七年語り – PHILOSOPHER’S STONE
32 好奇心は鼠を殺さない
「我輩が一番最初の授業で何を作るよう言ったか、覚えているかね」
「ええ、まあ……おできを治す薬でしたわ」
ダリルはスネイプの質問へ素直に答えながら、何故呼び出されたのだろうと考えていた。
イースター休暇が近づく頃となっていた――季節は春へ向かっているというのに地下牢のなかは冷え冷えとしている。それだけで居心地悪く感じたし、何より今日はこの広い地下牢へダリルとスネイプの二人きりだった。
スネイプは教壇に立ち、ダリルは一番前の席に座らされている。今までずっとホルマリン漬けを気味が悪いと思い続けてきたダリルだが、スネイプの間近に座っているぐらいならホルマリン漬けと一緒に眠るようと命令されたほうがずっとマシだと思った。
ダリルは相変わらず魔法薬学の授業でスネイプから睨まれるばかりだったが、授業時間外でまで怒られなければならないほどの失敗は仕出かしていないはずだった。ウィズリーの双子じゃあるまいし、教員に呼び出されるのが不思議ではない学校生活は送っていない。
……はずだと、思う。
ひょっとして、こないだの魔法薬学で、スネイプが後ろを向いた瞬間に彼の背へ舌を突き出したのがばれたのだろうか。いやまさかそんなことだけで、休日に呼び出すほど怒ったりはするまい。そうなると、ドラコに関する事だろうか。ドラコが少し元気がないとか、具合が悪いとか、それで呼び出したのかもしれない。しかしそれにしては地下牢に来るようにと告げなくても、その場で話し始めればいいことだ。
首を傾げながら指定の時間に地下牢へやってきたものの、未だにスネイプが自分を呼びだした意図を理解出来ないままでいる。
「そこに材料がある。作ってみろ」
スネイプの指したとおり、ダリルが座っている席の横には材料があって、鍋にはお湯が沸いている。あとでスネイプが何か調合するのだろうとばかりに、他人ごとだと思って感心を寄せていなかったため急な命令にダリルが目を見開いた。
大体作れと言ったって、ダリルは瞬間記憶能力があるわけじゃない。自分の取ったノートか、魔法薬学の教科書ぐらいは必要だ。
「今……? そもそも、如何してまた、そんな薬を」
「グリフィンドール」から一点減点。
そんなことを言われる前に、ダリルは慌てて席を立ち、干しイラクサを掴んだ。
「おできを治す薬ですね……!」
半ばやけくそという調子でダリルは頷くと記憶のなかからおできを直す薬の作り方を引きずりだした。
幸いなことに――というべきなのだろうか、スネイプから習ったなかでは一番簡単な薬だった。しかし、あの日スネイプから「出来そこない」と言われたことで、習った殆どは頭のなかから吹っ飛んでいる。
どうせ減点されるんだったら、スネイプの顔じゅうにおできを作ってから一点でも十点でも引いてもらえばいい。
ヘビの牙を砕きながら、ダリルは鍋に入れた角ナメクジの茹で具合を見る。ダリルはほんの少しルシウスの口答式テストに感謝した。今ダリルの頭の中に辛うじて残っている、おできを治す薬の作り方はそこでドラコが答えていたものだ。
角ナメクジが茹であがったら取り出し、干しイラクサを入れ、砕いたヘビの牙をいれて、干しイラクサの色がお湯に移るまで待ち、干しイラクサがくたっとしたらそれも取り出し、火から下ろして、山嵐の針を入れる。針を入れる際に鍋のなかの熱い水薬に触れてしまった。
「あっ」
ダリルは火傷した指を傍らに置いてある濡れたタオルで指を拭いた。
ふーというため息に視線をあげると、いつの間にか近くに来ていたスネイプが鍋のなかを覗きこんでいるのが見えた。
「帰りたまえ」
「え?」
ダリルが呆気にとられていると、スネイプがダリルの腕を掴んで、ズンズンと引っ張っていく。入口についた途端ダリルの背をどんと押し、ダリルが振り返る間もなくピシャンと扉を閉めてしまった。ノブを回すが、鍵が掛かっている。
「何なの……! 一体、人を呼び出して、わけのわからない薬を作らせて、何だったって言うのよ……!!」
ダリルは軽く扉を蹴ると(音が出ないよう苦心したので、撫ぜたと言った方が近い)そのまま肩をいからせながら地下牢を後にした。
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スネイプはダリルが作ったおできを治す薬をマジマジと――否、おできを治す薬になるはずだったものをマジマジと見つめていた。
本当なら茶色のねばっとしたものになるはずのそれは蛍光緑のさらっとした水薬になっていた。
ダリルの手順に可笑しなところはない。山嵐の針を入れるタイミングも、角ナメクジの茹で時間も、干しイラクサの量も、なんら可笑しなところはなかった。第一どこを如何間違えても、ここにあるものだけではこんな色の水薬は出来ないはずだった。
スネイプはスポイトにちょっとその薬を取ると、地下牢のなかを見回した。ちょっと間を置いてからスネイプは魔法薬学準備室へ戻ると、棚の上にある水槽を下ろし、その中にいるラットを一匹摘まみだした。親指と人差し指で口をこじ開け、スポイトの中の薬を飲ませる。
スネイプの手の中のラットはくたっと首を倒した。死んだのか――そう思ったスネイプだったが、ラットは冷たくならない。
目を開けて、ぐったりしている。眠っているのか、気絶しているのかは分からなかったが、スネイプにはその反応だけで十分だった。
このラットと同じように、目を開けたままぐったりしていた少女をスネイプは知っている。
まだスネイプが死喰い人として活動していた頃で、ヴォルデモートも、リリーも、まだ生きていた頃だ。
生きていたけれど、もうその頃ポッター家を襲撃するということは決まっていて、スネイプはダンブルドアに縋るか如何か迷っていた。
何しろ忙しくて、悩み事が多くて、ルシウスに診てくれと無理やり引っ張っていかれたのも面倒臭いとしか思っていなかった。ダリルがブルーグレイの目を開けたままぐったりとベビーベッドの中に横たわっているのを見た時も、如何でも良いと思った。
スネイプは癒師ではないし、そもそもルシウスがスネイプにダリルが何の薬を摂取したかどうかをはっきりと話さなかったので「脈も弱ってますし、その内死ぬでしょうね」と残酷な感想だけを残して、何もしなかった。
薬品棚に突っ込んだということでスネイプを頼ったのだろうが、それはお門違いというものだ。
何を考えて自分を呼んだのだろうと首を傾げたきり、その疑問は如何すればリリーが死なずに済むかという思考に塗りつぶされた。そうしてそのまま――次に見たダリルが元気にしていたこともあり、彼女が生死の境を彷徨ったのは忘れてしまった。
スネイプはラットを机の上に置くと、椅子に腰かけてた。額を押さえて項垂れる。
『マクゴナガル教授が、彼女が魔法を使えない理由を探ってくれと言うので……』
クィレルの台詞を思い出してスネイプは深いため息をついた。関わりたくはなかったが、恐らく責任は自分にあるのだろうと思った。
すっかりスネイプは忘れていたことだったが――スネイプは死喰い人だった際にマルフォイ邸の地下室で仲間の死喰い人から要り用だと頼まれた薬をルシウスと共に作ったりもしていた。薬品を入れておく棚は二つあり、ルシウスの個人所蔵のものと、死喰い人達が使うためのものと分かれていた。丁度ハリーが生まれた頃に、スネイプは強力な生ける屍の水薬を作ってくれるようベラトリックス・レストレンジに頼まれて、完成したものを棚に収めておいた。ベラトリックスが取りに行くと言ったからでもあったし、スネイプ自身彼女に会うのは気乗りせず、言われるがままに――棚へ――どちらの棚へ、収めただろう。スネイプは十一年も昔のことを思い出す。
どちらに収めたかは覚えてないが、その後もう一度同じものを頼まれたのは確かだ。どうせどこかで落としでもしたんだろうと思ったが――それが、ルシウスの個人所蔵の棚のほうに置いてあって、それで……。
スネイプはとうとう頭を抱え込んだ。
あの時のダリルと、このラットの症状は生ける屍の水薬に依るものと類似している……スネイプはベラトリックスに頼まれて一生目を覚まさないような、強力なものを作った……なんでダリルは……今起きて、ピンピンしているのだろう……如何してダリルの作った薬が生ける屍の水薬と同じ効果を持っているのだ。スネイプは暫くそのまま座り込んでいたが、おもむろに地下牢のほうへ戻って行った。
そもそも生ける屍の水薬を経口摂取ではなく、塗布した場合どういう効果があるのだ。
若干の好奇心と共にスネイプはスポイトにダリルの作った薬を満たして、また別のラットで試してみようと戻ってきた。
七年語り – PHILOSOPHER’S STONE