七年語り – LULL BEFORE THE STORM
09 世界の欠片
流石に目だし帽まで被れば魔法因子が触れたりはしないだろう。
ダリルがそう考えた通りに重装備で煙突飛行粉を使った結果ヴォルデモートの呪いが発動することはなかった。
ヴォルデモートは大人しくしていた。大人しくしていないのは、騒動の種を生み出すのはダリルである。漏れ鍋にいる客全ての関心を集めていることに無関心で、パンパンと灰を叩き落とすダリルの胸倉を華奢な腕が掴んだ。
ダリルをグイと引き寄せる拍子に、彼女の豊かな栗色の髪が宙へぶわっと広がった。ストレートにするかソバージュにでもしてしまえば女王然とするのだろうが、如何せん今は怒り狂う猫のようだった。
「貴女ったら、何て格好をしているの!」冷たい褐色の瞳はサングラス越しにでもよく見える。
ハーマイオニーはダリルの顔からサングラスと目だし帽を引っぺがし、この上なく情けないため息をついた。
「貴女はよく『可愛いって言う割に皆がちやほやしてくれないのは何で』って言うけど、奇行が多すぎるのよ……」
とびっきりの顰めつらと共にハーマイオニーはダリルがよく口にする疑問を切り捨てた。ダリルは「綺麗に着飾ってもノットなんかは私の事をバンシーでも見るように見るわよ」と反論したくなったが、ハーマイオニーの不興を買うのは面倒だと押し黙る。
「大体私の言ったこと覚えてるの? ローブはなし、マグルらしい格好でねって言ったでしょう」ハーマイオニーがダリルの羽織っている分厚い黒のローブを摘まんで、険しい顔をした。「マグルは夏に冬用ローブを羽織るのだとでも思ったの?」嫌みたらしい。
ダリルは項垂れる振りをしながら、ハーマイオニーの雷を懐かしんでいた。およそひと月ぶりに再会した友人へ挨拶もなく説教というのは、何ともハーマイオニーらしい。「聞いているの?」じとりと睨まれて、愛想笑いを浮かべた。
「誤魔化そうとしても、駄目っ」ルシウスかドラコなら引っ掛かってくれるだろう笑みも、ハーマイオニーはピシャリと一蹴してしまう。
そうやって十分は叱られていただろうか。ダリルの書く魔法薬学のレポートの稚拙さについて語りだしたハーマイオニーを尻目にダリルは漏れ鍋のなかを観察し始めた。もう暖炉脇に立っている二人をじろじろ見る人はおらず、ダリルはカウンターのなかでテキパキと動くバーテンの仕事ぶりを眺めたり、どぶ川で汲んできたのかと思うほど濁った水がなみなみと満ちたグラス二つで乾杯する異国の魔法使いを見つめたり、カウンター席で何かの骨を積み上げている老女に驚いたり、楽しく過ごしていた。
やがてハーマイオニーが大きくため息をついた。ダリルの視線を追う。「……反省している振りぐらいきちんとしなさいよ」そうぼやいてから、ハーマイオニーがダリルの耳元へ唇を寄せた。(見て! あそこ、本か雑誌の打ち合わせじゃない?)ハーマイオニーの指す方向を見ると、若い魔法使いと老魔法使いとが何やら原稿用紙や写真のネガを間に挟んで熱心に話しあっていた。
片方の小奇麗なダーク・ブルーのローブを纏っている魔法使いのほうが編集者だろう。何しろもう老魔法使いと来たら頭にナイトキャップを被っていて、纏っているローブの下からは寝間着が見える。ダリルはそれを見てにやっと笑った。
「あっちが作家さんでしょうね。作家に変人が多いって、ほんとなんだわ」
「言っておきますけど」ハーマイオニーが断固たる口調で言った。「さっきの貴女、漏れ鍋中の注目を集めてたわよ」
ため息交じりの台詞ではあったが、ハーマイオニーは悪戯っぽい笑みを浮かべてクスクス声を紡いだ。
「あの人も貴女を見て変な奴だって思ったでしょうね」
ダリルは己がどれだけ悪目立ちしていたかをやっと理解して、顔を赤くさせた。
「さ、恥じらっている暇があったら行きましょ」
ハーマイオニーはダリルの手に目だし帽とサングラスを押しつけるとスタスタ歩き出した。
「待って、ローブとか仕舞うから!」立ち止まってくれないハーマイオニーを追って、ダリルがもぞもぞとローブを脱ぐ。腕にローブと目だし帽を抱えて、ハンドバッグを開けようとしていたら傍らに座っていた人の頭をハンドバッグで殴ってしまった。浅く被っていたナイトキャップが吹っ飛ぶ。若い魔法使いがぎょっとした顔でダリルを見ていた。焼け野原がダリルの目の前に現れる。
「わ、ワフリング先生!」
ちょっと赤くなった頭皮と慌てる男の声とがダリルを我に戻す。ハーマイオニーが数メートル先で呆れた顔をしていた。
「あの――私――その――」俯いたままの老魔法使いに向けて、ダリルはしどろもどろ謝罪を口にしようとする。「殴る気はなかったんです」そりゃそうだろう。誰も「よーしハンドバッグで人を殴るぞー!」などとは画策しないはずだ。
ダリルがオロオロしているとバーテンがカウンターの向こうに落ちたナイトキャップを拾って、そっとはげ頭に乗っける。すると老魔法使いが顔を上げて、ダリルを振り向いた。間の抜けたというか、ハムスターみたく毒のない顔をしている。さだめし若いころは童顔とからかわれたに違いない。人の良さそうな顔をしていると思った通り、老魔法使いはダリルを叱り飛ばしたりはしなかった。
代わりにつま先から頭までじっくり見て、口元に蓄えたひげをモフモフ言わせながら老魔法使いが呟いた。
「厄介事に好かれそうな娘っこじゃの」突然に辻占染みたことを言われ、ダリルは憮然とした顔を作る。
そのままじーっと老魔法使いと睨みあっていたら、急に頭を押さえつけられた。「本当にすみません。彼女、そそっかしいところがあって――頭の、」老魔法使いが眉を寄せる。「ハンドバッグが当たったところは大丈夫ですか?」ハーマイオニーが問うと、老魔法使いは威厳たっぷりに頷いた。ハーマイオニーはダリルの脇を小突く。(言うべきことがあるでしょう!)ダリルは慌てて口を開いた。
「ほ、本当にすみません! あの、何か問題があったら……あったら」
マルフォイ家に連絡を下さいと言いかけたが、本名を出すのはまずいだろうと我に返る。今日ダリルは家にいることになっているのだ。それが漏れ鍋で人の頭をハンドバッグで殴ったなどと、如何言うルートでルシウスの耳に入るか分からない。「――あったら、病院へ行って下さい!」何故今日に限って「言われずとも」と思われそうな事を口走ってしまうのだろう。
ハーマイオニーは浅いため息をつくと、もう一言謝罪を零して、ダリルのローブをハンドバッグのなかに仕舞いこんだ。「行くわよ」もう問題を起こしてくれるなと言いたげな声音にダリルはコクコクと頷いて、ダリルのハンドバッグを手にズンズン進むハーマイオニーのあとへ付いていく。ハーマイオニーが戸を開けざま首だけで振り向いた。「貴女って、厄介事と結婚でもしてるの?」
ダリルは肩を竦めて「ハリーほどじゃあないわ」とぼやく他なかった。ハーマイオニーは「ハリーのほうがまだマシかも」と素気無い。
ションボリした気持ちも扉から見える景色に消えうせてしまった。
大勢の人が行きかう広い道、真ん中を四角いものが走っていく。その景色を何と言い表したら良いのだろう。良くも悪くも古いデザインを取り入れたがる魔法界の建造物と違ってマグルの建物は近代的に――ダリルには近代という概念がないので、スマートにと言うべきだろう――映ったし、ハーマイオニーから聞かされてはいたものの、ローブや三角帽を身につける人が一人もいないことにも驚かされる。
「わあ、凄いわ!!」はしゃいだ声で叫んだダリルは再び漏れ鍋中の視線を集めたが、幸いにして二人とも気づかなかった。
「漏れ鍋を出たら大声は駄目よ? マグルという単語も口にしちゃ駄目」
漏れ鍋にはマグル避けが掛かっているので、そこにいる間は例え扉があけ放たれていようとマグルの関心を引くことはない。ハーマイオニーは横ではしゃぐダリルを見て、額を押さえた。ただでさえ人目を引くダリルとマグルの街へ繰り出すなど無謀だったのだろうか。悶々と悩むハーマイオニーが諦めの満ちた声音を絞り出す。「あー、ダリル」ダリルが飛び切りの笑みでハーマイオニーを見やった。「とりあえず漏れ鍋から出たら、喋らないで頂戴」ハーマイオニーの台詞へダリルは殊勝な顔でコクリと頷いた。
勿論そんな約束が律義に守られるはずもない。
漏れ鍋から出た瞬間にダリルは漏れ鍋の隣にあるレコード店の看板を指して「あの丸くて黒いものは何?」と大声(ハーマイオニーは地球の裏側まで響いたのではないかと感じた)で問い、ハーマイオニーの不興を買った。当然ハーマイオニーは小声でダリルを叱ろうとしたが、ダリルは子供のように無邪気な笑みで「何?」「なんで?」「如何して?」を繰り返し、ちっともハーマイオニーの話を聞こうとしない。ハーマイオニーがすっかり不貞腐れた頃、やっとダリルが「ごめんなさい。ハーマイオニーを困らせる気なんてなかったの――ハーマイオニーと出かけるのが楽しくて、本当にごめんなさい」と己の非を詫びた。それからはダリルも反省して、大人しくなったので、ハーマイオニーは小声での会話を許可した。途端に口が大きく開いたものの、ハーマイオニーが睨むと小さくなった。
「その、ハーマイオニー」ダリルが怖々音を紡ぐ。「二人きりで出掛けるのって、初めてね」
最後まで口にしてもハーマイオニーが嫌そうな顔をしないので、ダリルは酷く嬉しそうににっこり微笑んだ。
人通りが少ない小道に差しかかったこともあり、ハーマイオニーもやんわり微笑む。その笑みを見たダリルがぱっと顔を明るくした。
「そう言えば、私も誰かと二人きりで出掛けるっていうのは初めてかもしれないわ」
「ああ、いつもロンとハリーと三人一緒だものね」
クスリとダリルが笑った。ハーマイオニーが頷く。「貴女と一緒にいると、私って女の子だったんだって思いだすわ」
ハーマイオニーの言う通り、ハリーとロンと三人で居る時の彼女は然して少女を感じさせない。それは何もハーマイオニーが男勝りだという訳ではなく、少年二人に少女一人とは思えないほどに“しっくり”くるのだ。少年三人でいるような、少女三人でいるような、子供が三人集っているような――性別と言う垣根がそこにはなかった。ダリルだってフレッドとジョージと一緒にいるけれど、最近は六人で一緒にいるほうが多いし、何よりも二人との間には年齢という垣根がある。男だ女だと言う前にまずダリルは子供扱いされていて、皆もダリルとフレッドとジョージを対等な友人関係と言うよりは疑似的な兄妹関係と見ることのほうが多かった。
「貴女はいつだって女の子よ。それがとても羨ましいわ」
ダリルは微かな羨望を込めて呟いた。同時に心中で「早く大人になりたい」と望む。セドリックも、フレッドも、ジョージも、アンジェリーナも、アリシアも、リーも、ダリルが肩を並べたい・対等でありたいと思う相手はいつだって年上だ。
ハーマイオニーはちょっと不思議そうな顔をしたが、「貴女って同い年と思えないほど大人っぽいわ」と口にした。それを聞いてダリルは苦笑する。ダリルとハーマイオニー、果たして大人びているのはどちらだろう。「私は誰よりも子供よ」ぽつんと零すと同時に二人は小道を抜けて、人と車が多く行きかう広い通りに出る。ダリルの小さな劣等感は雑踏に紛れてハーマイオニーの耳には届かなかった。
「こっちよ」
看板のようなものを一つ一つ見上げて、ハーマイオニーがダリルを呼び寄せる。ハーマイオニーのほうへ行きながら、ダリルは看板の前で列を作って佇む人々を見つめる。一体何をやっているのだろう。ハーマイオニーも彼らと同じように列の最後尾に並んだ。
「何をやっているの? 透明術のお店でもあるの?」
ダリルが小声で問うと、ハーマイオニーは呆れた声音で(ここはマグルの街よ!)と答えになっていない返事を囁く。腑に落ちない顔をするダリルへ詳しく説明しようとしたが、ハーマイオニーが口を開くより先に答えがやってきた。赤い箱がダリル達の並ぶ列に寄りそうように止まり、ゾロゾロとその中に人が吸い込まれていく。ハーマイオニーが呆然とするダリルのセーターの袖を引っ張った。
「バスに乗るわよ!」ダリルにとって“乗る”と言えば馬車か、舟か、ホグワーツ特急か、天馬かぐらいしかない。
マグルの世界では風呂桶に乗って移動するのだろうか。ハーマイオニーに呟いたなら「貴女こそ最もマグル学を受講すべき人だわ!」と金切り声で唸ったに違いない。ダリルは呆然としたままバスに乗り込み、ハーマイオニーがバスの利用方法を説明するのも聞いていなかった。「私が立て替えておくから、帰る時に“あっち”のお金で返して」ダリルにそう言って、ハーマイオニーはテキパキと乗車料金を払う。ぽんどとか、よく分からない言葉を耳にしたことから魔法界と通貨が違うのだろうということを辛うじて理解した。
呆然とバスに乗り込んだダリルだったが、自分達の前にバスへ乗り込んだ青年が運転席後ろの階段を上っていくのはきちんと見ていた。ダリルが傍らの椅子へ掛けようとしたハーマイオニーを引っ張る。何事かと眉を寄せたハーマイオニーを振りかえることもなく、ダリルが言った。「二階へ行きたいわ」ダリルは階段のほうをじーっと見ていて、上るまでは梃子でも動かないという風だった。
「……降りる時大変よ?」
ハーマイオニーが許可を出すより先にダリルはきゃあきゃあと歓声を上げながら階段を上り、ハーマイオニーは「ダリルは他国からの留学生でバスに乗ったことがないのだ」と思いこむことにより自分達に集まる視線を無視することに成功した。
ハーマイオニーが二階へあがると、やはりと言うべきか、案の定ダリルは一番前の席に掛けていた。目の前は一面ガラスで、街並みがよく見える。ダリルはニコニコと車窓から見える風景を眺めていた。バスに乗っただけでこんなに顔を綻ばす人がいるだろうか。
漏れ鍋でダリルと待ち合わせて以来不安と緊張の連続だったが、それが三十分も続くとハーマイオニーも如何でも良くなってしまった。何よりも異邦人の世話をしているのだと思いこめば何でも許容出来る気がする。ハーマイオニーは孫へ話しかけるより優しい声音を口にして、ダリルの隣に腰かけた。「楽しいみたいで、何よりだわ」ダリルはハーマイオニーのことなど無視して車窓に齧りついている。
「凄い……! こんなの初めてだわ。すっごく素敵! 凄く広いのね、こんなに広くて、人が一杯いるのって見たことないわ」
ホグワーツから見える景色も無論広大だが、その広大な景色には人の気配がない。天文塔のてっぺんからでもマグルの住む世界は稜線に遮られて見えず、目にすることが出来るのは絵画のように美しい代わりに何処か寂しい風景だけだった。
人々がちょろちょろと行き交い、店が立ち並び、ビルに空が切り取られる――生気が満ち溢れる広い世界はダリルを感動させた。その様があんまりに無邪気なので、ハーマイオニーは苦笑を浮かべる。
不意にダリルがハーマイオニーを振り返った。夢見る瞳が笑いかける。「箒に乗ってるみたい。私、箒乗れないんだけど」
一体いつ試したのだろうとふと疑問に思って、ハーマイオニーの頭のなかにパチンとドラコの顔が浮かんだ。いけ好かない少年だが、ダリルの目の前で荒事を起こそうとしないことには疾うに気付いている。ダリルが乗ってみたいとせがめば手伝っただろう。
「乗れないの?」ドラコはそれなりにスイスイ飛べるのだから、当然双子の妹であるダリルも飛べるとハーマイオニーは思っていた。
ダリルは輝く笑みで「落ちたの」と不名誉なことを口にし、ケラケラ笑う。相変わらず笑いどころが分からない。
一頻り笑うと、ダリルは再び視線を前に戻して車窓を覗きこんだ。ハーマイオニーも同じように覗きこむ。毎日中心街まで来るというわけではないが、それなりに見慣れた景色が茶の瞳に映った。それとも幼いころの視界が思いだされたかもしれない。ハーマイオニーだって今よりずっと昔は先のダリルのように二階へ上がりたいと両親にせがんだものだ。
ハーマイオニーはちらとダリルの横顔を見た。その瞳はまだ輝いている。
「ハリーは凄いわよね。あんなにスイスイ飛んで、ドラコだってとっても上手だけど、最初は全然だったのよ」
ダリルが感嘆のため息と共にそう口にした。
「貴方の話聞いてると、ドラコって名前のひとが別にいるんじゃないかっていつも思うわ」
「面白いわね」からかいのつもりだったのに、ダリルはまだ真摯な声音を返してくる。
きょとんとした瞬間、ブルーグレイの瞳がハーマイオニーを映した。楽しそうに、そして少し悲しそうに微笑む。
「同じものを見てるのに――私達別々の世界で暮らしているみたい」
街も空も、車窓から見える人も、何もかも玩具のように小さい。
十歩も歩けばこの国を横切ることが出来るのではないかとすら思えるし、少なくともマルフォイ邸からここに至るまでほんの三十分程度しか掛からないのに、ダリルはこの十三年をこの景色と無縁に暮らしてきた。ダリルにとってマルフォイ邸だけが世界だった時間、ハーマイオニーは己の住まう世界がどれ程広大か学んで過ごしただろう。マグルの世界で暮らし、十一の時に初めて魔法界の存在を知ったハーマイオニーと、魔法界で暮らし十一の時にマグルという生き物がいると理解したダリル。一見白と黒のように相反し、故に釣り合うような気さえするが、二人の間には大きな溝がある。マグルには魔法族の存在は秘されているが、魔法族にはそうでないからだ。
産まれてからの十一年間、ダリルはマグルに無関心だった。知ろうと思えば知ることが出来たにも関わらず、興味を持たなかった。どうせ己達よりも劣ったものと考えていた。スクイブかもしれないと思うようになってからも己が一番下にならないよう、「私はスクイブだけどマグルのほうがずっと劣っている」と慰める気持ちが少なからずあった。そんなダリルと、魔法界の存在を知って否定も見下しもしなかったハーマイオニーが釣り合うはずがない。ダリルは改めてハーマイオニーは素晴らしい魔女だと思った。
もしもダリルがマグルに産まれたら、こんな広大な世界を知っていて、あの小さな魔法界で生きようなどとは思わなかったに違いない。
ハーマイオニーは不思議そうにダリルを見返していたが、やがて考え考え言葉を紡いだ。
「そうね。それって凄く面白くて、そして少しだけ寂しいわね」
「大丈夫よ。ハーマイオニーにはハリーとロンがいるじゃないの」ダリルがカラリと笑って、ハーマイオニーから視線を逸らそうとした。
「今いるのは貴女じゃない」
ブルーグレイの視線が茶の視線と重なる。ダリルはパチパチと軽く瞬きし、ハーマイオニーの台詞の意図を探ろうとした。ハーマイオニーがちょっと顔を顰めて、もどかしそうに言葉を続けた。「純血の魔女、ダリル・マルフォイがいるわ」そう言うなりそっぽを向いてしまう。
『言葉が通じているのに、ちょっとした行き違いから相手を理解出来ず、自分も理解されない』
手を伸ばすから繋がるものがある。殻に閉じこもらないから見えるものがある。世界は広く、人の過ちを飲み込むほどに大きい。
ダリルはクスクスと笑った。ハーマイオニーがばつの悪そうな顔をする。
「そうだったわね。純血で、よく魔法薬学のレポートを貴女に手伝ってもらう私の隣には、マグル生まれで学年主席のハーマイオニー・グレンジャーがいるんだったわ」
「薬草学もきちんと入れて頂戴」
ハーマイオニーがピシャっと宣言して、それから二人で顔を見合わせて笑った。
どうやら世界はまだ繋がっているらしい。
七年語り – LULL BEFORE THE STORM