七年語り – IF / PARODY
友達のいなそうな人たち
まどろみの度に繰り返される逢瀬というものがダリルにはある。
ヴォルデモートの魂を有することになった時から、彼の記憶を受け入れた時から、それとも出会った時からか、ダリルの眠りはダリルだけのものでなくなってしまった。ドラコはよくダリルへ「自分を切り売りするな」と言ったものだが、実際それは賢いアドバイスであったように思う。眠りや未来や命を切り売りする前に、ほんのちょっとでも片割れの忠告を思い出せていれば厄介と関わり合いにならず済んだかもしれない。尤も何を考えようと、もしもを口遊もうと、それは今更ということだ。そんな言い訳を口にしているから過ちを繰り返す。
先のことは何の見えぬ馬鹿者として過ごしていると勿論悪いことばかりだが、良いことも数点はある。面倒や厄介と遭遇しても慌てずに済むというのが、その僅かな一点だった。十九歳のヴォルデモート――リドルと会う時の定番であるホグワーツ城の庭に立ち竦む己の目の前にいる……いると言っていいのだろうか? とダリルは考えた。“在る”と表現することさえ躊躇われるが、まあ仕方ない。
澄んだ空の下、荘厳なまでに美しく佇む学び舎をバックに存在しているのはヴォルデモート卿だった。
ヴォルデモートとは言っても、往年の姿ではない。恐らく賢者の石を巡ってハリーと争った時の姿であり、今も尚どこかに潜んでいるのだろう霞の姿としてのヴォルデモートだった。それでダリルは「いると言っていいのだろうか」と悩んでいたのである。あの闇の帝王が! とか、なんて恐ろしい! とか思って立ち竦んでいるわけではなかった。
一体何がどうなったと思っているのはダリルだけではないらしく、リドルとヴォルデモート卿も黙り込んでいる。
「……こんにちは、ヴォルデモート卿」口火を切ったのはダリルだった。
一応年齢的には目上の人に属すのだし、とりあえず状況把握のためには会話が必要であると考えた結果だ。しかし挨拶をされたというのに、ヴォルデモートは全くダリルを顧みる様子がない。「如何いう事だ?」己の若かりし記憶を睨んだまま唸った。
己の未来へ、リドルは挑発的な笑みを浮かべる。頼むから揉めないでくれというダリルの懇願を一身に受けているのに、そしてそれを理解しているのに、リドルは親しみを口にする気はないらしかった。「そのぐらい自分で考えてみたら?」
場の空気が凍る。それは、仮にも自分自身から敵意をぶつけられれば面白からぬだろうし、そうでなくとも短気な男だ。
まだ死にたくない。そう思ったダリルは二人の間に割って入り、自分なりの解釈を口にすることにした。
「あの、ええと、私のなかにヴォルデモート卿の魂の一部がありますし、それで、何らかの弾みにより繋がってしまったものと……」
「貴様には聞いておらん」
ただでさえ亡霊染みているヴォルデモートが眉を寄せると一層悪霊染みてくる。ダリルはまだ十三の少女だ。外見的に怖いものは怖い。しかも相手は大の魔法使いにさえ恐れられる闇の帝王だ。こっちに向かって飛んでくるかもしれない。一匹見かけたら百匹いるかもしれない。首だけになっても死なないかもしれない。こわい。「あ、ご、ごめ……んなさい」ダリルの瞳にじわりと涙が滲む。
リドルはしどろもどろ謝罪するダリルの肩を抱くと、ヴォルデモートを睨んだ。「へえ、十三の小娘を脅すとは良い趣味してるね」
「トム!」刺激しないでってば! 咎める響きで呼べば、もう一人のトムの視線も集めてしまった。「あ、えと、な、なんでもないです」
ヴォルデモートが過去の名を嫌っているのはダリルだって知っている。ダリルは手をぶんぶん振って訳の分からない否定を口にした。自分に首を絞められた時だってこうまでは怖がらなかったのにと薄ら思いながら、リドルはダリルの背を撫ぜる。途端にダリルがリドルにしがみ付いた。闇の魔法使いだから怖いというより、スプラッタホラーを怖がるようなノリなんだろう。軽くダリルの心中を覗いて、リドルはため息を吐く。頼りにされているらしいことは嬉しいが、こうまで怯えられるというのも楽しくない。
「怖がることないのに。確かに我ながら化け物染みてるなあとは思うけど、“侵入者”なんだから、いつでも追い出せるよ?」
ヴォルデモートをまるっと無視して、ダリルだけに柔らかな声で話しかけた。リドルの台詞で、ようやっとダリルも目の前の物体が飛びもしなければ百匹も存在しないオンリーワンの恐怖であることに気付いたらしい。
ここはダリルの精神世界だ。
ダリルが意図的にヴォルデモートを招いたなら、場の優位は向こうにあるが、他者を己の精神世界へ招くには余程の魔力と知識が要される。ダリルにそんな魔力も知識もないのは明白であるからして、それなりの魔力があってかなりの知識があり、尚且つ人間離れしているヴォルデモートが勝手に迷い込んだのだろうことが分かる。個の精神世界においては、“侵入者”を締め出すか排除するための圧が掛かるのは当然であり、ヴォルデモートは魔法を使えぬか使いづらい状態となっているはずだ。そもそも現在のヴォルデモートは平時でも人へ寄生しねば魔法を使えず、それでもダリル一人ならまだしも応戦出来たかもしれないが、リドルがいる以上は完全に分が悪い。
リドルから教わったことの色々を思い出したダリルはじっとヴォルデモートを見つめた。リドルはにっこりと笑って「ね? 怖くないだろう」と子供でもあやすような台詞を零している。ヴォルデモートの怒りが心頭に達した。達しても何も出来ないという、このもどかしさ。
「この小娘が俺様の何なのか思い出してから物を言うべきだな。尤も己の浅慮を見せつけたいというのなら話は別だが」
ヴォルデモートの嫌味に応戦するのは勿論リドルだ。ダリルの知る限り、今まで聞いたこともないような冷たい声音で皮肉を繰り出している。何を言っているのかも分からないし、時々リドルが耳を塞いでくるし、すっかりダリルは蚊帳の外だった。
闇の帝王とまで謳われた男の魂がひとつ、彼と魂・記憶の一部を分かち合う少女が一人、彼の過去がひとつ。
この面子で口論をするというのはあまりに不毛だ。
「あの……とりあえず朝までこのままということなら有意義に時間を使わない?」
自分の視界を覆うリドルの手をずらそうと引っ張りながら、ダリルは一つの提案を口にしてみた。返事はイエスでもノーでもなく、手の代わりに顔へ巻き付く布だった。何事かと問いただすよりも先に体が宙に浮く。リドルは視界の自由を失ったダリルを横抱きにすると、ヴォルデモートから離れた。「ダリル、ちょっと向こう行ってて」お願いの割りに強制的過ぎる。
返事も待たず、力づくでダリルを向こうへ行かせるべく歩き続けるリドル。ダリルは何を言っても無駄と理解した。
「お、襲っちゃ駄目よ!」魔法が使えないからって虐めちゃ駄目よと、飽く迄も平和なことを口にするダリル。
今ここで襲っても消すことは出来ないのだから、朝が来るまで穏便に過ごして別れたい。「襲わないよ」リドルは木の根元へ己のローブを落とすと、その上にダリルを座らせた。目隠しを解けば、不安そうなブルーグレイがリドルを見上げている。
「何にもしないから、少し二人きりにしてくれないか」
ほんの少し考えこんでから、ダリルは小首を傾げた。「本当?」
「うん。君が困るようなことはしないよ」手の中の布を消すと、リドルはダリルの頭を軽く撫ぜる。「約束しても良い」
その真偽はダリルには知れなかったが、どの道殆どの場合ではリドルのほうがダリルの優位に立っているのだ。如何しようもない。
「……約束よ」
薄っぺらな口約束を交わさせ、ダリルはここで待つことにした。それに魔法が使えなくても、やっぱりあれ(霞状態)って怖い。
「――十三の小娘に籠絡されるとは、良い様だな」
リドルを出迎えたのはヴォルデモートの嫌味だった。
自分がダリルを特別に扱っているのは重々承知しているので、リドルは不愉快に思うでもなく困った風に肩を竦めるだけで済ます。
「それは自虐? 君が僕の未来であるように、僕は君の過去だよ」
すいっと赤を細めた。「まあ今の基盤はダリルだから、君が僕の未来かどうかは明確にはわからないんだけど……」
「そんなことを言い出せば貴様など所詮記憶でしかないのだから、人のように過去や未来があるはずもない」
“人”の定義は実に曖昧だ。自律神経の有無で判断するダリルのような感傷家もいれば、目の前の男のように完璧なものを求める現実家もいる。今のリドルにとってはヴォルデモートから認められようと認められなかろうと如何でも良い。「そうだね」リドルは頷いた。
「でも君は違う」声音に若干の羨望と嫉みが絡んだ。「……君には過去も未来もある」
例え今は霞として漂っていようと、ヴォルデモートはダリルと同じ人間だった。リドルにはない未来があり、個としての存在がある。リドルはダリルに依存してしか存在することは出来ない。ダリルの一部でありながら個としての思考を持つリドルは中途半端だった。故に己が何を望み、己が何者か分からない。ヴォルデモートとの糸はもう切れているはずなのに繋がりを感じるし、己の基盤たるダリルを庇護せねばならないという自衛意識も動いた。二律背反の願望がリドルを突き動かす。自分がダリルを手中に収めるためにヴォルデモートへ渡したくない気持ちと、ヴォルデモートへ感じる同一性から彼がダリルを手にする手伝いをしたい気持ちとが蠢いた。
どちらを選ぼうと、今することは変わらない。ヴォルデモートがすぐにダリルを気に入るわけではないのだから焦ることはなかった。
リドルはもうダリルへは浮かべてみせることのない酷薄な笑みを唇に引いた。
「君にとっては使える道具は多いほうが良いんじゃない?」
「……本当に、基盤はあの小娘か?」
リドルは答えない。どうとでも解釈してくれということなのだろう。ヴォルデモートも重ねて追及しはしなかった。
普通己の精神上に別人格を形成する場合は主人格がそれに準ずるものが優位を得るか、もしくは別人格が主人格の益になるよう動くはずだ。しかしリドルの思考は主人格であるはずのダリルからまるきり分離されている。最初はダリルの監督下で、彼女の望むようにリドルを動かしているのだろうと思っていたヴォルデモートだったが、あまりに己が作った時そのままであるように感じた。
もしも本当にダリルがリドルの記憶から思考パターンまで全て吸い取り、改めて一から構築したというのなら、それは余程感応力が高いということになる。元々魔法使いというのは感応力が高い者が多いが、近年ではマグルと混じることで感応力の高い子が産まれることを避ける傾向にある。感応力が高いというのは思い込みの力に依るところの多い闇の魔術に適した才能とはいえ、あまりに感応力が高いと魔力を暴走させて自滅するか、よしんば生きながらえたとしても成人の魔法使いの監視下で暮らさねばならないのが殆どだ。
しかし考えてみればダリルは純血であり――勿論マルフォイ家が数百年以上続いているということは少なからずマグルの血も混ざっていようが――普通の魔法使いよりかはずっと可能性がある。それに魔力の安定しない時期に、そもそもダリルは魔法が使えなかった。ルシウスという庇護者が彼女を真綿に包んで育てた故に刺激を与えられることも少なかったはずだ。ダリルの感応力が高いのに不自然はない。寧ろ考えれば考えるほどに合点がゆく。そうなればダリルを手中に収めぬ手はないだろう。
「まあ、君のところへ行くまでに色々仕込んであげるから、壊さない程度に使って良いよ」
リドルは考え込むヴォルデモートから視線を逸らすとダリルの下へ歩き出そうとした。「貴様は、」それをヴォルデモートが呼び止める。
「貴様は……俺様の過去でなくなった貴様は何を望む」ヴォルデモートの問いかけへリドルは首だけで振り向いた。
「そうだな」答えの見えている問いへ思わせぶりに黙す。「僕がダリルを所有し、ダリルが僕だけを見ることとか?」微かに笑った。
「あの小娘にそこまでの価値があるとでも?」どんなに利用価値が高かろうと、ヴォルデモートにとっては所詮十三の小娘に過ぎない。
「少なくとも今の僕はダリルが命綱だからね。――尤も、それは君にとっても同じか」
クスクスと悪戯っぽく告げられたのにヴォルデモートは思い切り眉を顰めた。「ただでさえ亡霊みたいなんだから、せめて少しは人類らしい顔をしていてくれ。ダリルが怖がる」捨て台詞のおかげでヴォルデモートの顔は一層険しくなった。
「ダリル、戻ってきていいよ」リドルは数メートル離れた場所からダリルを呼んだ。
体育座りで待っていたダリルは、立ち上がるなり小走りでリドルに近づいた。「喧嘩しなかった?」リドルのローブから草を払いながら問う。会うなりこれだと、リドルは思った。「……ダリル、僕らをなんだと思ってるんだい」
闇の帝王とその過去をわんぱくな子犬か何かと勘違いしちゃいないかとリドルはため息をついた。
二人が戻ると、リドルの忠告を真に受けたか如何でもよくなっただけか、間違いなく後者なのだろうけれど、兎に角ヴォルデモートは普通の顔をしていた。普通の顔だったけど、ダリルはリドルにしがみ付いた。ああもうこれは駄目だ。十三歳の少女にキャーキャー言われる顔じゃない。猫か何かにとりつけばダリルも「きゃっ可愛い!」などと頬を染めように、いやそれはそれで嫌だ。
悶々と考え込んでいるのが開心術を使うまでもなく知れたのだろう。「動力源をこの小娘に移したからか知能が低くなったな」
「君ほどじゃないと思うけど」リドルはせせら笑う表情を作った。「それともむざむざポッターにやられたのも想定の範囲内ってわけ?」
「仲が良さそうね」
ダリルの呟きに「何処が?」とリドル、「何処がだ」とヴォルデモート。やっぱり自分であるだけあって、息はぴったりらしい。「良いわね。これで友達がいなくても寂しくないし……」しみじみととんでもないことを言うダリルへ、ヴォルデモートとリドルは同時に固まった。
友達がいなくても大丈夫って、なんか友達がいない子みたいに言われてる。いないけど、それは作りたくなかっただけで出来なかったわけではない。断じてない。リドルはダリルの耳を軽く引っ張った。「君に言われたくないんだけど」
「友達が出来んとクィリナスに散々泣きついていた小娘の台詞とは思えんな」ヴォルデモートがため息をつく。
今度カチンときたのはダリルだった。そりゃ一年の頃はいなかったけど、今は友達どころか彼氏までいる。
「いるわよ、友達」
「いたっけ」ダリルに彼氏がいることを未だ認めないリドルはいけしゃあしゃあと白を切る。
「トムとヴォルデモート卿よりはいるわよ!」
「同一人物なんだけど」
「二人なんて全然友達いないじゃない!」
闇の帝王を前にして友達の有無を張り合うというのもおかしな話だ。リドルとダリルのやり取りを静観していたヴォルデモートだが、「じゃあ誰かとピクニックへ行ったことはあるの?」と言いだしたのに、とうとう笑みを漏らした。
低い笑い声へダリルがきょとんとする。「……まあ、クィリナスよりは使えそうだ」道化としても手駒としても、とは言葉にしなかった。
ヴォルデモートは呆然とするダリルに近づいた。ダリルはビクと体を震わせ、リドルにしがみ付く。しかし一歩も動かなかった。
あたかも手を伸ばしているかのように霞の一部がダリルの胸元で濃くなる。「直に俺様の下へ侍るのだろう」恐れて如何すると匂わせればダリルはきっとヴォルデモートを睨みつけた。「く、クィレル教授はとても賢かったわ……私よりもずっと」
精一杯の非難を口にするダリルへヴォルデモートはからかうような声音を出す。
「ああ、それにお前と俺様の繋がりを強くしたという点では役だったかもしれぬな」
ヴォルデモートの台詞はそれが最後だった。
ダリルの目の前にはもういつも通りの景色が広がっている。
恐らくは彼に朝が訪れたのだろう。どうやらイギリスではない場所にいるらしかった。ダリルの夜はまだ続いている。
「あの人、嫌いだわ」ダリルはリドルにしがみ付いたままぼやいた。
「あんなんでも、一応僕の未来なんだけど」
リドルがため息交じりに注意する。それでもダリルはふるふると頭をふって「きらい」を繰り返した。
七年語り – IF / PARODY