“デート”と称するとは知らなかったわ」
 ダリルの台詞にセドリックは吹きだした。筋骨隆々としているジョンと腕を絡ませて歩く己の姿がふっと脳裏を過ぎったのである。
 かつてダリルのことを純血主義だなんだと言っていたセドリックの友人達だが、近ごろではすっかり彼女と仲が良い。仲が悪いよりは良いことだが、自分の知らない内にこっそり手紙をやり取りしたり、そういうのは勘弁してもらいたいとセドリックは思った。しかしセドリックの嫉妬とは裏腹に手紙の内容は殆どセドリックと一緒にいる女の子の情報とか、セドリックの授業態度とか、ダリルの見ていないところでセドリックが何をしているかという、セドリックの観察日記である。それを送らされているアレンはすっかりダリルのことを「面倒くさい女だ」とか何とか思っているのだが、魔法を使えるようになったダリルは人を使役する能力もぐんとパワーアップした。つまり「手紙のことをセドリックにバラしたり、書くのを怠ったら歯伸び呪いを掛けるから」と満面の笑みでアレンを脅しているわけである。
 勿論、ジョンとデイビットへの根回しも忘れない。
『私以外の女の子にキスしたらセドリックの首を絞めるようにするネックレスとか作れないかしら』
 これはダリルからジョンに送られた手紙のなかの一文である。ヴォルデモートに掛けられた呪いから着想を得ただけあって、その一文は手紙を読んだ三人の背筋を冷たくする効果を持っていた。セドリックに嫉妬されずとも、あんな恐ろしい女はこちらから願い下げだとすら思わせた。セドリックといい、フレッドとジョージといい、よくもダリルと付き合っていられるなあと三人は彼らを尊敬する。
 ダリルからは脅され、セドリックからは嫉妬され、三人はしみじみ「昔の純真なセドリックが懐かしい」と口にしあうのであった。

 未だに問題は山積みであるものの、表面上は殆ど平和だった。

 学期初めの平和な暮らしが戻ってきたようだったが、それよりもずっと素晴らしい毎日だとダリルは思えた――ジニーはすっかり元の明るく元気な少女に戻っていて、ダリルを大いに振り回すようになった。それと、もうひとつ変わったことと言えばスリザリン男子学生がダリルへの対応を和らげたことだろう。フリントも魔力の戻ったダリルへ平気な顔で話しかけるようになった。
 アンジェリーナとアリシアはすっかりお冠で「調子がいい」だの「最低」だの「スリザリン寮生って性格が女々しくて嫌い」とか口々にフリントを罵っていた。そこへスリザリン寮生と付き合いだしたケイティが割って入って大わらわ、一昼夜かけて話し合った三人の結論は「スリザリン寮には稀にまともな人もいる」だった。結論が出る頃には、ダリルがフリントに話しかけられたことに対する怒りは消えていた。

 そんな騒動のなかで、セドリックと逢瀬を重ねたり、マダム・ポンフリーから治癒魔法を習ったり、ジニーやその友達と一緒に勉強会をしたり、ハーマイオニーと図書室に行ったり、フレッドとジョージから碌でもない魔法を教えてもらったり、二人に対する愚痴をロンと言いあったり、また三人から穴掘りをさせられたり、ハリーとちょっとお喋りをしたり――あっという間に日々が過ぎて行った。

 ダリルはジニーと一緒に部屋を片付けながら、夏期休暇中に手紙を送り合うことを約束した。そして時間があれば、八月当たりに戻ってくるビルとチャーリーに会って欲しいというお願いにも抗いきれなかった。
「大丈夫、ママも駆け落ちしたんだもの!」
 ジニーはすっかりダリルと自分の兄を結婚させる気でいるらしい。一応好きな人がいるのだとも言ってみたが、元気一杯なジニーは意にも介さない。「恋愛と結婚は違うから大丈夫よ! ね!」と溌剌そのものの台詞が返ってきた。
 どの道今年の夏期休暇もルシウスからは外出禁止を申し渡されるであろうし、良いかと、結局ダリルが折れた。
 セドリックは好きだけど、ジニーも可愛い。「ダリルがお姉さんになったらとっても素敵!」と言うジニーこそ、とっても素敵だった。この一年でダリルはすっかりジニーの虜になってしまっている。

 衣服や教科書でパンパンのトランクの一番上にハリーとセドリックからの手紙を置いて、ポロライド・カメラを手提げ鞄に仕舞ってしまえば部屋は寒々とした佇まいになった。しかし物のない部屋よりもダリルの胸を締めつけたのは、空のケージである。
「逃げてしまったの?」
 銀のケージを見つめて黙り込むダリルへ、ジニーが労わるような響きで問う。ダリルはこくりと頷いた。
「遠く――手の届かないところへ行ってしまったの」ダリルは魔法でケージを縮めると、これも手提げ鞄に入れた。
「寂しいけれど、また何かペットを買って貰えば良いわ」
 扉の向こうに立つジニーへ微笑んで、ダリルもトランクと手提げ鞄を両手に持ち、部屋を出た。
 談話室では去年同様マクゴナガル教授が“お触れ”を配り、フレッドとジョージが大げさに呻いている。ダリルはフレッドとジョージの背を手提げ鞄で叩くと、四人でお喋りを始めた。ダリルが一人ではないのも、去年と同じだ。

 今年はハリー達三人とフレッド、ジョージ、ジニー、ダリルの七人で同じコンパートメントに座ることになった。とはいってもコンパートメントは六人掛けで、しかもダリルは人に触れられないため窓の下に置いたトランクの上に座ることになった。
「ダリルって、厄介を拾ってくるのが上手いよな」
 ジョージが蛙チョコを咀嚼しながら、感心したように言う。ジニーとハーマイオニーは顔を顰めて、ジョージの耳を引っ張った。
「とっても大変なダリルをもうちょっと気遣っても良いんじゃないの?」ハーマイオニーが眉を顰める。

 皆には、長年魔力が作動しなかった関係で人に触ると体が痛むのだという、訳のわからない説明をしてある。元々ダリルのことを規格外の生き物と思っているからか、それともダリルに関心がないのか、不思議に思う人は殆ど誰もいなかった。
 唯一の例外であるセドリックは納得しなかったので、話せる限りの真実を話したが、それで彼の不興を買ったのは言うまでもない。

「そういえばさ」フレッドと爆発スナップをしていたハリーがジニーのほうを振り向いた。ジニーがちょっと頬を赤らめる。「ジニー、パーシーが何かしてるのを見たんだよね? パーシー、何をしてたの?」
 ジニーを冷やかすジョージの頭を手提げ鞄で叩いているダリルの隣で、ジニーが悪戯っぽい笑みを浮かべた。フレッドとジョージそっくりの笑い方である。「あのことね」ハリーの前であるという羞恥を忘れてにやにやと笑うジニー。ダリルはちょっと鞄の取っ手でジニーを突いた。「口止めされているのでしょう。そしたら、言っちゃ駄目よ」他人へ隠し事を強いている者として、反応してしまった。
「ダリルも知っているの?」ロンが自分の杖をブラブラさせながら、ダリルに聞いた。
 ダリルは首を振る。「でも、口止めしてるのなら、言っちゃ駄目だと思うわ」ダリルがそう言った途端ジニーが口を開く。
「あのね、パーシーにガールフレンドがいるの」
 活気づくハリー、ロン、フレッド、ジョージと違って、ハーマイオニーとダリルは顔を見合わせて肩を竦めた。もしも自分がパーシーだったらと互いに考えているのだろう。ボーイフレンドがいることをバラされて、フレッド達にからかわれたらと思えば、はしゃぐ気にはならない。何よりもダリルは今誰よりもパーシーに近い位置にいる。セドリックとの付き合いが知れたら、フレッドとジョージはパレードみたく練り歩きながら「グリフィンドール寮のモグラ娘に連れ合いのモグラ男が出来たぞ!」とかなんとか騒ぐに決まっている。

 ジニーはダリルが無言でいるのを見やると、慌てて付け足した。「でも、みんな――パーシーをからかったりしないわよね?」
 フレッドとジョージがパーシーをからかわないなどと本気で思えるのであれば、ジニーは貰われっ子なのに違いない。そう付け足すジニーの顔も活き活きとしていて、パーシーはこの夏期休暇中に弟と妹全員からからかわれることが決定したようなものだ。
「夢にも思わないさ」殊勝な顔を作ろうとしたフレッドの口元が奇妙に歪んでいる。
「俺達が日々を真面目に生きてる連中をからかったことがあるか?」
「私が日々を真面目に生きていないというのは初耳ですがね」ジョージの言葉にダリルは口を尖らせた。
「おいおい」ジョージがフレッドを小突く。
「ダリル、そんなところにいたのか……」フレッドはダリルを見て、目を見開いた。「俺達、てっきり網棚の上にいるもんだと思ってたぜ」
 ダリルがフレッドに手提げ鞄を投げつけた途端、鞄の口が緩み、ジョージの膝の上にポロライド・カメラが落ちる。
「そんなに怒ると折角の可愛い顔が台無しだぜ」とジョージは笑って、ダリルにカメラを向けた。パシャっと光が瞬いて、口から写真が落ちてくる。写真のなかのダリルはとびっきり不機嫌だった。
「それ、あげるわ」自分の写真など欲しくないダリルが憮然と言い放つ。「良い呪い避けになるんじゃないかしら」
 ロンが吹きだした拍子に目の前に座っていたジョージの顔に蛙チョコレートが貼りついた。「その蛙チョコレートは安全みたい」ジニーがしみじみ言うので、コンパートメント中に笑いが満ちた。ジニーがダリルに手提げ鞄とカメラを手渡す。

 ダリルはパシャパシャと、笑い続ける皆の姿を何枚か撮る。ハーマイオニーやハリー、ジニーに配っても十枚ほどがダリルの手元に残った。「夏休み中、要らない写真があったら私に頂戴ね」と言うと皆快く了承してくれたが、誰もダリルの写真は欲しがらなかった。夏期休暇中のダリルがマルフォイ邸から出られないのは周知の事実であり、そんなダリルが写真を撮ったとすればドラコが映っているのは明白だからだ。「ドラコだって家にいる時は大人しいのよ」とダリルは頬を膨らませたが、誰も何も言わない。

 車窓に映る景色は市街地特有の灰色染みたものとなってきて、ハーマイオニーがダリルにマグルの建物のことをあれこれと教えてくれた。

 すっかり緑が失せた頃、ホグワーツ特急の速度は緩やかになり、やがて完全に失速する。
 ダリルはうっかり人に触れてはいけないからと人が引けるまでコンパートメントに残ることにした。皆と別れの挨拶を交わして、ダリルはトランクから降りてシートに腰掛ける。それから十五分も待っていればあらかたの人がいなくなった。
 トランクと手提げ鞄を手に、席から立ち上がる。シートと同色の布が、ハリーが座っているあたりに落ちているのを見つけた。濃いグリーンのハンカチで、獅子と星が刺繍されている。ダリルは手に取った。ミス・レターが去年のクリスマスに送ったものだ。
 梟便で送り返しても良かったが、そうしたら文字でバレてしまうような気がした。どうやって返そうか悩んでいると、焦ったような足音が耳に聞こえてくる。ハリーがコンパートメントの入口から顔を覗かせた。
「ああ、良かった! どこで落としたんだろうって――僕、ほんと、君が見つけてくれてよかった」
「もう落とさないようにね」ダリルはハリーの狼狽ぶりを見て微笑んだ。こんなに大事にしてもらえることが嬉しかったのである。
 ハリーはダリルの差し出したハンカチを無造作にズボンのポケットに突っ込んだ。大事に……多分、されている。ダリルは複雑そうな顔でハリーのポケットを凝視した。

「ありがとう。もう大丈夫じゃない? トランク、持つよ」ハリーは通路を振り向くとダリルのトランクをひょいと持ち上げる。
 二人は少しの距離を置いて通路を進みだした。

「あの」不意にハリーが首だけでダリルを振り向いて、それから体全体で振り向いて後ろ向きに歩き出す。「その、ええと――クリスマスの前に、勝手に君の前から消えて……それで君のことを無視したりして、ごめん」
「ううん。良いのよ。私が変な事言っちゃったからいけないんだわ」ダリルはやんわり微笑んで、頭を振った。
「あーうん。そう、なのかな」ハリーは器用に後ろを向いたまま列車から降りると、傍らにトランクを置いて、ダリルに手を差し出した。そうしてから、さっと引っこめる。「ご、ごめん! 触ると痛いんだったよね」
「手袋を嵌めているし、ちょっとなら触っても大丈夫」ダリルがそう言うとハリーはまた手を差し出してくれた。
 ダリルはその手を取った。プラットホームに降りて、ハリーににっこり笑いかける。「ありがとう、ハリー」
「あ、うん」ハリーは煮え切らないような返事と共にダリルの手を離した。
「それじゃあ私行くわね。良い夏期休暇を! また九月にホグワーツで会いましょう」
 ルシウスとナルシッサを探しに行かなければならないと、ダリルは別れを口にする。ハリーは何か言いたそうにしていたが、ハーマイオニーとロンが遠くでハリーを待っているのも見えたし、また九月に話せばいいと思ったのだ。
 ダリルがハリーの隣に置かれているトランクに手を伸ばした瞬間、頬に柔らかいものが触れた。きょとんとハリーを見れば、ハリーは真っ赤になっていた。「その、ご、ええと……あの」ハリーはしどろもどろ、訳の分からないことを口にしている。

「僕、自分のこと正義だとか、英雄だとか思った事ない――単なるハリーだ」

 それだけ言うとハリーは、あの日と同じようにダリルの前から去ってしまった。ダリルは頬を押さえて、ハリーの消えたほうを茫然と眺める。一拍遅れて、頬が赤くなった。ハリーにキスされた。否、頬だから親愛の印だし、それに去年は自分からしたじゃないか。
 悶々と考えこんだダリルだが、はっと我に返ると心中でセドリックに謝った。
「……私って浮気性なのかしら」

 ダリルはうーんと唸りながら、人が減り始めたプラットホームを横切るのだった。歩みの先には自分と同じプラチナ・ブロンドを陽光に輝かせる三人が待っている。自分に手を振るナルシッサへ、ダリルも手を振り返した。
 駆け寄って飛びつきたい衝動を抑えて笑みを浮かべる。
「ダリル、遅い!」ドラコがダリルに向かって叫んだのを、ナルシッサが視線だけで咎めた。
「お父様、お母様、お待たせしてしまってごめんなさい」
 僕に謝罪はないのかと隣でやかましい片割れを無視して、ダリルがふんわり微笑む。「ただいま戻りましたわ」
「ああ、よく無事に戻ったな」ルシウスがダリルに笑いかけた。
「魔法が使えるようになったのですってね」ナルシッサが瞳に安堵の色を浮かべる。
 ダリルは両親の問いに応えながら、もう誰もいないプラットホームを家族四人で歩く。柵の向こうの見知らぬマグルの世界を横切って、気の置けない話をしながら住み慣れた邸へと帰っていくのだった。

 二度目の夏期休暇が始まる。
 

そして繰り返される日常

 
 


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