七年語り – EXTRA STORY
無関心な贔屓

 

 ナルシッサとルシウスが喧嘩していると、ドラコとダリルはいつも以上にピッタリ寄り添いながら暮らす。

 両親の喧嘩はいつだって家庭崩壊に繋がるどころか犬も食わない種類のものだ。そうと知っているので、別に不和へ怯えているわけではない。両親の会話がギクシャクしだすと二人で喧嘩の理由を探ったり、それを肴に盛り上がったり、今度はどちらが先に折れるかで賭けをしたりと楽しい時間を過ごすのだ。勿論自分たちが喧嘩を面白がっていることが両親に知れれば地下牢行きどころの話ではない。夏だろうと冬だろうと、湿気の強い地下牢で過ごすのは到底楽しくないのに決まっていた。それで、どちらかと席を共にしている場合は粛々と――落ち込んでいるような顔さえ作る。ルシウスが仕事へ出たり、ナルシッサが買い物へでも出かけてしまえばわっと歓声をあげて「今度はぜーったいにお父様が折れるわ!」と断言したり、「今までのことを考えても見ろよ。今回もどうせ母上が折れる」なんて首を振ったりするのだった。実際いつだって賭けに勝つのはドラコで、ダリルはブチブチと父親の強情さを呪う。ダリルからせしめた蛙チョコを食べながら、もしくは自分の分のレポートを書くダリルの横で悠々と箒を磨きながら、ドラコは「どうして自分のことが分からないんだろう」と妹の愚鈍さへ首を傾げたりする。両親の関係はそのまま自分達のものにも通用する。
 いつだって強情なのはダリルだし、その我儘へ折れるのはドラコであるはずだ。尊敬している父親と愚妹とを結びつけるのは若干癪でもあるが、これだけ父に似ている妹が如何して父が折れるほうへ賭け続けるのだろうか。

 不機嫌になると口数が少なくなるところ。意見を聞いただけなのにアドバイスすっ飛ばして結論を出そうとするところ。面倒くさいと思ったら適当にやりすごしてしまうところ。理不尽なことをまるで悪びれず口にするところ。ルシウスとダリルの共通点は多い。
 ノックもせずに部屋に入ってくるところも父親譲りだ。僕の部屋へ入る時はきちんとノックをしろ。今夏何度目になるかもしれぬ注意を受けても素知らぬ顔の妹へ、ドラコは苦い顔をする。ナルシッサやルシウス相手の時はきちんとノックするというのがまた苛立たしい。
 ダリルは「お父様ったらたまにノックもせず押し入るのよ」と文句を零すが、自分なんか“たまに”どころか毎回ノックもせずに押し入っていることへいつ気づくのだ。妹が自分のベッドを軋ませているのをむっつり眺めながら、ドラコは思った。不条理だ。面倒だ。追い出したい。しかし当の本人はドラコの不機嫌など顧みず、ついにベッドの上でゴロゴロしだした。
 五分ほどそうやってドラコのベッドの具合を確かめていただろうか。そのまま寝てしまうのではと不安になったドラコだが、ダリルはむっくり起き上がり「ねえ、ドラコ」と小首を傾げた。手を伸ばして、ちょいちょいとドラコを呼ぶ。自分が動けば良いのにとは思ったが、机の上には日記帳やら手紙やらがある。こちらまでこられて「なあにこれ」なんて気軽に読まれたらたまったもんじゃない。
 はーとマリアナ海溝よりも深いため息をついてから、ドラコは立ち上がった。のろのろと距離を縮めていく。
「なんだ? 今日はどっかに引き籠ったり、机に向かってなくて良いのか」
「別に引き籠っているわけじゃあないわよ」ドラコの言いざまにダリルは眉を寄せた。
「へえ。十三年をこの家で過ごしているけど、三時間掛けて探しても妹一人見つけられないほど広いとはついぞ知らなかったね」
 ドラコは嫌味を言ったつもりでいたが、それを聞いたダリルの顔には輝きが満ちている。ダリルは上半身を起こして、熱っぽい瞳で半身を見つめた。「ドラコったら、三時間もずっと私に会いたくて堪らなかったの?」一メートル手前に来たところで抱き着こうとしてきたが、ドラコはさっと身を引いた。「痛むんだろう」ジニーと接触して医務室送りになったことは当然ドラコも聞き及んでいる。
 的確な指摘を受けて、ダリルは広げた腕を下した。恨めしそうな瞳がドラコを写すが、気にせずベッドの柱へ手を尽く。向こうが抱き着こうとしてきたとききちんと避けられるよう、ベッドの上にあがっているダリルから十分離れたところへ腰を下ろした。
「物の例えだ」そう肩を竦めて、ダリルがぐしゃぐしゃにした布団のしわを伸ばす。
「そう」そっけない否定へダリルは口を尖らせた。「お兄様が実際にどのぐらいの時間をかけて私を探したかは知りませんけど、少なくとも私は木の上で昼寝している貴方を探すに二時間半かけましたからね」つんとそっぽを向く。

 美しい夏空の下だからといって樹上の人となるのはナルシッサの“マナー”に反することだ。
 確かにナルシッサはドラコを可愛がっているが、それでもマナー違反は厳重に注意されるし、贔屓と言うほど躾けられていないわけではなかった。てっきり見逃してくれると思ったのに――勿論今だって告げ口されるかもとは思っていないが――機嫌を損ねた様子である妹へ、ドラコは何とも言えない顔をした。咄嗟に機嫌を取らなければと思ってしまったのに、何となく折れ癖がついているような気がした。
「今は部屋にいる」駄目だ駄目だ。なんで自分がこんなに折れなければならないんだと悩んだ結果、思ったよりも無愛想な声が出た。
 ドラコの仏頂面にダリルの機嫌もぐんぐん降下していく。「そうでしょうよ。雨に汚れるのは趣味じゃないでしょうから」
 ふんと鼻を鳴らし、ダリルは意地の悪い言い回しを零した。居心地が悪い。腰が落ち着かない。むずむずする。すぐ傍らで妹の不機嫌ゲージが満ちていくのをひしひしと感じながら、ドラコは如何したものかと途方に暮れた。
 折れるのは損だとか、今日はちょっと折れたくないとか思ったけれど、こうなってみるとさっさと折れておけば良かったとも思う。
「用事があるならこうして見つかった時に済ませておかないと、また二時間半も浪費することになるぞ」

 触れないというのは、こういう時に不便だ。撫でたり、抱き着いたり、ほんの少し触れるだけで不機嫌ゲージがあっというまに消えてしまう単純な妹を持っていると、触れられないのは時々困ったりする。
 ぶすっとしている妹を横目に、ドラコはゆるゆると深く息を吸い、音も出ぬようにそっと吐いた。

「一昨日だって今日だって、別に大した用なんてないわよ」
 ダリルはぽふんと上半身を落とし、乱れたプラチナ・ブロンドの内に揉まれている青のリボンを解いた。もう一つ解く。指先に絡めた。
「じゃあ不機嫌にならなくたっていいだろ」
 放っておくとそのリボンもぐちゃぐちゃになってしまいそうなので、肌へ触れぬよう慎重に取り上げた。ダリルの不機嫌は解けない。
「大した用じゃないけど、でも、ドラコとちょっとした話がしたいとか、顔が見たいって思う」じゃない。
 ぼやきながらシーツに顔を埋めてしまったので、最後のほうはよく分からなかった。
「馬鹿」ドラコはリボンをピンと伸ばしてから隅をあわせて、丁寧に畳んでいく。「僕だってそのぐらい思う」なるたけ小さな声で紡いだ。
「三時間ずっと?」ダリルはドラコの台詞を聞くなりがばっと起き上がり、一片の不機嫌もない瞳をきらきら輝かせている。
 ほんの少し頭が痛くなってきた。
「……ダリル、これがお前のしたがってた“ちょっとした話”なのか? 何か思いついたから来たわけではないんだな?」
「いいえ、そうそうあったの」ドラコの念押しへ、ダリルははっとした。「スネイプ教授のことで聞きたいことがあるの」
 とうとうドラコは頭を抱え込んだ。
「教授がいくつか知ってるのか? やめとけ、もう三十歳以上のオジンだ――」

 スネイプ教授は確かに知的で冷静でドラコの尊敬する人物ではあったが、それを弟にしたいかと言われれば答えはノーだ。
 最近やけに話し込んだり、授業で絡んだり、叱られたり、罰則を命じられたり、呼びつけられたりしているが、パンジーが「どういう関係なの」と眉を顰めているのも聞いたりもしたが、まさか本当に異性として関心を持っているのだろうか。
 ここのところ着替えを手伝ってと言わなくなったり、髪型にも凝り始めたりと色気づいてきたのはまさか――冷や汗をかきはじめたドラコへ、ダリルはきょとんとする。「なんでそんなことを言うのよ」双子の兄が何を考えているのか、ダリルにはさっぱり分からなかった。

 己の疑問へ振り向いたまま固まっているドラコに、ダリルはまた問いかける。
「スネイプ教授って、スリザリン寮生“には”人気あるの?」
「に、にはって何だ」ゴホ。咳払いがまるで板についていない。「そりゃお前達には厳しいけど、他寮生には然程嫌われてないはずだぞ」
「あら……」
 セドリックはスネイプ教授のこと嫌いって言っていたもの。分母が一人しかいない以上は、セドリックの意見が総数である。ダリルは断固たる響きでドラコへ反論を仕掛けようとしたが、何を言おうとしているのか気づいて僅かに言い淀んだ。危ない。最悪ドラコには知られても構わないが、今はまだセドリックとの繋がりを知られたくはない。ダリルは無理に眉を寄せると、浅く俯いた。
「私の他寮の友達は、やっぱり嫌いって言ってたわよ。だってあからさまに贔屓するじゃない」
 ドラコがぽかんとする。「贔屓って、どんな?」
「グリフィンドールだけ減点したり、スリザリンにマグル生まれがいないからって、夏季課題に実技追加したり、授業中だって訳の分からない理由で怒るし」指折り数えたが、片手の指に足りる数しか思い出せなかった。しかしその数点がとても嫌なのだ。
 説得力としては弱いなとダリルが感じているとおり、ドラコはふーっとため息を棚引かせるだけで動じていない。
「それって僕らが贔屓されてるってより、お前らが嫌われてるだけだろ」
「教師が私情を挟んでいいの?」
「さあな」投げやりに返すと、ドラコは頭を振った。手の中で折りたたんだリボンを引っ張ったり、伸ばしたりする。

「そもそも寮監の授業だぞ。僕は勿論ノットもザビニも予習復習は欠かさないし、パンジーだってそうだろう」
 そりゃ確かにダリルもハリーもロンもシェーマスもディーンも予習はしない。復習は……テストの前になったら頑張っている。
「思い出せよ。授業中に“仕出かす”のはいつだってお前らだ」
 ぐうの音も出ないというのはこのことだ。そう言われれば、大規模な失敗を仕出かすのはいつもグリフィンドール寮生な気がする。でも自分へ八つ当たりみたいな罰則を命じてくるし、スリザリン生が露骨な嫌がらせをしても止めないどころかからかってくるし、否ドラコだってからかいこそしないけど止めもしない。ぐるぐる考え込んでいる内に、ひょっとして仕方ないことなのかもと薄ら思うようになった。
 無言で思案しているダリルを一瞥すると、ドラコは己の靴のつま先を見つめた。「それに……」
「それに?」相槌へ視線を滑らせれば、ダリルはもう先ほど考え込んでいたのが嘘なようにケロリとしている。
 あんまりに昏いものと無縁な表情でいるので、舌の上の言葉はスルリと喉へ落ちて行ってしまった。
 ドラコはきゅっと唇を噛んでから、毛先が揺れる程度に頭をふる。「教授は気難しいからな。特別可愛がられているとも思わない」
「何故?」ダリルは呑気に笑った。「ドラコはスネイプ教授の一等お気に入りじゃないの」
 ぱくと開けた口からは何の音も出てこない。不思議そうに己を見つめる片割れを睨んでから、脇に丸まっている布団を引いた。「ひゃ」動揺の声さえ布団にすっぽり覆われて、温もりも声も瞳も何も見えない。ドラコはダリルに抱き着いた。
 恐らく肩だろう場所へ顔を埋めて、くぐもった愚痴を零す。
「相対的に一番だったからって、無意味だろ」

 尊敬する相手。多くを嫌う男のなかで嫌われていなかったとしても、それはこの鮮やかに灯る妹の前では無価値なような気がした。
 

無関心な贔屓

 
 


七年語り – EXTRA STORY