七年語り – EXTRA STORY
乙女の手料理
「セドリック!」
「やあダリル。今日はやけに上機嫌だけど、何かあったの?」
「わかる?」
ダリルは口の前で掌を合わせ、フフと微笑んだ。
「ダリルは分かりやすいから、すぐ分かるよ」
「あのっわ、私も! 私もセドリックのこといつもみてるから!! すぐに分かるわ!!」
「あ、有難う」君は本当に感情が露骨に顔に出て面白いなあ程度の気持ちで言った台詞へ真摯なものを返されてしまい、セドリックは僅かに狼狽した。「それで、その……有難う。ダリルの上機嫌の理由を聞かせて貰えると嬉しいな」
「あのね、フレッドとジョージに、」
「……フレッドと、ジョージに? まさかその手の怪我は、」
「あ、もうね! 階段でふざけ合ったりはしてないし、糞爆弾ボウリングとかもしてないわよ? 手は私のうっかりで、二人は無関係なの」
「そっか、なんでもない。偉いね。いやそんなに偉くもないか。まあ手のことは後にしよう。フレッドとジョージが如何したんだい」
「厨房に連れてってくれたの。そ、それでねっ」ダリルの顔がぱっと明るくなった。「あの、く、クッキー作ったの!」
セドリックの顔に、薄く影が落ちた。
「クッ……」生物的本能、直感の類である。いや待て、まだこの予兆が事実となったわけではない。今は目の前でニコニコと上機嫌な恋人に集中しよう。如何にも興奮を隠せぬ様子ではにかんでいるダリルは、可愛らしい。予兆のことなど忘れてしまえ。「ああ、クッキーね」
「そう! あのね、セドリックに、」
「あの屋敷僕妖精達がよく厨房を使わせてくれたね。……僕の友達なんかも貸してくれって頼んでるらしいけど絶対に無理って言ってたよ」
「……その子、女の子?」
一気にトーンダウン。
女子はエベレストか、それに匹敵する高度を持つ山に似ている。険しくて天候が変わりやすいが、見る人によっては美しい。そして登っていると、眼前に広がる景色の変化があまりに緩やかすぎて、気付けないこともある。
ダリルの心中にそびえる山を包む天候が変わったことへセドリックはまるで気付かなかった。トロールと言われるだけの素質はある。
「そうだよ。ジョンがケーキでも焼くと思ったのかい。それで、一体どんな魔法を使って貸して貰ったの?」
「別に、頼んだだけよ」
「頼んだだけ?」
「私が使うと言ったら使うのよ。お前たち屋敷僕妖精の仕事は学生の生活をサポートすることであってその行動を制限することではないでしょう。さあ、キィキィ喚く暇があるのなら私の要求を通しなさいって、そう言っただけ」
「ああ……それは確かに、難しいね。君、それ噛まずに?」
「知らない」
「ダリル?」
「お友達にさっきの台詞を教えてあげたら良いじゃない」
「それはちょっと、いやダリル、一体全体急に如何したんだい?」
「何でもないわ」
「言ってくれないと分からないよ」
恐らく、セドリック以外の誰かの台詞だったらダリルは「何でもないわ」と繰り返すだけだっただろう。しかし相手はセドリックだ。誰にでも優しいセドリック。きっと、誰からも無下に扱われたことのないセドリック。自分が無下に扱うことの出来ない、すきなひと。
「……さっき言ったのに、セドリックが、」
「僕が?」
「もし貴方が、ほんのちょっとでも『ダリルの趣味は料理なのか』とでも思ったなら、私、今度からフレッドとジョージが貴方を評してトロールみたいって言ってるのを肯定しなきゃなんなくなるわ」ダリルはふいとそっぽを向いた。「トロールを恋人にしたつもりはないけど」
「そ、そんな風に言われてるんだ……」
「そうよ。私が」ダリルが唇を噛んだ。「私が、貴方のためにクッキー焼いたのも分からないようなら、二人の台詞は正しいんだわ」
「え?」
「貴方のために作ったけど、でも貴方はもうジョンの焼いたケーキでお腹が一杯かもしれないわね」
「ダリル、その――本当に? っていうか、じゃあその怪我は、否、クッキーを作っていて何故手にそんな怪我を?」
「私、家事魔法って習った事ないから、ハーマイオニーに聞いてマグル式で作ったの」
「君が?」
「一人でやったわ! ハーマイオニーにも、フレッドにも、ジョージにも手伝って貰わなかったのよ。手の甲は、アーモンドを砕いていて」
「砕いていて?」
「堅かったから、遠心力を使えば砕けるかもしれないと思って、それで高いところから振り下ろしたらすっぽ抜けたの。流石に真面目に仕事している屋敷僕妖精達に当たったら不味いでしょう? それで慌てちゃって、受け取ろうと」
「分かった。もう良い。如何して君はそう……そうやって後でどうなるか深く考えずに事を起こすんだ。手、痛いだろう?」
「痛いけど、セドリックにクッキー作ってあげたかったから凄く満足よ。それに――それにね、セドリック。手作りのお菓子をあげるのって、とっても恋人らしいでしょ? 女の子って、単なる男友達には手作りのクッキーをあげないものだと思うわ」
貴方に対する私の好意が分かりやすいでしょうと、ダリルが誇らしげに微笑む。少しばかり、その笑みが眩しいようだった。
「……うん」
「迷惑だった? その、前に女の子から貰ってたから平気だと思ったけど、甘いものは駄目だった?」
「あの、ダリル」
「何?」
「アーそれって……その、ええと、本当に僕にだけ?」
ああまで言われておいて、あんまりにも蛇足過ぎる問いかけだ。しかし片割れと公言して止まないドラコや、一年生の頃からあれこれと気にかけているハリー、いつも一緒のフレッドやジョージ――彼女にとって“単なる男友達”でない存在は決して少なくない。
「そうよ」セドリックの疑念を受けて、ダリルはきっぱりと宣言した。「好きな人のために……貴方のために頑張ったのよ」
ダリルの視線に、セドリックは眉間を抑えて浅く俯いた。「……如何しよう」低く呟く。
「セドリック、それって、あの、やっぱり、」
「本当に、嬉しい」
二人して茹蛸よりも赤くなってしまった。ダリルは脇にそびえていた書棚に寄りかかって、身を縮ませる。本当はセドリックに飛びついて、抱きしめたいのだ。でも、欲望のままに動けば鬱陶しい呪いが発動する。痛いのはいやだ。
ダリルはヴォルデモートにされた数々の嫌がらせを脳内に過ぎらせることで、欲望から目を背けることに成功した。
「あの……それでね、セドリックに、食べてほしいの」
ダリルは鞄を漁ると、まだ顔を押さえているセドリックに袋包みを差し出す。セドリックが顔から手を離して受け取った。
「……有難う。今、食べて良い?」
「ええ、勿論よ」
にっこり微笑むダリルと、彼女が自分のために作ってくれたクッキー。セドリックは幸福な気持ちで包装を解いて、クッキーを一つ手に取った。サク。という音がしない。もちっとした。もちっというより、ねちょっかもしれない。
セドリックの口の中――舌の上、歯と歯の間、口蓋の下で、にちゃにちゃした生地の中でアーモンドが存在を主張している。
目の前でキラキラとした瞳のままこちらを見上げてくるダリルに、この触感を何と言って伝えるべきだろう。伝えたくない。伝えたら、何もかもが終わってしまうのではないかとさえセドリックは思った。永遠に黙っていて欲しい。寧ろ部屋に戻ってから食べるんだった。全てを後悔したくなるような味だったが、ダリルがほんの少し恥ずかしそうに「お、美味しい?」と上目使いで聞いてくるので、ハッキリ「不味い」と言うのは気が引けた。かといって「美味しいよ」と嘘を言う気にもなれない。セドリックはハッフルパフ生だ。それとは些か関係ない気もするが、露骨な嘘を吐く気にはなれなかった。悩んだ結果、セドリックは曖昧に頷いた。
「個性的な味だね」
食べれないことはない。セドリックのオブラートに、ダリルは太陽のような笑みを浮かべた。
「嬉しい! また作るわね」
薄々気づいていたけど、ダリルは少し人の台詞を好意的に受け取り過ぎる嫌いがあるかもしれない。
「うん、楽しみにしてるよ」まあダリルがせっせと拵えてくれるのなら、それが不味かろうとも嬉しいのに代わりはない。
――とはいえ味の改善はしたいものだ。セドリックは如何するべきか考えたが、答えはすぐに出た。
「ダリル、お礼に魔法薬学の勉強でも見てあげようか」
「本当? 私、苦手だから嬉しいわ」
セドリックは爽やかな笑みを浮かべながら「やっぱりそうか」と心中呟いた。
七年語り – EXTRA STORY