七年語り – EXTRA STORY
創世神話

 

 石造りの天井から下がるシャンデリアに火を入れずとも、窓から差し込む光が、部屋を微かに照らしていた。ほの薄い影のなかで、鏡映しの子供が床をペタリペタリと探っている。短く切りそろえられたプラチナ・ブロンドにブルーグレイの瞳、ノリのきいたシャツと革のショルダーストラップで留められた黒の半ズボンを纏う少年が鏡に映る自分へ声を掛けた。
「駄目だ」端正な容貌を不満で歪める。「見つかりっこないよ!」少年らしい幼いメゾソプラノが嘆いた。
 鏡に映る姿は変わらず凛としていた――否、不服そうに眉を吊り上げて、己の頭を叩いた。「いくじなし!」ソプラノが部屋に響き渡る。
「ぜーったいに、ここらへんにあるわ!」
 少年、ドラコは片割れに叩かれた頭をさすって、口を尖らせた。「あったからと言って、父上と母上が戻ってくるまでに見つかるか?」そう言った途端、ドラコの胸倉を彼の妹が掴んで引き寄せる。「見つかるのか? じゃない。見つけるのよ」傲慢な口ぶりで叱りつけた。

「さ! お父様とお母様が帰ってくるまで、あと二時間あるわ。十分ね?」
 否定を許さぬ響きで問うと、ダリルはドラコのシャツから手を離した。しわくちゃだ。ドラコは胸元を整えながら、黙った。そして、難しい顔で床をトントン叩いたりしている妹を罵る。勿論心中でだ。「別に、良いじゃないか」実際に口に出すのは弱々しい響きばかりだった。
 ドラコは、この気の強い妹に逆らうのが苦手だった。
「絶対に駄目!」そう憤るダリルはギラっとドラコを睨んだ。「私達、こないだのバースデーではみーんな一緒のもの貰ったわ!」
 この一週間毎日聞かされたことをまた繰り返され、ドラコは一層不愉快そうな顔をした。それでもダリルは話を止めない。「箒にドラゴンにスニッチにズボンにタイに食器にコート……」埃のついた手で指折り数え、「でも一つだけ違うものがあったわね? わかる?」厳格な口調で、ドラコの胸に指を付きつける。「わかってるよ」ドラコはゲンナリした。「わかってる。もう、それ聞かれるの三十回目だ」
「あーら、そう」ダリルはツンとそっぽを向く。「つまり三十回聞かれても、私が満足する返事が出来ないってことね」
 刺々しい言葉を零すと、ダリルはまた床を探る作業に戻っていった。

 つい先日ドラコとダリルは揃って六歳になった。
 純血名家たるマルフォイ家の子息子女の誕生日ということで、彼らのもとには多くのカードや贈り物が寄せられた。勿論二人とも送り主が誰かなんて知らないし、送ったほうだってダリルが少女であるのを知るのは一握りなのだ。そして“一握り”は彼女が兄と同じものを欲しがることを十分承知している。それでダリルは子供用の箒や、ミニチュア・ドラゴンの飼育セット、クィディッチ用のボール一式(二人とも貰ったその日にスニッチを逃がしてしまった)なんかを貰って、喜んでいた。今二人が着ている揃いの服も贈り物の内の一つである。
 他人ごとであれば勿論ダリルが今後どうなろうが無関心なので「娘さんがそれで良いなら」と当たり障りなく、ドラコと揃いのものをくれる。ダリルの今後に関心があり、「やあ小さなレディ、今年こそはぬいぐるみを贈らせてくれるね」とご機嫌伺いした相手もダリル自身が「おじさま、そんなもの贈ってきたら二度とうちの敷居をまたがせないから!」とにっこり笑うと、ドラコと揃いのものを用意するほか無くなってしまう。実際ダリルの五歳の誕生日にワンピースを贈ってきた人物は一年マルフォイ家に招かれなかった。
 ルシウスは少年の姿でいる娘を「我が家の天使」と溺愛していたし、それにそもそも、その“誰か”は端からダリルへの贈り物に関する注意を受けなかったぐらいの家柄だったのだ。故にダリルの我儘一つでマルフォイ家との付き合いが失せるわけではないと大人達は理解していたものの、ダリルへ女児用の贈り物をして得られるメリットもないので、結局ダリルの我儘が通る。

 勿論ダリルの我儘が通らない相手はきちんと存在する。両親だ。

 今年の誕生日にルシウスからアレキサンドライトの指輪を贈られたダリルは非常に不機嫌になった。当たり前のことだが、贈り物が気に食わないからといって父親に逆らうことは出来ない。幾ら我儘放題なダリルだって、そのぐらいの分別は備えているのだ。仕方なく受け取ったものの(後でナルシッサから父親にあの態度はなんだとコッテリしぼられた)、すぐに洋箪笥の奥へ放り込んでしまった。
「私だって、その、“ひみつのへや”とかいうの行きたかったわ!」
 床をパンパン叩きながら、ダリルは悔しそうに唇を噛んで、瞳を潤ませる。さっきまでダリルのことを心中で罵倒しつくしていたドラコだが、その表情を見て、ちょっと可愛そうになった。「でも――マルフォイ家のあとつぎは僕だ」仕方ないじゃないか。そう続けようと思ったが、ダリルが凄まじい形相で睨んでいたので、ドラコは慌てて方向転換をする。
「僕が家長になったら、ダリルを次の後継ぎにしてやるよ!」
「いや! 一緒がいいの、次とか、後は嫌よ今がいいの! 今、ひみつのへやとか言うところに行きたいの!!」
 ダリルは瞳に涙を貯め、今にも泣きそうな声を絞り出した。ドラコは困った顔をして、妹の頬を一粒零れて行くものを手で拭ってやる。
「分かった。真面目に探すよ……」ダリルがぱっと顔を明るくした。
「有り難うドラコ!」
 ぎゅっとドラコに抱きついて、頬を擦り付ける。
「だから、ドラコって大好きよ。お父様やお母様より、ずっと好き!」
 二人の世界はルシウスとナルシッサに動かされている。その台詞にどれだけの愛情が籠っているか、ドラコもダリルも分かっていた。
「お前は、本当に仕方ない奴だな」
 まだブツブツ言ってはいるものの、片割れからの愛の告白を受けたドラコは俄然機嫌を直した。
 喧嘩もするし、仲良くしてたって我儘に振り回されてばかりだけど、ドラコはこの勝気な妹が好きなのだ。
 ダリルはにっこり笑っていた。ダリルがそうやって笑っていると、常にどこかうす暗いところのある邸に陽が差したようになる。

「でも、どこにあるのかしらね」
 口論を静めた二人は再びひみつのへや――ドラコが誕生日に連れて行った部屋とは、また別の部屋だ。ドラコが行ったほうはルシウスが鍵を大事に保管していて、二人が勝手に入れるような場所にない。今二人が探しているのは両親の部屋から行けるひみつのへやだ。尤も実際にあるのかは不確かであり、尚且つ入り口が壁か、床か、天井かすらも分からない。
 しかし二人には一つ大事なことを知っている。「兎に角、入口は合言葉で開くはずだ……」ドラコが唸った。両親の部屋で鬼の居ないかくれんぼをしている最中、部屋に戻ってきたルシウスが「千年の純血」と言ったのを二人は聞いたのだ。惜しむらくは洋箪笥に入っていたせいで声以外聞こえなかったことだろう。「あの時、ちょっと隙間から覗いてやればよかった!」
「母上の洋箪笥のなかに隠れているのがバレてたら、今頃僕ら地下牢で暮らしてるだろうな」
 基本的に、ドラコとダリルが両親の寝室へ入ることは禁じられている。ドラコが早く部屋を出ようと言うのも無理はない。ただでさえ、ドラコはこの間ブラッジャーでこの部屋の窓を割ったばかりなのである。ダリルはそれを見ていただけだったが、二人一緒に叱られた。
「どこかしらね」
 ダリルはカーペットを捲って、ため息をついた。「千年の純血、なんて! 合言葉だけ知ってたって――」続きを口にすることはなかった。二つ揃いの、ブルーグレイの瞳が驚きに見開かれている。ダリルが合言葉を口にした途端、丁度カーペットを捲ったところに階段が出てきたのだ。二人は顔を見合わせた。部屋は薄暗いが、外から差し込む明かりで暗くはない。階段の先には明かりがない。
「……蝋燭を持って来ましょう」
 ダリルが断固とした口調で告げるとドラコが顔を引き攣らせた。両親の留守に火を使う事も、禁止事項の内の一つだ。こんな――こんな、一日で三つも言いつけを破ってしまうなんて! ドラコはまじまじとダリルの顔を見つめる。ダリルは笑って、ドラコの手を取った。
「これってすっごい冒険よ!」弾んだ声がドラコを誘う。「きっと、私達、世界で一番勇敢な六歳だと思うわ……」
 ドラコを映すブルーグレイの瞳がきらっと光る。どう足掻いても、この輝きには勝てない。ドラコはこっくりと頷いた。
 それで二人は屋敷僕妖精に蝋燭立てと火のついた蝋燭を用意させると、勇敢にも、夜よりも深い闇のなかへ冒険の旅に出る。

「ドラコ、手を離さないでね」
「分かってる。気を付けて下れよ――滑って頭を打ったなんてことになったら、目も当てられない」
 蝋燭の明かりで段を照らしながら、二人は注意深い足取りで下っていく。
 ダリルはドラコにぴったり寄り添って、今のドラコの台詞にクスクス笑っていた。ドラコは緊張した面持ちで段がどこまで続くか考えている。階段は長かった。二人は小さかったから狭さこそ気にならなかったものの、水脈でも近いのか、しっとりと湿った階段を弱い足腰で進んでいくのは温室育ちの二人にとって大した運動だった。
「ついたら、すぐ戻るぞ」慎重な兄にダリルはちょっと不服そうな顔をする。「わかってるわ。でも、まだ全然大丈夫よ」
 いつもであれば、その一言で叱られても良いかとか思ってしまうドラコだが、今日ばかりは流されない。ルシウスから「ダリルにここで見たこと――こういう、闇の魔法に纏わるものを見せてはならない」と言われたのを思い出したのだ。
 それがきちんとした禁則事項ならば、ドラコは四つも破っていることになる。何故自分は良くてダリルが駄目なのかは分からなかったが、ルシウスが些細な言葉であってもよくよく覚えていることと、人にもそれを強制すると知っていたドラコはひやりとした。
 ダリルはドラコの怯えなど素知らぬ様子で“冒険”に浮かれている。
「これで、私達一緒ね」
 ドラコの耳元でダリルが呟いた。父上は意地悪だと、ドラコは思った。例え性別が違ったって、自分とダリルは同一なのだ。自分がマルフォイ家の後継ぎなのだとすれば、ダリルもそうでなくてはならないだろう。ずっとずっと、二人は一緒なのだ。
『私達生れてから死ぬまでずっと一緒よ、皆が一人で死んでいくなかで私達はいつも一緒なの』
 ドラコはぎゅっとダリルの手を握った。
「ああ、勿論だ」
「私達はいつまでも一緒よ」
 互いに誓いあうと、もう闇は怖くなかった。二人はクスクス笑いながら下っていく。十分ほどもそうやっていただろうか、段が終わる。

「広いな」
 ドラコが手に持った蝋燭を上の方へかざした。明かりが書棚の上を滑っていく。
「そうね。ほんと、広いわ」ダリルはガッカリした声音で頷いた。
 あんなに苦労して見つけた入り口から、あんなに大変な思いをして下ってきたのに、その先にあるのが書庫じゃあ、ガッカリもするというものだ。美しいお姫様や、それを守るドラゴン、財宝などがあると思ったのにとダリルは口を尖らす。
 一方でドラコは棚に並ぶ本の背表紙を読みあげていた。「古代の魔術、悪しき者達の交友録、蠱毒の応用……」誕生日に父親から僅か与えられた闇の魔術に関する好奇心が刺激される。とうとう本棚から本を抜きだした兄に、ダリルは嫌そうな顔をした。
「お父様に怒られる前に帰りましょう」
「まだ三十分も経ってないぞ。それに、来たいって言ったのはお前じゃないか」ドラコがダリルと繋いでいた手を解いて、背伸びする。本棚の上から四段目に蝋燭を置いた。高いところから降ってくる光に、ぼおっとあたりが明るくなる。
「その本読んだら、戻りましょうね」ダリルはしぶしぶドラコの行動を許した。
 ダリルがドラコと同じものを欲しがるのは常だったが、手に入ればあっという間に興味をなくすのも常だった。
 ただ、それを欲しがった体面を保つためにダリルは“欲しがったもの”で一通り遊んだりしてみるし、文句を口にすることもない。それでも本当は嬉しいのは貰った一瞬だけで、ドラコが欲しがってさえいなければ決して望んだりはしなかったろうと自覚していた。
 今もそうだ。ダリルはドラコが己よりも本に夢中になっているのが不服だったが、ここへ来るのを望んだのが自分だと思えば文句を口にすることは出来ない。ダリルはつまらないなと思った。本当は箒もドラゴンもスニッチも要らないし、ひみつのへやだって、如何でも良い。

 ダリルが欲しいのはドラコだけなのに、ドラコはそうじゃない。

 頭を捻りながらページを捲る片割れに舌を突き出すと、ダリルは室内を探検することにした。探検とは言っても、どうせ本しかないのだろうけれど――ダリルは暗さに慣れてきた目で、何か面白いものがなかろうかと周囲を探る。
 すると、闇のなかでキラっと光るものがあった。キラっと光ってから、ぼんやりと闇を薄くした色で、輪郭が見えるようになる。ダリルはそちらに近寄った。ドラコは一つ向こうの書棚にいるし、所詮ここは家のなかだ。棚一つ向こうの明かりはこちらに届いていなかったが、ダリルはもう闇を恐れなかった。一歩ずつ近づく。伸ばした指先がひやりとしたものに触れた。
「……ケージ?」
 書棚と書棚の間、壁にぴったり寄り添う銀のケージがあった。動物をいれるためのものだ。ダリルはわくわくした。なかは暗くて見えないけれど、多分小さいものだろう。大きければ、ハッキリと見えるはずだ。ダリルはケージの戸を開けて、なかに手を突っ込んだ。
 ネズミかウサギか、何が居るだろうと動く指が滑らかなものに触れる。シャーと、空気の掠れる音がした。ダリルは目を凝らす。赤い闇がダリルを見上げていて、眉間にしわを寄せると、それが黒蛇(ひょっとすると模様か何かあるかもしれないが)なのだと分かった。
 蛇は鎌首をもたげて、歯をむき出しにしている。しかし蛇を見たことのないダリルはそれが威嚇行動なのだと気付かない。ダリルは首を傾げて、手をひっこめた。ご機嫌というわけではないのは、何となく分かる。突然触られたのが嫌だったのかなとダリルは思った。ダリルだって眠っている時に突然触られて、起こされたりしたら嫌だ。「ごめんなさい!」ダリルは低い声で謝った。
「私、眠ってる何かが――何かが」ダリルは顔を顰めた。いるのは知ってたのだ。触れば無条件に喜んでくれるなんて、如何してそう思ってしまったのだろう。ダリルはさっきまでの自分を恥じた。頬がちょっと染まる。「お友達になれるかなって、思ったの」
 ダリルは正直に言うことにした。蛇が静かになる。ダリルは蛇が自分を許してくれたのだと思った。やはり素直が一番だ。
「私ね、ダリル・マルフォイって言うの」
 そう言いながら、恐る恐るケージのなかへ手をいれる。「おいで」赤い目がダリルの手と、顔を交互に見た。待っていても蛇が来ないので、ぐいと手を奥に差し出す。「一緒にいらっしゃいよ。傍にいてあげるわ」指が鱗に触れた。
「ここは寂しいでしょう?」
 ブルーグレイの瞳が赤を捉えて、微かに微笑んだ。

 蛇は身動きひとつせずダリルを見上げていたが、威嚇をしたり、身を捩って逃げようとはしなかった。
 ダリルはそれを了承と取ることにして、蛇を抱き上げる。刹那、ドラコが慌てた声を出した。
「ダリル! そろそろ戻るぞ!」
 明かり共にドラコの顔がダリルを覗きこむ。ダリルも頷いた。
「ねえ、この子持って行って良い?」
 丁度ペットが欲しいと思っていたのだ。それにルシウスがペットにするなら蛇が一番だと言っていたし、この黒い鱗に赤い目の蛇を飼ったら、ちょっとはこの“ガッカリ”が失せるかなとも思った。
「駄目だ!」ドラコがキッパリ告げる。「父上に、僕らがここに来た事がばれちゃうじゃないか」
 その台詞にダリルは全てを理解した。この蛇は父親のもので、ここで飼われているのだ。それをダリルが勝手に連れだせば、ルシウスがどんなに怒るだろう。それにドラコの言うとおり、ここに来た事がバレたら、二人は明日から地下牢に閉じ込められるに違いない。
 ダリルは悲しげに眉を寄せると、蛇をもう一撫でして、そっとケージに戻した。赤い目が自分を見上げていることへ若干の罪悪感を抱きながら、ダリルはドラコにも聞こえないよう声を小さくして、囁く。「いつか迎えに来るわ」カチャンとケージの戸を閉めた。

「さようなら、蛇さん!」ひらりと手を振って、ケージに背を向ける。自分を待つ片割れの腕にしがみ付いた。二人で階段を上る。
「ダリル、急ぐぞ! 僕ら、そう言えば入り口の閉じ方を知らない」
「ほんと! お父様が戻ってくるまでに、すっかり塞いじゃわないとだわ!!」
 二人は口ぐちにどうやって事を始末するか言いあいながら、二段飛ばしで出口に急いだ。
 明かりと声が遠ざかっていく――元の闇が部屋に満ち、足音すらゆっくりと消えて行く。ヴォルデモートは、否彼の若かりし頃の記憶は住み慣れた黒が戻ってきたことへ安らぎと満足を覚えていた。時が来るまではここが彼の居場所なのだ。
 時がいつ来るのかは彼自身わからないでいたが、焦ることはない。膨大な量の知識と、全ての魔法を自在に操れる強い魔力とが彼を揺らがせなかった。彼には忠実な部下がいるし、確固たる思想がある。一体何が自分を乱せるだろうとさえ彼は思っていた。半ば確信にすら似た問いかけ、ずっとそう繰り返しては否定を続けてきた。何が自分を揺らがせると言うのだ――ヴォルデモートが問うた言葉へ応えたのは己の声ではなかった。ソプラノの音、差し出される華奢な、幼い指。
『ここは寂しいでしょう?』
 慣れた静寂のなかで、先ほどの愚かな台詞が脳裏に過ぎる。馬鹿そうな子供だった。彼はそう思いながら、また永い眠りに落ちる。
 とろとろとまどろんでいく思考のなかで、ヴォルデモートはふと少女の温もりを思い出した。『いつか迎えに来るわ』赤い目が微かに笑って、そうして眠りが記憶を押し流す。多くの知識や、記憶や、感情が濁流のように飲み込んでいって、だからヴォルデモートはこの如何でも良い出会いを覚えていなかった。それにダリルも日々を過ごすうちに蛇のことを忘れて、“楽園”の終わりが完全なる忘却を招いた。

 ひみつのへやから無事脱出した二人は、色々と焦ったり、怯えたりしたものの、幸いにも両親が戻ってくるまでに全て整えておくことへ成功した。良い子にしていたかねとダリルとドラコを抱きしめるルシウスに、二人は頷いて、こっそり目配せし合う。
 二人は幸福だった。この楽園には無花果は成っておらず、二人は愚かしさという言葉の意味すら知らなかった。ルシウスという全知全能の神が守り、そしてナルシッサという恵みに満たされた邸の内で二人は永遠を誓う。
 他の誰もが一人で生まれ死んでいくなか、私たちは二人で生まれて二人で死んでいくのよ。私達はずっと一緒にいるの。いつまでも、いつまでも――私は貴方と同じものを手に入れて、貴方の隣に立ち続けるわ。そうしたら何も怖くないでしょう。

 それは世界に光と闇が産まれる前のこと、ダリルという名を持つイブが楽園に暮らしていた時の記憶。
 

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