七年語り – IF / PARODY
ままごと家族
ダリルはベッドに寝転んで、マルフォイ家の秘密の部屋から持ってきた魔術書を読んでいる。それは別に構わないし、そもそもそれを読むように言いつけたのはヴォルデモートだから、それに如何こう言うつもりはない。問題は彼女が殆ど下着同然の恰好をしていることだった。
ヴォルデモートは今実体化していたが、アニメーガスの形態を取っていない。つまり十九歳の、客観的に見ても割とどころか大分美形の部類に入る男の姿でダリルの横たわるベッド脇の椅子に掛けている。勿論透明術などは用いていない。室内にヴォルデモートがいるということを、ダリルは知っているはずだった。否ダリルがこの短時間の内に記憶喪失か何かになっていない限り“確実に”そうと知っていると断定して良い。
「ねえ」ヴォルデモートは本を読む手を止めてダリルを呼んだ。
流石に年長者として異性の前では恥じらいをもって然るべきだとか、まあ見るに堪えないというわけでもないしこのまま放っておいても良いかなとか色々なことを思考に巡らせたが、ここ最近男扱いされていない気がするので、一言釘を刺す必要があると結論付けた。
ヴォルデモートに呼ばれても尚ブルーグレイの視線はページに向けられていて、彼を顧みる気配はまるでない。危機感の欠如だとヴォルデモートは思った。確かに十三のガキを抱く趣味はないと明言しているが、ここまで警戒心がゼロというのは酷い。自分以外の男の前ではそれなりの羞恥心を持っているはずなのに、セドリック・ディゴリーとなんぞ手が触れ合っただけで赤面するのに、ヴォルデモートに服を脱がされても「悪ふざけはいい加減にしてよね」と言いたげなウンザリした顔しか浮かべなくなっていた。思えば去年、出会い頭にキスした時もそんな感じだった気がする。否していた時はそれなりに恥ずかしそうだったが、終わるなりヴォルデモートの顔に唾でも吐き捨てたそうな顔をしていた。
言っちゃなんだが、ヴォルデモートは顔が良い。学生時代はモテてモテて困るほどだったし、女がなびいてくれなくて困るということは一度も経験したことがない。ホグワーツを卒業してからも、そりゃすれ違う女全員に惚れられるというではないが、少なくとも異性として意識されないということは未だかつてなかった。どんなに自分を嫌ってても迫れば恥ずかしそうにしたし、服を脱がせば「お願い明かりを消して」と言うほどではなくとも、まあそれに準ずるような反応をしたものだ。それが何故「悪ふざけはいい加減にして頂戴、ロリコン大魔王と呼ばれたいの?」と言われなければならないのか。昨日冗談半分で「ペットだった頃みたいに一緒にお風呂でも入ろうか」と言ったら平手打ちを食らわされた上「でも、ペットごっこは楽しそうね。ね? ほらレディ、お座り。その場から一歩でも動いたら首輪を付けてお父様の書斎の机に括りつけるわよ」などと朗らかに言われた。
何かが狂ってる。狂っているとヴォルデモートは心中で繰り返した。ヴォルデモート再三呼んでいるにも関わらず、ダリルが全く返事をしないのにもそれが伺える。この小娘は自分をなんだと思ってるんだ。苛立ち混じりに四度目の「ねえ」を口にすれば、ようやっとダリルが「んー」と甘ったるい声を出した。ダリルは目元を擦りながらヴォルデモートのほうを向く。如何やら眠いらしい。ちょっと難しい本を読ませれば、すぐこれだ
「なあに?」ダリルは目をしょぼつかせながら、舌足らずな疑問を紡ぐ。
「……上に何か着たら?」
そう言うと、ダリルが「ああ」と面倒くさそうに頷いて起き上がった。ノロノロとシーツの海をかき分けて、ベッドから降り立つ。
普通「嫌、恥ずかしい。目のやり場に困っちゃう」と言うのはダリルのほうではなかろうか。十三歳の少女と十九歳(外見年齢)の男が二人きりでいて、何故十三歳のガキが薄着をしているからと「目のやり場に困るから上に何か着ろ」という風に受け取ることの出来る台詞を己が口にしなければならないのだ。ダリルのほうが「トムがカッコよくて素敵だから恥ずかしい」とか何とか言うべきなのではなかろうか。十三のませた小娘が十九の男を意識するのはよくある話だが、何故十九歳の(精神年齢で言えばもっと年上だろう)僕がこんな注意をしなければならないのか。
ブツブツと呪詛を零すヴォルデモートのほうを眺めながらダリルはキャミソールを脱いで、ネグリジェを頭から被った。ダリルにとってヴォルデモートの反応は慣れたものである。ダリルは口うるさい母親が一人増えたとか、その程度にしか思っていなかった。言わずもがな一人目はドラコだ。
衝立で隠すこともなく自分の目の前で堂々と下着姿になって着替えるダリルに、ヴォルデモートは眉を吊り上げる。
「君は、僕に色々と色々されてるわけだけど」押し倒して脱がされるとかキスとかまあ世間一般で言えばペッティングと言われるのかもしれないことやら、年頃の少女であれば己に対してそれなりに警戒心を抱くようなことをしてきたのに、「気にならないわけ?」
ダリルの意識はモタモタとたどたどしい指使いで小さな釦を穴に通すのに向いていて、ヴォルデモートのほうは見ていない。
「家族のようなものじゃない」
それは如何いう意味だとヴォルデモートは考えた。
血縁的にと言うのなら、勿論ノーだ。ゴーント家のほうを辿れば当然マルフォイ家やブラック家との繋がりがあるのだろうが、家族と言うほどに濃くはないはずだ。過ごした歳月の故に家族に比類して、ということもあるが、これもノーだろう。ダリルとヴォルデモートの付き合いは一年ちょっとだ。家族と呼べるほどに長い付き合いではなく、「だったら君はディゴリーの前でも平気な顔で着替えられるんだろうね」と言うか言わまいか、ヴォルデモートは悩んだ。悩んだけど、結局言わない事にした。首輪を付けられて、ルシウスの書斎机に括りつけられるのは楽しからぬことだ。
「……家族ねえ」ヴォルデモートはふんと鼻を鳴らしてから、せせらわらう響きを口にした。
「私が貴方のお姉ちゃんで、妹で、お母さんで、娘よ」
ダリルは気分を害した様子もなく、にこりとヴォルデモートに笑いかけた。この反応もあの反応もどこかで見たもの聞かされたもの。貴方達兄弟なんじゃないのと言いたくなるほどにドラコとヴォルデモート二人の、ダリルに対する反応は似ていた。勿論ヴォルデモートの機嫌が良い時で不機嫌かつ拗ねているドラコと同程度の底意地の悪さを有しているが、まあ一年前に比べればかなり丸くなったものだ。
「馬鹿げたままごと遊びだね」
「そうかもしれないわね」最後の一つを留め終えて、ダリルはベッドと、その脇にいるヴォルデモートに近づく。
ふわあと欠伸を一つ零すとダリルはベッドによじ登って、スプリングを軋ませながら枕のある中心部まで這って行った。布団を捲ってその中に潜り込む。ぼふぼふと枕の位置を整えていると、ヴォルデモートの手が枕を押さえた。ベッド脇に腰掛けて、ダリルの顔を覗き込んでいる。
赤がダリルを映していた。今度は何の悪ふざけを考えたのだろうとダリルは思ったが、ヴォルデモートは笑うでも顔を顰めるでもなく、真面目な顔でダリルの肩に顔を近づけるとその耳朶に囁いた。「……責任、取ってあげようか」
「別に良いわ」ダリルは天蓋裏にあるマルフォイ家の家紋を視線でなぞりながら、ケロリと返す。「その内セドリックに取ってもらうの」
セドリックが一体何をした。取らせる取らせない以前に、あの――認めるのは物凄く癪で、嫌いなのに変わりはないが――あの実直そうで石橋を叩いて渡る臆病な男が、責任を取らねばならぬような罪をいつ犯したと言うのだろう。あまりに好き放題すぎると、ヴォルデモートは少しセドリックに同情した。嫌いだし責任を取るような罪を犯していたとしても取らせる気はさらさらないが、不憫すぎる。
「君が何を考えて生きてるんだか、全く分からないよ」
身を起こして、半ば呆然とした感想を零す。ダリルはクスクスと可愛らしく笑って、人差し指でヴォルデモートの頬を突いた。
「弟や、お兄さんや、息子や、お父さんとは、責任を取らせなければならないほどの過ちを犯す気にはなれないわ」
ドラコには散々倫理観が欠如していると叱られるダリルだが、ドラコが思っているほどではない。ドラコとキスしてもドキドキしないし、ルシウスとでもそれは同様だろう。彼らを異性として見ることが出来ないように、ヴォルデモートのこともそう言う風に見ることは出来なかった。短い付き合いで、血縁関係も全くないに等しいけれど、ダリルは彼を家族だと思っていた。否、正確に言うと“なりたい”のだろう。
「責任は取って頂かなくて結構。貴方の責任ではなく私の責任だもの。貴方との関係故にセドリックに見捨てられてオールドミスになろうが、貴方を恨む気持ちも、貴方のせいだと責める気持ちもないわ。まあ、そもそもオールドミスになんてなる前に死んでしまうでしょうけど」
ダリルは不服そうな顔をしているヴォルデモートの頬をプニプニと突っつく。「でも覚えておいてね」ダリルがにっこりとほほ笑んだ。
「淑女たる私が貴方という血の繋がらない異性を傍に置いているのは、貴方を信頼しているからなのよ」
今までもこれからも自分の意志を無視して過ちを犯すことはないだろうと思っているから、傍に置いておいて警戒することなく居られる。
「責任を取ってくださらなくて構わないから、私の信頼に応えて頂戴」
それに記憶体というか、意識だけの存在で性欲もなかろうという考えがヴォルデモートを警戒しない理由の四割ほどを占めているが、まあこれは口に出す必要もない。ダリルは小さな欠伸を漏らすと、頭のところまで布団を引っ張った。柔らかな暗闇のなかで微睡に沈んでいく。
「おやすみなさい、トム」
くぐもった声を聞いて、ヴォルデモートはため息を吐いた。布団から僅かに出ている額に軽く口付ける。
「おやすみ、ダリル」
例え兄でも、弟でも、息子でも、父親でも、これぐらいは許されるだろう。
七年語り – IF / PARODY