そうよ、ナマエ。今日一日どこか出掛けてきたら如何? サブは私が預かるから、ちょっとぐらい一人で遊んできなさいな。本当はピーターと二人で出かけてきなさいよって言えたらいいんだけどねえ。あの子も本当に何を考えてるのやら……仕事は休みだったと思うんだけど、そうよね? あ、でも絶対に浮気とかはないと思うわ。親から言うのもなんだけど、あの子ったら貴女にべた惚れなの。結婚式の前日でも「夢みたいだ」ってブツブツ言ってて――あら、この話もう十五回もした? やーだ、結婚した途端に亭主関白気取りなの。あの子には無理よねえ。でもほら、母子家庭で育ったから、亭主関白は無理だろうけど優しい夫でしょう。ふふ、親の口から言うのも可笑しいわね。ええ、ええ、そうでしょう。私こそ貴女みたいな娘と、サブみたいに可愛い孫が持てて幸せだわ。今は随分と暗い時代だけど、それでもいつか朝は来るのよね。……本当に、のんびりしてらっしゃいな。友達の家だか、久しぶりに顔を見に行きたいみたいなこと言ってたでしょ。大丈夫よお、忙しかったら帰ってくれば良いんだもの。それに急な来客って結構楽しいものよ。ええ。それじゃ、いってらっしゃいナマエ。ほらサブ、ママにいってらっしゃい言って! あら、そうね、まだサブには無理でちゅねえ。
――あら、ナマエ! 如何したの? サブとピーターは? まさか、そんなことないわよ! ピーターのお母さんが? 良い人ね。ピーターがああいう性格になるのも分かるってものだわ。でもちょっと残念、ハリーったらサブが大好きなのよ。ふふ、そうね、あんなに小さな赤ちゃんでも、もうお友達は分かるみたい。やだ、お友達よお友達。だめ、ジェームズみたいには育てないってもう決めているんだから! さあ入って、ジェームズとハリーと三人でちょっとしたハロウィンパーティしてたの。ナマエの大好きな、リリーお手製パンプキンパイもあるわよ! もう、冗談よ。そんなに褒めないでったら。あ、ジェームズ! ジェームズ、誰が来たと思う?
僕の耳がきちんとくっついてるなら、ペティグリュー夫人のように思えるね。
貴方の耳をボンドでくっつけておいた甲斐があったわ。当たりよ。あ、ナマエ、サラダ作ってくれる? 有難う。私、ナマエのサラダ大好き。ほら、あなたも、早く部屋を片してきて頂戴。ええ、そうよ。この人ったらハリーに厄介を仕込むのに夢中なの。
折角のハロウィンじゃないか。ちょっとカーテンをカボチャ型にくりぬいただけさ。ちなみに僕はリリーのサラダのほうが好きだよ。
退いて、邪魔よ。家じゅうのカーテンをズタボロにするような夫を持った覚えはないわ。もう、ナマエったら! 笑いごとじゃないのよ。良いわよね貴女は、まともな旦那様がいて! そうじゃない。あの中ではピーターが一番まともだったんだわ。ええ、リーマスかピーターね。シリウスは論外。ほら……ジェームズ、貴方だって面倒事にかけてはシリウスとどっこいどっこいなんだからね。
ああ、如何して、なんで、なんでなのピーター。いいえ、そうね、そうよね、何かの間違いだわ。ジェームズの親友が、貴女の夫が、私達を裏切るわけがないもの。きっとヴォルデモートが如何にかして穴を突いたのに違いないわ。――逃げられる? どこへ、ホグワーツ? 如何して、ごめんなさい、如何して、ピーター! 何故裏切ったの、ナマエ、貴女、いいえ、知らなかったわね。知らなかったのね?
落ち着いて。あと十分と経たないうちにヴォルデモートがベルを鳴らすだろう。尤もそれだけの礼儀を備えていればの話だけどね。
……ええ、そうね。出来ることを考えなければ、時間を、この子が、ハリーだけは如何にかしてここから逃がさなければ。
ナマエ、ヴォルデモートは君が今日ここにいることを知らない。君は逃げてくれ。そして出来るならば何故ピーターが、否、良い。ナマエ! 馬鹿なことを言うんじゃない。ピーターの責任であって、君の責任じゃない。何よりもサブは如何するんだ。君の息子はハリーじゃない! 逃げろ。リリー、止めてくれ。良いから、僕の気持ちが折れる前に、ヴォルデモートだぞ、正気なのか。
だって、ジェームズ……ナマエ、頼める? ハリーに防護魔法を掛けるわ。い、一か八かだけど、それでも。ナマエ、お願い。
ナマエ、ごめん。もう、頼むよ。うん。そうだね、君はシリウス以外の前ではお喋り上手だった。その場しのぎのごまかしを言うのは性に合わない。じゃあね、ナマエ。先に待ってるよ。向こうでハロウィンパーティの続きをしよう。
……良いの。もう時間がないし、言う事も特別ないもの。ナマエ、有難う。そうね。貴女は私の友達よ。いつも一緒にいたわね。一緒にいすぎて、よく貴女達そういう趣味なのって言われたわね。まさか死ぬ日が一緒になるほど仲が良いとは思わなかったわ。
さようなら、ナマエ。後で追いつくから、ジェームズと待ってて。
おやおやおや……どこかで見た顔だと思えば、ペティグリュー夫人じゃないか。よもや今日という日にここへいることもあるまいに、あの男もつくづく詰めが甘い。しかしながら幸いにも俺様は誠実な質だ。お前がここから逃げるための時間、十秒をくれてやろう。如何した、逃げないのか? ああ、そうだとも。裏切ったのはシリウス・ブラックではなくお前の夫、ワームテールだ。さて十秒経ったが、お前は退こうとせず、俺様は進みたい。ワームテールには悪いが、仕方のない犠牲と諦めて貰わねばならん。幸い奴には息子がいる。
ハロウィンには地獄の門が開く。見せしめには打って付けの夜だ。
ミセス・ペティグリュー! 何てこと、ここがどこか分かりますか? 声を出せます? 出せなければ頷いて下さい。ここは聖マンゴです! 貴女は十二年もの間意識を失っていたんですよ! あの悪夢のハロウィンから、ああ、ごめんなさい。今親族の方を呼んできますわ。きっと息子さんが大泣きすると思いますよ。ちっちゃな赤ちゃんが、あんまり優しくて聡明な男の子になってるんで、驚くでしょうね。
ああ、ナマエ! 私が分かる? 貴女が――貴女に出かけたらなんて言ったばかりに! 本当に、貴女が眠ってる間色んなことがあったわ。何から言えば良いの。サブは本当に立派に育ったわ。髪の色以外、貴女そっくり。男の子だからそう言うと機嫌が悪くなってしまうのだけど、本当に優しくて、気が利いて、大人しくて、礼儀正しくて、貴女とピーターそっくりよ……。ナマエ、驚かないで、ごめんなさい、言うべきじゃないのかもしれないけど――ピーターは死んだわ。あの日貴女がポッター夫妻の家に遊びにいって、ああ、あ、あの、“例のあの人”がポッター夫妻を襲って、生き残ったのはちっちゃなハリーと貴女だけだった……可哀想なハリー、お母さんもお父さんも失ってしまって、でもハリーも今はとっても立派になっているの。やっぱりご両親に似たのね。ピーターがいつも二人のことを話してた。サブとハリーはとっても仲が良いのよ。あの頃に戻ったみたい。ピーターがジェームズに付きまとってた。いっつも嬉しそうに話してくれてた。だから、貴女まで、だからブラックを許せなかったのね。馬鹿な子、本当に、あの子は魔法なんて全然得意じゃなかったのに、ブラックに挑んで行って、それで死んで……貴女のお母様も七年前に……。ごめんなさい、ナマエ。でも貴女だけでも助かって本当に良かった。サブがどんなに喜ぶことか。喉が駄目になったわけではないのね? 早く元気になって、あの子の名前を呼んでやって頂戴。本当にあの子がどんなに喜ぶでしょう。貴女が意識を取り戻して、本当に良かった。
サブは今週末にホグワーツから戻ってくるわ。会ってやってね。きっとあの子、びっくりするわ。
やあナマエ。私のことが、わかるかい? 十二年の間に大分年を取ったから分からないかもしれないけど、リーマスだよ。あ、覚えててくれたんだ。良かった。さて、何から言えば良いのか。……本当に色々あって、言いたいことも沢山あるんだけど、君がどの程度話についてこれるか次第ってところかな。大丈夫かな。そうか。ならナマエ、一番聞きたいことを聞かせてもらうよ。“本当の”裏切り者が誰か、十二年前の君は、ジェームズの家を訪ねた瞬間の君は知っていた? ――そう、そうだね。ピーターは君にも何も言わなかったのか。ナマエ、ハリーは生きてる。シリウスも、ピーターも生きてるよ。ピーターの母親も、世間も知らないことだ。しかし君はシリウスが二人を裏切ってないと知っているね。ピーターが秘密の守人だった。ジェームズを裏切って、例のあの人に情報を差出し、“例のあの人”が倒れたと知るや否やシリウスに罪を着せて、自分は逃げ回っていた。死喰い人からの報復が恐ろしかったんだろう。アニメーガスになって、ハリーの友達のペットになっていたよ。ついこの間、丁度君の目が覚めた夜に全て知った。シリウスがピーターを殺すためにアズカバンを脱獄してね。ハリーとその友達二人、あとサブが……。ピーターは捕まえ損ねたよ。今はまた逃亡している。シリウスもね。世間一般では彼はマグルを十三人殺した男と認識されているから、闇祓いに見つかればまたアズカバンに連れ戻される。……ナマエ、君の容体が落ち着いたらで構わない。シリウスの無罪を魔法省に訴えてくれないか? 狼男である私や、既に一度セブルスのために無茶を通したダンブルドア校長、子供であるハリー達とは違って、君の証言は軽んじられることがないだろう。ハロウィンの夜に何があったか、“例のあの人”が何故君を殺さなかったのか、君はシリウスの冤罪を晴らすことが出来る。急にこんなことを頼んですまない。君がピーターを愛していたのはよくよく知っているのに、夫をアズカバンに入れるための証言を頼むのは無神経だとは分かっているつもりだ。でもナマエ、君も分かっているだろう。ピーターは二人を裏切った。シリウスはアズカバンに入れられなければならない罪を犯していない。友を助けるために何があったか話して欲しい。リリーの親族が如何いう風かは知っているだろう。ハリーはシリウスと暮らすことを望んでる。シリウスもだ。頼むからナマエ、頷いてくれ。シリウスが十二年どんな想いで過ごしてきたか。ジェームズは死に、リリーも死に、ピーターも死んだと思い、君は目覚めず、その全てがシリウスのせいだと勘違いしながら、僕がどんな十二年を過ごしてきたか! ナマエ、僕は正したいだけだ。ジェームズとリリーはもういない。でも君やシリウス、ピーターはまだ生きてる。昨日まで僕らは友人同士だった。だから明日からもそうやっていきたい。また楽しく過ごしたいんだ。君やシリウスと、ハリーやサブを交えながら……生きていきたい。
ごめん、頭を冷やしてから、また来るよ。あとサブには会わないでやって欲しい。
初めまして、僕はサブです。貴女の息子ということになります。恐らく十二年間ただ眠ってただけの貴女は僕を息子とは思えないでしょうし、僕も貴女を親だと思いたくないので、一つだけ質問をしたらすぐに出ていきます。何でリーマスの頼みに頷かなかったんですか。何でシリウスの冤罪を晴らしたくないんですか。如何して躊躇うんですか。貴女知ってるんですよね。あの男が何やったか知ってて頷かないって、頭が可笑しいんじゃないですか。ハリーがどれだけシリウスと暮らしたいかとか、シリウスが今までどんな気持ちでアズカバンで暮らしてきたかとか、そういうことを全部承知で頷かないんだったら、貴女は人間じゃない。貴女の息子として産まれてきたのを恥じます。リリーさんやジェームズさんの代わりに貴女やあの男が死ねば良かった。僕がどれだけ恥ずかしいか分かりますか。もうハリーと友達でなんか居られない。僕がハリーと初めて会った時になんて言ったか知ってますか。君の父さんと僕の父さんが友達だったなんて馬鹿げたことを言ったんですよ。本当は裏切ったのに、そんな悍ましいことを言って僕はハリーと仲良くなったんです。僕はこれからハリーにどんな顔して会えば良いんですか。やあ君の両親を殺した男の子供だよとでも言えば良いんですか。何で親友を平気で裏切るような男との間に僕を産んだんですか。僕が恥ずかしいとか思わなかったんですか。リーマスやシリウスが十二年必死で生きてる間、貴女何してたんですか。外傷は殆どないのに目覚めないって、それ単に貴女が現実と向き合いたくなかっただけですよね。そんなにあんな馬鹿男が好きだったんですか。人に罪着せて鼠として十二年生活出来ちゃうような恥知らずのことが好きって、頭可笑しいんじゃないですか。僕が今までお祖母さんになんて言われてきたか知ってますか。両親のように勇気ある立派な人になりなさいなんて馬鹿げた妄言を真に受けて育ちました。貴女達の何処に勇気があるんですか。プライドすらないんじゃないですか。何で僕を産んだんですか。貴女達の息子になんて、生まれてきたくなかった。
目覚めないまま死んでくれたほうがよっぽど良かった。
誰が何を言っているのかよく分からない。
声を出そうと思えば出せるだろうし、誰かに意志を伝えたければ、文字を書けば良いだけのことだ。それなのに、私はそのどちらもしようとしなかった。ただ頭のなかで、夢の続きがクルクル踊っている。目の前にいる少年の名を認識するのを、記憶の断片がヒラヒラと舞って阻む。黒い髪に私と同じ青い瞳。憎しみの籠る容貌が、私の腕の中に抱かれていた幼子のものとリンクしない。いや、本当は理解しているのだ。だからこそ理解しようとしない。自分が傷つかないために、私は目の前に立つ息子を拒絶する。親としては最低の選択だった。息子は静かに怒りを発散すると、泣きながら病室を出て行った。この十二年で何があったか具体的なことは知らないが、憶測出来るぐらいには意識はしっかりしている。リリーとジェームズは死んだ。シリウスは不当な罪を着せられ、ピーターは生きている。あの人は、生きている。
息子は、彼が言う通り恥ずかしかったのだろう。今まで立派だと信じてきた両親の真実を知ってしまい、しかもそれを被害者たるハリーの前で明かされ、絶望するほどに恥ずかしかったのに違いない。息子には私を罵る権利がある。実際、リーマスやシリウスが孤独と戦っていた時に私は何もせず眠っていたのだ。そして私はあの日、サブの下へ帰ることを選ばなかった。
ピーターの罪を認めてサブと暮らすよりも、ピーターのために、彼が出来なかった分もリリーとジェームズに忠実でありたいと望んだ。自分が二人のために尽くせばピーターの罪が消えるとでも思ったのだろうか。それとも、単に人殺しの妻と呼ばれるのが恐ろしくて死ぬことを選んだのかもしれない。どの道息子の台詞は皆正しい。あの子は正しい。だから、私は“自分の明日”を決めた。
私には勇気などない。そしてプライドもない。ただおもねることで如何にか過ごしてきただけの詰まらない女だ。
そういう自分を嫌っていながら、結局抜け出すことは出来なかった。夢の中でシリウスが言った通り、そして過去に幾度も言った通り、私とピーターはよく似ていた。だから一緒にいれば良い方向に向かう事が出来るかもと希望を抱き、そして共に過ごす時間に安らぎがあったから夫婦になった。リーマスの言う通り“愛していた”のだし、彼は知らないだろうがまだ愛している。
あいしているけど、もう、わたしには、この現実に生きていくための誰かがいない。
獣の胎に棲まう