七年語り – EXTRA STORY
二日酔いの迷信
「もう私も永くはないかもしれん……」
「お父様、単なる二日酔いじゃあありませんか」
「ナルシッサとドラコは如何した。私が生死を彷徨っていると言うのに、何故ここにいない」
「お母様は『こんな酒くさい場所には耐えられません』って出掛けていきましたわ。ロジエール夫人の買ったベネチアングラスを見たいとか言ってましたし、きっと彼女の家へ遊びに行ったんじゃないかしら。ドラコはクィディッチチームの集まりがあるのですって。
ああ、キィーリレル有難う」
「何が御入り用でしたらすぐキィーリレルに仰ってください!」
「……頭が割れる。下がれ、下がらせろ」
「私の見たとこ、お父様の頭蓋は水差しより強いはずですけれど。お父様、何か薬でも煎じます?」
「良い、二日酔いの薬には良い思い出がない。
いつだったか、セブルスに貰った薬が酷かったな。如何にも効きそうなグリーンの、粘り気のある液体を――うっ」
「洗面器を持ってきます? 吐いたほうが楽になるかも」
「馬鹿を言え、思い出したら少し気分が悪くなっただけだ。セブルスの奴、あろうことか二日酔いの薬に蒸留酒をしこたまぶち込んだものを渡しおって……口に含んだ瞬間、もう二度と言葉を発することは出来まいと思ったぞ」
「お父様、スネイプ教授に何かなさったんですの。さあ、水を飲んでください」
「お前に看病されると、情けなくて涙が、っく」
「涙と吐しゃ物、どちらが早いかしら」
「良い、水は飲まん。胃を刺激したら、何か出てきそうだ」
「じゃあ、頭に濡れ布巾を乗せましょうか」
「……ああ、少し良い」
「可哀想なお父様。きっと私が二日酔いを治してさしあげますわ」
「寝てれば治る。余計なことをするな。なんだ、何なんだその本は」
「えーと、友人を湿った砂の中に……お父様に友達っていますの?」
「二日酔い治療の迷信100とはなんだ、お前は私で遊ぶつもりなのか。その“友達”とやらのせいで、この二日酔いだ。父を馬鹿にするな」
「そんなことありませんわ、お父様。
お父様の友達って、グリーングラスのおじさま? グリーングラスのおじさまを湿った砂の中に埋めると、お父様の二日酔いが治るかも」
「それはどこの闇の魔術だ」
「うーん。グリーングラスのおじさまの顔も知らないし、外に出られないからパスね。次は……二日酔いの原因となったお酒の瓶のコルクを回し……ファイアウィスキー、厨房にあったかしら……十三本のピンで心臓に打ちつける」
「お前は私を殺す気か。もう良い、良いから、黙って横についていてくれ」
「もう、我儘なお父様! たっぷりの油で揚げたカナリア……駄目、お父様のためにそんな可哀想なこと出来ないわ」
「そんなものを食べさせられかねない私のほうが可哀想じゃあないかね」
「えーと、次は……雄牛の乾燥ペ、」
「変なものを食べさせようとするのはやめ――如何した、顔を赤くさせて」
「な、何でもありませんわ。ねえお父様、羊の肺とふくろうの卵を二つ食べるなんてのは如何です?」
「水を一杯くれ、それだけで良い。大人しく座っていなさい」
「どうぞ、お父様。……だって、暇なんです。朝からもう五時間もお父様につきっきりなんですもの」
「馬鹿を言え、昔は十時間でも百時間でも私に付き纏っていたじゃあないか」
「お父様、お父様の髪を三つ編みにしても良い?」
「変なものを食べさせたり心臓に釘を打とうとしなければ看病ごっこをしても良いから、大人しくしていてくれ」
「本当? じゃあ看護婦衣裳に着替えてきますわ。ナースキャップに体温計、イモリの黒焼き、洗面用具、ロープ……尿瓶も忘れず持ってこなくっちゃ」
「待て」
「キィーリレル! キィーリレル!!」
「お嬢様! キィーリレルがおいでになりました!!」
「おい、イモリの黒焼きとロープとは何だ。尿瓶とは、尿瓶が必要になるほどの重病人じゃあない」
「ああ、キィーリレル。お父様を寝台に縛り付けておいて」
「馬鹿な、ま、杖をどこにやった」
「お父様ったら、動いちゃ駄目よ。お父様の二日酔いが治るまで、私がちゃんと看病して差し上げます」
「杖を返せ。私は成人の魔法使いで、お前の親だぞ――」
「でも今は私の看病が必要な弱った体ですわ。それに、今にも死にそうだと先ほどから仰っていたじゃありませんか」
「戯言だ。キィーリレル、下がれ。暫く私の部屋に来るな。イモリの黒焼きなど、断じて食わんぞ」
「酷いわ、お父様」
「私に泣き真似は通用せん。ドラコ相手に精々慰めて貰うのだな」
「だってお父様、昨日一日帰ってこなくて、私寂しかったのに」
「今はいるだろう。何が不満だ」
「お酒なんか飲んで……私に『おやすみ』を言うより、男友達とファイアウィスキーを百杯も煽るほうが大事だなんて、私とっても傷つきましたわ」
「帰るなりお前に『お父様お酒臭い、鼻が曲がりそう』と泣かれた私のほうが余程傷ついたとは思わんかね」
「だって全身からアルコールの刺激臭がしてたんですもの。しかも抱き着こうとしてくるし、触っちゃ駄目ってもう何百回も言ってるのに」
「目の前にお前がいて、キスをするどころか撫でることも碌に出来ん私の気持ちがお前に分かるものか」
「あーら! じゃあ、昨夜の宴会ではグリーングラスのおじさまやノットのおじさまにキスしたり、ヒゲを剃った痕をジョリジョリ撫でてきたのかしら」
「やめろ、冗談でなく吐きそうだ」
「お母様もカンカンよ。あの調子で浮気を繰り返してきたのねって、紅茶にシュガーポットのなかの砂糖全部突っ込んでたわ。お父様、泥酔すると脱ぎ癖があるんですってね。私、恥ずかしいですわ。それに、ちょっと見てみたい」
「ナルシッサは、そんなことまでお前達に言っているのか……っつう」
「お父様、如何して家ではお酒を飲んでくれませんの。私、泥酔して服を脱ぎだすお父様を見てみたいのに」
「そんな馬鹿をお前達の前でしてみろ……翌朝には腕利きの忘却術師を雇わねばならん……」
「迎え酒を用意しましょっと」
「止めろ。良いから、少しは黙って隣に座っていなさい……」
「もう六時間はそうしてるじゃありませんか。お父様こそ、何が不満なんです」
「お前に対する不満を挙げ連ねてたら、私はヨボヨボの老人になってしまう。全く、お前には困ったものだ」
「私、酔っぱらって服を脱ぎだすことはありませんわ」
「しかし子供から大人に成長するだろう。最も罪深く、そして馬鹿馬鹿しいことだ」
「じゃ、お父様は産まれた時からお父様だったんでしょうね――ご本を読んであげましょうか? お父様が昔、そうしてくれたみたいに」
「……そうだな、その提案に乗るのが一番安全そうだ」
「えーと、『不機嫌なプレイボーイとディメンターのキス~アズカバンの恋の囚人~』。ねえアレック、もう帰っちゃうの……? ベッドの上で一糸まとわぬ姿でいるシュザンナがシーツを己の肢体に巻き付け、アレックに近づいてきた。その逞しい杖腕に豊かな胸を」
「母親の本棚を漁るのは止めなさい」
七年語り – EXTRA STORY