七年語り – 1993’s summer diary
1993.06.24. come across
六月二十四日、晴れ
モップを捨てるのは無理だった。というか、デカすぎて、僕でも取り押さえるのがやっとだった。決して僕が非力だということではない。自分と殆ど同じデカさの犬を引きずって焼却炉まで行くのは困難を極めた。それに父上は「面白いから、放っておけ」なんて言う。ダリルがモップに手を焼くのを見るのが、そんなに楽しいんだろうか。「あの犬、雄ですよ」と言ったら、少し気難しげな顔をした父上に「お前は少しダリル離れをしたらどうだ」などと訳の分からないことを言われてしまった。ダリルに「ドラコ離れをしたらどうだ」と言うべきではなかろうか。ダリルはすっかり僕にモップの躾を手伝わせる気でいる。「ブラッシングする間、押さえていてね」とかなんとか、クィディッチの練習をする暇もない。飽き飽きしたので、ダリルが「いや、触らないで!! こっち来ないでえ!!」と喚いているのを無視して逃げてきた。多分暫く無視されるだろう。それとも困っている風だから、僕のご機嫌取りにくるかもしれない。
だから犬なんぞ拾ってくるなと言ったんだ。一度も言ってないが、こうなることは目に見えていたはずだ。本当に、あいつは馬鹿だ。
父上は「犬如きがダリルを如何こう出来るはずもあるまい」と余裕しゃくしゃくだったが、二階からはダリルの悲鳴が聞こえてくる。寝室にいた母上の耳にもバッチリ聞こえてしまったらしく、ダリルは今日夕食の席にこなかった。連日の騒ぎのせいで、地下牢に入れられていたらしい。ちょっと可哀想になったから、夕食の後パンを持って行ってやった。扉についている鉄格子の隙間から、パンを食べるダリルへ「悪いことは言わないから、犬を捨ててこい」と話しかけたら、ダリルはパンを食べる手を止めて、首を振った。
「捨てられないわ。あの子、もう年寄りなのよ。子犬なら兎も角、飼ってくれるような人なんていないもの」
モップのことについて言っている台詞とは思えないほど切羽詰まった声だった。
ホグワーツに行ってから、ダリルの偽善に拍車がかかった。父上や母上みたいに自分で自分の尻拭いが出来るなら兎も角、厄介を大量に抱え込んで、自分のことさえ人に手伝ってもらわないとままならない状態なのに、他人の世話を焼いて如何すると言うのだろう。「お前のやってることは無責任の極みだぞ」と指摘すれば、黙り込んでしまった。やがてハラハラと泣きながら「どれが一番大事か分からないの。不安なの。私が、私の知らないところで何が起こったのか考えたくないし、目を離したら何もかも消えてしまいそうで、怖いの。手離したくないの」と言った。昔はこんな風じゃなかった。間違いなくダリルの一番は僕だったし、僕以外のことに無関心だった。そりゃ昔から同情的なところはあったが、己の手を汚してまで、相手へ手を差し伸べることもなかった。モップのことだって、前のダリルだったら病院に連れて行って終わりだっただろう。昔は、多分、一昨年の夏まではこんな風じゃなかった。
僕の知らないところで何かしているのだろうなとは思う。去年も今年も、学期末には必ず医務室にいる。しかも僕に会うことすら拒んで――今年はスネイプ教授から面会謝絶の旨聞かされたのだが、去年拒んだのはダリルだった。
眠るのが怖い。意識を失うのが怖い。目を離すのが怖い。知らないでいることが怖い。この二年間でダリルの口から漏れた言葉のうちで印象的なものを纏めても、ダリルに何があったかは分からない。父上あたりは色々知っているのだろうが、そういうことを教えてくれはしない。ダリルも父上も「大丈夫」と誤魔化しを口にして、「何でもない」と嘘を付く。まあ、僕も知りたいとは思わない。
僕はダリルと逆のものが怖い。知ることや、視線を逸らさずにいるのは好ましいことではなかった。それで、やはり今日も目を逸らしてしまった。僕はダリルの台詞に応えないで、ダリルが地下牢に入っている間モップの世話をしてやることを約束した。
ダリルは無責任だし、自分の後始末も出来ない内に厄介ごとを拾い集めてくる馬鹿だが、ダリルは僕の家族で、そのダリルが飼うと言うなら、僕は結局手を貸してしまうのだと思う。魔法史のレポートと交換に、僕はモップの世話をすることになった。
ダリルの部屋に行くと、モップはダリルのベッドの脇で眠っていた。ダリルの服で寝床を作って、ダリルの気に入りのワンピースやサマードレスもビリビリに破かれていた。モップは幸せそうに眠っていたが、僕が身を屈めると飛び起きて、唸った。ややあってから、きょとんと僕を見つめ返し、ダリルの服に鼻先を埋めると静かになった。ダリルといる時のような乱暴をしないで、大人しくしている。不思議なことに、ダリルの洋箪笥から引きずり出してきたのだろう服はボロボロなのに、ベッドの上にある僕のローブは無事だった。
兎に角エサと水を前に置いて、ダリルの部屋を片す。これは変身術のレポートも追加だなと考えていると、洋箪笥の扉からリボンでまとめた手紙の束が大量に見えた。一昨年のクリスマスを思い返すに、読んだら怒られることは必須だ。服を洋箪笥に仕舞いながら、手紙の差出人を見る。ハーマイオニー=グレンジャー、ハリー=ポッター、ロナルド=ウィーズリー、ジニー=ウィーズリー、アンジェリーナ=ジョンソン、アリシア=スピネット、ケイティ=ベル、リー=ジョーダン、フレッド=ウィーズリー、ジョージ=ウィーズリー、見ているだけで頭の痛くなるような名前達だ。ポッターとの手紙の量は一番多く、ミス・レター宛とダリル=マルフォイ宛とがあった。まだ「ごっこ遊び」は続いているらしい。やはり“過ち”を犯しているのだろうかと訝しんだが、ポッターの手紙よりも怪しいものがあった。というか、一度もダリルの口から聞いたことがないし、ダリルと一緒にいるのを見たことも、人づてに聞いたこともない男からの手紙が、ポッターからの手紙よりも多かった。
見てはいけないとか、見たら叱られるとか、また平手打ちされるだろうとか、今のダリルは落ち込んでいるのにとか、それどころではない。束の一番上にあった封筒にはこう書いてあった。「セドリック=ディゴリーから、僕の恋人へ」訳が、分からない。
大体セドリック=ディゴリーって誰だ。ひょっとして、うわさに聞くストーカーというものだろうか。いや、だったらダリルが後生大事に手紙を仕舞っておくはずがない。というか、ダリルは僕と同い年だからまだ十三歳のはずだ。間違いなく同学年にはセドリックなんて気取っているようで中途半端に有り触れた低俗な名前の男子生徒はいない。つまり上か、下ということになる。多分上の学年だろう。ロリータ・コンプレックスなんて下劣な性癖を持っているのに違いない。ダリルは単なる友達のつもりが、相手が勘違いしてとか、そういうことだろう。なるほど、ダリルは性格こそアレだが、外見だけなら誰よりも綺麗だから、それに騙されたのかもしれない。大体ダリルはまだ十三歳だし、まさか、そんな、ポッター死ね、可笑しい、ひょっとしてグレンジャーあたりに何かとんでもない入れ知恵をされて、こんな愚行に走っているのだろうか。いや、そんなはずがない。大体恋人が出来たなら僕に言わないはずがない。つまり恋人だのなんだのというのは、単なる相手の気のせいか、ジョークに過ぎない。やれやれ、ダリルももう少し僕のようにハイセンスなユーモアを口にする男と仲良くなって欲しいものだ。否、女と。しかし落ち着いて考えてみればセドリック=ディゴリーとやらも災難だ。外見にホイホイひっかかって、そろそろダリルの性格の悪さにガッカリしていることだろう。ついでに女性不信にでも陥って、二度とダリルに近づけない体になれば良い。そもそもディゴリーなんて家名は、知らない。つまり名家ではないということで、そんな男が少なくとも五百年以上は続く純血名家であるマルフォイ家の娘であるダリルに釣り合うはずがない。ポッター死ね。ポッターはまだ身分の差というのを、いやこの手紙の量だと僕の買い被りだったかもしれないポッター死ね、二十通もあるとか狂ってる。お前はそんなにダリルが好きなのか。ディゴリーとやらは三十二通も出してるが、この夏休みにダリルへ手紙を書く以外のことをしていないのだろうか。恐らく友達もおらず、趣味のひとつもないのに違いない。暇人め。ポッターといい、ディゴリーといい、ダリルとの身分の差を理解していないようだ。礼儀を知らぬトロール共は滅べ。
頭が酷く痛む。
七年語り – 1993’s summer diary