七年語り – PHILOSOPHER’S STONE
04 騎士の条件
クィディッチの話に薄い笑みを浮かべるドラコはダリルの心を慰めてくれた。
例えそれがパンジーに向けられたものだったとしても、彼の笑顔を見るのは久しぶりで、自分がみたことのない高い視界からの景色を語る言葉はダリルをわくわくさせた。幼いころのようにドラコの話へ耳を澄ましていると、何もかもが夢幻のようだった気さえする。
まさかダリルのように魔力に欠けるわけではないだろうが、ドラコの太鼓持ちのためか皆がさも「箒に乗ったことがありません」という顔でいるのもダリルの気を楽にした。勿論テストでもするかのように魔法を使ってみせてよと露骨に言うような無礼はない。しかし魔法の話題や、マリウス・ブラックを嘲笑う皆に同調したり、マグル出身の魔法使いへの罵りへ頷く度にキリキリとダリルの首が絞まったものだ。
ダリルは魔法どころか、魔力を示した事さえ一度もなかった。
スクイブの自分に比べればマグル出身であろうと魔法を自在に使える彼らのほうが優れているだろうと思ったし、マリウス・ブラックに関しては言わずもがなだ。(奥方のおかげで――ブラック家の良いとこどりだけして、マルフォイ家はますます繁栄していきますな――こんな利発なご子息と美しいお嬢さんがマリウス・ブラックやシリウス・ブラックのような出来そこないを生み出すはずがない。今まで一番の名家と言えばブラック家だったが、その認識からして間違っていたのだろう。ルシウス、君の親族に奴らのような出来そこないがいたことがあるかい?) これから生み出すどころか既にマリウス・ブラックを抱えているかもしれない両親へ捧げるには最悪の惨事だった。
マリウス・ブラックはナルシッサの大伯父ではあるが、スクイブだったためにブラック家から追放された。ダリルが七歳になるまで彼を槍玉にブラック家の腐敗を嘆くのがナルシッサの十八番だった――とは思っていたが、こうして自然に話題に上るということは、ダリルのいない席では相変わらず彼女の十八番はマリウス・ブラックから始まりアンドロメダ・ブラックで終わる、例の演説だったのに違いない。
縋るように自分を掠めたナルシッサの視線がダリルの予想を裏付けてくれた。今更そう傷つかない。それとも他のことで疲弊しすぎて感受性が麻痺しているだけなのかもしれない。そのおかげで母を安心させるように微笑み返すことが出来た。
降り注ぐ光りの雨を受けながらジェスチャアを交えて活き活きとクィディッチの話をするドラコをぼんやり見つめる。このままずっとパーティが終わるまで、こうしてドラコの話を聞いていられれば良いのにと脳裏に浮かべる。
しかしそれも儚く、ブルーグレイの視線がさっと刹那交差するとドラコは途端に表情を歪めた。
「何か相槌のひとつでも打てないのか?」
ダリルを睨みながらそう呟く。
「あ……ごめんなさい」
突然の言葉に返すべき言葉が浮かばなかった。
パンジーの相槌に機嫌良くしていたはずなのに、急にどうして機嫌を悪くしてしまったのか皆目検討もつかない。知らぬ間にドラコの機嫌を損ねるような態度をとっていたのだろうか? 訳が分からなくて、もう考えることさえ億劫で、そんな自分が嫌で、謝るほか出来なかった。ドラコにパンジーより気がきかないのだと思われただろう、そう考えると酷く悲しかった。
反論するでも言い訳するでも茶化すでもなく黙りこむダリルを一瞥するとドラコは立ち上がり、広間のほうへと歩きだした。
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ダリルがこの半日で疲弊しきっているのは分かっていて、だから何を言ってもこう卑屈に黙り込んでしまうだろうことは分かっていたのに、実際そうさせてしまった自分が堪らなく不愉快だった。ドラコはこんな馬鹿げた会を開いた父を恨めしく思う。
昔からダリルはこうした会合を好いていなかったし、同い年の少女らと席を同じくすると縋るようにドラコの腕へ抱きついていたものだ。「わたし、お茶もお菓子も如何でもいいわ。そんなものより、庭には林檎がたわわに実っているわよ」ドラコに交じって外で遊び呆けるダリルを見て眉をひそめる少女たちへ、勝ち誇った笑みで笑っていたのはダリルだった。内気な妹が自分がいるという、ただそれだけでそんなにも強気に振舞っていた。女王然とした妹と共にいると一国の王様になったように思ったものだ。
いつまでもいつまでもそうなのだと思っていた。鏡のように同一であることを望む彼女とは違い、自分は早くから彼女と自分の違いを理解していた。同一であるよりも対でいたかったのだ。彼女が王女なら自分が王子だった。彼女が女王なら自分が王様だった。
なのにいつからこうなってしまったと言うのか。確かに全ての始まりは彼女がスクイブかもしれないという、それからだった。しかし彼女がスクイブでなかろうと、きちんとした魔女であろうと結局いつかはこうなってしまっただろう。
昨夜に父親から言われた言葉を思い出す。
回廊から一歩内へ足を踏み出すと、先まで自分を包んでいた光が嘘のように消えてしまった。人工的な明かりの灯る廊下へ立ちつくす。
『お前にダリルの世話が出来ないのなら、お前の代わりを探さなければならない』
ダリルは自分の腕に抱きつかなくなった。ドラコがすぐ傍にいても、もう女王然としたあの笑みは浮かばない。もう庭を駆け回ったりはしないし、木登りも出来なくなった。伸びた髪の分憂鬱そうにしている時間が増えた。肌が白くなった分卑屈になった。
父親の台詞は尤もだと思う。ドラコはもうダリルの世話をしたくないし、彼女と一緒にいるのも嫌だ。ダリルが自分を必要とするのを感じれば感じるほど突き放したくなる。裏切りを感じた。元通りになれるかもだなんて期待を持たせて、自分と一緒にホグワーツへ行くのだなんて、なのに、ダリルは今日堪らなく不安だったろうに、助け船を欲していただろうに一度として自分の腕をとらなかった。
『私、ホグワーツに行く』
『あなたと一緒に、ホグワーツへ行くわ!』
馬鹿げてる。ドラコは胸の奥で呟いた。馬鹿な奴。どうせホグワーツに行ったって、今まで通りの面子で変わらぬ付き合いをしていくだけなのに、それで一体何が変わると言うんだ。零れた水が篩に戻るはずなどないのに、ダリルの子供騙しに縋りかけた自分が情けなかった。
ルシウスは今日一日二人を観察した結果として、やはりドラコにはダリルの世話が出来ないという判断を下すだろう。
それで構わないし仕方のないことだと思ったが、改めてそう考えると堪らなく憂鬱だった。
ダリルにドラコの代わり――お目付け役を宛がうのは二人の仲が悪いとか、ダリルが病弱だからとか、そういう表面上の理由だけではない。元からホグワーツへは、外へは出すのつもりのなかったダリルは父からの甘やかしもあり純血主義やら社交やら闇の魔法とは無縁の生活を送ってきている。今までは天使のようだと甘やかしてきたが、外界へ送り出すには“マルフォイ家に相応しい思想”を植え付ける必要があった。洗脳とまでは言わないが、ダリルはおっとりした心優しい娘であるからして、自分の傍に純血主義の人間が居れば、その相手を好いていれば波風立ててまでマグル出身と付き合おうとはしないだろう。そうなれば徐々に純血主義の思想が彼女自身にも沁みこむだろうとルシウスは思ったのである。下手にマグル出身と付き合われてはダリルが“マリウス・ブラック”だと知られかねなかったし、例えダリル本人の意思を無視したものであっても、ルシウスにとってはそれが一番全てが丸く収まる方法のように思えた。
ルシウスはボンクラではない。ドラコがダリルのことを心から嫌っているわけではないとは疾うに理解している。しかしドラコがダリルの意思を無視してまで純血主義を押し通せるか考えれば、彼をお目付け役としておくのは危険な賭けである。
ルシウスは広間にトボトボと一人帰ってくる息子を尻目に、さてどうするかと策を巡らせるのだった。
七年語り – PHILOSOPHER’S STONE