七年語りPHILOSOPHER’S STONE
28 少女たちは等しく、

 

「お父様ったら、ジョークがお上手なんだから。ねえ、ドラコもそう思うでしょう」
「まあ、僕もちょっと考えてみましたけど、やはり父上の意見を通すのは無理ですよ」
「ね、ドラコもそう思うって!」
 ダリルはドラコの同意を得て、満面の笑みを浮かべた。

 いったいいつ仲良くなったのか――ルシウスは顔を不機嫌に歪める。
 かつて最悪の仲だった二人は、今や四六時中行動を共にするようになった。とはいっても付きまとっているのはダリルのほうである。ドラコドラコとダリルが付きまとう内に根負けするのはドラコで、ドラコは箒に乗らなくなった。
 それでは箒の柄の代わりに何を握っているのかと言えば、羽根ペンだ。ドラコは午後になると、庭へ行く代わりにダリルの部屋を訪れるようになった。尤もそれはドラコがダリルへ親しみを感じているからというよりも、切迫した状況の故だった。
 今となってはナルシッサとのマナー教室も、ルシウスの口答式テストも、父娘の触れ合いも全ておじゃんだった。ダリルが三日間何もかもを放棄したおかげで、それどころじゃなくなってしまった。進級に関わる課題を消化するのを、邪魔するわけにはいかない。
 ドラコがダリルの課題を手伝うのに難色を示していた両親だったが、食事の席でちょっと顰めつらするだけで、表立ってドラコの手伝いを止めさせようとはしなかった。何しろドラコは口が上手かったし、両親から信頼されている。

 そういうわけで、二人は午後になるとダリルの部屋で頭を抱え込む作業に没頭するのだが、ドラコは「魔法が使えて良かったよ」とか「なんなんだこの問題。こんなこと、いつマクゴナガルが話した」とか「なんだって僕がお前の不始末を手伝わなきゃいけないんだ」とかぶちぶち言っており、手と口で別々のことをしたがっていた。こんなことしたくないんだと喚く割に、ドラコは適当なレポートを書いたりはしなかった。ダリルの意見を伺ってから、「まあこんなものか」とさらさら書かれたレポートは誤字脱字にさえ目を瞑ればダリルの書いたものと言って違和感のないものに仕上がっていた。ドラコはご丁寧に、ダリルがよく間違うスペリングまで再現してくれる。
「私、全部って言うのにすべからくなんて使わないわ。すべからくって、全然別の意味じゃない」
「ちょっとぐらい間違ってたほうが、お前が必死こいてやったように見えるだろ。お前は語彙力が養われない鳥頭だからな」
 ダリルは口を尖らせたが、兄をなじったりは出来なかった。手伝ってもらっているのは自分なのだし、そういう事態を巻き起こしたのも自分だ。――しかしドラコが自分になんと言おうが、課題を消化するのが困難であろうとも、ダリルは幸せな気持ちでいた。
 今となってはもうドラコを避けなくても良いし、向こうもダリルを避けたりはしない。ドラコと呼んで寄って行けば、鬱陶しそうにするものの、もうドラコの口の中にフロバーワームは住んでいないようだった。
「ふふ、なんだかとっても楽しい」
 ダリルは『変身術における質量保存の定義とは』というレポートを書きながら、カーペットの上に寝転がって作業をしているドラコに笑いかけた。「レポートの書きすぎで遂に頭がやられたか……」ドラコがいつかこうなると思ったという顔で、同情するようにダリルを見返す。
 ダリルに出された課題の多くはダリルの得意な魔法論に絡めたものであり、当然ドラコはそういったものを手伝うことは出来なかった。彼は生まれた時から魔法が使えたし、質量保存だとかいう訳のわからない言葉に頼らなくても変身術を体で学ぶことが出来る。
 ちょっと挑戦してみたこともあったが、こんなものをやっていたらいつか気が狂うというのがドラコの感想だった。
「魔法が使えないってつくづく面倒だな」
「そうでもないわ」
 ダリルはきょとんとした顔でドラコの台詞を否定する。
「魔法が使えなくても、ドラコがいるもの」
 別に自分は魔法が使えない奴に満遍なく優しいわけではないとか、流石のお前でも僕の有難味は分かるかとか、色々言いたい事はあったが、幼い頃から何ら変わるところのない無垢な笑みで露骨な好意を口にされるとドラコはもうダリルに何も言う事は出来なかった。

 数年の溝を埋めようと思っているのか――それとも元からこんな風だったのか、ドラコは自分ばかりがずっと損をしてきたとか、ダリルの我儘に振り回されてきたとか、色々な不満を覚えていたものの、そういえば幼い頃からダリルはドラコを振り回す代わりに、人が恥ずかしくなるぐらい素直な言葉で愛情を告げたものだ。大体そうでなければ「死ぬ時も一緒」だなんて五歳の子供が口にするはずない。
 だから、溝も何も無関係に、ダリルがただ全く変わっていないだけなのだとドラコは思った。
 変わったことと言えば、そう愛を紡ぐダリルが美しくなったことぐらいで、しかしそれが一番重要な問題だった。

「結婚相手が見つからなかったら、ドラコと結婚しようかしら」
 ニコニコと羽根ペンを動かすダリルが鼻歌交じりに零した台詞が、如何言う意味なのかドラコにはとても気になった。
 しかしこれでドラコはますますダリルのお願いに逆らえなくなっていくだろうとも感じた。
「まあ……オールドミスのキャリアウィッチも今流行ってるからな……」
「そうよね。マクゴナガル教授みたいな女の人になりたいわ」
 その年になっても自分達はこんな風なのだろうか。それはちょっと困る気がする。
「……最悪僕が何とかするから、結婚は一度しておけ」
「もう。急にコロコロ意見が変わるんだから」
 嫁に行くなとも思うし、嫁に行って普通に暮らしてくれとも思う。
 矛盾する理由を掘り下げようと思ったが、ドラコの思考はダリルに翻弄され続けるのに忙しかった。
「そうねえ、結婚するならクィレル教授みたいに、優しくて学者肌の人がいいわ」
 ドラコが何を考え言ったところでダリルは自分の好きなようにするのだろう。そうしてくれなければ、ドラコが困る。
「勝手にしろ」
「えっ」
 すれ違いや、相手を理解できないという気持ちはまだまだ互いに存在していたが、二人は改めて互いが互いにとって特別な存在であると承知することが出来た。それが――今まで自分達にベッタリだった兄妹が二人だけでキャッキャしているのが面白くないのは、親達である。

 冒頭の騒動にはそんな四人の思惑が露骨に表れていた。
 カウントダウンパーティに行きたくないダリル。妹がそう言うならと味方につくドラコ。たまには息子を独占したいと思うナルシッサ。三人のひとまずの目的は同じところに集っていた。つまりダリルをカウントダウンパーティに連れて行かない、ということである。
 一方ただ一人で母子連合軍に抗う存在がいた。ルシウスだ。
 ルシウスはまだダリルをカウントダウンパーティに連れて行くのだと強情を張っていた。
「それに課題のことはドラコが手伝っているだろう。二人掛かりでやって、それで終わらないというのは如何言うことだ」

 話は冒頭に戻る。

 四人が話し合っている場所は食堂で、夕食を取りながら意見を口にし合っている。それもルシウスの気に入らないのだった。食事中は和やかな話をしたいものだし、第一家族会議すらする時間が取れない量の課題を、短い休暇でやらせるなんて間違っていると思った。
 カチャカチャと食器が鳴る。激しい討論の最中に沈黙が出来るのは仕方のないことだった。ルシウスはマッシュポテトを咀嚼する。
 すると下手に座っているダリルとドラコが目配せを送り合った。それもルシウスの機嫌を損ねるのであった。
 小さい頃からドラコドラコと大騒ぎ。ドラコと一緒がいい。ドラコのところがいい。幾ら双子だからと言ってダリルのドラコに対する執着は異様なものがある。一体全体如何してあんなに執着するのだろうかと、疑問に思ってダリルが幼い頃聞いてみた事もあった。
『ダリルは、ドラコの肋骨から産まれたのよ』
「あ――……ゴホ、この……ボーンリブステーキは……素晴らしいな」
 ルシウスはちらっとダリルのほうを窺いながらそう呟いたが、ダリルがルシウスの台詞にどきっとした様子は見られなかった。
「ルシウス、骨はどこにも付いていませんよ」
 ナルシッサだけはルシウスの言葉を聞き洩らさず、全くもって正論としか言いようのないいちゃもんをつけてくる。
「これはあばら肉の味だ」
 ももの辺りを買って来るよう言ったはずだが、ナルシッサはもうそれ以上茶番に付き合いはしなかった。

「お父様?」
 ダリルがルシウスに声を掛けた。
「ああ、何だ。言ってみなさい」
「私、勿論カウントダウンパーティに行きたいわ」
 ダリルが困ったように首を傾げて微笑む。ようやっと得た同意の言葉にルシウスが満足そうに頷いた。
「パンジーやダフネも皆来て、それで踊ったりするんでしょう。きっと皆、私がお父様と踊ったら羨ましがるわ――」ダリルはチラっとナルシッサのほうを窺ったが、ナルシッサはグレービーソースの壺をドラコに進めているだけで、不機嫌な様子は見られない。「お父様みたいに素敵で、若くて、格好の良い人と踊れるなんて誰にだって叶う夢じゃないもの」ダリルはにっこり微笑んだ。
「はしたないでしょうけど……」ダリルは細い指で口元を隠して、はにかんで見せた。「きっと冬休み明けにパンジーやダフネから羨望の目で見られるって思ったら、私だって何も好き好んでお父様と一緒に過ごす機会を逃したくありませんわ」
 ドラコは、何故ダリルがグリフィンドール寮に組み分けられたのだろうとちょっと考えていた。
 多分こいつはスリザリンでも十分好き放題やっていけたに違いない。
「私、こんなに魔法が使えなくって損だなって思った事はありませんのよ」
「なら来ると良い。あの課題の量が多すぎるんだ……」
 呻くようにルシウスは呟いた。
「お父様に恥をかかせたくないから、私頑張っているのに」むっとダリルが膨れた。「お父様の娘として、マルフォイ家の娘として、私恥ずかしくない選択をしているはずよ。ねえお父様、きっと明日一日頑張れば残りの休暇はお父様とゆっくり過ごせると思うの」
「パーティより、何より、お父様と一緒に過ごすのが私にとって一番大事」
 食後、食堂を後にするドラコはダリルの口から「お父様って単純。でも私、そこがとても好き」という笑みを耳にした。

「お前……」
 まさか僕に対してはそう思ってないだろうなと聞こうと思ったが、聞いたところで結論は見え透いている。
「如何したの?」
「何でもない」
「そう」
 ルシウスからパーティに行かずとも良いという許可を貰い、ダリルはご機嫌だった。ふんふんと鼻歌を紡ぎながら、ワンピースの端を摘まんでヒラヒラさせている。踊るように廊下を歩くダリルはヴィーラのようでもあった。

 まあご機嫌なのも当然だろう。面倒くさいパーティには行かなくて良いし、家で気楽にしていられるし、課題はもう全部終わっている。
 今回の計画を立てたのはダリルだった。元々計画が上手くいったところでドラコには何の得もないのだから当然と言えたが、嬉々として話を進めていくダリルに心の底から「何故お前がグリフィンドールなんだ」と思わずにいられなかった。
 ナルシッサが息子と水入らずで過ごしたがってることに当のドラコは気付かない。彼には、自分が母親から特別愛されているという自覚はなかった。それでダリルは「別にそんな大した計画じゃないわ。そう思うのは、ドラコがトロールだからよ」と苛立たしい揶揄を自分に投げかけたが、それも否定しきれないかもしれないとドラコは考え出している。ひょっとして、僕は本当に鈍感なんだろうか。
「ねえドラコ」
 不意にダリルが歩を止めるので、ドラコも彼女に向き直る。
「なんだ?」

「私以外の女の子に優しくしたら、駄目よ」

 ダリルの好きにさせてやりたいけど、なんか他の男が周囲をうろついていると苛立つ――その矛盾する気持ちはダリルも同じだったようで、ドラコの幸せが私の幸せとほざいた可憐な唇で今はドラコの動きを制限する。
「貴方って鈍感なんだから、ほいほい優しさ振りまいて、後で大変になるのはドラコなのよ」
 女の子って皆、狡猾だ。ドラコはそんなことを思った。
 

少女たちは等しく、

 
 


七年語りPHILOSOPHER’S STONE