七年語り – EXTRA STORY
愛しているゲーム
「愛してるゲームをしましょう!」
椅子に掛けて本を読むリドルの前で、ダリルが瞳をキラキラ輝かせながら訳の分からないことを口走った。
「は?」
「愛してるゲーム」
「何だい、それ」
「あのね、隣にいる人に『愛してる』って言って、言われた人は『え?』って聞き返すの。照れたほうが負けね!」
「やるなんて言ってないんだけど」
「暇でしょう」
「本を読むのに忙しい」
「私が暇なの!」
「本を読めば良い」
「やりましょうよ」
「嫌だ」
「面白いのよ」
「……誰からそんな馬鹿げた遊び習ってきたんだい」
「ジニーから!」ダリルがぱっと顔を明るくさせて、可愛い妹分の名を紡ぐ。一方リドルの顔は歪んだ。
あの小娘は本当に、この馬鹿へ碌でもないことを吹き込むのをライフワークにしているのではないか。リドルの視線が氷河期染みているのも気にせず、ダリルはにこにこと楽しそうに笑っていた。私ね、私ねとリドルの肩を揺する。
「私ね、負けなしなのよ」
いつもなら「貴方に愛してるなんて言うのはゲームでも真っ平」とでも言いそうなものなのに、負けなしなのがよっぽど嬉しかったのだろうか。否、多分に「これでならトムに勝てる!」という自信が彼女の冷静さを薄れさせているのに違いない。
「ジニーにも、ジョージとフレッドにも、アンジェリーナにも、リーにも、ハーマイオニーにも、ハリーにも、ドラコにも勝ったわ!」
人生の何の足しにもならなそうな栄光を、ダリルはマーリン勲章でも授かったかのように誇らしげな声音で口にする。
まあこういうゲームは倫理観の欠けた馬鹿、もとい常時愛情のバーゲンセールを行っているダリルにはうってつけのものだ。恐らくこんな風にニコニコと「愛してる」と耳元で連呼して、無理やりに勝利をもぎ取ってきたのだろうことは想像に容易かった。
「やりましょうよ、きっと楽しいわよ!」
ダリルがくいくいとリドルのローブを引っ張った。
「君、先攻と後攻どっちだった」
「先攻? ええとね、ジニーとやったの以外は全部私が一番だったわね」ダリルは唇に指を当てて、彼方を見つめながら記憶を探る。
「その他は何人ぐらいでやったんだい」
「フレッドとジョージとは三人で、あとは皆が一人で暇してる時に押し掛けてだから、二人で」
それはもうゲームではなく告白ごっこなのではなかろうか。
ダリルが簡略化してしまった説明しか聞いていないから何とも言えないが、このゲームは複数人でやってこそ成り立つものだろうとリドルは思った。何となれば、二人でやったら「ゲームを言い訳にした告白」になってしまうからだ。
薄利多売という言葉を心中思い浮かべ、リドルはため息をつく。そして、不意にあることに気付いた。
先ほどのダリルの台詞に、一番に出てきそうな男の名前がなかった気がする。
「ディゴリーとはしなかったのかい」
リドルの台詞にダリルの頬が朱に染まった。ダリルは両手で口元を隠して、そっぽを向く。「……だって、すぐに負けるもの」実際に言われたわけでもないのに、よくそこまで恥らえるものだ。それともかつて言われた台詞でも思い出しているのかもしれない。どの道不愉快だ。
「それにね」耳まで赤くなったダリルがポツと呟く。「本当に好きな人には、冗談や遊びで愛してるなんて言えないわ」
顔半分を手で隠していても、ダリルが幸福そうに微笑んだのがリドルには分かってしまった。
「ねえ、だから、きっと楽しいわよ」
ダリルはリドルが黙りこくってる理由どころか、彼が気分を害したことにも気づかないらしく、赤みの失せた顔で平然とリドルの手を引く。「やりましょうよ、ねえ」リドルはにこにこと誘うダリルをちょっと睨んでから、その腰に腕を回して抱き寄せた。小さな体が自分の腕の中に閉じ込められる。ダリルの声はローブでくぐもり、聞こえない。布越しに感じる柔らかな温もりが、冷たい皮膚へ染みた。
リドルは何が起こったのか理解していないダリルの華奢な肩に顔を埋めて、耳朶に唇を寄せた。「愛してる」びくとダリルが身じろぐ。
「え? なん、え?」ダリルがもごもごと喋る度、熱の絡んだ吐息がリドルの胸を震わせた。
「愛してる」
完全に混乱状態に陥ったらしいダリルが「え?」と幾度も繰り返す。ダリルが繰り返した分だけリドルも「愛してる」と繰り返して、赤く染まった耳に口付けた。ダリルが問い返すのを止めても囁き続け、そのまま数分はそうしていただろうか。
リドルがダリルを抱く腕を緩めたのは、彼女がピクリとも動かなくなった頃だった。膝上に座らされたまま、ダリルはリドルの胸に寄りかかって沈黙している。その、普段は雪のように白い皮膚は全身薔薇色に染まっていた。
氷像のように固まっているダリルの肩に顔を埋め、リドルは低く喉を鳴らした。
「はい、僕の勝ち」
それから暫くの間、ダリルはリドルと口を利いてくれなかった。
七年語り – EXTRA STORY