みどりのひかりが床に映し出されている。床と扉を繋ぐ斜線に割って入ると、私の頬がみどりに染まった。
私が育った家の扉は洒落た造りをしていて、到底実用的とは言い難い。
実用性に乏しい扉ののぞき窓には緑の硝子が嵌められており、そこから見た風景は全て緑染みていた。元はステンドグラスのようにする予定だったらしいが、この扉の製作者たる父は扉をすっかり飾り終える前に家を出てしまったらしい。
美的感覚に優れていた父は家を自分好みにリフォームするよりも先に、自分好みの女を見つけてしまった。
後に残された私と母は美的感覚が優れていなかったので、我が家で洒落ているのは父の手がけた扉だけである。それと同時に、我が家で実用的でないのも扉だけとなった。後に実家へ招いた友人達の言に寄れば、「見かけ豪華で中質素」な家だった。私は外から家を見たことがないので、そう言われてもいまいちピンと来なかった。幼い頃は外に出ることがなかったし、大きくなってからも扉を使った事がない。
出掛ける時は暖炉からが普通だったし、母もそうだった。扉を使って出て行ったのは父だけで、彼がマグルだったと知ったのは十三の時だった。その代わりに自分が魔女であることは物心つく前から理解していたと思う。
貴女も十一歳になったらホグワーツに行くのよと言われていた通り、入学許可証はきちんと届いた。
世の中に運命というものがあるのなら、それが動き出したのは十一歳の夏のことで、動かしたのはシリウスだったと思う。
入学準備のために出かけたダイアゴン横丁で、母とはぐれて泣いている私を見つけたのは彼だった。恐らくその時に私とシリウスの関係は定まってしまったのだろう。シリウスは終生私のことを「どん臭くて、とろくて、自分の助けが必要な生き物」だと認識していたが、思えばこの出会いがいけなかったのに違いない。しかし当時の私がそんなことを予感していたはずもなく、ただ自分の手を引っ張って、一緒に母を探してくれるシリウスのことをカッコイイ子だなと思っていた。今思い返せば、初めて異性にときめいたのはあの時だったと思う。
母を探して一緒に歩いている間、初めて会う同世代の生き物と何を話すべきか悩む私と違って、シリウスは雄弁だった。
自分が両親と不仲であること、弟と反りが合わないこと、スリザリンに入るよう言われてるが、自分はグリフィンドールに入りたいことエトセトラエトセトラ。初対面の相手に対してあんまりにも赤裸々だったのは、シリウスも同世代の友達が出来たことがなかったからなのだろう。私も社交性に乏しい子供だったので、彼の話にぎょっとすることはなかった。
ただ明るい子だなあとか、懐っこい子なんだなあと他人事めいた思考でぼーっと相槌を打っていた。
「グリフィンドールに行くから、お前もグリフィンドールに来いよ」
スリザリンなんかに入ったらお前虐めるからな。シリウスは私と母とを引き合わせると、そんな風な脅し文句をカラカラ口にして去って行った。母は「もうボーイフレンドが出来たの!」と喜んでいたし、後で聞いたところによるとシリウスも「友達が出来た」と思っていたらしいが、私は彼を友達とは思っていなかった。その理由は単純かつ露骨なもので、上から目線でああだこうだ言うのが母と似ていて鬱陶しかったのだ。カッコイイけど鬱陶しくて押し付けがましい。それが十一歳の私にとってのシリウスで、友達じゃない男の子だった。
母とシリウスの共通点はもう一つあって、それは私にグリフィンドールへ入るよう強いたことだった。
母の自慢はグリフィンドール家系に生まれたことで、ホグワーツの話をする度に「貴女は私の子供だから絶対にグリフィンドール」と念押しされた。どんなに軽い言葉でも数十回耳にすれば胸に残る。親が思っているより、子供は親の言葉を重く受け止めるものだ。
本気でそう思っていたわけではないが、グリフィンドールに入れなかったら私は母の子じゃないのかもしれないとドキドキした。組み分け帽子の歌うグリフィンドールの適性は何一つ私にそぐわず、そして私はハッフルパフに強く惹かれた。どこの寮に入ってもきっと許してもらえると、私は帽子を被る直前までハッフルパフに入れてもらうつもりでいた。いたのに、視界が闇に覆われる前にシリウスがグリフィンドール寮のテーブルから手を振るので、私は組み分け帽子に頼み込んでグリフィンドールへ入れて貰った。
先の見えないものを選んで失敗するのが怖かったのだと思う。ハッフルパフに入って友達が出来るかは分からないものの、シリウスに苛められるかもしれないし、母にはガッカリされるかもしれない。グリフィンドールに入れば、少なくとも母にガッカリされることはない。
私はここでまず我を殺すことと、自分の言葉を呑み込むことを覚えた。その悪癖を直そうと思いつつ、終に直す事は出来なかった。
シリウスと同じグリフィンドールに入ったものの、あまり一緒に過ごしたりはなかったと思う。
一番最初に仲良くなった女の子がシリウスを嫌っていたからだ。彼女の名前はリリー・エバンズ――後のリリー・ポッターだ。
ピーターがジェームズに焦がれたように、私もマグル生まれの秀才である彼女に焦がれていた。同室の友人達に言わせれば「殆ど恋していた」らしい。そこまでではなかったと思うが、幼い私にとってリリーが全てだったのは疑いようのない事実だ。気が強くハキハキとしているリリーは私の憧れだった。彼女の言う事を聞いてさえいれば自分もリリーのようになれると思っていた節もある。そういう訳で、シリウスからは何度か私に声を掛けてきたが、神の声もといリリーのご忠告により、私から彼に関わろうとはしなかった。
そうこうしている内に、折角グリフィンドールに入ったのに、シリウスから苛められるようになった。尤も彼がスネイプにしていたのを顧みれば可愛らしいものだったが、顔を合わせる度に髪を引っ張られたり足を踏まれたりするのは堪えた。
私とシリウスがそんな風で、尚且つスネイプとシリウス達があんな風だったので、リリーとシリウス達の対立は深くなる一方だった。不運なことにシリウスとジェームズが成績優秀なものだから、リリーの対抗心がヒートアップ。三人でやいやい騒ぐのを脇から宥めている内に、同じように宥めている二人と仲良くなった。それがリーマスとピーターとの出会いだった。
リリーが「あの四人のなかで結婚するならリーマスかピーターのどっちか」と評していた通り、彼らは穏やかな質をしていた。
喧嘩をし、いがみ合う三人とは違い、私とピーターとリーマスの三人は平和に交流をしていた。特にリーマスとは趣味や得意科目などが同じだったので、顔を合わせれば平気で十分二十分立ったまま話し続けたものだ。そうやって仲良くしていると、ますますシリウスの嫌がらせが酷くなったが、不思議に三年生になるとピタっと止まった。私とピーターの結婚披露宴で酔っぱらったリーマスとジェームズの語るところに寄れば「それは逆効果だぞって言ってやったんだ。単純だよね」とのことで、三年間に渡り続いた嫌がらせは世間一般で言う「好きな子ほど虐めたい」という種類のものだったようだ。これには当時から薄ら気づいていたので、嫌がらせを止めてくれたシリウスのことを避けたり、話を早く終わらせようとするのは止めた。この頃、私のなかにはシリウスへの異性愛が存在していたと思う。
女子の扱い方を学んだシリウスと、彼を男の子として見ていた私は何となく良い感じになった。周囲からも、二人は付き合っているのだとか言われてその気になった。この時上手く行ってれば、ひょっとすると私はシリウスと結婚したのかもしれない。
しかしながら、私とシリウスは上手く行かなかった。シリウスが突然年上のレイブンクロー寮生と付き合いだしたからである。
そのことを友人の口から聞いた私は思わず「は? なんで?」と聞き返してしまった。だって、デートらしいことも何度かしていたし、一緒にいる時には手とか繋いだし、荷物も持ってくれたし、クリスマスには安物だけどペンダントもくれて、恋人らしいことでしていないことと言えば“キス”と“告白”ぐらいだった。そしてシリウスはその二つをしていないからと、私とは単なる友人関係だと断言した。以降、私はシリウスに何をされても本気に取らないようになる。どうせ私にしていることは、余所の女にもしているのだ。
五年生になると、いよいよシリウスの浮名は校内に響き渡り、シリウスが女とイチャついているのを見かけない日はなくなった。
私は「この男のことを一瞬でも好きになったのは黒歴史だ」と考えるようになる。半ば男嫌いになった親友を、リリーは篤く歓迎してくれた。しかし一生涯独身でいることを誓い合ったリリーも監督生になるや、リーマスを中継して急速にジェームズとの距離を縮めてしまう。「最近ちょっとマトモになったから」と言い訳を口にしてたが、必死にリリーを口説き落とそうとするジェームズと満更でもなさそうなリリーを見るに“あの約束が破られるのも時間の問題だな”と当時の私は思った。
周囲が恋の季節を迎えるなか、私はと言えば、何故かシリウスと付き合ってるというデマに悩まされていた。
リーマスとも仲が良かったものの、男女関係には至らずじまい。たまに告白してくる男子がいたと思えば、彼らは何故かその翌日から医務室の住人となってしまう。当のシリウスは、他の女と付き合ってる癖にああだこうだと鬱陶しいので、私は男嫌いを拗らせつつあった。浮かれた友人たちに、「友達としてならいざ知らず、男など生涯を共にする生き物ではない」と息巻くことも珍しくなかった。四年生の時はそれに同意して、より過激な意見を口走ることもあったのに、六年生になった頃からリリーは男子を擁護するようになった。
嫉妬心からジェームズをネチネチ虐めたものの、勿論ジェームズは私の嫌がらせを華麗に交わして、引っかかるどころか私をおちょくる余裕すら見せた。この件により一層私の男嫌いに拍車がかかった。このままマクゴナガル教授みたく行かず後家になろうと堅く決意したものである。実際にマクゴナガル教授が独身なのかどうか、私は未だに知らないのだけれど。
六年生の冬、また運命が動いた。
仲の良いハッフルパフ寮生の女子に彼氏が出来たのだが、その彼氏の友達がピーターだったのだ。
言葉にすると酷く遠いように感じるけれど、あの校内のなかで、たった二人を挟んでの関係は決して縁遠いものではなかった。
思えば、リーマスたちを通さずにピーターと遭遇するのは初めてのことだった。私達が知り合いだと知らずに紹介しあう二人の前で、私たちはさも初対面みたいなやり取りをして、一緒に寮へ帰った。知ってるはずなのに、なんだか知らない相手のように感じて、話しかけることは出来なかった。それはピーターも同じだったらしく、私達は寮に着くまでの十五分の間些細な軽口すら交わす事はなかった。私とピーターが余所余所しい雰囲気で帰って来たのに、リーマスは喧嘩でもしたのかと心配したものだ。互いに「そんなことはない」と口を揃えて否定して別れた。私は自室の扉を後ろ手に閉めて、明日からは昨日のようになれるとその場しのぎを心中に零した。でも、なれなかった。
私とピーターは余所余所しい関係を数か月ほど続けて、わだかまりのなくならないままに夏季休暇を迎えようとしていた。
六年生の初夏、夏期休暇の前に本を返してしまわなければと私は一人で図書室へ向かった。
そこで私はハッフルパフ寮生と談笑するピーターに遭遇する。よくわからないもやもやと共に立ちすくんでいるとピーターと目があった。でも私を呼んだのはピーターではなく、彼らの周りに集う男子で、彼らはピーターの友人のようだったが、同時に私の友人でもあることを思いだした。ピーターも私と同じで、グリフィンドールよりハッフルパフの友達のほうが多いらしかった。
図書館からの帰り道、私たちは余所余所しい空気を作り出しながら互いに無言だった。そこで、私は一生分の勇気でもって口を開いた。
「ねえ、組み分けの儀式の時、どこの寮に入りたいと思っていた?」
ピーターは小動物のようにビクリと身を竦めてから、忙しく動く視線を私に向けようとせずに予想通りの台詞を口にする。
「……ハッフルパフ」
私達は同じ種類の生き物で、驚くほどに家庭環境も、望んだものも、望まされたものも、自分の誤魔化し方も似ていた。
私もピーターも同じ母子家庭に育ち、母からグリフィンドールに入るよう言われ――私はシリウスだったが、ピーターはジェームズに「一緒にグリフィンドールに入ろう」と誘われたらしい。本当はハッフルパフに入りたくて、でも怖くて選ぶことは出来なかった。
グリフィンドール気質ではないのに無理をしていると感じているのは自分だけではなかったのだと、私もピーターもやっと己の属する群れを見つけたかのような安らぎを覚えた。周囲に合わせるため常に自分の価値観や感受性を否定し、周囲の顔色を伺いながら思ってもいないことを口にしてきた六年間。いつかは皆と同じになれると思いながらも結局盲信は出来ず、己を誤魔化し続ける疲労だけが蓄積していた。その苦労が報われた気分になった。二人でいるとひとりぼっちだという不安が、縁遠いものになった。
友人関係から恋人関係に発展するまではあっと言う間だった。
ピーターと付き合い始めてから、シリウスは目に見えて不機嫌になった。
幾度も繰り返し「お前とピーターは合わない」と言われたものだ。「似た者同士すぎるから、一回抉れると最低なことになるぞ」というのがシリウスの言い分で、私の反論は「抉れないようにするから平気」という屁理屈だった。
今まで多くの選択肢をシリウスに委ねてきた私だが、ピーターのことだけは譲らなかった。付き合いだして二か月も経てばシリウスは文句を言わなくなり、私とピーターが付き合うようになったのも祝福してくれるようになった。それでも私はシリウスが怖かった。
彼に反対されるのが、怖かった。
なんだかんだ言って私はシリウスが聡いということをよく知っていた。
彼が良くないと言うものは本当に良くないのだ。だからいつの間にか、シリウスにさえ反対されなければ上手く行くとそんなことを考えていた。私はピーターとの結婚を反対されないために妊娠して、そして結婚した。ピーターはジェームズやシリウスに締められていたし、私はリリーとリーマスから説教されたりもしたが、幸福な結婚式を迎えることが出来た。
二十歳。私にとって、あの時が人生の絶頂期だった。お腹には赤ちゃんが居て、愛する夫がいて、親友がいて、友がいて、母がいた。
ヴォルデモートの脅威がすぐ傍にある暗い時代のなかで、白いウエディングドレスは希望の象徴のように思えた。
私は幸せだった。
ほんとうに、しあわせだったのだ。このまま、幸福な暮らしがつづくと疑うことさえなかった。
「……自己犠牲って美徳なのかな」
あれはいつのことだろう。結婚してすぐのことだったように思う。
丁度リリーとジェームズがゴドリックの谷でひっそり暮らすようになった時期のことだ。二人は卒業以来積極的に騎士団の活動を行っていたが、ハリーを安全に育てるために身を隠す事を選んだのだろうと思っていた。ジェームズまで身を隠さずとも良いのではと、血気盛んな彼が家に籠ることを容認したのが不思議ではあったが、結婚すれば家庭が大事になるものなのだと然して気に留めなかった。ピーターもそうなってくれれば良いのにと、結婚以来仕事仕事で碌に構ってくれなくなった夫を詰った記憶がある。
リリーとジェームズの秘密の守人はやっぱりシリウスなのかしらとか、そんなことを言ってピーターのローブを受け取った。ピーターは少し沈んだ顔を見せてから、先の台詞を口にしたのだ。自己犠牲は美徳なのかな。それは私達が散々話し合った事で、グリフィンドールという群れに属すことが出来ない最たる理由でもあった。私もピーターも臆病で、他人のために自分を犠牲にすることが出来るかいつも怯えていた。勿論“出来なかったら”という意味で、そのために他のグリフィンドール寮生から後ろ指さされるのを恐れていた。
「急に如何したの?」
「ん、ちょっとね。何でもないんだ」
ピーターが可愛そうなぐらい狼狽えるので、私はその話題を引きずることはなかった。それから私とピーターは語らう時間を作ることが出来ず、夫婦なのだからいつか打ち明けてくれると悠長なことを考え、やがて違和感を忘れた頃に私は絶望を知ることになる。
その絶望は今更語るほどのことではないだろう。
自分で言う事でもないが、私はシリウスと並んで歩いて見劣りしない程度には容姿が整っていた。
そのせいか、周囲には「如何してピーターと?」と言われることがよくあった。何よりもシリウスと付き合っているというデマが流れていたからこそ、シリウスに振り向いてもらえず、ピーターで妥協したのだと思われがちだった。ピーター自身も、始終私の気持ちを疑っていたように思う。サブの髪色が黒だったのも、私達夫婦の間に僅かな溝を作った。私達家族で歩いていても、学生時代の知人に会うと「旦那さんに浮気してると思われるよ」などとケラケラ笑われたものだ。
私とピーターは元は同じ種類の生き物だったのに、恋愛という面では親戚関係にすらなかった。同じ劣等感に晒され続けてきたと番ったのに、今度は私の存在がピーターに劣等感を抱かせる種になっていて、元凶である私にはその劣等感を抱くことが出来ない。
なるべくピーターに劣等感を抱かせないよう私はやっきになってシリウスを避け、からかいには過剰反応するようになった。サブは貴方と私の子供で、私の心は貴方にあり、私が結婚したのはシリウスではなく貴方なのだと必死に主張し続けた。
如何してそこまでするほどにピーターが好きなのだと言われれば、私にも正直言ってよく分からない。分岐点だけは顧みることが出来たが、言葉にすることは出来なかった。ただピーターの隣は、常に多くのことに怯え、精神を摩耗してきた私が安らげる唯一の場所だった。
物心ついた時から母のために多くを我慢するようになり、長じてからもその呪縛から逃れられず新しい鎖をつくり続ける。シリウスのことは確かに好きだったし、素晴らしい人だと思う。だけど彼の隣にいる私はいつも言葉を飲み込んでいた。嫌われるのが怖くて自分を誤魔化し続けるのは酷く疲弊することだ。それを十年二十年続けて行くのは拷問に近い気すらした。私が「男となぞ付き合わない」と決めたのは、己の支配権が母から夫へと移るのが恐ろしく、それなら例え孤独でも安らげるほうがマシかもしれないと思っていた故なのだろう。
ピーターの傍では私は自然に振舞う事が出来た。嫌われても大丈夫と考えることが出来て、どんなことでも語らうことが出来ると思い、理解しあうことが出来ると思った。この人となら私は十年二十年、百年でも一緒に生きていけると、そう思ったから結婚を望んだ。
私に誠意ある求愛をしなかったシリウスへのあてつけでも、妥協でもなく、私はピーターが好きだった。
彼が勇敢でなく、プライドがないから愛していた。
貴方と、ハッフルパフ寮へ入ることが出来るような子供と、家族三人で暮らしたい。
そう言う私を呆然と見つめるピーターの頬はみどりに染まっていて、私達は私の実家の扉にあるのぞき窓に寄り添いながら結婚を決めた。みどりいろの光の中で、ピーターがぼたぼた泣きながら私の手を取る。
「ぼくと、しあわせになってくれる?」
みどりのひかりが私とピーターを照らす。その優しい温もりが溶けて、ピーターの面影が網膜から薄れていく。私は杖先を見つめながら冷たいシーツの上へ仰向けに倒れ込んだ。何もかもがスロウモーションに見える視界に映るのは病室の白い景色ではなく、過去の全てだった。
私がちぐはぐな家に生まれ、やがて絶望を知るために長じる二十一年という時間が瞼の裏を滑って行く。
ええ、ピーター。貴方と一緒に百年歩むわ。しあわせになれなくても、ずっと一緒にいるわ。ずっと、いっしょよ。
獣の胎に棲まう